池澤夏樹のレビュー一覧
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池澤夏樹の真骨頂
『ハワイイ紀行』でも膨大な註釈におめにかかったが、かういふやり方は池澤の十八番で、真骨頂である。
大江健三郎も一気読みして認めた翻訳で、それは『池澤夏樹、文学全集を編む』に対談として載ってゐる。
しかしまあ、父親・小説家の福永武彦とそろって古事記を訳すことになるとは、誰が予想したらうか。
古事記について一言いへば、あくまで素人目には上巻が面白い。「因幡の白兎」もイザナギイザナミも、ヤマタノオロチもすべて上巻である。
中巻以降は天皇の系譜の羅列とでもいふべきものになり、とんと馴染みがうすい。
古事記には、論理的なところと文学的なところと、適当なところがあって、その雑駁したかんじが古代だなあと詠嘆する。 -
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ネタバレ終盤があまりにも美しい小説だった。
不運に見舞われ太平洋の無人島に漂着した主人公。都市の生活から自然の生活に移ったことで、生きることが手段ではなく目的へと変わり、その生活にも慣れていく。
中盤に入ると、彼の周辺は一変する。島を移ったことで現代文明に触れ、そして文明人と出会う。
そのアメリカ人との邂逅が、自然と一体化した(そう思っていた)彼の心境までも変えてしまう。
彼の自然に対する虚構が暴かれ、向き合い直し、最後に見た悪夢。これらの一連の流れによって生じるカタルシスのようなもの。しっとりとした小説だったが、いつまでも残響が耳を漂っていた。 -
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最近山が楽しすぎるのとyamapに超お世話になってるのがあり春山さんはどんな考えを持った方なんだろうと気になっていた本です
あと世の中がもっと“生きやすく”なればいいなと思うことがあり、でも“生きやすい”ってなんだろう?とも思っていて、個人的にそれをテーマに読み進めました
生きやすくなるためにはこうするとよさそう
①自分もまた自然であり生き物であることを知る
自然経験を通じ、自分もまた自然であり生き物であるので、存在としてここにいていいこと、に気付く
②自分の命の尊さに気づく
山に行けば、転ばないように歩いたり、お腹が空いて何かを食べたいと思ったり、気付かないうちに生きることに集中していて、自分の命を大切にしている自分がいることに気づくことができる
③自分を社会の物差しで測らない
社会の物差しとは新自由主義が生み出した競争の順位など
地球上に存在するすべての生き物はフラットであり、何かができなくても他によいところがあることに気づく
“自分が”大切だと思うことをする
④自分の命のときめきに素直に生きる
衝動に素直に生きる
素直でいれたら生きている意味や人生の奇跡性を実感することができる
衝動に素直に生きた経験は自分なりの仕事にもなっていく
これらに人が気付く助けになるような活動をしていけたらいいな
なんだかこの本を読む前に思っていた自分のやりたいことや目標は社会に競争させられてできたものでもあるなと思いました
さらに盲目に走り続けてきてしまったなとも思いました
今後の人生も今ときめいていることを実現するためにはこれからも競争に参加しなければいけない場面は多々あると思いますが
忘れずにいたい観点です
阿蘇山の草千里ヶ浜でどこまでも続く草原を駆けて自由だ!と感じた時、あれが命が外に開く感覚だったのかもしれない
AIとの付き合い方にも触れられていました
AIには検索すれば分かるような情報、知識を任せる
これからの人類の可能性は人にしかできないことである、遊び、コミュニケーション、余白にある
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朝日新聞連載小説をまとめたもの。作者の親、その叔父世代の話。海軍軍人で天文学者、そして敬虔なキリスト教徒であった秋吉利雄。日露戦争の後、さまざまな軍艦に乗り、順調に昇進。第二次大戦時は戦地には行かず、測量が仕事の水路部に所属する。戦前、ローソップ島での日食の観測にも出ている。キリスト教の信条と軍人の仕事とのはざまで悩み続ける。
昭和天皇に、水路部の仕事は平時こそ大切だと言われ、それが戦後、水路部の資料を燃やせという命令を受けた時にこれに抗う決意を後押ししているのが興味深い。平時に使える資料として占領軍にすべてを渡したのだ。
文学、地理、測量、非戦。スティルライフの頃からの作者の作品の来歴が浮かび上がる個人史。読み応えがあった。 -
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池澤先生は、学者ではなく小説家。古事記の翻訳をしておられる。
古事記をそのまま読んでも、人名の羅列だったり、どこまでが神話でどこからが歴史なのかわからない。池澤先生によれば、古事記は文学的ではないという。個々のエピソードは面白いものもあるのに、ぶっつり切れていたりして構成がない。そこで、読みやすい形に翻訳したとおっしゃっている。
