鴻巣友季子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
スカーレットはいつも前向きで凄い!それがこの本の最大の魅力だと思った。
前向き(ポジティブ)は楽観的ではなくて、彼女は実際現実主義者でもある。ただ、どんな不幸な人生でも前を向くことができると教えてくれるのがスカーレットだった。それも周囲のおかげだと最後の最後に気づくんだけどね。。その2人もいなくなったらどうなるのと思うけど、それでもやっぱり前を向くスカーレットは(周りの心は折れていく中笑)心が折れることを知らないよねえ改めて凄すぎる
そしてこの本を読んで思ったこともう1つは、人間そんなに変わらないのかもと笑
多少成長はするけど、生き方は変えられない
それが環境とマッチしないとほんとに生きるのが辛いだろうなと思った。今はいい時代だ(私にとって)
物語は終わっちゃったけど、どうかこの先スカーレットが誰かのために行動する人になってほしいと心から願わずにはいられない
-
Posted by ブクログ
ネタバレファーロングは真っ当な普通の人だ。妻と娘たちを愛し、妻を尊敬し、借金をせず、よく働き、親切にされれば感謝し、可哀想なものを見れば心を痛めて手を伸ばす。彼の行動には、屈折した人物のような心理的説明がほとんど要らない。こんな「ちゃんとした人」を主人公とした小説を読むことは久しぶりだ。
街の人々が噂として知りながら目を背けていた修道院の洗濯場について、ファーロングはその実態を見てしまう。一度知った後も以前と同じ顔で生活することができず、最後にはセァラを連れ出す。それが善い行為であることは疑えない。誰かが「これはおかしい」と認識して動かなければ、現実に存在した洗濯場もなくならなかっただろう。ファーロングは立派だと思う。同時に、このことを手放しで「偉い、素晴らしい」と称賛するには、あまりに危ういと感じる。
セァラを救うために彼が賭けたのは、自分の生活だけではない。アイリーンと娘たちの生活まで、相談なく危険にさらしている。私がアイリーンなら、少女を追い返せとは言えなくても、夫には断じてこんなことをしてほしくないと思うだろう。
セァラと歩くファーロングは、自分の最良の部分が輝き出したような、これまでにない幸福感を味わう。信じていることと実際の行動が一致し、善きものと同化したような高揚だろう。代償を払うと覚悟しているが、その請求は家族にも届く。小説は、彼が最も美しく、まだ現実の代金を一円も払っていない瞬間で終わる。
ファーロングは、たまたま知り、できないとは言い切れず、自分で選んでしまった人であり、それが立派だと思う以上に気の毒だ。他人事にする能力を持たない人には、世界が勝手に仕事を割り当ててくる。善良さは美徳だが、ときにその人へだけ高い代償を支払わせる。
評価は4.5。静かな希望の物語というより、善い人が善いままでいることに伴う危険を描いた小説として読んだ。
余談。訳者後書きで『クリスマス・キャロル』に準えられることもある、と紹介されているが、読みながらそれを感じた。ファーロングは3度修道女会を訪れる。クリスマスキャロルのように整然と過去・現在・未来とはなっていないが、これまでの噂の真相を知り、現在の苦痛を見て、娘の未来を案じるところは重なる。3度目に訪れた後、町の人から奇異な目で見られるところも重なる。幼い彼に『クリスマス・キャロル』を与えたのがウィルソン夫人なのも重要だと思う。彼女はファーロングに実際の庇護を与え、そのうえ、他人の不幸を想像するための物語まで与えた。ファーロングは大人になって、かつて受け取った二つをセァラへ渡し直す。そう考えると、あの本は単なる伏線ではなく、ウィルソン夫人の行為が彼の内部で長年かけて言葉になり、ついに行動へ戻るための装置なのだろう。
『クリスマス・キャロル』に似ていると感じるものの、スクルージは富を配って共同体へ再統合されるが、ファーロングは善を行うことで共同体から排除されかねない。奇跡の後に幸福が保証されない、厳しい『クリスマス・キャロル』である。 -
Posted by ブクログ
主人公の男はアイルランドの地で、メイドの私生児として生まれ、女主人の厚意により奉公先で育てられた。十分な教育を受け、社会に出た男はまじめに働くこと、誠意を持ち他人と接することを信条に、燃料店を営み家族を持つに至る。本書ではその男の働きぶりや心の持ちようが描かれ、ささやかなことを積み上げる大切さが伝わってくる。その様子はクリスマスイブに従業員たちと訪れた食堂の女主人にかけられた言葉に良くあらわされている 『あんたはわたしと同じで一生懸命働いて、その場所にたどりついた。…』
主人公の男は燃料の配達時に修道教会が運営する洗濯所の過酷な労働状況を目にする。町の人々はうっすらと何が行われているか気づいているが、誰もアクションを起こさないでいたが、主人公の男は違った。逡巡の末、告発の一歩を踏み出したのだ。ささやかなことを積み上げてきた男の行動倫理から発生したものだが、男が積み上げてきたすべてを失う恐れもあるのに。前出の食堂の女主人の言葉は、彼の行動をいさめる言葉でもあったのだ。
