鴻巣友季子のレビュー一覧
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入れ子構造になった複雑な物語。
・人生の終盤を迎えたアイリスの現在と回想。
・車ごと橋から落ちて、若くして亡くなったアイリスの妹、ローラが、生涯に1作だけ書いた小説『昏き目の暗殺者』
・その小説自体も、人目を忍んで逢瀬を重ねる男女の逢い引きのなかで、男の口から、とある惑星を舞台にした物語(それこそが『昏き目の暗殺者』)が語られていく。
……とまあ、自分の頭の中を整理するために書いてみた。
ちょっと長くて、どれもこれも謎ばかりなので、わくわくというよりは少し読み疲れる感じもあるのだけど、それでも下巻は読むつもり。あと、老いに対する容赦ないぶった切り方など、どきっとするところも多くて、この呵責のなさってアトウッドの特色なのかなと思ったり。(2、3冊読んだくらいでえらそうなこと言うな) -
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2023.1.2放送のものに、放送では伝えられなかった内容を加えさらに充実させた1冊です、とディレクター山田氏の「はじめに」弁。
「伊藤野枝」は番組では辻潤と大杉栄との関係と28歳までに7人の子供を出産、というのがとても印象に残ってしまってあまりいい印象は無かったのだが、加藤陽子氏の活字を読むと、思索の人ではあったのかもという印象が少し増えた。明治28年の生まれで生家は没落はしていても潤沢だったころの生活の名残があり、労働者の開放を思想しながらも、女工たちの生活との間には一線がひかれている、などのことが改めて分かった。
「侍女の物語」では筋書きや登場人物の意味付けが書かれていて、気づかなかった意味付けが分かった。また続編の「誓願」にも触れられていたので、やはり読むべきかな。
「男同士の絆」では、論理的な上野氏の文章で番組を再確認。改めてマネの「草上の食事」って、やな絵だなあ・・
男同士のお話で女性は相手の男からぶんどった戦利品だ。
またセジウィックは私たちが常識と思っているような性道徳は意外と歴史が浅く、ここ3世紀くらいのもの。それを「伝統」として頑なに守っているのが宗教保守。歴史的な変化が起きると、いままで当たり前だと思っていたことに亀裂が入る。その亀裂が見えた時に初めて、いままで当たり前だと思っていたことの起源に関する議論が成り立つ。始まりについて知ってみたら、終わりもまた見えてくる。・・歴史のある時点で始まったものには、必ず歴史のある時点で終わりがくる。なので、異性愛の男同士がホモソーシャルな集団を形成して、富と権力を独占するという今日の当たり前にだって終わりを予見することができる。「男同士の絆」はそういう、希望を与えてくれる本でもある。
2023.7.30第1刷 購入 -
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紹介されている本はどれも興味深かった。
ジュディス・ハーマンの心的外傷と回復は、特に読みたいと思った。
・伊藤野枝の「階級的反感」にはめちゃくちゃ共感する。
正義に燃え、階級による格差や差別をなくしたいと思って活動しているのに、(活動による救済の対象である)労働者階級と仲良くできない。相手には拒まれてしまうし、相手のそんな振る舞いに自分も苛立ってしまう。
それを率直に認めて見つめるのは勇気がいるがとても大切なこと(今のリベラル知識人に足りていないこと)。
そして、上間陽子の「階層的な違いや壁は確かに存在する。でもそこからだけどな、そこからスタートすればいい」というのは説得力があった。
・アトウッド『侍女の物語』は、カズオイシグロのフェミニスト版みたいだなという印象。
フェミニズム的価値観が押し出された小説ってあまり読んだことがない気がするので未知だが、いつか読んでみてもいいな。
現代アメリカ批判も含んでいる作品。
・ジュディス・ハーマン『心的外傷と回復』、名前はもちろん知ってる古典的名著だが、内容を解説されたものを読んだのは初めてでためになったしさらに興味を持った。
第一章の研究史の概説も知りたいし、第二章の心的外傷からの回復の道筋を私も勉強したい。
PTSDはずっと女の「ヒステリー」扱いされていたのが、ベトナム戦争帰還兵が同じ症状を訴えてはじめて病気だと認定されたというのは、女性が社会に占めてきた地位を物語っていて興味深い。
・セジウィック『男同士の絆』、いかにも上野千鶴子らしいゴリゴリの理論書。ホモソーシャル空間成立にはホモフォビアとミソジニーが不可欠という、これ自体は聞いたことのある話。
ただホモソーシャル空間での競争関係があるために、そこで敗北した「弱者男性」は自分より弱い相手である女性が攻撃対象であるという指摘には確かにと思わされた。
最後に書いてあるように、男がホモソーシャル空間から半身抜け出さないと社会は変わらない。男がんばれ。 -
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ネタバレ1926年、アメリカ。ケープ・コッドにあるチャタム校に、新しい美術教師のミス・チャニングがやってきた。校長の息子ヘンリーは絵の才能を見込まれ、放課後や休日も黒池のほとりにあるチャニングのコテージを訪ねるようになる。だが、チャニングが同僚の文学教師リードと親しくなりはじめてから、少しずつヘンリーの世界は歪みはじめた。少年時代の記憶の澱を揺さぶるミステリー。
