上田惇生のレビュー一覧
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あまりにも有名な本著は、ドラッカー29歳の時の処女作として、そして1933年という宥和政策の時代にファシズム全体主義を喝破した本として知られています。
その若さで既にして膨大な著作を読み、混沌とした時代に先を見据えたことは驚愕に値します。
本著を読み終えたウィンストン・チャーチルは真っ先に書評を書き激賞しました。そしてその後首相になったとき真っ先に取り組んだ仕事は、士官学校の卒業生への支給品に本著を入れたことでした。前線に立つ指揮官へ、ファシズム、レイシズム、全体主義が許されざるものだという理論的支柱にしたのです。
宥和政策の時代、ナチズムはドイツ人の国民性に起因する特殊要因とする説と、マルクス主義者にとっては資本主義最後のあがきとする説の二つが有力でした。
これに対しドラッカーは、マルクス社会主義が失敗したからこそヨーロッパの大衆を絶望的な熱狂に駆り立てた要因とします。そして背景に「恐慌と戦争という二つの魔物たち」に襲われたことがナチズム隆盛の要因としています。
さらにファシズムとは、あらゆる主義や権力を否定するだけであるとし、前向きな信条はないとします。大衆が熱狂的に全体主義を支持したのは新規な信仰箇条の性せいはなく、否定そのものであったとします。ファシズム全体主義は否定がその綱領であると。
一番印象に残ったのは、「大衆の絶望こそが鍵である」という一説です。大衆の絶望こそファシズム全体主義を理解する上での鍵で、旧秩序の崩壊と新秩序の欠落による「純なる絶望」によってファシズムが隆盛したのだとドラッカーは言います。
今のわが国を覆うのは閉塞感といいますが、言葉を変えれば「絶望」であるといえます。そして新秩序の欠落というのも当てはまります。
そんな時、「否定」が大衆の熱狂を呼び、そして進む道は何かということをドラッカーは明示しています。
あまり書くと政治的になるのでここまでとしておき、本著は社会と大衆は何かという視点で読み進めると大変参考になります。
本著のタイトルは「経済人の終わり」で経済論を内容とするように思えますが、内容は社会学です。蛇足までに。
以下印象に残った文章。
・「国民性とは歴史を説明できない歴史家の言い訳」との箴言。
・ヒトラーを支持したものは、下層中流階級、肉体労働者、農民など、当事の社会の不合理性と悪魔性に苦しめられていた層だった。ナチスの資金の四分の三は、一九三〇年以降でさえ農民や失業者が毎週払う党費や、大衆集会への参加費によってまかなわれていた。
・ドイツとイタリアという二つのファシズム全体主義国において、その主たる目標としての完全雇用は実現された。かつての失業者のかなりの部分が、経済活動ではなく軍や党で働いているにすぎないとの指摘は、完全雇用政策の成功をいささかも傷つけない。(中略)そのような経済が永続しうるものか破局にいたらざるをえないものかを検討する前に、ファシズム全体主義経済それ自体はインフレ制作ではないことを理解しておく必要がある。諸費を抑えあらゆる種類の内部留保を動員する制作はデフレ政策である。
・ナチズムは悪魔の化身、第三帝国によって和解しえない敵としてのユダヤ人抜きには自らを正当化できない。自らを正当化することが必要かつ重要になればなるほど、ファシズム全体主義は新しい悪魔を見つけなければならない。 -
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複雑に絡み合った事象から繰り出す鋭利な法則。
当たり前に見える風景から切り出す非常識とも思える見識。
普通を普通として受け取らずに、
疑問を疑問のままにせず、
考えて行動し失敗し成功する。
これぞイノベーションと企業家精神、か。
(以下抜粋。○:完全抜粋、●:簡略抜粋)
●外部の予期せぬ変化をイノベーションの機会として利用し成功する条件は、
その機会が自らの事業の知識と能力に合致していることである。
(中略)
自らの事業の性格を変えてはならない。
多角化ではなく展開でなければならない。(P.44)
●1870年に発明されたプロセスそのものが、
これも昔から知られているように基本的に不経済である。
物理の法則に反し、したがって経済の法則に反する。
(中略)
一貫製鉄所では加熱と冷却を四度繰り返す。
(中略)
このような高炉に特有の弱みを緩和するイノベーションを行えば
(中略)
電炉は一度加熱するだけである。(P.48)
○人口の年齢構成に関して、
