木村草太のレビュー一覧
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何かと世間を騒がす元大阪府知事・大阪市長で弁護士の橋下徹氏と、気鋭の若手憲法学者の木村草太氏の憲法を巡る対談。
本人達も言及しているように、意外にもこの二人の対話が噛み合っていて驚いた。まさに法と論理という共通の基盤に基づくインタレスティングな議論だと感じ、憲法を考えるのに一読の価値があると思った。
「何を憲法に書くべきじゃないか」という問題設定による議論や、集団的自衛権を巡る憲法9条解釈についての議論、憲法改正国民投票の意義付け(国民意思の発露の機会としての憲法改正手続き)についての議論などが、特に興味深かった。また、二人いずれも「適正手続き」という考え方を非常に重視しているのが印象的だった。 -
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題名から判断してしまうと、何か陰謀論的なトンデモ本のような印象を感じてしまいますが、全然違います。
テレビでは伝えきれないのです。
「改憲論」などは割とニュースになりますが、
時間はわずかであるし関心もそれほど高いとは
言えないです。
そうなるとテレビでは必然的に扱いが少なくなります。
それではいけません。
「憲法とは、こういうものだよ」と教えてくれる本です。
その第一印象は「憲法ってとても良くできてる法律
なんだな」
戦後の混乱した時代に施行されたにもかかわらず、
よくまあこんなに考え込まれた、バランスの良い法律
が出来たものだ」というものです。
もちろん長年の研究で「この条文はこういう意味を指しています」という解釈による結果もありますが、
国家の根幹をなす法律としては世界に誇れるものであると言えます。
日本国民必読の一冊です。 -
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学校教育やメディアだけでは分からないことが多く、
いざ憲法学者の本を読んで自分の考えを整理したく読み始めた。
まず主観的ではあるが、木村草太氏についてかなり硬派な方だと思っていたが、随所にユーモアを含めて、一般人にも分かりやすい工夫を凝らしていると感じた。
そして、憲法9条について。
私は改正反対だと思う。
世界各国において、国際法(国連憲章)で武力行使については規律されており、「武力の行使」「武力による威嚇」つまり戦争は禁止、例外的に安保理決議に基づく軍事措置や、武力攻撃に対する自衛のみ認められているのである。
なので、現憲法9条を改正することで直ちに戦争を実行できる話ではないし、万一の有事の際に備えた自衛隊が存在する現日本国憲法で問題ないだろう。
◆心に響いたフレーズ
現憲法について「押し付け憲法論」だという指摘があるが、制定過程にとやかくいう必要はなく、内容の問題を指摘すべきである。
なお、私の知識不足であり、理解できない部分もあったちめ、星4とさせていただいた。 -
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ネタバレトランプ大統領の誕生は、米国における白人のマイノリティ転落に対する恐怖(白人によるアイデンティティ・ポリティクスの行使)、急速なグローバル化やインターネットの登場による中間層の没落(豊かだったものが貧しくなったという感覚、インタネットの登場による生活様式の共有への不信)といったより大きな問題を表象しているに過ぎない。こうした社会の流れや急速な変動への揺り戻し、(移民に対して非同化政策を採ったことに起因する)共有できる敵を常に必要とする従来のアメリカン・ウェイという観点から、トランプ政権が徹底して自国第一主義に走ることは当然の予想である。政治的正当性への不信も含めた民主主義の劣化、享楽化(ポスト・トゥルース/非知性主義的態度)に対抗するためには人々の意識のありよう(行為と体験に対する観察と抽象化/高次化)の変革が必要と考えられる。
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p.23-p.26
憲法とは「過去に国家がしでかしてきた失敗のリスト」
「国家権力の三大失敗は、『無謀な戦争』『人権侵害』『権力の独裁』」
「こうした三大失敗を踏まえて、無謀な戦争をしないように軍事力をコントロールしよう、人権侵害を防ぐために大事な権利をあらかじめ示しておこう、独裁にならないように権力を分立したら民主的にコントロールしよう、というルールを憲法に書き込んだのが、立憲主義の憲法」
「ですから、立憲的な意味の憲法では、軍事統制、人権保障、権力分立が三つの柱」
国家批判は抽象論ではなく、具体的に。
夫婦別姓の問題は「男女差別」ではなく「法律婚と事実婚の差別」として戦う。
辺野古基地移設問題は憲法41条と92条・95条のコンボで攻める。 -
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本のタイトルにあるように、日本に今後戦後80年は
くるのかという議題で、現政権を中心に批判する
下記の講義集
内田樹氏ー比較敗戦論
東浩紀-本と新聞と大学は生き残れるか
木村草太-集団的自衛権問題とはなんだったのか
山室信一-戦後が戦前に転じるとき
上野千鶴子-戦後日本の下半身
河村小百合-この国の財政・経済のこれから
姜尚中-総括講演
このなかでも、山室信一氏、上野千鶴子氏、河村小百合氏の
3本がとても興味を引きました。
どれも、日本が破綻し、または戦争の道に進むのでは
ないかという潜在的な恐れを感じる内容です。
支持率は高いですが、本当に今の政権でいいのでしょうか?
