池澤夏樹のレビュー一覧
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明治維新後に北海道に入植した和人とアイヌの民の話。
文明と文明が出会うとき、多数派、科学文明の力の強い方が相手を押潰してしまう。これまで何度も繰り返されてきた。
語り部である由良の言葉にある「もっと深い恐れか憎しみか、何かとても暗くて嫌なものがあったような気がする。姿と言葉の異なる人に対する恐れと憎しみ。人間の心の中に棲むいちばん忌まわしい思い」これが人の心の中にある限り、これからも起こるのだろうか。
アイヌの民と牧場を開き、共に生きた宗形三郎の生きざまに人としての理想の姿を見る。
だからこそ結末があまりに衝撃的で哀しい…三郎のこともアイヌの民のことも。
けれどこれが現実なのだろう…つらい。
アイヌの民の気高さ、自然と共の生きる思想の深さが伝わってきた。
熊の神が語った「大地を刻んで利を漁る所業がこのまま栄続けるわけではない。いつかずっと遠い先にだが、和人がアイヌの知恵を求める時が来るだろう。神と人と大地の調和の意味を覚える日が来るだろう」それが生かされる時が来るのでしょうか。 -
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まずは古事記の成り立ちについて。
元明天皇(天智天皇の皇女)が、大朝臣安麻呂(おおのあそみやすまろ)という官僚に対して、天武天皇が稗田阿礼(ひえだのあれ)にという記憶の天才に口付から教えた正しい歴史を文字にして残せと命じたもの。それを受けて安麻呂は、古い音声を漢字に移すのに苦労しながら、古事記三巻として和銅五年正月に奏上した。
上巻は国の始まりから、神々の時代。大国主が治めていた地上を天上界の神の天照大御神に譲り、現代にも続く天皇家の血筋が作られた。
中巻は、初代神武天皇から十五代応神天皇の時代で、神々と人間とが融合している。
下巻は、十六代仁徳天皇から三十三代推古天皇の時代で、終盤になると現代の教科書にも乗っている歴史上の人物であり、神性は消えて人間の時代となっている。
池澤夏樹版の現代語訳としては、
古事記での言葉のリズムや言葉遊びを大事にして、現代語や現代用語に読みくだすもの。本文の下に訳注を載せて、当時の風習や名前の意味などを解説している。ところどころで池澤さんの楽しいツッコミもあり(笑)
現在使われている言葉の語源や地名のいわれにも触れられて、日本語の語源はここにあったのかなどとも思わせられる。
人名に関しては、出てきた最初は漢字表記(天照大御神/アマテラス・オホミカミ)、次には漢字と読み仮名、そしてカタカナ表記(アマテラス)へと変えている。
古事記においての名前というのは、当初は交互で伝わったのを漢字に変えたもの、またはその人物の役割により跡付けて名前が付けられたもの(美女と言われているから「髪長比売かみながひめ」という名前になった、とか)なので、それぞれの名前を表記と訳注で解説されている。
しかし神からの血筋紹介でもあるこの古事記において、多くの人名が何ページにも渡って列挙されているが、現代読者としてはほぼ飛ばし読み。そのため名付けによる地位や役職のルールもよくわからずでした、ゴメンナサイ(^_^;)
「物語」としては、神から人間に受け継がれた血筋の説明、勢力争い、色恋沙汰などがかなりスピーディな展開で語られる。
性交して便所に入って嫉妬して反乱を起こして、神とその血筋の者たちとはいえ、彼らの行動は実に人間らしい。以下「物語」としていくつかの箇所を記載。
【夫婦】
❐イザナギとイザナミ(上巻)
出会ったときは「俺には余ったところがあるんだ」「私には足りないところがあるの。では合わせましょう」などと初々しくあけっぴろげに性愛を語った伊邪那岐命(イザナギ。性行為に誘うの意味)、伊邪那美命(イザナミ)だったのが、やがて妻イザナミが死ぬと黄泉の国でのやり取りのあと「あなたの国の人間を一日1500人死なせてやるわ!」などと壮絶な夫婦戦争に(-_-;)。
❐オオクニヌシと妻たち(上巻)
後に大国主となり地上を治めるオオムナヂのカミには多くの妻たちがいた。
建速須佐之男命(タケ・ハヤ・スサノヲのミコト)の娘の須勢理毘売(スゼリビメ)は、積極的に夫を選び、オオクニヌシの正妻になった。他の妻たちはスゼリヒメに遠慮して過ごさなければいけなかった。しかし大国主はそのスゼリビメ一人のところに留まったわけではなく他にも妻たちのところへ行き多くの子を成した。スゼリヒメと大国主は歌を贈り合い、大国主はスゼリビメの元に留まることになった。
❐八十年待たされた女?!
