上田惇生のレビュー一覧
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断絶の時代は、ドラッカー59歳、1969年の作品だが、信じられないほど正確な未来予測だ。
世界的な食糧危機を預言するがごとき先進国の農業省は、痴呆症にかかっているというしかほかない。p10
先進国に成長をもたらした原動力のひとつは自動車工業だった。途上国では人間と自動車との関係はこれから始まるところである。途上国でも特に若者が車に乗りたがる。しかし先進国のおとなにとって、自動車は情熱の対象というよりも、利便性の象徴である。必需品であるが、欲望や地位とは関係がない。自動車産業は今後南米、東南アジア、インド、パキスタンなどの途上国で成長する。 p11
今日自前の発電所をもつ工場がほとんどないように、20年後には自前の大型コンピュータをもつ会社はなくなる。情報はタイムシェアリングによって得られるようになり、情報のコストは急低下する。コンピュータの使用料は電気代並になる。情報技術はコンピュータ無しでも成立する。p16
情報コストが下がることによって最も影響をうけるのは教えることと学ぶことである。
海洋の開発、利用への移行が大きな変化をもたらす。7000前にエジプト人が成し遂げた二つの偉業はピラミッドの建設と鋤の発明だった。鋤は1,2世紀のうちに農業生産を20倍、50倍に引き上げた。 宇宙開発は現代のピラミッドであり、海洋開発は現代の鋤である。海洋は陸上に勝る資源の宝庫である。とこらが海洋についての知識はほとんどない。海洋の食糧資源、海底の鉱物資源への取り組みにより、新産業が生まれる。p18
巨大都市の在り方も変わる。かつての工業都市は工場労働者が中心だったが、巨大都市では情報と知識労働者が中心である。巨大都市には、大量輸送では不十分である。巨大都市は単一の中心どころか、複数の中心も持たない。電車や地下鉄を使うようによびかけても、皆が自動車を使いたがる。だから自動車のようにどこへでも行ける大量輸送システムだけが受け入れられる。輸送の問題は、人間が移動する代わりに、移動しなくてもよいことにすることで解決される。情報を人間のほうへ移動させればよい。p22
日本についても書かれている。経済には操作のきかない世界がある。操作ができず計画が不可能なのがグローバル経済だ。オランダ、スイス、スエーデンなどの小国はグローバル経済を最上位に位置付けて国内政策を定めた。しかし経済大国のなかで、グローバル経済を中心に据えたのは日本だけである。1940年代後半にイギリスと日本のいずれが経済的に発展するかを賭けたならば、誰もがイギリスに賭けた。20年後、日本は廃墟から発展し、イギリスは後れをとった。p56
特許についても書かれている。 あらゆる国が技術の輸入を必要とする。一企業、一産業、一国が自らの必要とする技術のすべてを自ら生み出すことはできない。長期的に見れば、技術の対価は自らの技術によって支払わなければならない。特許やライセンスの対価としうるものは、自らが開発した特許やライセンスである。しかも技術を売ることが市場をつくりだすことの最高の方法だ。技術収入には製品輸出の100倍の価値がある。海外投資は国際収支上の支払いが生じるが、技術輸出は国際収支上ただちに収入をもたらす。先進国にとっては新技術だけが今日の生活と経済を維持する手段である。p60
最も生産性の高い資源のコストが一国の生産コストを既定する。したがって、そのような資源を生産性の低い分野に投ずることは資源の無駄づかいである。競争力を維持するには、知識の生産性を向上させなければならない。知識と教育に最も投資しているアメリカは、知識を基盤とする新産業でリーダーシップをとらなければならない。
ドルについて。基軸通貨制とは、一国の通貨をグローバル経済全体の通貨とすることであるが、リカードが指摘するように、二つの機能は両立しえない。グローバル経済の発展は通貨と金融の増大を要求すr。基軸通貨の流通は常に増大しなければならない。グローバル経済が発展すれば、アメリカの国際収支はそれだけ赤字にならなければならない。さもなければ流動性の危機を生じるが、そのようなことはいつまでも続けられない。いかなる国も他国の通貨を受け取り続けることはできない。いずれアメリカに財政立て直しと国際収支の改善を要求する。これは、グローバル経済への通貨供給の削減を意味する。、すなわち、グローバル経済が発展すれば世界的なデフレとなる。 いずれ通貨金融システムが崩壊する危険を生じる。1928年、ポンドの過大評価から3年後、ポンドの大暴落を招
き、世界的な恐慌をもたらした。p73
シュンペーターは第一次大戦前に経済発展の要因としてイノベーションをあげ、その担い手として企業家をあげた。ケインズの経済学は、すべて今日の経済を明日に投射していた。明日の経済構造は今日のそれと同じであるとした。イノベーションによる経済構造の変化に場所はなかった。われわれは、経済政策の目的は、資源の配分ではなく、富を生み出す能力の変化であるとの前提からスタートする経済学を必要とする。すなわちイノベーションを当然のこととしてスタートとする経済学であるP133