アイルランドでは修道協会が母子収容施設と洗濯所を運営し、そこでは非人道的な扱い、労働を強いることがあったようだ。本書のモデルは1996年に閉鎖されたアイルランドのマグダレン洗濯所だが、アイルランドには複数個所存在し、その存在を知らしめることと同時に、まじめに働く、誠意を持ち隣人と接する、男女で格差を設けない等国を越えた普遍性が描かれている。その普遍的でささやかなことがらは60歳を越えた日本の男性読者である僕の心を打ち、うなづき、涙しながらページを読み進めさせたのだった。 -
Posted by ブクログ
家族には絶対的な存在で逆らうことが許されない哲学者ラムジー氏、偉大な家長として頼られ崇められ、時には反発される。海の向こうに見える灯台へいこうという息子のジェイムスに、にべもなく「明日は晴れないだろう」という。美しくしっかりもので周囲からあがめられる8人の子持ちの理想的な母親ラムジー夫人、独身女性には結婚しなければいけないと解き、身近に集う若い男と女を結びつけようとする。
独身の女性画家リリー・ブリスコウやウィリアム・バンクス、チャールズ・タンズリー、オーガスタス・カーマイケルなどもラムジー家のスカイ島の別荘に一緒に滞在している。
第一部では、そんなラムジー家の別荘に集う人々の一日が描かれる。
第二、第三部は、10年後の別荘の一日。ラムジー夫人も美しかった娘のプルーも息子のアンドルーも亡くなっているが、ラムジー夫人は美しく理想の女性としていまだにあがめるリリーは、独身で、ラムジー夫人が画策したウィリアムバンクスとは結婚していない。ラムジー氏は10年前に果たされなかった灯台行きを決行する。反発するが逆らえず同行する16歳になった息子のジェイムスと娘のキャム。
われわれが周囲の景色やまわりの人々を見た時に、相手の機嫌を推察したり、時には高圧な態度に反発したり、でも敬愛すべき人であると思い直したり、そこから派生して過去の行動や会話も連想したり、まわりの景色に思いを寄せたりといった心象風が続く。 -
Posted by ブクログ
この物語は、アイルランドの恥部ともいえる歴史を下地にして綴られている。
舞台の地は、アイルランドの西南に位置する小さな町ニューロス。
主人公のビル・ファーロングの母は、資産家の未亡人ウィルソン婦人の屋敷で女中として働いていた。
その母親は16歳の時に、父親不明でファーロングを身ごもった。
子がなかったウィルソン婦人は産後も引き続き母親を雇い続け、赤子のファーロングを可愛がった。
そんなある日、母親が事故で亡くなるのだが、ウィルソン婦人は12歳に成長していたファーロングに教育を与え、結婚する時にはそこそこの大金を祝い金として渡してくれた。
ファーロングは石炭や薪を商う燃料屋を起業し、アイリーンと結婚することになる。
その後に5人の娘にも恵まれて、幸せな家庭を築いていた。
ある日、ファーロングは修道女会に注文の石炭を運びに訪れる。
石炭を収納小屋に納めようと扉を開けると、そこにセァラという名の少女を発見する。
セァラは全身が真っ黒に汚れ、一晩小屋に閉じ込められていたと訴える。
しかも彼女は女の子を産んだのだが、修道女達に取り上げられ会うことも叶えられないという。
セァラを不憫に思いながらもファーロングは修道女会に彼女を引き渡すのだが、その時の修道院長の言葉と態度が冷徹で威圧的に感じた。
その日の夜、セァラと出会った一部始終を妻のアイリーンに話し、何か自分にできることがあるのではと考えていると伝える。
するとアイリーンは、「うまくやっていきたいなら、目をつむるべきこともあるはずよ」と世の正論を述べた。
しかしファーロングは、セァラの現状に向き合わなかったことを後悔し、一人の人間として「ささやかなこと」であっても行動しようと決意する物語だ。 -
Posted by ブクログ
こどもの時に憧れた海外の丁寧なくらし(摘んだベリーでジャムを作ったり、ハーブを摘んだり、動物のお世話をしたり)の描写と
主人公の感じている無力感や寂しさなどがないまぜになって
寂しいのにカラリというしている不思議な読後感がありした
現代の私たちの感覚で主人公のおかれた状況をみると、「この親はありえん!」と断罪したくなりますが、舞台となったアイルランドでは1980年代までカトリックの影響力がとても強く、避妊も中絶も困難なこと、農家では労働力として多子が望まれていたことなど今とは異なる背景があります
個人的には、優しい人も正しい人も心が豊かでない人も悪意がある人も、いろんな人がいるんだ、と主人公が知る瞬間が個人的に一番印象的でした。
人によってものすごく大きな違いがある、ということに気付いたけれど、それを良いも悪いとも決めずに「事実」として受け入れる。成長とも諦めとも言える。
気に入ったフレーズたち
P47 その日その日の卵料理と、マーマレードを塗ったトーストを食べる。
P53 おじさんはそれ以上なにしない。ただそこに突っ立って、自分の言葉が残した船跡にとらわれている。
P78 「なにも言わなくていい」と、おじさんは言う。「言う必要のないことだと覚えておけばいい。だいたいひとってのは、口を閉じておく完璧な機械を逃して多くのものを失うものなんだ」
P105 今はなしているのは実のお母ちゃんだけど、わたしはもうちゃんと成長して、いろんなことがわかっていたから、あそこで起きたことは言わなくていいことだってわかっている。「なにも言わないでいる」完璧な機械だった。