特に重要な意味をもちかつ確実に予測できる変化が、
最大年齢集団の変化、
すなわち人口の重心移動である。(P.99)
○コップに「半分入っている」と「半分空である」とは、量的には同じである。
だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。(P.102)
○科学上の新理論が、ほぼ同じリードタイムを要することは偶然ではないと思われる。
トーマス・クーンは、その画期的な書『科学革命の構造』(1962年)において、
科学上の新理論がパラダイムとなり、ほかの科学者によって認められ、
それぞれの研究に組み入れられるには30年を要することを明らかにしている。(P.122)
●1860年代にペレールの銀行が失敗した後、
(中略)
はるか遠くの東京の若者、
日本人として初めてヨーロッパの銀行をその目で見、
パリと、ロンドンのロンバード街で過ごしたことのある渋沢栄一だった。
彼はいわば日本型のユニバーサル・バンクを設立し日本経済の基礎をつくった。(P.125)
○スワンはエジソンと同時期に電球を開発した。
技術的にはむしろ彼の電球のほうが優れていた。
しかしエジソンは技術的なニーズを研究しただけではなく、
その後の戦略についても考えていた。
ガラス球、真空、密閉、フィラメントなどの研究に着手する前から
システム全体の構成を描いていた。
電力会社の電力に合った電球を考え、
利用者に電気を引く権利や、電球の流通システムまで構想した。
スワンは科学者として製品を生み出したが、エジソンは産業を生み出した。(P.134-135)
○成功したイノベーションは驚くほど単純である。
まったくのところ、イノベーションに対する最高の賛辞は、
「なぜ、自分には思いつかなかったか」である。(P.158)
○新しい事業に、担えるはずのない負担を負わせてはならない。
しかし、新しい事業を担当する人たちをしかるべき報酬によって動機づけなければならない。(P.193)
○失敗をほめる必要はなくとも、挑戦に罰を与えてはならない。(P.194)
●何千年も前から、あらゆる宗教の伝道師たちが肉欲に克つべきことを説いてきた。
ところがほとんど成功していない。
飢餓撲滅運動のリーダーは「現在の配給システムが到達しうる地域の子供たちの可能な限り多くが
発育不全にならないだけ食べれるようになれば、われわれの使命は終わる」などといおうものなら、
リーダーの地位を追われるだけである。
目標が最大化にあったのでは決して達成されることがない(P.211)
○新しい顧客を満足させるために新しい性能を加え、
さらに次の顧客を満足させるために次の性能を加える。
こうして単純な機器だったものを複雑きわまりないものにする。
機器の機能を最大化する。
その結果、その機器は誰も満足させられないものになる。
なぜならば、みなを満足させるということは誰も満足されられないということだからである。(P.275)
○ニッチ確保に成功した企業は、たえずその技術の向上につとめなければならないということである。
常に一歩せんじなければならない。
まさに自らの手によって自らを陳腐化していかなければならない。(P.289) -
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先日紹介した「思考編」の続編である「行動編」
上記2冊はドラッカー教授が示したセルフマネジメントの極意を二部作にまとめたものであり、基本的な考え方を記したのが「思考編」であり、それを実現するための行動原理を記したものが本書「行動編」である。
すべての資源となる時間をどう確保し、目指すべきゴールをどう決め、どのような道筋で向かい、長い人生の中でいかに自分自信を成長させ続けるかということをワークシート形式で以下の5章から構成されている。
①時間管理
②意思決定
③自己目標管理
④計画
⑤生涯を通して学ぶ
2冊を読み終えてあらためてドラッカーの偉大さを痛感した。
多くのビジネス書の多くは海外で出版されてきた偉大な書物を基本として書かれているものが多いもののドラッカーの教えに浅くではあるものの触れその奥深さを感じると共にその教えが今の多くの理論の礎となっていると再認識することになった。
書かれていることはごくごく普通のこと。
目標をしっかりと数値化し現状を把握しその乖離をどのようにして埋めていくかその乖離を長期的・中期的・短期的に捉えて戦略的に学ぶことを継続させていき、成長とともに成功に近づくということは当たり前であるがなかなか当たり前にできないというところに難しさがある。
