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「林正」の「すでに起こった未来」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「林正」の「すでに起こった未来」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
この間、ドラッカーの著作をたくさん読んできた。マネジメント系のもの、社会系のもの。自伝である「傍観者の時代」は、ドラッカーその人を知る上でも、20世紀の歴史を知る上でも実に面白い本だった。しかし、この「すでに起こった未来」は、他のいずれの著作とも違う。
時代的な幅は40年にも及んでおり、内容も一見、関連性に乏しいと思われる13本の論文からなっている。
例えば、マネジメントへの傾倒がなければ上梓していたという「アメリカ論」や、技術に焦点を当てた「仕事の歴史」にまつわる論文は、他ではあまり見かけないものだった。その他、シュンペーターとケインズに言及した経済に関する論文や、ドラッカーの独特の利益に対する考え方について述べた「利益の幻想」も、コンパクトにまとまっており分かりやすい。
しかし、最も印象深かったのが、日本画から日本人を論じた「日本画に見る日本」と、「もう一人のキルケゴール」だ。
ドラッカーが日本画をコレクションしていたのは有名な話だが、日本画に関する知識は半端ではない。そして単に日本画に詳しいだけではなく、日本画を題材に、日本固有の文化の卓越性を論じている。
たとえば、外国から技術をとり込んだ後に、それを昇華させオリジナリティーを築き上げる能力。また、日本画における空間認識が西洋絵画のものと全く異なっており、知覚能力の独自性は他に類を見ないものだと語っている。この点については、現代における電子メディアの登場が、世界の見方を分析的思考から、知覚的なものの見方に変化させたというマクルーハンを引き合いに出し、日本の文化が持つ知覚能力の特性は、本質を把握して再構成する能力であるとして、これが近代的な経済活動の発展を導いたという興味深い指摘をしている。
「もう一人のキルケゴール」は、1949年に書かれたものだ。ちょうど第2次大戦後で、第1次大戦からナチスがヨーロッパを支配するという、不条理の目撃者となったドラッカーの、人間と社会に対する絶望が窺い知れた。
哲学の文脈でいえば、ヘーゲルやマルクスが問う「社会はいかにして可能か」や彼らの歴史観が、実存の忘却に導くとし、「人間の実存はいかにして可能か」という問いの重要性を語り、その答えを導いた唯一の思想家としてキルケゴールを取り上げている。
ドラッカーは社会や組織について多くを語ったが、やはりその中心には人間が、客観的・抽象的な存在としてではなく、実体的、実存的な存在としてなければならなかったことがよく分かった。
これら、何の脈絡もないような13篇の論文集のタイトルが、「すでに起こった未来」となっている。
終章の唯一書き下ろしである「ある社会生態学者の回想」の中で、ドラッカーは、自身の造語である「社会生態学」の仕事について、「すでに起こってしまった変化を確認すること」と言っている。
ここに集められた13篇の論文の全てが、すでに後戻りできない変化であり、大きな影響力をもちながら、いまだ広く認識されてはいない変化について書いているというわけだ。
これらの論文から、主要な著作からは知り得ないドラッカーの一側面が知れるというだけでなく、ドラッカーの求めたものが何なのかということを知るうえで、本当に貴重な一冊だということができる。
Posted by ブクログ
社会生態学者ドラッカーの論文集。1946~1992年に主に社会動向について書かれたものを編纂しており、中には難解なテーマを取り扱ったものもあるが、分かりやすく最も印象に残ったのは「日本画に見る日本」だった。ドラッカーが日本の美術に関心を持っていたことは知ってはいたが、美術を通じて日本人の価値観や社会的な特性にまで見通す眼力の鋭さは「さすがドラッカー」と思わせるものがある。この章には多数の画家や絵が紹介されているが、恥ずかしながら知らないことばかり。日本美術の素養があれば、ドラッカーの意をより理解できるかもしれない。この賞に紹介された画家や絵についても調べてみたい。
ドラッカーの著作は数冊読んだが、日本を主題にした章や節は数多く存在する。マネジメントや技術史等、特定のテーマ別に再編纂したシリーズがあるが、「日本」をテーマにしたものがあればいいのに、と思うのは私だけであろうか?