特許法について、パネル討論に参加した(1960年代後半)。特許法の専門家たちは、技術の問題を論じていた。ところが問題は技術でないことがわかってきた。世の中が変わっているのに法律が変わっていないことが原因だった。法律は発明は個人や企業が行うものと前提としていた。研究開発費の実に4分の3が国から支給されるようになったという事実を考慮にいれていなかった。この法律がかろうじて機能しているのは、単に国に自ら発明する能力がなかったからにすぎない。発明の90%は民間で行われていた。政府支援の研究開発ほど実りの少ないものはない。しかし、特許法が現実には合わなくなっていることに変わりなかった。技術の問題を検討しても解決するはずはなかった。p179
45歳でやり直すことは恥ずかしいことではない。P304 -
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ここに書いてあることだけを見ればイノベーションの機会をとらえることは簡単なことに思えてくる。しかし失敗例が示すようにイノベーションの機会を逃すこともまた簡単であり、イノベーションの機会をとらえようと常に意識していなければならない。想定外の成功、目的外の成功を拒否することなく受け入れることが重要であると繰り返し述べられていることから、それが特に重要なしてんであることは明らかである。しかし、それだけ繰り返されていることから、想定外の成功、目的外の成功を受け入れることが困難であることも分かる、イノベーションの機会を見逃さず受け入れるよう常に心がけることがイノベーションを成功させる秘訣であると感じた。
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ピーター・ドラッカーはマネジメントに関する著作を多数執筆しているが、本書はドラッカーのマネジメント論の中では最後の著作にあたり、来るべき21世紀にマネジメントの姿について述べている。ドラッカー自身は21世紀がどのような世界になるのか分からないと述べているが、やはり氏の大局観は示唆に富んでいる。今はよく理解できない点があったとしても、数年経てば理解できるようになるかもしれないので、本書は手元に置いてたまに読み返すのがいいかもしれない。
ドラッカーは21世紀の世界の中でとりわけ日本の社会に注目している。日本は課題先進国といわれるだけに、これからあらゆる種類の社会問題に直面せざるをえない状況になる。多くの日本人は課題の大きさに恐れおののいてしまうが、ドラッカーは明治維新や戦後の復興をやってのけた日本人の底力に期待しているようだ。果たして我々に先人たちのようなパラダイム転換が実行できるだろうか? -
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ネタバレMissionや成果の部分が非常に参考になった。ドラッカーは徹底して「顧客は誰か。何を提供するのか。」を様々な著書で問いかけているが、この本でも基本は同じ。ただ、非営利組織だからこそ考えなければならないのが、Mission。営利組織は、最終的なMissionは利益を上げることに帰着してしまえばいい。でも、非営利組織は違う。社会に貢献するためにどのような役割を果たすのか、徹底的に考え、その成果の定義をしなければならない。なんとなく、社会に貢献してますでは、正直言って必要性はなくなってしまう。また、他の組織と競争する必要性も特にない。一つ一つの切り口に対して、細かく解説が書いてあるので、バイブル的な一冊として側に置いておきたい本。
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(読書メモー読みながら考えたこと)
イノベーションは改革、変革とは違うもの。新しい機会を利用して顧客に求められる商品を創造すること。
顧客すら認識していないニーズを明らかにするというのは、まさにウォークマンでソニーがかつて行ったこと。それがイノベーションであり、そのイノベーションを利用したのがiPhoneだった。
ただしイノベーションにはリスクが伴う。成功した企業家はリスクを明らかにし最小にすることによって成功確率を上げている。リスクを減らすには、信頼性が高く確実性が高い「機会」を利用すること。
目の前に起こっている予期せぬ成功と予期せぬ失敗こそ、もっとも有益な情報源である。私たちは失敗は反省するが、それと同じくらい時間をかける価値があるのが、予期せぬ成功に潜んでいる機会を見出すこと。
しかし「予期せぬ」とは重い言葉でもある。ドラッカーは別の本で、予期せぬことは必ず起こる。そして予期せぬことに対応できるのは、予期できることに徹底的に準備したものだけである、と書いている。
だとすれば、予期せぬ機会をつかむためには、日常において徹底的に準備する必要があるということ。それが管理部門の役割かもしれない。
成長する企業においては、失敗の反省と、成功の反省とを実施するとともに、業務を管理する部門と、イノベーションを作り出す部門(トップマネジメントチーム)とを分けてそれぞれに地位と役割を与えることが重要。