そのプロセスを考えに考えてどの立場・環境に置かれた人でも役に立つ教えとして記されているのがドラッカーの書物であるように感じた。
一番感銘を受けたことはどうしても学者というと利益を優先するというイメージではあるもののドラッカーはそれだけではなく倫理観を重視した考えを披露しているという点である。
ただ企業の繁栄のために利益を追求するだけではなく、倫理観を重視することによって顧客そして従業員や利害関係者全てが幸せになり、かつその先に利益がついてくることによって企業の繁栄が持続するという仕組みを捉えているように感じた。
2冊の本でドラッカー教授の全ての教えを学んだとは到底思えないものの基本的な事を学び自分で考える良いきっかけにもなったように思う。奥深いドラッカーの教え。時間をかけて自分なりに解釈して現場に活用していこうと思う。 -
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監修者である上田惇生氏はピーター・F・ドラッカー教授の主要著作の全てを翻訳。もっとも親しい友人、日本での分身とされてきた。著書に「ドラッカー入門」「ドラッカー時代を超える言葉」等。
編著者である佐藤等し氏はドラッカー学会の幹事を務め、公認会計士として活躍している。主催する有)ナレッジプラザの研究会として「読書会」を北海道と東京で開催している。
「役に立つ」「実務に使える」という二つのポイントからドラッカーの探求を始めた編著者。
本書は企業のマネジメントに視点を当てているドラッカーの著書を企業のマネジメントではなく個人とセルフマネジメントに焦点を合わせて書いたガイドブック。
成長し続けるためにどのような「思考」と「行動」が必要なのか。成果をあげるために身につけるべき能力と心すべきポイントを「思考」にフォーカスを当てて以下の5章に分けて整理している。
①知識労働者として働く
②成長するために
③貢献なくして成果なし
④強みを生かす
⑤集中する
構成としてドラッカーの色々な著書から抜粋された言葉を用いてその言葉をただの解説だけではなく、ドラッカーの本質まで理解された著者によりわかりやすい説明を加えられたエッセンスから成っている。
数々の著書から選ばれた言葉についても一人では到底読んで理解するのに莫大な時間を要するであろう難解な文もその全てを包み込むような説明によりぐいぐい引き込まれていく。
項目ごとに独立しているのではあるが、全てを読み終えて見えてくることも多くその言葉のセレクトにもセンスを感じた。
セルフマネジメントに視点をおいてドラッカーの本を読むという視点もさることながら現場レベルまで視点を落としても通用する考えを著しているドラッカー自信にも再度感服した。
本書は「思考編」と「行動編」から成っているらしくそちらも読むのが楽しみである。 -
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「企業とは何か」はドラッカーが36歳のときの著作である。前作「産業人の未来」で、第二次世界大戦後、アメリカ中心の産業社会が来ることを予見したドラッカーは、一人ひとりの位置と役割に尊厳と正当性を持つことが社会には必要であるとの保守主義を基盤にして、大規模組織が機能する基本原理と、組織で働く人の位置づけについて、本書は書かれている。自由主義体制を基盤に持つ産業社会にとって、企業、特に大企業の存在は、社会的に大きな影響を持つ、企業の本質とは社会的存在であり、また企業は人間組織である。本書でドラッカーは、その当時のアメリカ最大の企業、GMを、企業の在り方を考える実例として取り上げている。更に、大企業が機能する原理として、分権制の基本原理を実例に即して語っている。第三部 社会の代表的組織としての企業 ~ 第四部 産業社会の存在としての企業 第三部から第四部の問題は、今日的には大きな意味がある。企業の経済的領域から社会と企業の関係について述べている。但し、企業と社会との関係は、GMには受け入れられなかった。なぜなら経営を経済の問題に限定して、原理と考える、その当時のGMのトップには社会的責任は受け入れられるものではなかった。この問題は大企業の通常業務を変更するときも、社会に大きな影響がある。例えば、日本の大企業が勤務体系を、フレックスタイム制にしたり、在宅勤務を増やすだけで、社会に影響がでる、また、採用方法を4月、一括採用から、通年採用に変更すると、大学、高校の入学時期まで影響がでてくる。更に企業が雇用する非正規雇用の人たちの処遇は、企業のなかで、正当な位置と役割が与えられなければ、社会、国家に大きな影響がでる。実例として、2008年の世界金融危機、以後の企業の、非正規雇用者に対する扱い、派遣切りは国家、社会に大きな影響を与えた。最後に大企業は、民間組織としての事業を追求し、経済的な役割を果たしながら、かつ人間的な価値を促し、国益に奉仕することが期待されているのである。