二十一代雄略天皇は、ある美女を見て迎えに来ると約束した。美女はそのまま八十年待ったが迎えは来ずについに自ら宮廷に上がった。約束をすっかり忘れていた天皇は「おまえはどこ老女だ?」といって追い返そうとしたが、約束を思い出し、でも今更妻にはしたくないのでお金をもたせて帰したらしい。
訳注によると実際は十年くらいだろうって。でもこの時代だったら20歳後半でもう老女扱いだろうし、しかし天皇自ら口約束されたら別の結婚なんてできないし、こういう女性は多かっただろうなあ。
❐性表現
やたらにホト(女性器)という言葉が多いんだ。そして排泄行為や生理の血のこととかもそれなりに描かれている。古代人間において、それらは当たり前のことで実におおらか。
【出産】
❐イザナミ(上巻)
火の神を生んだために女性器が焼けただれて死んでしまった…勘弁してくれ(;´Д`)
❐コノハナサクヤヒメ(上巻)
アマテラスの孫で地上に使わされた番能瓊瓊杵尊(ホノニニギのミコト)は妻の木花開耶姫(このはなのさくやびめ)が、結婚後すぐ妊娠したため疑いを持った。コノハナサクヤヒメは自分の子供が神の子であることの証明として火を放った産屋で出産したのでした。…あっちこっちに妻を取り子孫を増やしていってるのに子供ができたらできたで疑ってるのか、面倒臭いなあ。
❐海のものと地上の人間
ヤマサチヒコが海の底の国にいたときに、海の神の娘である豊玉毘売命(トヨタマビメのミコト)と結婚した。トヨタマビメは鮫の化身であり、出産するときに鮫の本体を見られたため恥しがりヤマサチヒコのもとに子供を残し住居を分かつことに。しかしこの鮫の子が後の神武天皇。神も人も動物も境がなかったのだろうかと思う古代血脈物語。
【兄弟・兄妹】
❐ウミサチヒコとヤマサチヒコ(上巻)
コノハナサクヤヒメが命がけで生んだ三人の兄弟だが、その後兄の海佐知毘古(ウミサチビコ)は、弟の山佐知毘古(ヤマサチビコ)と壮絶な兄弟喧嘩の末、弟の部下になることになる。
さて。古事記でも名高い美女の木花咲耶姫だが、姉とは別れ夫には浮気を疑われ息子たちは争い、権力者の美人妻も大変ね。
❐サホビコとサホヒメ(中巻)
十二代景行天皇の后、沙本毘売命(サホビメのミコト)は、同母兄の沙本毘古王(サホビコのミコト)に「夫と兄とどちらが愛しいか」と聞かれてつい「兄のほうが愛しい」と答えてしまう。その結果サホビコが起こした景行天皇への反乱に加わる。景行天皇はサホビメを取り返そうとし、サホビメも夫の天皇を愛しく思うが、同じ母を持つ兄との絆は自分の命も超えていた。サホビメは景行天皇に、自分が死んだあとの息子の育て方、次の妻を指示して兄とともに亡くなる。
サホビメの行動はどっちつかずな気もするが、どっちも裏切れずに自分が死ぬしかなかったのだろうか。
❐恋愛倫理について
木梨之軽王(キナシ・ノ・カルのミコ)は、同母の妹の軽大郎女(カルホのオオイツラメ)と恋において糾弾される。異母妹や、自分の母ではない父の妻を娶ることは許されたが、同じ母から生まれた相手と結ばれることは人倫に外れることだった。彼らは共に死ぬ。
古事記に記載されるにあたって「人倫が無い」ということで、行動により後で付けられた名前。
❐皇子→動物番→天皇
意祁王(オ・ケのミコ)と袁祁王(ヲ・ケのミコ)の兄弟は、父が殺されたあと逃れて動物番をしながら生きていた。その後血筋が認められて都に復帰、まずは弟が二十三代、兄が二十四代の天皇になる。この兄弟は人生山あり谷あり大逆転ぶりも面白いが、互いに譲り合い助け合い力を合わせて困難や戦いを乗り越えている。
【勢力争い、反乱】
古事記においては去った者たちへの記述が多い。
❐大国主から天照大神への国譲り(上巻)
大神様アマテラスだが、弟スサノオが暴れたら岩戸に隠れたり、地上の主を誰にするか悩んだり、案外神様っぽくない。しかし古事記の上巻終盤あたりからは天皇家の血筋になるのだが、上巻では国を譲る側のオオクニヌシたちの話にもページを割いている。
❐ヤマトタケルの物語(中巻)
主流の血筋から去ったものの中でも倭建命(ヤマトタケルのミコト)に関しては古事記で唯一生まれてから死ぬまで、その心情に至るまで記載されている。
ヤマトタケルは、十二代景行天皇の息子で、生まれたときの名前は小碓命(ヲウスのミコト)。父に、兄の大碓命(オホウスのミコト)を諌めよと言われて殺したことから、父に疎まれ(そりゃあいきなり殺しちゃったら警戒されるだろう…)、国中の反乱者たちの成敗に向かわせられる。父は自分の死を望んでいるのだろうかと嘆きつつも従うしかなかった。ヤマトタケルが死んだらその魂は白鳥となって飛んでいった。
❐高行くや(中巻)
十六代仁徳天皇は幼名を大雀命(オホ・サザキのミコト)といった。その弟、速総別王(ハヤブサ・ワケのミコト)は、兄が思いを寄せる腹違いの妹の女鳥王(メドリのミコ)を妻とする。メドリのミコは夫に「あなたはヒバリより高く行くハヤブサでしょう」と歌い反乱を囁く。結局その反乱は失敗に終わり、彼らは共に死んだ。
この「高行くや」の挑発的な歌の部分が高校の教科書に載っていた。
❐古事記版ハムレット?
