鴻巣友季子のレビュー一覧
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「知ること」の大切さ。
こんな話を聞いたことがある。
関心のない国や土地については、地名は知っていても、地図で書いたり場所を指し示したりすることができない。つまり、自分の世界ではその土地がなかったことになっている。
これは見事に自分に当てはまっていて、知っているつもりでいたこと恥ずかしく、また恐ろしくも感じた。関心がないということは、無視しているのと同じことなのだと。
この本は、訳者・鴻巣友季子さんのX投稿で知った。
1985年のアイルランド話。それは1996年まで続いていた。中世の出来事でない。
だからこそ驚いた。
この知らなかったことを知る驚きは、
韓国の映画「タクシー運転手」でも -
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著者はアイルランドの代表的な現代作家さんらしい。
舞台はアイルランドのとある都市、1985年のクリスマス。
ファーロングは父を知らぬ私生児として育ったものの、今は燃料店を切り盛りし、
妻と五人の娘に恵まれている。
ところが、クリスマスの直前、女子修道会に付属する施設で
その実態を目の当たりにしてしまい・・・
自らの生い立ちと重ねつつ、葛藤する・・・
アイルランドには、1996年まで各地に「マグダレン洗濯所」という
施設があった。
母子収容所を併設し、政府の財政援助を受けながら運営されていたものの
実態は女性への虐待と労働力の搾取・・・名ばかりの職業訓練所だったとか。
ファーロングは、その実 -
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とにかく夢想と回想がたくさん描写され、一人の人間が様々な思いを巡らしているかと思っていたら、いつのまにか別の人物へと視点が変わりその人の心に入り込んでいるのだが、訳文がとても読み易くて「今、誰が語っているんだっけ?」と見失うことはなかった。読むのに時間かかちゃったけど。
一人の人間には多くの感情や考えが入り混じっており、そんな多くを抱えた複雑な人間同士がコミュニケーションするのだから、そう易々とうまくいくわけがない。こうしてほしい、褒めて欲しい、あの人と仲良くしてほしい等、様々な思惑があり、誰かの言葉や態度が憎くて許せなくて長年恨むようなこともある。あの人のあそこが許せないにおける“あの人”と -
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最初は退屈な物語かも、と思った。
登場人物がお互いに心に思ってることをひたすらモノローグで繋いでいって、一向に何か起きる気配がないから。
悪人も完璧な人もいない。
美しい母親と、ちょっとエキセントリックなお父さん。尊敬もされてるけど面倒くさい。
子供たち、書生、家庭教師。
登場人物同士の愛憎入り混じる感情、自己愛と愛。
モノローグでお互いの気持ちをふわふわと漂っているうちに、いつの間にか登場人物とともに歳をとって、彼らをお屋敷の物陰から覗いている、そんな感じ。
三部の美しさ、悲哀はちょっと筆舌に尽くしがたい。
あと、めちゃくちゃ共感したフレーズ。
「どうやら本というのはひとりでに増殖するも -
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ミステリーに分類されているが、ネタバレや謎解きに重きが置かれている訳ではない。
事件発生までの時系列に加えて、主人公の少年が老齢になった現代の描写や裁判の公判での証言を織り交ぜることで飽きの来ない展開がされている。
少年の一途な心理が描かれているが、大人の自分としては、彼が興醒めする大人側の視点で考えてしまう。学校長の父親に対する評価が、主人公の少年と女性教師で違っていたことが判明し、彼自身の成長に併せてそれも変遷していくことが描かれている。美人教師の赴任に端を発する事件の裏で展開される、親子や家族関係がテーマなのだろう。
一つ気になったのは、主人公の心理描写と重ねられて陰鬱に描かれているチャ -
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ネタバレ箸休め的に軽めの一冊。
翻訳本は結構読むけど、こういった視線は新鮮だったり。
筆者のスタンスは序章に言い切ってしまっていて「翻訳とは一種の批評なのです。しかし翻訳者が書くのは、その作品の論評ではありません。作品そのものを書くのです」という文に集約される。いやー、あまりに正鵠を射た意見すぎて何も付けたせない…。