古事記の上巻は、主に天皇の系譜について書かれたが、まだ天皇たちは神であって、人ではない。
中巻、下巻になると、天皇が歴史に登場するようになるが、内容は民話的、物語的になっていく。日本書紀は官吏が黙読で読み、歴史を勉強するもの、中巻、下巻の古事記は誰か(この時代は庶民ではなく豪族の師弟、宮廷の舎人や采女たち)に読んで聞かせる物語のようで、のちの猿楽や狂言に通じるおおらかさがあるという。
池澤さんは小説家なので、専門的なことへの言及は避けておられるが、世界中の神話の成り立ちを持ち出したり、発想がとても自由。
エピソードにも、取り上げられている歌にも、とても惹かれる。
(まだうたは長歌の時代。長々と、詠唱する形式だった) -
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ネタバレクリスチャンで天文学者で、海軍少将だった秋吉利雄。池澤夏樹の父である福永武彦の伯父。軍人ではあるが、艦隊勤務ではなく、天測によって航路を知り航海暦を策定するのが主たる任務。タイトルはクリスチャンにはなじみのある聖歌の一節。聖公会は日本では少数派のクリスチャンの中でも、さらに少数派。七百ページを超える大部の小説で、クリスチャンのありようを語り尽くす作品は、日本文学の中でも稀有なこと。ミッションスクールの外国人宣教師が、戦時中の日本を語った文章はいくつも存在しているが、戦前、戦中、軍隊にあって、天文学者という合理を極め用とした人が、聖書で日常を語る人など、これまでなかった。この作品をキリスト教文学と呼ぶのがふさわしいかどうかわからぬが、遠藤周作の『沈黙』と並ぶ重要な作品だと思う。
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海軍軍人、天文学者、キリスト教徒でった筆者の大伯父(祖母の兄)の一生涯、戦争に翻弄されつつ信念を貫き通した人生を描く感動作。
全く前知識なく読み、実在の人物を描いた小説であったことを途中で知る。海軍兵学校では、ミッドウェーで空母飛龍艦長として戦死した加来止男と同期だった秋吉利雄。妻や子、当時の死亡率の高さには驚かされる。キリスト教徒として肉親の受け入れる、時に迷いつつも。
朝日新聞に連載されたという大作。Mという友人の語る戦局があまりにも後世からの視点になっているところが気にはなるものの(少年Hのように)、それを差し引いても感動する作品でした。 -
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発売と同時に買ったのに,ずっと積ん読。
まる2年以上も!
きのう、雨に降り込められ、何となく読み始めたら
止まらなくなった。
よくぞ、買っておいたものよ、でかした2年前の私!
当時は石牟礼道子を、ちょこちょこと読んでいたので買ったものの
池澤夏樹が、ちょっとなぁ、若い頃好きだっただけに、最近は・・・と
読むのをためらっている間に、まる2年!
けれど『また会う日まで』で池澤長編を読み、
池澤の本へのためらいが解けたところ
なのも良かったのか。
前置きが長くなってしまった。
本書で、わたしは、大きな間違いをしでかしていたことに気づく。
「苦界浄土」はルポルタージュだと思っていた。
あれは紛れもなく創作。
たくさんたくさん聞き書きをし、それを1度咀嚼した上で
構築したものだったのだ、と知った。
池澤夏樹も長く気づかなかったというのだから、
私如きが気づかなくて当然かw
それにしても、何と石牟礼さんの言葉が豊かなこと!
池澤氏が対談嫌いのくせに、足繁く石牟礼さんの元へと通ったのもわかる。
弱っていく命の灯火・・・少しでも触れておきたい、そばにいたい、
そんな気持ちだったのだろう。
こんな部分、普通はカットではと思うような点まで
再現されている対談集。
池澤氏の想いは深い。
またしても付箋でいっぱいになってしまった。
大事なことが一杯詰まった、折に触れて読み返したい本。 -
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文系頭にやさしい科学エッセイ。
世界は乗法的、冪的。加法で済むのは局地的な問題だけ、というのは分かりやすい。大気は無限というかつての信仰。福島から大気中にあふれた放射性物質を例にとり、「希釈は消滅ではない」という説明が池澤夏樹らしい。
種は絶滅する。弱肉強食ではなく、適者生存。肉食獣は草食獣に生命を負っており、草食獣は植物に生命を負っている、というベクトルの向きもなるほど、だ。AIとロボットで人が単純労働から解放されても、余暇は平等には分配されない。失業者と過労者が増えるだけ。雇用する側にのみ恩恵をもたらす、というのは、農業と定住が結果的にヒトを忙しくしてしまったことと似ていないだろうか?
現代のテクノロジーは、人の生活の便利を求めて生活の喜びを失う詐術だ、というのも一面において激しく同意。だからといってこの流れを止めることはできない、という諦観にも首肯。