鴻上尚史のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
分かりやすくて良い本でした、岩波ジュニア新書というシリーズは注目していきたい。
世間=村社会の名残
村八分になると生きれない
葬式と家事は迷惑がかかるから手伝ってくれる
他は何も手伝われなくなる
水田に水がひかれなくなる
世間が何より大事となる
「世間様に顔向けできない」のような言葉
村単位ではなく
もっと大きな単位として「社会」が作られた
外国には、世間より大事な価値観の「神」がある
また戦争で負けて文化が変わったりしている
世間のルール
年上が偉い
「同じ時間を生きる」ことが大切
共有、同じ「世間」のイメージ
仲間外れを作る
先輩=偉いわけではない
sisterは姉妹の上下を指さない
アメリカでは一般的に年齢を意識しない
同調圧力より、自分を大事にする肯定感が必要
そもそも、海外では肌の色も目の色も違う、
「当たり前」も違うので同調できない
無理に合わせようとする方がおかしい
「校則で決められているから〜」と言われたら、
他の学校の校則を見てみること、
全然違ったりする。
黒のソックスはNG、黒のソックスだけOKなど。
-
Posted by ブクログ
世間と社会について子どもにもわかりやすく書かれていた。学校で生活することが多いと子供たちというのは、本当に世間に生きているなと感じることが多くあります。それが普通だと思っている子が現代にもたくさんいるので、この本は残す意味があるなと強く感じました。どうしても生きている環境だったり、場所っていうのは個人の素質と結びつき、ひょっとすると社会の不文律すら超えてしまうような悪い集団に入ってしまうこともあると思いますが、決して個人の意思が尊重されないわけではないと私は思っています。肝心なのは何から学び取り、どう生きていくからと思うので、そういうこっち側の思いを子供たちに伝えていく意義は大いにあるなと改めて思いました。
-
Posted by ブクログ
【351冊目】鴻上尚史さんの人生相談連載エッセイをまとめた本で、本書で書籍化は6冊目になるそうです。今回も「日本人には“世間”はあるけれど“社会”はない」という指摘や、「悩む」と「考える」の違い、「シンパシーよりもエンパシーがこれからの時代には重要」といった、“鴻上節”が存分に炸裂していました。
※世間=知っている人で構成されているもの、社会=知らない人で構成されているもの
※悩む=時間だけが過ぎるがやれることは何も思いつかない、考える=うまくいくか分からないけど少なくともやることは思いつく
※シンパシー=同情心、エンパシー=相手の立場に立てる能力。これまでは「協調性」の時代だったが、今は「多様性」の時代に移行しているという文脈で。
本書の魅力は、何よりも“人生相談の多様さ”です。ページをめくるたびにまったく違う悩みが現れ、どれもその人にとっては唯一無二のオリジナルな苦しみです。宗教2世の問題や家族関係、ジェンダーをめぐる葛藤など、極めて現代的なテーマも多く、自分自身にもどこか当てはまる内容に思わずドキッとする瞬間もありました。「人生とはこんなにも苦しみに満ちているものなのか」と、読み進めながら胸が締めつけられる気持ちになるほどです。
また、鴻上さんの回答は、問題に対する“解像度”の高さが際立っています。日頃からこうしたテーマについて自分なりに考えを深めているのだろうと分かる言葉ばかりで、決して一足飛びに結論を出すのではなく、自身の理解を踏まえて演繹的に回答を導き出していきます。そこには、自分の言葉で誠実に向き合っている姿勢があり、とても信頼できるスタイルだと感じました。
そしてもう一つ、特に好感を持った点があります。それは「あなたの相談に対する回答となる言葉を持ち合わせていません」と正直に答える場面があることです。とくに、過去や他人の気持ちなど、どうしても変えられない事柄に関する相談においては、無理にアドバイスをせず、ただそのつらさを受け止めるだけ。分かったような言葉で飾るのではなく、「自分には答えられない」と伝える誠実さが胸に残りました。
心に残るいくつかの相談や回答を箇条書きに。
◯知的障害のお子さんを2人抱え、「死ね」と怒鳴るまでに至ったお母さん→施設に預けましょう
※子供を施設に預けることが解決策だと思ったとしても、色々と叩かれるこのご時世、それを伝えるのはとても勇気が要ることだと思います。
◯美容整形の代金を出そうとせず、整形自体も認めない親に反発する女子高生→ルッキズムは辛いよねと受け止めつつ、感情的になって冷静に考えていないことをたしなめる
※「親に高額な請求をしていることが一般的ではないとわかっています。しかし、普通から外れた顔に産むのは子どもに重い不幸を味わわせるもので、その不幸を避けられる方法があり経済的にも可能なのに放置するのは「愛していない」と同義に感じます。」という相談に、どうして親が悪いとばかり叫んで、自分でどうにかしようとしないの?とやんわり釘を刺しています。整形自体は否定しない、というのもポイントです。
