「愛情という名で押しつけられるものは、決して拒むことができないのだ」っていう文章が、やはりこの作品全体を通じて貫かれているテーマだとは思うのですが、やっぱり人って愛情なしではなかなか生き抜いていくこと(いきることではなくて)って難しい一方で、愛情によって傷つきやすいっていうのは人の心も脆さというか儚さのようなものを感じさせますね。
一番印象に残っているのは、自分が瞳子に対して示していた態度や見方が、彼女が巻き込まれたフランス旅行中の事件の犯人である日本人の男二人と同等に位置づけた瞬間ですね。ここまでの発想というか、思いを巡らせる展開は驚きでもありました。読み終わって感動する作品ではありませんし、書籍の表紙にかかれているような推理小説とは違うような印象も受けますが、大学時代の楽しいひと時と仕事に忙殺されはじめるこの年齢の人たちが直面する葛藤とまではいかないけれども、気持ちの揺れ動きのようなものは共感できる部分があるのではないかと思います。
中国神話で登場する四方を守護する聖獣が、青龍、朱雀、白虎、玄武というのは皆さんも聞いたことがあるかと思います。この四聖獣は季節にも対応しているので、それぞれの聖獣の名前を春夏秋冬と掛け合わせると、青春、朱夏、白秋、玄冬となります。
青春の次には、暑くても澄み切るように晴れ渡る夏がくる。夏の異称でもある朱夏の存在を瞳子は気づけなかったのでしょうか?青春だけでは終わらずに、朱夏を向かえ、子どもの成長とともに白秋の季節を迎えて、子どもを育て終えた後の時期である玄冬も、青春を謳歌した仲間達と一緒に生きていたい。この流れに逆らわずにスムースに時代の変化とともに仲間や友人と生きていける自分でいたいな、と朱夏を迎えることなく自分でその道を閉ざしてしまった瞳子のことを考えて思ったのでした。