自分の肝に命じたい言葉。
「自らの手によって自らを陳腐化していかなければならない」
この本を理解すること、実践することに時間を費やすことこそ、凡百のコンサルティングを受けたり、新しいノウハウ、メソッドを追い求めることより大きな価値を生み出すように思える。 -
Posted by ブクログ
社会生態学者のピーター・ドラッカー氏は数多くの著作を残しているが、本書は技術に関する氏の著作15点とインタビュー記事を抜粋したものである。
近年になってMOTや技術経営という概念が一般的になったが、技術をマネジメントする必要性を氏は1970年代から提唱している。本書を読めば、最近話題になった数々のイノベーション理論の原点が氏の著作にあることが理解できる。
技術に関わるものにとってはPart2「技術のマネジメント」、Part3「イノベーションの方法論」がも最も興味をひくであろうが、技術と社会の化関わりについて記したPart1「文明の変革者としての技術」、Part4「世界観の転換」にも注目したい。
特に14章「知識の意味を問う」では知識人や技術者の倫理や社会に対する責任についても述べられている。CSRや製造物責任の概念も広まりつつあるが、形式的なものになっていないだろうか?東日本大震災や原発事故に関する様々な論争を見ると、研究者や技術者と社会とのコミュニケーション不足が問題を複雑にしているようにも見える。「知識社会において、最大の問題は知識ある者の責任である」という氏の指摘を改めて自らに問う必要がある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレチェック項目14箇所。読む上で大切なこと、自分は何をすべきか?を問うこと。自らの成長のために最も優先すべきことは卓越性の追求。成功の鍵は責任、自らに責任をもたせること。人に信頼され協力を得るには自らが最高の成果をあげていくしかない。仕事を生産的にするには仕事のアウトプットを中心に考える。努力では習得できない資質・・・真摯さ。辞めることが正しいとき、組織が腐っている、自分がところを得ていないとき、成果が認められないとき。心地よくなったときこそ変化を求める。意思決定の本質は不確実性・・・確実性を必要とする人は起業家に向かない。生産的であることがよい人間関係の唯一の定義。組織内の摩擦のほとんどがたがいに聞きもせず、知らされもしないことにある。コミュニケーションを成立させるのは受け手。意思決定は意見から。時間はリアルタイムに記録する。
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Posted by ブクログ
ドラッカー。有名であるものの巷の著書(一番有名なのはマネジメント)は私には難しすぎる。。
入りやすく、しかもぐっとくる一冊。
以下レバレッジメモ
邪魔を除去する
取るべき行動・・あなたが成果に集中することを邪魔している者は何か?それらのものを除去する
身につけるべき姿勢・・常に成果に集中する
時間は有限であって、かけがえのない資源である。一日、一週、一年のいずれの時間も増やすことはできない。だが、あらゆることが時間を必要とする。最も希少な資源である時間マネジメントによって、あらゆる成果が左右される。
時間をマネジメントできなければ、何もマネジメントできない。時間のマネジメントは成果を上げるための土台である。うれしいことに、時間をマネジメントすることは可能である。練習と努力によって上達することができる。
時間を計画する
時間を記録し、整理し、まとめるという三段階のプロセスが、成果を上げるために時間をマネジメントすることの基本となる。
時間の使い方を診断する
「時間の使い方を知っている者は、考えることによって成果を上げる。行動する前に考える。繰り返し起こる問題の処理について、体系的かつ徹底的に考えることに時間を使う」
仕事を任せる
取るべき行動・・仕事の一つ一つについて、自分でなくてもできるかどうかを考える。人を選んでそれらの仕事を実際に任せる
身につけるべき姿勢・・常に、人に任せられる仕事を列挙していく。
「いまさら自らを変えようとしてはならない。うまくいくわけがない。得意とする仕事のやり方を磨くことに力を入れるべきである」
締切を設ける
成果を上げるためには、継続して時間をマネジメントしなければならない。たまに分析するだけでは不十分である。重要な仕事には締切を設けなければならない。
「ある人は、気の進まない仕事についても、重要かつ緊急の仕事と同じように、締切を設けている。そして、それらの締切に遅れ始めると、また時間が奪われつつあることを知る。時間は希少な資源である。時間をマネジメントできなければ、何もマネジメントできない」
人に時間を無駄にしない
取るべき行動・・人に時間を無駄にしている恐れのある仕事を列挙する。それらのものを廃棄する
身につけるべき姿勢・・常に人の時間を気にする
貢献に集中する
