鴻上尚史のレビュー一覧
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「服装や頭髪の乱れが心の乱れにつながる」というなんの根拠もない迷信を信じて止まない多くの学校現場において、その表面的な問題に取り込まれ教師の掌の上で踊らされることのないよう、子どもたちは優先して取り組むべき課題を見極めることが必要だと感じた。
千代田区立麹町中学校において革新的な学校改革を行なってきた工藤勇一さんは、純粋な疑問に骨太に向き合い、立ち向かっていくバイタリティに溢れた人だと感じた。
鴻上尚史さんの言う「世間」や日本社会全体に蔓延る同質性に対しては、工藤氏の言う「自律」や鴻上氏の言う「健康的な自立」を行なっていくしかないと感じた。またその際、当事者意識を持ち、感情を出さず「対話」 -
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「世間」と「社会」の違いを説く鴻上さんと、「ぼくはイエローで〜」の著者のブレイディさんの対談形式の本。
イギリスの教育の紹介などを中心に、日本人が今後どう変わるべきかという方向性が示されています。
「エンパシー」という、その人の立場を想像する能力が多様性には重要という指摘や、機会平等としての「equality」など、数々の指摘が染み入ります。
やはり、子どもの教育って大切だなあと感じました。イギリスが実施している教育が全てとは思いませんが、日本の教育も教師と生徒の相互信頼の下で、自分の頭で考える機会が必要なのではと感じました。
個人的には、ブレイディさんの息子さんが言った「日本人は、社 -
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工藤校長が、部活動をPTA主催にし、部活動を指導する教員はPTAに入って指導することで、保護者からは文句の代わりに感謝の言葉をかけられるようになったと言うのは、凄まじい発想の転換。部活動以外の様々なことに応用できそうである。
演出家の鴻上さんが「このシーンで1番大切なことは何か?」を俳優とともに話して「何を表現すれば良いのか」を俳優が自分で気づくかたちで導くことができるのが1番良い演出家というのは、良い教師と重なると感じた。
「社会のために学校は何ができるのか?」を常に意識していくことが大切だと感じた。その為には教員や大人達が常に社会にアンテナを立てていなくてはならない。 -
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「空気が読めない」などの空気とは、所謂、世間を形づけるルールに合致した状態の様な強固なもので無く、流動性が高い状態の事を言う。
要するに、この先何かの事情で状況が変わる可能性(流動性)が高い場合に用いられる。さらに「空気」には潜在的に畏怖や圧力を感じる何かが存在しており、これらは人を拘束する。日本人は「空気」に目に見えない畏怖するものを感じている。
実は「空気」がルール化させると「世間」へと変貌する。ここで「世間」と「社会」の違いは何かと問われると世間とは自身のコミュニティに近い場合であり、社会とはその以外である。
例えば、近所の行きつけのお店(世間)の人への態度とコンビニ店員(社会)への態度 -
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身を置いてきた学校というシステム、それにあまり疑問も持たずにきた自分に辟易すると同時に、今この本を読めて良かったなと思う。
対立軸ってキーワードが1番印象に残った。学校や職場じゃなくてもっと身近な家庭でも、安易に対立軸を持ち込んで(家族の非を感情的に責め立てたり)、それで結局何もならない、分かり合えなくてってことは多い。相手を思い通りにはできないってそもそもそういう前提であること、そして妥協点を探していけるってことはどんな人間関係でも大事なのかなと思う。
自分の感情を押し通す、相手を思い通りに動かす、そんなことじゃなくて、もっと本質的なことは何かにいつも焦点を置いていたいと思う。
加えて無意味