※「周りの大人や本、ネットなどから『大学が人生で一番多様な人と知り合いになる』と知ったので、大学生になるタイミングで整形をしようと決めました。」という相談に、「本当に大学時代がそんなタイミングなの?」と、これまたやんわり釘。長く生きている大人にだからできる忠告ですね。
◯コロナに感染して修学旅行に行けなかった娘が憔悴しているのを見て、悩む母親→娘さんが立ち直るのに任せるしかない
※「普段の生活態度、学習面でも努力が足りない節があり、バチが当たったんだと言ってしまったことがあり」という相談者に、それは最悪のひと言でしたと正面から非難。
※鴻上さんの「つらくてどうしようもない時は、その感情を吐き出したり、泣いたり、気分転換したり、湿りになってうずくまったりしながら、時間をかけて立ち直るしかないでしょう。」という回答に、私自身も、そうか。出来ることがそれしかない時があるよな、と救われた気持ちになりました。
※コロナ禍のエピソードとして、初日公演だけで中止となってしまったアニーで、楽屋で小学生の出演者が別の小学生に「胸をこうして叩くと、涙が止まるから」とアドバイスしていたというエピソードを読んで、涙が止まらない… -
Posted by ブクログ
ネタバレコロナの頃だし物価もまだ上がってない時代の出版なので噛み合わないところもあったが面白く読んだ
以下引用↓
鴻上
小学生の飲料補給は先生が許可した時のみ
お茶か水でスポドリはダメ
勝手に飲むな!飲みたかったら飲んでいいのか!と言う引率の先生すごい
鴻上さんの悩み相談…経済的に発展してる時は悩みも割とたいしたことないって笑い飛ばせる。“絆”“つながり”という言葉が出てくるときは不況。高度経済成長のときは今よりもいろんな意味で縛りが強かったけどどうせ未来は良くなるんだからと楽天的になって、破天荒な人間も多かった気がする。
でも今はみんな出口の見えない中にいるから悩みがどんどん深刻化して内向化していると感じる。
子育てというのは“子供を守り育てる”ではなく“健康的に自立させる”こと
僕がなんで高速のことでこんなに熱くなるかと言うと、先生への信頼ということは勿論、そもそも、学校の教育現場は人を育てる場所なんです。人を育てる場所なのに人間を潰してどうするんですかって強く思う。地域の子がエリアの区分けで入学することになる公立中学でそんな無茶なことを言うのは、余計に許しがたい
幸せになることが1番
日本の国会中継は質問する人と答弁する人が決まってて、質問内容までも事前に答弁する側に提出されている、もう出来レースと言っていい。他の議員は参加できずできるのはせいぜい野次を飛ばすだけ。
日本で戦争がずっとないのは経験者の強い語りのおかげ
ブレイディ
日本に帰ってくると暗さ、陰気さを感じる。大学生は就活で頭がいっぱいで視野が狭くなって。
幸せになるために人間は生きてると思う。無駄な校則、救われない経済状況、特に今、日本社会は幸せになぜか背を向けているような気がする。
国会中継は迫力も抑揚もなくて棒読みだから論点も伝わらないし、議員もそりゃ寝るだろうと思う
イギリスの国会中継はエンターテイニング、議員が誰でも発言していい時間もある
日本は女が住む国じゃない、日本の抑圧的なところが嫌
あまりに“希望を感じさせる文章を”という原稿依頼が多い、そんな一時しのぎのドラッグみたいに“希望”“希望”って言っても詐欺みたい -
Posted by ブクログ
大学の相談室の本棚を眺めていたらタイトルに惹かれて手に取りました。分かりやすく結局何が言いたいのかの一文はわたしも分かってはいると思っていたことが多かったですがその結論に行き着くまでの具体的な文章にハッとさせられることが多々ありました。また、この本は鴻上尚史さんの具体的なエピソードを混じえて孤独と不安のレッスンを解説しているので絶対にこうなんだという伝え方ではないのもあってかわたしの中に受け入れやすい感覚がありました。自分の中で思い当たることがあったので心は痛みましたが学びが多かったのでこれから自分が自分のものにしたいと思ったことを実行に移した結果で良かったなと思ったり思わなかったりするのかなと今はぼんやり考えています。
追記
文章を書いている時に他者と他人の混在をしていて分け方が分かってなかったので他者と他人の違いが記載されていたのは今のわたしにとって良かったしその文章はわたしは腑に落ちた。 -
Posted by ブクログ
生きづらさの正体ってなんだろう。
筆者は、「世間」と「社会」という言葉を使って紐解いていく。
「世間」とは、現在または将来、関係のある人たち
「社会」とは、現在または将来、なんの関係もない人たちのこと。
日本では世間の目を気にして生きることが強いられる。生きづらさの根本はここにある。
一方で世間があるから、自らの居場所を見つけ安心している。
だから、世間はなくならない。
世界には「世間」はないらしい。
あるのは「社会」だけ。
だから、知らない人とも気軽に挨拶を交わす一方で、友人同士でも食べたいものが違ったら、合わせるのではなく、各々が好きなものを食べてまた合流するそうだ。
生きづらさをやわらげるには、弱いつながりの世間を複数持つことと、社会の人とも話をすること。
単純化し過ぎているきらいはあるものの、知っているだけで、楽に生きられそうだと思ったので、人にも伝えたい。