学芸書も同じように翻訳本が結構あるわけだけど、ああいったのもキチンと専門家が訳してくれている意義があるわけだ。いやぁ、ホントありがたいなぁ。
そういえば各章に英語本文を持ってきて、どちらかというと翻訳者を目指す人向けではあるんだけど、どういう思考で翻訳をするかという視点の読み物でもあ -
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嵐が丘に住む不思議な住人達。互いにいがみ合いながら暮らしているのだが、その関係性がわからず、鶫の辻の間借人のロックウッドは使用人のネリーに話を聞きます。彼女の話がまぁ、面白い。ロックウッドじゃないですが、「早く続きを話してくださいよ」とせがみたくなります。
ネリーは自分が常識人みたいな感じで話していますが、彼女も偏見ありまくりの大概な人物で、彼女のせいで揉め事が大きくなっているまであります。そんなところを、突っ込みながら読む楽しみもあるのではないかと思います。
二人がもめていたら、普通はどちらかの肩を持ちたくなります。ですがこの作品の場合、どっちもどっちですので、高みの見物的な立ち位置でそ -
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最初はしょうもないオッサンやなーって感じだったんだけどね。まぁ最後までそれは変わらなかったわけですよ。
しかし平たく言えばいい年こいても性欲が収まらないオッサンが若い子に手を出すといういやしかし普通に今でもあるけどそれが文学的な表現でここまで生まれ変わるのかと思えば待ちでパパ活に励む世のおっさんどもも大手を振って歩けるというものではないか。
フラレた若い子の出ている劇を見に行ってまた振り返ってくれないかなーとか妄想しているところとか最高だけどしかしこんなんで賞を取っちゃうとか審査員もオッサンしかいねーじゃねーかとかこれはこれでどうしようもなく、、イイネ! -
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ネタバレ背景はアパルトヘイトが終わった頃の南アフリカでの個性的な白人男性の転落話なんだけれど、私は女。女目線から読むと学生に手を出す准教授も白人を凌辱する男も最低……。この最低な男が語る体験と生活。そこに登場する全く理解できない娘の価値観。だからと言ってこれは嫌な話だ! となるわけではなく、読み終わるとグルグルと登場人物それぞれの人生や考え方・背景を想像し回想し行動理論を考えちゃう。この余韻を文学と呼ぶのであればすごい作品。全く想像すらできない生活エリアでの話なのにリアリティが迫ってくるのもすごい。読んでみて、価値観はきわめて個人的なもので共有できないが、慮ることはできる。しかしできたところで虚しい。
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強烈のひとこと。
だれも心を寄せられる人物がいない(笑) でも、それでもしばしのあいだ心のなかに人物が住みつくあの感じが残るところが、やはり名作たるゆえんなのだろうな。読書会向きというか。人の感想も聞いてみたい~。
読みはじめ、二種類の訳をいったりきたりしたのだけど、鴻巣さん版は、語りの枠のあり方(誰が語っていて、その人がこの物語のなかでどんな位置づけなのか)が、台詞回しだけでも明確に描き出されていて、すんなり物語に入れた。
考えてみれば、いちばん最初に登場するのが、縁もゆかりもない下宿人て、導入としてはかなり難しくないですか? でも、第三者がいないと語る動機がないからこうせざるを得ないのか。 -
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ネタバレはじめて読むクッツェー。
先入観で難しい話かと思っていたが、翻訳も読みやすく、スラスラと読めた。
読む人の立場により、どこが印象に残るか変わってきそう。
前半は父親の、性欲とプライドに突き動かされた結果の都落ちまでを描く。一転、後半の方は娘と父の関係が中心になっていく。
強姦され子供を孕った娘が、相手を告発せず、そのことを誰にも話さない、その娘の気持ちを理解するできない父親の苦しみ。その背景に仄めかされる、南アフリカ社会で白人として生きていくことのハードル。そんなところが印象に残った。
いつか再読したら違う読み方ができるかも。
クッツェーの他作品も読んでみたい。