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ドラッカーシリーズの4冊目。
NPOをターゲットに論じたこの本も、1冊目の「経営者の条件」と真髄は同じだな、という印象だった。
「ミッション」という言葉で語られる「そもそも何が目的なのか?」ということの捉え方や、それを実現するための戦略とその過程でスタッフが自己実現を達成できる、すなわち「人間の尊厳」を重視した巧い采配を振るうことがリーダーの条件である、と説いている。
平たく言えば、成果を出すことで自己実現の喜びを味わってモチベーションを維持し、さらにはそこに安住せず「もっとよく」するためのイノベーションを常に行うべし、といったところ。
もちろん、真髄が同じとは言っても、戦略という観点では普通の営利目的の法人と異なる点が多い非営利組織に特有の方法論もいろいろと記されている。学校、病院、教会など、必ずしもNPO法人だけに限らない様々な分野で成果をあげた幾人かとドラッカー氏の対談形式になっている箇所も多く、それぞれの語る信念や方法論はとても興味深い。
当然と言えば当然なのかもしれないが、以前に読んだ『ヴィジョナリー・カンパニー』、成功している企業やそのリーダーの共通点を探るという内容の本と、重複する内容が多々あって面白かった。
近年の日本で「成果主義」という言葉は、えてして、冷たく非情で一方的な、「成果が上げられなければクビだ」というイメージで使われがちだが、ドラッカーの語る「成果」はそうした種類のものではない。
希有な人の希有な点を真似ようとしてもうまくいくはずがないけれど、自分の得意分野を見出し、そこを生かす方法を考えるといったことは誰にでもできる。将来、自分を「何によって憶えられたいか?」という問いかけについて、自分で考え、思いを持ち続けることはできる。もちろん、簡単に、ではないにしても、である。
「改正」とは言いがたいような雇用法の変化や、ワーキングプアと呼ばれる人々の存在、山積みの問題を抱えた縦割り行政の様子を考えれば、まだまだそんな理想とはほど遠い現実を強いられているケースは多い。ヨーロッパだって、アメリカだって、そうした面はあるだろう。ただ、働く場合に限らず、何か行動するという時の考え方や哲学のようなもの、拠り所となる思想という意味では、やはり、全世界で評価されるだけのことはある「名著」。どんな分野で生きる人も、一読の価値がある。 -
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約半世紀前の1969年に書かれた、あまりにも有名なドラッカーの社会科学書。この著作名から「●●の時代」とその年を安易に名づけることが流行りましたね。
今読んでもこれが50年前にかかれたものかと驚くほど、的確に時代の流れを見据えています。当時まだ萌芽したばかりのコンピューターについても、今の時代が到来することを明白に予想しています。驚くばかりの先見の明には、知の巨人たるドラッカーの面目躍如たるものがあります。
本書あとがきにいみじくも「本書で述べたものはすでに起こった事実であるがゆえに消え去るものではない。解決すべき問題はますます重要性を増す。だが本書は何が起こるかは教えない。何に取り組まざるを得ないかを示した。同時に何が起こりそうもないかを示した。本書の意義は、これからの時代はいわゆる未来予測のいうところとは異なり、これまでの趨勢とは違うものになることを示したところにある」とエクスキューズ的にドラッカー自身が書いていますが、その取り組むべき事柄を明示したことこそ未来予測というものではないでしょうか。
以下印象に残った文章。
・政治、科学、世界観、慣習、芸術、戦争は変化した。しかし最大の変化があったとされている領域が、この半世紀最も変化しなかった。それが経済だった。確かに戦後の経済発展は急速だった。だがそれは、第一次世界大戦前の産業によるものだった。それまでの半世紀になされた発明を基盤とし、1913年頃すでに確立していた技術に基づいていた。
