齋藤孝のレビュー一覧
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表紙が違うな。
高校生向けの読書感想文作成指南書。といっても特別なことは書いていない。「せっかくの機会をいかして読書に浸る」「読みながら自分と関連づける」「感想なんだから自由。だけど自分が面白いとか変だとか思った部分を他者と共有すると広がるでしょ。その広がりのコミュニケーションが感想文」「難しくない。ぐっときたところを3つ切り出せ。3つを熱く語れ」こんなとこか。
高校生の頃の自分は感想文の書き方なんかしらなかったなぁ。先生たちは教えてくれていたんだと思うけど,聞いてなかったな,たぶん。高校の時は1年に1回指定図書を読む課題があったな。山月記,シュリーマン,石川達三の蒼氓。蒼氓という言葉を知った -
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著者は本当にこの本を書きたかったのかな?という違和感を感じてしまった本。
引用だらけ。
『実例⇒仮説(抽象化)⇒根拠⇒結論』という流れが多いが、『根拠=偉い人(社長さん・歴史上の人物・フィクションの登場人物等々)の引用』としているところに信憑性が感じられない。
ただ、流石に文章がうまいだけに、無批判に読むとつい納得させられてしまいそう。
教養として知っておきたい雑学的な内容はちりばめられてる。
エッセイとして読めばそれなりに面白く読める。
役に立つかどうかというと疑問符がついてしまう。
自分の能力不足かもしれないが、何か実生活に応用できそうだと思えない。 -
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著者は、東京大学法学部卒業。現在、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。
著書に「ブレない生き方」「古典力」「教育力」等多数。
論理力、文脈力、交渉力など、一般にコミュニケーションに必要だとされる能力以前に、まずはどんな対面状況でも問題なく応対できるようになるための、社会を生き抜くための力。
いわば、コミュニケーションのもっとも根源的なところにあるもの、それが対面力である。
対面力とは「状況に即応して、場や相手にアジャストしていく」。適応力である。柔軟に相手に合わせつつ、自分を印象付け、「この人とまた会いたい」と思われるための能力のことである。
そんなコミュ -
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部下に進められて読みました。
心・技・体の話に似ていました。
自分の気分はコントロールできる。
日本社会は不機嫌が得する社会になってきている。
それはおかしい。
上機嫌でいることが大切である。
上機嫌を保つテクニックがある。
要約すると、自分のマインドを巧くコントロールして、気分に左右をされない強い自分を作りましょうということでした。
仕事に活かす部分としては、気分の波があり、極力気が付いたら、違う作業をしたり、自分が得意な仕事を入れてみたりとしていますが、新たに管理職になって、それが崩れてしまったきがします。
改めて見直すのにいいかなと思いました。 -
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著者の身体論・教育論で読み解く太宰治解釈として興味深く読みました。
『新樹の言葉』の最後で、家が焼き落ちたときに乳母の子どもたちが微笑んだのを目にした主人公が「力こぶ」を入れるところに着目しているのは、この著者らしい着眼点だと思いました。この物語の主人公は、これまで筋肉にまったく力が入らない、腹が定まっていない生き方をしてきたと著者は言います。ところが、急に現われた兄妹を前にして、初めて兄になれたという感覚を抱くことになり、全身に力が入ったのだと著者は考えます。主人公のアイデンティティの形成が、力こぶを入れるときの身体感覚に象徴されていることを見て取り、そこに「さわやかさ」が感じられると著者 -
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「学ぶこと」に対する「リスペクト」がなくなってしまったという指摘は納得できます。この国の未来に対する強い危機意識が、著者にこの本を書かせたのではないかと思いますが、「あとがき」で取り上げられている子どもたちの読書や学習に対する熱気を伝えるエピソードには、まだこの国には希望があるということを感じさせられます。
ただ、大正教養主義を「リスペクト」する著者自身の好みが強く反映されていて、ドイツ哲学やロシア文学を学ぶべきだとされていますが、これには全面的には賛同できないとも感じました。もっと多くの、それこそどんな対象からでも、私たちは学ぶことができるのではないでしょうか。著者が批判的に言及している、 -
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『福翁自伝』ほかの福沢諭吉のことばを引用して、そこから「生きる指針」を読みとっている本です。
「ほとんどの日本人は、悩むことに誠実さを見出す」と著者は述べています。これに対して福沢は、自分のことを「カラリとした精神」の持ち主だと述べていました。このことばが意味するのは、「くよくよするな」というような単純なポジティヴ・シンキングではなく、独立と自由の気風に満ちた現実主義のスタンスというべきだと、著者は考えています。
とくにおもしろいと思ったのは、精神の不安定さは仕方がないところもあると著者が認めているところです。そういうタイプのひともいるし、そういう時期がやってくることもありますが、それでも