二十代安康天皇は、親族の大日下王(オオクサカのミコ)を殺し、その妻を奪った。ある時自分の父が叔父に殺されたことを知った7歳の目弱王(マヨワのミコ)は、天皇の首を斬り、配下の都夫良意富美(ツブラ・オホミ)の館に逃げ込む。安康天皇の息子の軍に包囲されたツブラオホミは、自分を頼みにしてこに家に逃げ込んだ王子を見捨てるわけには行かないと、マヨワ王子と共に死ぬのだった。格好いいが格好良すぎる、どこか創作を感じるのだが、この去った者を格好良く哀愁漂うように書くのが古事記なのだろう。 -
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ネタバレ再読日 19940301 20000529
主人公のヤシが島で生きていくための知識をひとつずつ覚えていくのが、自分のことのように感じられて面白い。島の生活に馴れた結果、文明との距離の取り方、そしてラストで文明に回収されることを先延ばしにし続ける態度に共感できる。マイロンの別荘があるため、文明と完全に隔絶しているわけでもない、いわば中間の存在。このような島での生活ができれば、文明の日常に帰還する必要ってあるのだろうか? 20000723
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20250903
とても面白かった。うまく言えないけれど、一度読んでさくっと「こんな感じかな」というふうに感想がまとめられる小説もあれば、なんだかわからないけれどものすごすぎて、どう自分の考えをまとめたらいいかわからないような小説もある。
これは明らかに後者。3回目位かな、今回で。なので色々と読みながら思い出したりとか、今回も結構たくさん線を引いて、なんとなく理解が進んでいると思う。でもまだこの小説の本質を捕まえられたかと言うと、そこまでいってない気がする。
解説の人の述べていることは正しいかどうかはわからないけど、ものすごく何か斬新な視点でぶっ飛んできた感じがして、結構インパクトがあった。
途中でメモしたけど、解説の人が最後に書いている「南方への憧憬」に加えて、「反近代社会性」とか「反物質文明」とか、そういうところがやっぱりこのデビュー作で既に現れているんだな。それが『すばらしい新世界』とか『光の指で触れよ』とか、そういったところにやっぱりつながっているんだなあっていうのが、今回改めて感じられた。
これは星5ですな。満点の5ではないんだけど、4.7とか4.8とかそのぐらいでいっちゃっていいと思う。また読み直すと思う。そのぐらい、やっぱりなんだろう、うまく言えないんだけど、ものすごく深く刺さる作品だった。やっぱり俺、池澤夏樹好きなんだなあ。
続いて『マシアス・ギリの失脚』を読むか。
※音声入力テキストを「Claude」の日本語整理により作成 -
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ネタバレ北海道ツーリング中に読んだ一冊。
内地を追われた侍による、アイヌ迫害・馬やジャガイモを使った開墾の歴史が伺える。
熊送りは北方民族資料館(網走)によれば北方民族共通の習慣だという。
足るを知っていたアイヌの生活の基盤を和人が奪っていく中、アイヌへの憧れから彼らとの共存、むしろ飢饉時にジャガイモをアイヌに配るなど、和人を裏切る側にたち、力尽きて妻子を追ってアイヌ装束で自害した一人の才人の物語。
幕府の近視眼的な政策(奴隷ですら資産だったのに)やシャクシャインの乱での和人のだまし討ち、榎本武揚がオランダを模して独立しようとしたという解釈など、教科書からは知れない解釈も随所に。
文字を持たないながら独特の言葉を作り上げた文化の記録は貴重なんだろう。
目黒「静内」にまた行こうと思う。 -
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池澤夏樹『終わりと始まり』朝日文庫。
世界情勢や日本の世相にテーマを見出だし、斬れ味の鋭い文章で我々が向かうべき未来を描いて見せた名コラム。
2009年5月から2013年3月までに書かれたコラムで構成されている。この間に2011年3月11日に起きた東日本大震災があることから、以降は被災地、原発事故をテーマにしたコラムが増える。これまでずっと東北地方に暮らし、三陸沿岸に義理の両親が暮らし、現在は福島に暮らす自分にとっては共感することが多く、ここまではっきりと言い切ってもらえるのは非常に気持ちが良い。