・売上げを増やし雇用をもたらすものは技術であると思われている。だが、技術は可能性を教えるにすぎない。可能性を顕在化させるものはマーケティングである。イノベーションとしてのマーケティングである。
・(高い目標の設定)一流の科学者と並みの科学者を分けるものは才能ではない。知識や努力でもない。ニュートンやファラディをはじめとする一流の科学者は、自らの知識、知能、エネルギーを本当に価値のあるものに集中した。まったく新しいものを創造しようとした。
・そもそも援助は、機会ではなく問題に注ぎ込まれる。成果の大きなところではなく、必要の大きなところへ向けられる。したがって依存を生み出す。少なくとも依存を続けさせる。外国援助でも国内援助でも同じである。
・経済発展とは、一人ひとりの人間とコミュニティの活力の問題である。活力はそこに住む人たちのイニシアチブと相乗効果によってのみ生まれる。
・金がなくとも人がいれば山を動かせるが、人がいなければ金があっても役には立たない。経済発展のためには人材の育成とその機会への登用が不可欠である。優れたリーダーとともに、そのリーダーのビジョンを現実のものにすることのできるフォロワーが必要である。
・何を捨てるのかという廃棄の決定ほど、重要でありながらなおざりにされているものはない。
・効率を重視する者は正しく行えば結果は自動的にもたらされるとして、手続きを重視する。これに対し、成果を重視するものは、人間社会の試みにおいては成果の80%は最初の20%の努力によってもたらされ、残りの80%の努力は20%の成果しか生まないとする。さらには最後の5%の成果を得るには95%もの努力を必要とするという。前者の考えでは努力が意味を持つ。後者では結果が意味を持つ。マネジメントのよしあしも、前者では秩序によって、後者では活力によって判断する。前者では、管理が組織の力を表す。後者では管理は後方支援にすぎず、腐敗を防ぐための必要悪にすぎない。
・いずれの組織も自らの目的を明確に規定するほど強くなる。自らの成果を評価する尺度と測定の方法を具体化できるほど、より大きな成果をあげる。
・今日に至っては、強い大統領や強い首相は強い政策を持つ者ではない。官僚というライオンを手なづけている者である。
・若者は操られることに抵抗する。しかし実は彼らが最も恐れているものが、意思決定の重荷である。そこで彼らは意思決定、選択、責任を避けるためにあえて落伍する。
・中世ヨーロッパの農奴制も、始めは農民が求める恩典から始まった。彼らは領主や修道院に保護を求めた。土地を守ってもらった。無法から守ってもらった。しかしわずか一世代の後には自由を奪われていた。最悪の足枷とは利己心を利用するものである。それこそ最も警戒すべきである。
・つまるところ、とるべき道はゼネラリストからスペシャリストではなく、その逆である。ゼネラリストたるためには経験との関連において専門知識を理解する能力、すなわち専門を一般に関連付ける能力が必要とされるからである。 -
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ネタバレおととしくらいに大流行したドラッカーの代表的な著作を読みました。
そう、あの『もしドラ』のドラッカーです。
野球部のマネージャーだったらってことですが、つまるとこ、この『マネジメント』を読んでみたら、
なんのことはない、たぶんマネーボールの実践ということになったのではないかなぁと想像しました。
組織の問題よりも、機会を重視する。
努力よりも、成果を重視する。
頭のよさよりも、真摯さを重視する。
印象に残ったものを羅列してみました。
これだけじゃ、なにも言葉の重さを感じないですが、
本書を読むと、ずしりと響いてきます。
そして、経営学ということなので、
冷徹な指南書かなぁと思っていましたが、
それがそれ、厳しいことは書いていますが、
ぽっと火がともったような温かさがところどころに感じられる。
そしてそこが、人間らしい。
ビジネス書に「人間第一」というようなことが書かれている。
そりゃ、成果を出せともドラッカーは言っているのですが、
成果を出すことで自己実現が得られるとしている。
人間活動を優先してこその経営なんですな。
読みながら、うちの店長の方針とか指図して言う言葉とかと照らし合わせてみたのです、
思い出せる範囲で。そうすると、けっこう当てはまる部分が多いのですよ。
目標管理と自己管理だとか、
失敗しない人間はごまかしている人間だ、だとか、いろいろと。
ドラッカーは言うのです。
優れている人間はよく失敗をすると。
