ヴァージニア・ウルフの作品一覧
「ヴァージニア・ウルフ」の「青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集」「三ギニー」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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小説・文芸
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Posted by ブクログ
津村記久子さんの『やりなおし世界文学』で知った本。
作家さんでさえ、どう説明していいか、と戸惑う本。
なのに、救済感、美しさが感じられる。
それは読んでみなくては、と思い手にする。
たしかに、何と言っていいかが難しい作品だった。
でも、最初の一ページから引き込まれてしまう。
スコットランドの小島にある、ラムジー家の別荘の、夏のある一日が描かれる。
ラムジー家の幼い息子、ジェイムズが「影や光の射す一瞬」を結晶化していつまでもとっておけるように、その一日が克明に描かれる。
最初透明な語り手が状況を語り始めた…と思った次の瞬間に、ラムジー夫人の内言となり、その直後には彼女が注意を向けた人物、例えば夫、ダンズリー、バンクス、そしてリリー・ブリスコウといった人物の内面に移っていく。
これで読者として混乱しないのかといえば、意外としない(というか、たいして事件が起こるわけでないのであまり困らないのかもしれない)。
それよりも、次第に浮かび上がってくるラムジー夫人、ラムジー、ブリスコウらの人柄、人生に興味が掻き立てられる。
特に魅力的だと思ったのがリリー。
画家として生涯独身を貫き、自らの表現を追究しようとしている。
大変な美女ではあるが、一世代前の価値観で一直線に行動するラムジー夫人とは相いれなさそうなのに、なぜかリリーは夫人を慕い続ける。
自分が持っていないものを持っているからなのか。
十年の後、夫人も世を去り、夫妻の八人の子のうちの二人が早世してしまった後の大きな喪失感を味わいながら、人がそこにたしかにいることで、世界がどれだけ充足していたかを見出だしていく。
そのリリーの姿は、せつなくて美しかった。
Posted by ブクログ
ヴァージニア・ウルフの短編集で、執筆年は1900年代から1930年代くらいのあいだ。
ヴァージニア・ウルフは相当昔、高校生の頃にたぶん『ダロウェイ夫人』を読んだだけだったと思う。ほぼ印象は残っておらず、自分の文学地図の中でジョイスの影に隠れてしまった印象がある。
本書を読んでみると、なかなか新鮮だった。「まさにモダニズム」なのである。
従来のコンテクストを超え、新奇で根本的価値設定を再探究するかのような味わいがあり、読んでいてワクワクする。これは音楽で言うとシェーンベルク、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、初期のショスタコーヴィチ、サティ及びフランス6人組といった面々の清新な作風に通じるものがある。絵画ではもちろん、ピカソ、ブラック、マティス、未来派、シュルレアリスムなど。
もはやそれらは100年も前のムーブメントであって今では「古典」と呼ぶべき一群ではあるが、そのスパイシーさ、フレッシュさは、今なお色あせているわけではない。まさに欧米芸術の黄金時代だったのだと思う。
さてウルフのこの短編集では、様々な「試み」がなされ、それぞれに完成度が高い。従来の「物語」は破壊されて、スケッチ風のシーン、コトバの放逸な実験が繰り広げられている。たとえば20世紀後半のヌーヴォー・ロマン、シモンやブランショなどは「さらに先へ」行ったのかもしれないが、ここでウルフが投げかけた問題提起はすべて解消されたわけではなく、相変わらずそれは無限の可能性を秘めて屹立しているように見える。
このモダニズム小説は、日本で言うと初期の横光利一におおむね反映されているような気がする。
ヴァージニア・ウルフの邦訳は近年割と手に入りやすいようなので、改めて読んでみたい。
Posted by ブクログ
今まで読んできた小説とは一線を画す技巧を凝らす作品である。物語展開で作品に引き込まれるのでなく、小説の表現方法で心つかまれる体験は初めてかもしれない。
たった二日間の出来事を登場人物たちの内省を中心に物語を組み立てる手腕はさることながら、ある人の心理描写がいつの間にか他の人の思考に置き換わり、溶け合う。さながら、長尺一本撮りの映画を観ているよう。しかし、読者が触れるのは登場人物たちの発話や表情ではなく、内なる独白なのである。この奇妙な感覚は本作との出会いに感謝せざるを得ない。
各主要人物たちは総じて魅力的だが、個人的なベストはラムジー。なんといっても女々しい。「同情を強いてくる飽くなき欲望」を体現しながら間近で深いため息をつく姿は、現代の友達いないプライドだけ熟成されたおじさんを想起させる。
その凝り固まった自尊心が寂しい、の一言を他人に告げることを不可能にする。そんな自分を顧みることなく、不当に扱われているという認識から不機嫌になる。うーん、他人事ではないなと身をつまされる。
世俗と芸術という主軸をベースに読み進めるのもよいし、私のように卓越した技巧に着目する読み方もできる。どの登場人物に一番共感するかも読者それぞれで異なるだろう。
しかしどの人物も悩み苦しみ、一時は救われたように見えても、再び同じ孤独や不安に立ち返ってしまう。そのような人生のままならなさが何度となく描かれる。そのやるせなさや寄る辺のない不安を肯定してくれるやさしさが、本書に通底する魅力なのかもしれない。