また、表題ともなっている最初のコラム『終わりと始まり』には唸らされた。女性詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカの同名の詩を取り上げ、終わりと始まりを人生に例え、終わりと始まりの間の時間の重要性を示してくれる。再就職活動中でふらふらした時間を過ごす今の自分には有難い提案であり、気持ちが楽になるものであった。 -
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敬愛する(といってもまだまだ良く知らないニワカですが)池澤夏樹さんの仕事術公開本。
SNSの話から始まりますが、ご本人は自身の事を語るなど、こっ恥ずかしくてできないそう。少し前からFacebookをROMっている私も同様です。
ただ、自己の記録として、WordPressによるブログのみは続けて行こうと思っています。それと、そこそこのフォロワーのいるツイッターは。
こういう知的生産の技術書というのは、昔から有名な書籍が何冊も出ています。知の先達たちが後輩のために親切にノウハウを公開してくれているのですね。
でも、わかっちゃいるけどついてけねー。というのが本音のところ。
それができれば苦労はない。継続は(天才)力である・・・と自己弁護で解釈しています。
それでも良いから、格好だけで良いからついていきたい。というので、同様な本にまたもや手を出してしまいます。
そしてもう一つ。基本は実践者の脳髄に帰結するのでしょうが、その時に応じたツールが出てきます。
本書は発行日が読書日と1ヶ月ほどしか違いません。まさに湯気の出ている新刊書でしょうか。なので、現在進行系のツールの解説も適切に行われています。
特筆すべき事として、著者は最初にワープロ原稿で芥川賞を受賞した人。創作のIT化に最初期に取り組んだ人でもあります。現在使用しているデバイスもiPhone6sPlusだったりして、ボクとおんなじ。
でも、あまり具体的に手取り足取りという紹介はありません。執筆にどんなソフトを使っているかとか。まあ、Wordのネタとかは出てきますが。
仮にアプリケーション名を挙げたところで、すぐに淘汰されてしまう(ドッグイヤー)運命ですから。私達自身がそこはさがしていくところでしょう。
最新の技術状況を踏まえつつ、外堀の埋め方をレクチャーしてくれます。
古典の読み方。紙の本と電子書籍の使い分け。等々。
フィールドワークのノウハウはまるでハンティングに行くよう。
で、シンプルイズベストですね。
日々身を削るように仕上げる執筆作業が目に浮かぶようです。膨大な資料を選択し、読破し、必要な部分を抽出し、作品に仕上げていく。産みの苦しみ。
そして脱稿した暁の爽快感・カタルシスは癖になると語っています。
私も掌編で良い(とはなんだ!)ので、創作チャレンジしてみようと思わせてくれる一冊です。
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ケルアックの「路上」から石牟礼道子の「苦界浄土」まで、世界文学の傑作を新訳メインで提示した世界文学全集に続き、池澤夏樹が日本文学を独自のパースペクティブで編纂する日本文学全集シリーズの1冊。他の作品が全て、特定の作品・作家を対象としている中、本作だけは「日本語のために」と題打たれ、歴史的・地理的に変化を遂げてきた日本語そのものを対象とし、その全体像を示す。
収められているのは、祝詞、アイヌ語、琉球語、憲法、聖書、日本語の文法論、漢語など、それぞれのジャンルでの第一級の文章が収められている。琉球語で書かれた詩歌は、沖縄という場所でないと成立しなかったであろう場景を示す単語の豊穣さなど、これまで意識したことがなかった日本語の地理的な表現の違いを知ることができる。また、現代的仮名遣いが導入された時期の論争では、どのように現代の日本語表現が形成されたかなど、多様な問題を知る上で貴重な論考ばかり。
実は知っているようで知らない母語としての日本語表現の豊穣さを知れ、なおかつ一級の知的好奇心を刺激してくれる傑作アンソロジー。この一冊を持って、本全集が編纂された価値は十分にあった、と言える。