他人事ではないような気がします。英国や米国、韓国、
日本と反知性主義的というのか、そういうものが蔓延して、
そのうえに乗っかっている知性的でない治世者に将来を
奪われていくことになるような暗い気持ちになってきます。
そうではないかもしれませんが、そうならないためにも
これらのことを、警告として受け止めて
自分の判断基軸の一つとして認識することに意味が
あるのではないかと思います。 -
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「私は この小説を書くときに、読んでくださる人が小学六年生までの漢字を読む力があれば読んでもらえるものと思ってこの作品を書き始めました」
と「氷点」を書いた三浦綾子さんがいってらっしゃいました。
この本の中で出張授業をされる先生たちは
もちろん、その道のプロフェッショナルの方たちです
そして、聴いている対象者たちは 中学生、高校生たち
その語り口が そのまま 一冊の本にまとめられました
その「語り口」を読んでいて
冒頭の三浦綾子さんの言葉を思い起こしたのです
本当の専門家は
ただ感心させるだけでなく
それなら 僕も(私も) 何かやってみよう
そんな気にさせてくれる方なのです -
Posted by ブクログ
社会学者大澤真幸さんと憲法学者木村草太さんの対談で、新書ということもあり、ライトな語り口、難解なところなど全く無く、余り本を読まない人でもすんなりと一気に読めるだろう。
大澤さんのいつもの心理学的な視点や独特のキーワードも冴えており、本書では特に中核となる「法の支配/人の支配」という二項対立を提起し、一貫して言及される。
日本人にはいまだに「法の支配」という近代社会の原則がなじめない。「法」を外部からの介入としてしか感じ取れないのだ。その上、戦争の責任者を結局うやむやにして過ごしてしまった点、ドイツとは真逆である。日本人は自らが引き起こした戦争を、あたかも天災か何かのように、まるで自分たちが被害者であるかのようにイメージして、そのままの心情を保持してきた。
戦後はアメリカにひたすら思いを寄せ、中国が経済的に台頭してくると、アメリカからの「愛」を取られまいと、ますます必死に媚を売る。すでに沖縄等の米軍基地や「思いやり予算」などという法外なもので徹底的に服従してきたのに。
最近無理矢理成立された安保法制は、木村草太氏が断言するように、間違いなく「違憲」であり、しかも安倍晋三やその一派が繰り返してきた妙な「例示」や説明がいかに馬鹿馬鹿しくデタラメであるか、本書では明確に語られている。
ここで指摘されているように、「集団的自衛権」はその本質が理解されることも無く(もしかしたら安倍自身も全然理解していない)、「日本を守るため」という不可解な名目で自公政権が打ち出してきた。勘違いやデタラメばかりの彼らの説明を、真に受けて信じてしまった国民がいるというのが情けない。
他にもヘイトスピーチやネトウヨについての分析が面白かった。彼らは「国に愛されていない」と感じ、「国に愛してもらいたい」と必死なのである。つまり彼らの場合愛国者といっても「国に愛されたい者」の意味なのだ。
学術的な論述を好む私としては、この小冊子ではちょっと物足りない部分もあるものの、万人向けのわかりやすい本として、本書はおすすめできそうだ。
ただし、「国家的な緊急事態への対処を決めておくべき」という議論の部分は、いま安倍自民党が目指している改憲=緊急事態法案の中身とはどうやら異質なもののようだが、そのへんは本書では詳細に突っ込まれていない。それもそのはず、これは昨年(2015年)1月に刊行された本なのである。 -
Posted by ブクログ
対談本という性質上、ある事柄について体系的な知識を学べるというようなものではなかったが、憲法学者と社会学者が、特定のテーマについてそれぞれの専門分野からの知見を述べ合っており、刺激的な内容だった。政治や法律に関心のある人なら何かしらの考えるヒントが得られるはず。
個人的にこれはと思った部分を以下に引用する。
木村「憲法研究者ではない一般の人から見れば、憲法というのは国の物語の象徴としての役割のほうが重要なのではないかと思います。それがどのよに誕生したのかという物語と不可分に結び付いている。……ところが、日本国憲法の場合には、大多数の国民が共有できるような、よりどころとしての具体的な歴史的物語がない」(pp58-60)
大澤「日本国憲法の原点には、敗戦がある。それは、敗戦から始まる物語にならざるを得ない。ところが、先ほど述べたように敗戦を否認しているために、物語にならないのです」(p61)
木村「表現の自由が萎縮しやすいのは、表現の自由には、それ自体に対価がないからということになりますね。……しかしながら、人々の発する情報が自由に流通することによって、社会全体のレベルでは利益を得られます。個人が表現するということは、自分の利益ではなく、社会の利益を実現するための贈与としての性質があり、そこに社会的価値がある」(pp86)
木村「……ヘイトスピーチにはグノーシスのようなものも感じます。……グノーシスをどう理解するのかというのは、それ自体すごく難しいのでしょうが、私が注目しているのは、「現に流通している標準的な世界観はすべて間違っているのであって、自分たちだけが真理を知っているのだ」という一種の秘教主義、選民思想的な部分です」(pp110-111)
木村「〔集団的自衛権の〕賛成派は、アメリカに見捨てられたら日本はやっていけないから……集団的自衛権をもとうという。それに対して反対派は、集団的自衛権を認めたら戦争に巻き込まれるからだめだという。激しく対立しているようでいて、いずれの議論も利己的である点は同じです。どちらも国際公共価値には目を向けていないわけです」(p171)
大澤「「日本の国益のために」という論理は、本当はまだ、理性の私的利用の範囲なんです。……究極的には、国の振る舞いも、理性の公共的使用という観点から考えるべきだと思っています」(p180)
木村「〔命令委任の禁止について〕そもそも何のために独立して判断しなければならないのかというと、単なる地域の代表としてではなく、全国民の代表として、日本全体の公共的な価値を実現するためです。そうした地点から議論しなければのらないのに、それがないままに命令委任から解放されてしまうと、国会内論理みたいなものに突き動かされてしまう」(p201)
大澤「理性を公共的に使用せよ、といったところで、何が公共的な判断なのかは本当はわからないわけです。公共的に使用されたりせいがどう判断するかは、結局、不可知のままだ。とすれば、そもそも、公共的な判断などというものはないのだ、と開き直ってはいけない。内容は定かでなくても、公共的な判断は必ずある、と想定することが重要です」(p261)