「貢献に集中して取り組むことは、仕事の内容、水準、影響力において、あるいは上司、同僚、部下との関係において、さらには会議や報告の利用において、成果を上げる鍵である。ところがほとんどの人が下に向かって焦点を合わせる。成果ではなく努力に焦点を合わせる」
「成功の鍵は責任である。自らが責任を持つことである。あらゆることがそこから始まる。大事なのは地位ではなく責任である。責任ある存在になるということは、真剣に仕事に取り組むということであり、仕事にふさわしく成長する必要を認識するということである」
理解される
貢献に責任を持つためには、自らのアウトプットの有用性に関心を持たなければならない。
「知識はそれだけでは断片に過ぎず不毛である。アウトプットが他のアウトプットと統合されて成果となる。知識あるものは理解される責任がある。素人に対して理解するよう要求したり、専門家仲間に通じれば十分であるとすることは野蛮な傲慢さである」
会議の目的を守る
「会議には、成果を上げる会議と成果を上げない会議のどちらかしかないことを知らなければならない」
強みが機会である
「人のマネジメントとは人の強みを発揮させることである。人は弱い。悲しいほどに弱い。問題を起こす。手続きや雑事を必要とする。人は費用であり脅威である。しかし、人はこれらのことのゆえに雇われるのではない。人が雇われるのは強みのゆえであり、能力のゆえである。組織の役目は、人の強みを成果に結びつけ、人の弱みを中和することにある」
山高くして谷探し
「人との接し方は、人からなる組織の潤滑油である。複数の物体が接していれば、摩擦が生じるのは自然の法則である。人も同じである。お願いしますやありがとうの言葉を口にすること、名前や誕生日を覚えていること、家族のことを聞くなどの簡単なことによって、好き嫌いに関係なく一緒に仕事を進められるようになる。頭の良い人たち、特に若い人たちの多くはこのことを知らない。もし素晴らしい仕事が、人の協力を必要とする段階でいつも失敗するようであるならば、人とに接し方に欠けるものがあるに違いない」
真摯さを最重視する
「真摯さは、それ自体では何事もなしえない。しかしそれがなければ、他のあらゆるものが台無しになる。真摯さの欠如は、仕事上の能力や強みへの制約となるだけでなく、人そのものを失格させる」
人間関係に責任を持つ
「コミュニケーションに責任を持つことである。摩擦のほとんどは、相手の仕事、その仕事の仕方、目標、価値観を知らないことに原因がある。そしてその原因は、たがいに聞きもせず、知らされてもいないことにある」
成果を上げる秘訣は集中である。したがって、何が最も重要であるかを決めなければならない。時間の不足という現実に対処する方法はこれしかない。
集中する
成果を上げるための秘訣を一つ上げるならば、それは集中である。成果を上げるものは最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしか行わない。
取るべき行動・・仕事は一つのことに集中して行っているか?いまそれは何か?
身につけるべき姿勢・・常に最も重要なことを最初に行う癖をつける
優先順位を決める
取るべき行動・・いま最も重要な仕事は何か?その仕事に集中する
身につけるべき姿勢・・常に優先順位を考える
社会を生産的にする
「私が13歳の時、宗教の先生が君たちは何によって覚えられたいかねと聞いた。誰も答えられなかった、先生は笑いながら言った。今こたえられるとは思わない。でも50歳になっても答えられないと問題だよ。人生を無駄に過ごしたことになるからね。今日でも私は、何によって覚えられたいかを自らに問い続けている。これは自らの成長を促すといである。なぜならば、自らを異なる人物、そうなりうる人物としてみるよう仕向けてくれるからである」 -
Posted by ブクログ
社会生態学者のピーター・ドラッカー氏は数多くの著作を残しているが、特にマネジメントに関するものが多い。本書はマネジメントに関する氏の著作10点と論文1報を抜粋したものである。
多くのビジネスパーソンにとっては本書の内容は特に目新しく感じないかもしれないが、今日のマネジメント論の多くの根幹は氏によって形成されており、氏が「マネジメントの発明者」とも呼ばれる所以である。
本書に引用された著作のうち、最も古いものは1954年に出版された「現代の経営」であるが、「古い」からと言って「自明」であるとは限らない。マネジメントの世界では「分かっている」からといって「できる」とは限らない。その代表例は多くの企業で採用されている「目標管理制度」であろう。本書のパート4第3章にも記載されているが、ドラッカーの本来の意図は目標と自己管理によるマネジメント」であったのに、多くの企業で肝心の「自己管理」が欠落し、評価のための手続きと化しているためであるように思われる。
ドラッカーが原著を記した頃と現代では社会情勢は大きく変わっているが、人や組織の性癖は大きく変わっていない。その一方で、同じ人でも組織の中での立場が変われば、見える景色が変わってくる。ドラッカーのマネジメント論が多くの人に読み続けられているのは、変わりゆく社会と組織内の立場の中で、ぶれることのない羅針盤のように、マネジメントの本質を説いているからであろう。