鴻巣友季子のレビュー一覧
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ネタバレ5巻もあるお話を、こんなに一瞬で読み終えるとは思ってなかった。レット・バトラーとスカーレットが魅力的すぎて、のめり込んでしまった。
私は、レット・バトラーに一体どんな策略があってスカーレットと結婚することにしたんだろうとずっと疑っていたし、酔っ払ってメラニーに泣きつく場面でもなんて演技が上手いんだろうと感心していたくらいで、最後の最後までレットがスカーレットをそんなにも愛していただなんて、全然分からなかった…なんて思っている私は、スカーレット並みに人の気持ちが分からない人間なんだろうか笑
他の人が書いたものらしいけど、続編もあるようなので気になる。
あと、お話全体を通して、スカーレットからも、メラニーからも、大切な人生訓を学んだ気がする。欠点はあれども、スカーレットの強さとしなやかさは尊敬するし、好き。メラニーの優しさは見習わなければ…。レットからも学んだと言いたいところだけど、彼は住んでいる世界が別次元過ぎて、私にはとても参考にできそうにないかな笑 -
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ネタバレ本当に面白かった!
「侍女の物語」では侍女目線であったために情報量が抑えられていたが、今作では小母のリディア、司令官の娘アグネス、他国で育ったデイジーの三名が語り手となり、よりギレアデについて理解が深まるつくりになっていた。この三名がどんなふうに繋がっていくのか、そしてギレアデの女性たちがどうなるのか、恐る恐る読み進めていった。
女性の権利をとことん剥奪していくくだりは読むのもつらかった。でもそれよりも、ギレアデで生まれ育った少女たちが、すべてを奪われていることすら知らない点が一番恐ろしかった。最初から無いものにはなかなか気付けないものだから。
リディア小母が、人生を失ったあの状態から権力と情報を握りすべてを壊すためには、これだけの年月がかかるのも頷ける。その期間たくさんの人が犠牲になったが、小母もこうするしかなかったのだと想像するとひどく悲しい。これはリディア小母にしかできないことだった。それだけ、創始に関わる者には責任が伴うのだなと思った。
リディア小母もすごい人物像だったが、ベッカのことも忘れずにいたい。静かに覚悟を決めたのであろう彼女は崇高ですらあった。
女性たち一人一人がそれぞれ性格も選択も違っていて、生き方は本来ひとつではないことがよく分かるようになっていた。ギレアデのやり方では男性だって幸福にはなれない。性別で役割を決めつけることの愚かさが改めて感じられた。
侍女の物語から繋がっていく誓願には、苦しい中にも希望があったと思う。姉妹であることが明かされ、ふたりが旅をする終盤がとてもよかった。手に汗握る展開だったが夢中で読んだ。
感想を書けば書くほど膨らんでいくような、一言では語れない物語だ。 -
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解説をまだ読んでないので凡庸な感想かどうか分からないし、歴史的背景を調べてまで書こうとも思わない。だからいい加減で無責任である。
題名である嵐が丘と作者が名付けたのは、ヒースクリフの存在がアーンショウ家にとって大きな災厄をもたらす悪魔的存在の隠喩?(表現あってる?)からなのでだろうか。
私は本書をヒースクリフとキャサリンの悲劇的恋愛を主軸とした物語だとは思えなかった。それはヒースクリフに対して同情心を誘うような小説的技法が全くなかったからである。むしろ本書のメインテーマは悪魔的存在に囚われた一家数代の悲劇からその回復であると思えるのである。(異端的でも解釈は自由である)
ヒースクリフはキャサリンと結ばれることがなかったが、キャサリンは執拗にヒースクリフに思いこがれる。イザベラも同様である。これは悪魔からの誘惑であるとも解釈でき、リントン家の崩壊を招いた。そしてリントン・ヒースクリフの存在もキャサリン・リントンにとっては結局は不幸の種でしかなかった。
結局不幸極まりないキャサリン・リントンにとっての救済は従兄弟であるヘアトン・アーンショウによるものであった。同じく不幸極まりないヘアトンもキャサリン・リントンによってヒースクリフからの解放をもたらした。この二人の恋によってついにアーンショウ家は悪魔的存在に打ち勝つことが出来たのだ。そしてその恋の微笑ましさは、本書の今までの恋愛描写よりよっぽど共感できたのが私がこの解釈を強くした理由である。
ヒースクリフの肌が薄黒い(黒かな?)というのは示唆的である。私はこの辺のイギリスの歴史に無知なのでおおそれたことは言えないしいい加減な推察だが、インド系やアラブ系を連想でき、異教徒で許容できない存在であったり、悪魔のモチーフとして表現していたのかもしれない。当時のヨーロッパ圏の勢力争いを調べてみると面白い、より深い考察が出来るかもしれない。(肌による差別の意図はありません。当時の人種感覚を想像して考察してみました。また当時の人種感覚を作品の評価を下げる要因にはならないと思っています。読んだ方で詳しい人がいたら指摘して欲しいし、いつでも訂正できる所存です。)
踏み込んで言うと本書の舞台は古い慣習が支配する田園地帯であり、時代背景も考慮にいれると古い宗教的価値観に支配された一種の封建的世界である。その古い道徳観、法律理論はアーンショウ家が、ヒースクリフに支配される正当性を産みそれが悲劇の種になる。このような古い価値観からの解放を女性作者であるブロンテは望んでいたのだろうか?それも調べてみたいような気がした。
いずれにせよ様々な解釈が可能な古典は面白い。本書を読んだ別の読者から、面白い解釈があれば見てみたいと思わせるような、悪くいうと粗いとも言える作品ではないだろうか。 -
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マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』最終巻。これまでスカーレットにとって嫌いとはいえないまでも好きではなかったメラニーとの関係を中心に描かれる。スカーレットにとって最も理解し難くとはいえ、見捨てられない存在であったメラニーが最も大切な存在であることに気がつく。鴻巣さんが言っているように、スカーレット=赤とメラニー=黒という色もどこか象徴的だ。
そして、タラ。南部の大地がもたらす力。しかしそれは古き良き南部ではなく新南部でもあってそれを象徴するのがスカーレットという存在なのだ。
南北戦争前後のアメリカ。現代のトランプにつながるアメリカ文化を理解する上で必読の作品と言えるだろう。 -
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ネタバレいや〜おもしろかった!
