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Posted by ブクログ
ドラッカー名著集 8
ポスト資本主義社会
著:ピーター・F・ドラッカー
訳:上田 惇生
出版社:ダイヤモンド社
良書、共産主義でも、資本主義でもなく、現代が突入している世界は、ポスト資本主義である
それは、知識社会といわれる
1993年の版とは、ちょっと目次がちがっています。あらためて読み返しました。索引がついているのもいい。
まず、これまで、ヨーロッパが歴史的な転換点をへてきたことが語られる
13世紀 都市中心の社会、ギルドの出現、遠距離貿易、ゴシック様式
15世紀 印刷革命、宗教改革、ルネサンス、スペイン常備軍の創設 など
18世紀 産業革命、資本主義、共産主義の出現
19世紀 ベルリン大学設立、普通教育の開始、ロスチャイルド家の興隆
しかし現代への転換点となるのが、産業革命である
1776年 産業革命
・乳幼児の死亡率の低下、平均寿命の伸長、人口増加
1880年 生産性革命
・教育訓練、肉体労働者の生産性の向上
1945年 マネジメント革命
・知識労働者の生産性向上
これが、ポスト資本主義
組織
変化のマネジメント、3つの体系を組み込まなければならない
①絶えざるカイゼン
②すでに成功しているものについて新たな展開
③イノベーション
チーム
①野球型チーム
②サッカー型チーム
③ダブルス型チーム
今日のトップマネジメントは、ダブルス型である
知的労働における生産性の向上に必要なのは、仕事への集中である、雑事の排除である
コアビジネスに集中し、他の仕事は、アウトソーシングする
国民国家
スペイン、ポルトガル
イギリス、オランダ、フランス、ロシア
ドイツ、イタリア
日本
国民国家から、メガステイトへ
経済国家、租税国家、冷戦国家
オーストリア=ハンガリー帝国、ソ連、ナチスドイツ、アメリカ、イギリス
国民国家が時代遅れになったのはなぜ
①グローバリズム(国民国家を超越した問題)
②リージョナリズム(地域主義)
③トライバイズム(部族主義)
知識社会
生産性をあげるためには
①目標を高くもつこと
②焦点を絞ること
③変化の機会を体系的にとらえること
高度の基礎知識の必要性
教養ある人間へ
そして、これから起きる最大の変化は、知識における変化であること
目次
日本語版へのまえがき
序章 歴史の転換期
第1部 社会
第1章 資本主義社会から知識社会へ
第2章 組織社会の到来
第3章 資本と労働の未来
第4章 生産性
第5章 組織の社会的責任
第2部 政治
第6章 国民国家からメガステイトへ
第7章 グローバリズム、リージョナリズム、トライバリズム
第8章 政府の再建
第9章 社会セクターによる市民性の回復
第3部 知識
第10章 知識の経済学
第11章 教育の経済学
第12章 教養ある人間
訳者あとがき
参考文献
索引
ISBN:9784478002100
判型:4-6
ページ数:304ページ
定価:2000円(本体)
2007年08月30日第1刷発行
Posted by ブクログ
2017年に本書を初めて読みましたが、とても感銘を受けました。1993年に発刊された本とは思えませんでした。ドラッカーは本書の中でポスト資本主義の世界は知識人と組織人の時代だと述べていますが、本書で度々登場する「組織」を「ネットワーク」に置き換えて広義に解釈すると、2017年でも十分に説得力があると思います。ドラッカー自身が「日本語版への序文」で述べているように、本書を通じで日本びいきの表現がかなり多いのは気になりましたが、まだバブル崩壊直後で、日本がそれなりに評価されていた時期だったということでしょう。
逆に言えば、2017年の日本の状況をもとに本書を読むと、日本がドラッカー氏の主張する知識社会に移行しているのかは大きな疑問を感じました。つまりドラッカー氏の期待に日本は応えられていないということです。そしてその大きな理由は社会人教育がうまくいっていないことだと思うのですが、これは教える方(教育機関)が悪いわけではなく、むしろ我々日本人(社会人)がスマホゲームやSNSなど教養を蓄積するのとは程遠い生活を日々送っていること、読書などよりよっぽど楽しいアクティビティに満ち溢れているということで、しかしドラッカー氏の言うようにそんな誘惑に囲まれていても教養を蓄積し、現実社会に生かす人物がこれからの知識社会での中心人物になるのだとは思います。本書とても興味深く読みました。
Posted by ブクログ
現在の資本主義社会のその先について書かれた本です。これからの社会を生き抜くために必読の本であると思います。
20年以上前に出版された本にもかかわらず、現代社会に見事に当てはまっています。資本主義社会の次に来る知識社会への転換を予言しており、知識社会によって会社、政治、教育等がどのように変貌するかを説明しています。
著書での知識社会は、簡単に言えば専門知識を所有するプロフェッショナルが中心となって動かす社会と表現できると思います。そこには、資本主義社会の資本家と労働者という図式はありません。専門知識、情報という武器を持って、自由に社会を飛び回るプロフェッショナルが中心となるのです。
少し前に紹介した神田昌典の著書2022でもドラッカーの考えが引用されていました。2022を読んで、ドラッカーを再読しようと思い、まずは手始めにポスト資本主義社会を読んでいます。ポスト資本主義社会は、まさに2022で指摘する歴史の大転換を予想した本です。著書では、2010〜2020年頃に知識社会へ移行すると予測しています。20年以上も前からドラッカーは、予測していたことに驚きです。