完成度が高くて面白かったんだけど、最後まで読んで語り手がやらかしたことを知ると、途中で何度も「しんどい記憶だけど、今思えばあれも青春だった……」みたいな感慨を漏らしてたのが後からムカついてくる(笑)。最終章は激しい罪悪感から生みだされた捏造記憶の可能性もあると思うけど。
これは保守的な父母や村の人びとを見下し、外の世界に飛びだしていきたいという憧れに目が眩んだ思春期の認知の歪み小説だ。前半は、村の異物でしかないチャニングの教養豊かで凛とした姿をきらきらとした理想化込みのヘンリー目線で追う心地良さがあり、たしかにヘンリーが”青春の日々”としてチャタム校事件を追憶する気持ちもわかるのだ。一方でチャニングが村に降り立ったその日から、絶え間なく悲劇がほのめかされ続けるのだが。
認知が歪んでいたのはヘンリーに限らないのだと思う。棄てられるという不安に怯え続けたアビゲイルも、チャニングにファム・ファタルを見いだしたという意味で似た者同士のリードとパーソンズも。灯台での最後の会話からして、リードはアビゲイルを棄ててもメアリは連れていくとチャニングに話したのだろうし、その身勝手さに父の面影が重なり、チャニングは絶望したのだろう。ヘンリーもリードもチャニング自身とチャニング父の放浪癖を同一視しすぎていた。そして、生徒に詩を読み聞かせるリードの姿を眺めていたチャニングも、リードを誤解しながら恋に落ちたと言えるのかもしれない。そんななかで、思春期のヘンリーからつまらない人間と決めつけられていた父(校長)だけは噂に惑わされず、目先のわかりやすい”正しさ”に飛びつくこともない静かな真心に溢れた人物として面目躍如する。
少年時代の回想と証人となり裁判で語った言葉、そして弁護士になった老ヘンリーの現在と、何層もの時間が重なり合い、悲劇をほのめかしながら丹念な心理描写で焦らしに焦らす。思わせぶりなミスリードの匙加減がとても上手く、死ぬのがサラだと察した瞬間が一番悲しかった。チャニング、サラ、アビゲイル、メアリが悲劇のなかに閉じこめられ、ヘンリーの母も(奥行きのある書き方はされているが)倦怠感に飲み込まれ怒り続けた女性として退場することを思うと、本書は女性の苦しみ、特に女性が一人で生きていくのがまだ難しかった時代の苦しみをテーマの中心に据えていながらも、老いた男の後悔と甘美な思い出から奥へ踏み込み切れてない、前時代的な”リアル”を感じられる物語だとも思う。 -
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怒涛だった………
最初から最後までずーっとハラハラしながら読んでいた気がする。
KKKってなんとなく存在だけは知っていて、「(白装束の姿の白黒写真とか見て)薄気味悪いな〜」っていう印象しかなかったんだけど、まさかここで物語に関わってくるとは。
無知すぎてKKKが元々は南部の人たちで結成された組織っていうことすら知らなかった。
4巻は、ただ楽しく読むだけじゃなくて深く考えさせられることが多かった。
南部でずっと行われてきた奴隷制の是非や、KKKが結成されざるを得なかった当時の情勢とか。
自分の中では、黒人も白人も関係なく平等だし、就く仕事も誰と結婚するかも、人種というのに制限されずに個人で選択されるべきだと思うけど、ずっと南部の古き良き暮らしの中で生きていたらその考え方は当たり前じゃなかっただろうな、と痛感した。
実際、物語の中で奴隷解放令で街に解き放たれた奴隷たちが好き勝手やっているのを読んだりすると「南部は南部で、そのままでよかったんじゃ?」って思ったりしちゃう。
うーん、やっぱり考え方ってその人の生きてきた環境にすごい左右されるんだな。
次巻で最終巻、スカーレットには必ず幸せになってほしい。フランクが死んじゃったのは悲しすぎるけど、幸せになって、お願い。 -
Posted by ブクログ
元文学部の教授が学生と関係をもったために大学を追われるも妙な開きなおりさえ見せる序盤、あまりにも現実での見おぼえがありなんともいえない気分になる。とまあそれはさておき、まだ訴えられる前の主人公の勤めるさきがコミュニケーション学部というのが最高で、この全体のかろやかな皮肉の調子はなによりも文体に滲み出て、絶望的な惨状や嘆きをとことん悲壮にさせない。いわゆるインテリ側の人間が、そういうもののまるで通じない土地に身を置いたときの無力さは、しばしば描かれる題材ではあるかもしれないがやはり痛切。自身のもたらした害には一向に想像力を働かせないで、自身と、そのまわりがうけた屈辱だけを嘆く滑稽な男が、最終的には殺処分される動物らに愛を見いだす結末には、この物語に対する安易な形容を寄せつけないすさまじさがある。
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匿名
ネタバレ 購入済み感情に迫る作品