課題図書として『侍女の物語』を読んでおいて正解だった。
そもそも第一章の「ディストピア」が読みたくて買った本だったのだが、「翻訳」について書かれた部分が本当に勉強になった。蒙を啓かれるとはこのことかと。今まではなんとなく翻訳で読むというのは原文で読む体験に少しは劣るんだろうなとボンヤリ思っていたんだけど、全然そんなことはなく、それどころか翻訳によって新たな価値を得る作品があったり、翻訳は原作から独立した創作物と見る考え方もあったりして、全く翻訳というものをわかっていなかったのだなと感じた。
また、昨今の -
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フェミニズムに関わる本とそれで描かれるフェミニズム要素について、4名の方が書かれてるんだけど、どれも異なる視点で面白かったです。読めてよかった!
『侍女の物語』『誓願』は前から気になってたけどいっそう読みたくなったな〜。最悪な構造の中で異なる立ち位置にいる女性たちが描かれる物語、気になる‥‥。
あと私は身体が女性で同性パートナーがいて、それを割とカムアウトする方だけどこれって自分が男性だったらこんなにカムアできてただろうかと疑問に思っていて、それが上野千鶴子さんの文章で割と納得できて、読めてよかったな〜(ホモソーシャルにおいて獲得する価値のあるもの・消費するものが女性(性的に)で、その論理で行くと自分たちを消費される側と見なす同性愛者は弾かれるという論理)。
あと男性が真に認められたいのは女性ではなく男性、というのもなるほどと思った、この人のためなら死ねる、と男が命を賭けるのは大抵男性であると‥。
トロフィーワイフとかも出てきたけど、自分の彼女/妻とか誰かの彼女/妻をくさす男性たちの理屈が本当に分からなかったけど、ここで書かれたホモソーシャルの仕組みの理屈に載せるとなるほどとは思う‥それでいいんかとは思うが‥。
結構全体的に、「男性は」って主語で言いきられてたのはどきどきしちゃったけど‥まあその感覚は引き続き持っていこう‥。
加藤陽子さんの『伊藤野枝集』、上間陽子さんの『心的外傷と回復』も読んで痛ましく思いつつ、でもこういうアンソロジーだからこそ出会った内容で読めてよかったです。 -
Posted by ブクログ
読書会で取り上げられてなかったら、読まなかっただろう。読書会での発表を意識して読んだお陰で、訳されている言葉の適不適であったり、表現されている意味を考えながら読む事が出来た。
また、読書会参加者の視点を得る事で、新たな気付きや新鮮な考え方に触れる事が出来た。
特に自分自身が年齢や経験(今回の場合はアトランタ在住経験も)を重ねてきた事で、頭の中の理解だけでなく実生活を通した感覚を持って読む事が出来たと思う。
後半になるに従いスカーレット自身の登場場面が少なくなると共に、今まで美しく見えていた彼女の力強さが、今度は醜くく変幻してきている様に思えてきた。
訳の良さもあってか(細かい点においては色んな疑問や注文、はあるけれど)文庫本5巻あってもあっという間に読めてしまう。そのため読書会のペースを越してしまうので、次に進みたい気持ちを抑えるのが大変でした。
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以前にクックの「夜の記憶」を読んだことがあり、この作品はまあかなり、いわゆる「イヤミス」で読んだ後になんとも言えない気持ちになって、登場人物の名前を全く別のシチュエーションで聞いてもその気持ちが蘇るトラウマミステリーでした。
なので、なんとなくしばらく遠ざかっていたクックなのでした。
こちらの作品も形は違えど、遠い日に起こった出来事を深い悔恨をもって回想する、そして出来事の真相が明らかになる、という点では同様の展開。
他にも「記憶シリーズ」があるらしくて多くがこのようなパターンで展開されるお話との事、普通ならばワンパターンと感じてしまうところなのですが、これがクックの筆力にかかると仮にワンパと思っていたとしても深く引き込まれてしまうのです。
ミステリーといってもかなり文学フレーバー強し。
エンタメを求める方にはフィットしないでしょう。
巻末の翻訳家の解説によると本国アメリカの書評家の間ではクックは「雪崩を精緻なスローモーションで再現するような」と表現されているらしいのですが、ほんと、これ、上手い事言うな〜と感心しました。
まさにその通りで、事件の起きた背景や小さな誤解や保身の嘘や優しい嘘などをとても繊細に描いて秀逸。
人物描写、その感情の描き方もとてもセンシティブです。
この作品は「アメリカ作家クラブ賞最優秀長編賞」を受賞していたり、邦訳された1996年の「文春ミステリーベスト10」の海外部門1位、「このミス」海外編2位など、クックの実力を日本国内にも知らしめた1冊なんですよね。
クックを初めて読む方はこの作品をぜひお勧めしたいです。