数年前に著書を読んでも正直ピンと来なかったのですが、2022を読んだ後にもう一度再読してみると、身に迫る思いを感じました。2冊セットで読むといいのかもしれません。これからの時代を生き抜くために、2冊とも読む価値は絶対にあるはずです。
目次
序章 歴史の転換期
われわれが経験しつつあるものは何か
ポスト資本主義社会の姿
知識社会への移行
国民国家を超えて
第三世界の行方
ポスト資本主義社会における社会、政治、知識
第1部 社会
第1章 資本主義社会から知識社会へ
何が産業革命をもたらしたか
技術革新と文明
知識の意味が変わった
産業革命
生産性革命
テイラーの悲劇
教育訓練が生産性を爆発的に向上させた
マネジメント革命
マネジメントとは何か
一般知識から専門知識へ
第2章 組織社会の到来
組織の機能
企業も病院も組織
組織の特性
変革機関としての組織
組織の論理
従業員社会
第3章 資本と労働の未来
資本と労働の役割の変化
資本家なき資本主義
コーポレート・ガバナンス
マネジメントの責任
第4章 生産性
知識労働とサービス労働の生産性
チーム
集中
仕事の改善
アウトソーシングの理由
第5章 組織の社会的責任
ポスト資本主義社会の原則
社会的責任とは何か
組織と権力
責任型組織
第2部 政治
第6章 国民国家からメガステイトへ
国民国家の誕生
福祉国家としてのメガステイト
経済国家としてのメガステイト
租税国家としてのメガステイト
冷戦国家の登場
メガステイトは機能したか
ばらまき国家という民主主義の否定
袋小路に入ったメガステイト
第7章 グローバリズム、リージョナリズム、トライバリズム
ゆるぐ国民国家の基盤
環境問題、テロ、軍備管理
新しい現実としてのリージョナリズム
トライバリズムへの回帰
第8章 政府の再建
政党の基盤の消失
反行政の流行
軍事援助の不毛
経済政策において廃棄すべきもの
行うべきこと
第9章 社会セクターによる市民性の回復
二つの社会的ニーズの高まり
NPOによる市民性の回復
コミュニティは欠かせない
市民としてのボランティア
第3部 知識
第10章 知識の経済学
知識が主役
知識の経済学
知識の生産性
中央計画と集中化の失敗
マネジメント上の処方
結合せよ
第11章 教育の経済学
一変する学び方と教え方
高度の基礎教育を与える
強みに焦点を合わせる
学校へ戻る
学校の責任
第12章 教養ある人間
知識社会の中心は何か
求心力となるべき存在
知識社会と組織社会
教養ある人間の条件
専門知識を一般知識とする
Posted by ブクログ
1993年作と著者の著作の中では比較的最近のものになります。その頃はといえば、自分はまだ学生時代でバブルの時代を経て、バブルの崩壊もぴんとこないまま、ぼんやりと無自覚に楽しく生きていた時代です。世界では、共産圏が崩壊して少し後ですね。
そこで『ポスト資本主義社会 (Post-capitalist Society)』です。
この前後数十年を歴史の転換期と位置づけ、様々な視点で時代を論述しています。構成は大きく、I部:社会、II部:政治、III部:知識、と整理しています。その中で、年金や社会格差など最近でも大きな話題になっている問題も取り上げられています。かなり以前から強調していた、新しい形の"コミュニティ"の重要性や、"知識社会"の到来とその意義を論じられています。相変わらず面白いですね。
日本についても多くの言葉を裂き、バブル崩壊後にも関わらず基本的には日本に対して高い評価を与えています。それに応えるだけのものを実現しているか、失望させてはいないか、気にかかるところです。
Posted by ブクログ
数世紀続いた資本主義が終わりつつあるのではないか、という気分の今日この頃、冷戦終結後、つまり「共産主義」後の93年に書かれたドラッカーの「資本主義」後の社会論を読んでみる。
が、驚くべきことが書いてある訳ではなく、これからの社会では、「資本」ではなく「知識」が中心となる、という、今となっては、常識に属する事かな?
といっても、93年にこれが常識であったかというと、そうではないわけで、ドラッカーの慧眼に改めて感服する、ということなのだろう。
だけど、今読んでも面白いなと思ったポイントは、
・ブローデルの見解などを踏まえつつ、数世紀にわたる資本主義の歴史的なパースペクティブのなかで議論されていること
・資本主義だけでなく、国民国家という政治体制についても、議論がおよび、ポスト国民国家というパースペクティブがあること
・そのなかで、マルクスやケインズ、そしてテイラー(ドラッカーによれば近代を作った人間の一人)などの思想家の位置づけがなされていること
・そして、社会論だけでなく、個人としてのあり方、教養のあり方について論じてあること
などである。
知識社会においては、当然、知識が中心なので、知識人、教養が大切。今日における教養とは、古典に関する知識ではない。専門的知識を除外しての教養とはありえない。なぜなら、社会において価値ある知識とは専門知識だから。
が、専門知識それ自体は、教養ではない。教養とは、自分の専門知識以外の専門知識を理解する能力のことである。
そして、そうした能力なしには、自分の専門知識それ自体もほとんど意味がなくなる。なぜなら、他の分野での新しい知識によって、自分の分野で革命的な変化が起こるということが、今日では、常態であるからだ。
これまた、当たり前のことだが、そのとおりだと思う。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
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