その持ち前の激しい性格さゆえにインパクトを受けるヒロイン・スカーレットが過ごす、当時の国の環境に巻き込まれた運命を描いた作品です。「もし争いがなかったら、彼女はどのような人生を送っていたのか?」という想像が尽きませんし、読者から主人公への感情移入がしやすいと感じます。古のベストセラー作品ですが、特に心情面において優れた描写があると思いました。
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本書に出てくる英文の名作は、今の自分では自力で読み解くのは難しいレベルのものばかりでしたが、それぞれの名作に対する著者の解説を読むと「あぁなるほど」という新しい学びが多く楽しく読めました。
古今の名作というものに対して、無意識に「これは『正しいものだ』」という思い込みを誰しもしてしまいがちだと思いますが、本書に出てくるエドガー・アラン・ポーの文などは一つのセンテンスが異常に長かったりするので、細かい部分まで分からなくても「これは変だ」と感じました。
ただその「変な部分」がその名作の重要なエッセンスになっていて、翻訳はそういう部分も活かす (著者は「デコボコを均しすぎない」と表現していましたが)ことが大事だと。翻訳という世界の深さを改めて感じました。
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Posted by ブクログ
私が読んでるのは昭和63年初版のもの。
訳者も違うからかなり時代を感じる。
今だったら許されないような差別用語も
普通に使われている。
逆にそれが生々しくてその時代を側に感じる。
風と共に去りぬは有名。一度読んだけど
途中で止まっていたので再読した。
今回は面白く読めた(前回はタイミングではなかった)
ただの恋愛小説かと思っていたけど
アメリカの南北戦争の話が細やかに書いてある。
歴史小説は好きだけどアメリカの歴史は興味がなかった。
大統領の名前を聞けばその時代がどれくらい前か分かる。特にリンカーンは有名。それしか知らないけど。
名前と有名な演説しか知らないリンカーン。
その人が大統領の時代アメリカではどんな事が起こっていたのか?
奴隷解放と真っ只中。
奴隷のイメージは悪い。
でも奴隷に見下される白人がいたり
知らない歴史がそこにある。
かなり生々しくて戦争がどんなに恐ろしくて馬鹿馬鹿しいものか感じる。
戦争前と後の人々の生活の変化も本当に細かく描かれている。実際に体験した事なのか?と思うほど。
作者のマーガレット・ミッチェルはこの作品だけしか書いていない。
この小説に全てを詰め込んだらしいけど
本当にそうだろうと思う。
不朽の名作と言って間違いないし
これ以上の作品を書くのは大変な事だと思う。
まだ続きがあるので最後まで楽しみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレとうとうラスト。
5巻は初めてほぼ全編がスカーレット・オハラとレット・バトラーの話、そして二人の関係が終わりを迎える。
「風と…」は南北戦争前後の南部を舞台にした男女の愛がベースになっていますが、それはある意味枠組みに過ぎなくて、南部のアメリカの女性に求められた「淑女」としての姿と、そういう「常識」に逆らって自分らしく生きようとする女性の話であり、しかも、その女性が清廉潔白とか、清楚でもなく、ある時は身勝手で、利己的であるにも関わらず、その泥臭さに親密感がある、、、
レット・バトラーも生き残るために南部の男子の典型からは外れる事を選ぶ男ですが、スカーレットの生き生きとした感じに比べると、いささかステレオタイプ、物語のために作られたキャラクターのような気もしました。
いずれにしても映画の「風と…」とは全く違うと思う。(僕は映画を観てませんが、小説の解説でもそう書かれているし、原作者であるマーガレット・ミッチェルも別物と言っている)
読めばわかりますが、この話を映画にはできないと思います。
映画の評価はおくとして、小説単体として、面白い! -
Posted by ブクログ
「風と共に去りぬ」全5巻の4巻目。
南北戦争に敗れた南部は北部のヤンキー達の支配の下で不遇をかこう。
黒人奴隷達は解放されたものの、手に入れた自由の扱いに困り、労働者として働くよりも、主人に仕え、家族の下僕として暮らしていた頃を懐かしむ者も出てくる。
南部の白人はどうか。貴族的な暮らしをしていた南部の名家は南軍の敗北と共に没落し、下層の貧困白人層が嘗ての屈辱的な暮らしに復讐するように、お金を武器に南部名家の土地を買い取ろうとする。
自分の生まれ故郷に戻っていたスカーレットも北軍が課した税金の担保として一族の農園を取られるのを防ぐため、妹の許婚者であったフランクと結婚し、フランクの財産で難を逃れた。
しかし安心も束の間、フランクに任せていては、この新しい時代を生き抜いていけないと直感したスカーレットは商いに目覚め、レット・バトラーから借りたお金で古くなった製材所を買い取り、復興に沸くアトランタの人々に木材を売りつけることで財をなす。
しかし、そんな、「南部の女性」らしからぬ行動をとるスカーレットに対して反発する人たちもいた、、、
恋愛物語と思っていた作品がいつの間にやら商魂の物語に?
今回はほぼスカーレットの独壇場。レット・バトラーはまたしてもチョイ役です。