ちょっと抜き書きしてみましょう。
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成果とは何かを理解しなければならない。成果とは百発百中のことではない。
百発百中は曲芸である。成果とは長期のものである。すなわち、まちがいや失敗をしない者を
信用してはならないということである。それは、見せかけか、無難なこと、下らないことにしか
手をつけない者である。成果とは打率である。弱みがないことを評価してはならない。
そのようなことでは、意欲を失わせ、士気を損なう。人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。
優れているほど新しいことを試みる。
___
うちの店長は読書がお好きらしいですし、
その立場もありますし、きっとこの『マネジメント』を精読しているのではないか、
やるなぁと思いました。 -
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NHKの教育テレビで放送されている「100分で名著」。
古今東西の名著を広い視点から解説してくれる番組で非常に面白いのだが、その内容の書籍版が刊行された。
今回はドラッカーのマネジメント(エッセンシャル)である。
最初は「要約されたものをさらに要約して大丈夫なのか?」と懐疑的だった。
しかし、エッセンシャル版の要点を抽出しつつ、その前後に発売されたドラッカーの書籍のポイントを加えながら編集されている。
マネジメントを中心においた、ドラッカー哲学の再編成したものという感覚か。さすがドラッカーを知り尽くす男、上田惇生である。
巻末のドラッカー名著集を見るだけで他の本も読みたくなってきた。
もしドラは内容をより身近な事例にアレンジした本であるが、本書はドラッカーの世界全体を手軽に知ることができる好著である。 -
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ネタバレ価値観に合った組織で働くこと
自分を使って何をしたいか
ソクラテスは「大工と話すときは、大工の言葉を使え」と説いた。コミュニケーションは、受け手の言葉を使わなければ成立しない。受け手の経験にもとづいた言葉を使わなければならない。
リーダーシップとはカリスマ性ではない。平凡で退屈なもの。
プロフェッショナルの条件とは、頭の良さではなく、真摯さを大切にする。
信頼とは真摯さへの確信。
優先順位のための4つの原則
すべて分析ではなく勇気に関わること
・過去ではなく未来を選ぶ
・問題ではなく機会に焦点を合わせる
・横並びではなく独自性をもつ
・無難で容易なものではなく、変革をもたらすものを選ぶ -
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ドラッカー三大古典は「現代の経営」「経営者の条件」そして本著「創造する経営者」といわれています。
事業戦略という言葉を最初に使った著作でもあるといわれています。
当時から考えると戦略とは一般語になっていますが、なりすぎて戦略の意味がぼけてきてしまっている気がします。なんでもかんでも戦略って使っていて、「それって戦略というより戦術じゃないの?」っていう場合にも使われています。
言葉を分解すると「戦いを略す」ということで、いかに無駄なく焦点を合わせて「戦わず勝つ」ことで、戦う術の戦術の上位に位置する考え方だと思います。
この本では「何をなすべきか」について書かれています。上記古典のうちでは最も実践的といか実際的なことが書かれています。
翻訳者さんは「哲学者としてのドラッカーとマネジメントの父としてのドラッカー」がいるとあとがきに書いておられまして、本著はマネジメントの父としての側面が強いと思います。
書かれていることの多くは現在では多く知られていることですので、すっと理解できました。経営の再確認にもってこいの書物です。
以下印象に残った文章
・物事は、予想したとおりには起こらない。未来は常に違う。しかし、将軍たちが昔の戦争に対して備えたがるように、企業人も昨日のブームや昨日の不況に対処しようとする。
・「いかなる状況が、わが社の製品やサービスなしですむようにしてしまうか、あるいはわが社の製品やサービスなしにすまさざるをえなくしてしまうか」
・「学殖として意識しているようなものは、学問ではなくて衒学にすぎない」
・脂肪と筋肉を混同し、多忙と成果を混同する。
・イノベーションとは古いものに新しい次元を与える。