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  • ニューヨーク美術案内

    Posted by ブクログ

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    描くことは祈り

    ピカソは生涯に3万点作った

    現代アートを見にニューヨークに行きたくなった

    ピカソって生涯に3万点作ったらしいけど、91歳で死んだから、0歳から、1日1作作ったとしても82年かかるんだよね。だから、大作が数日かかるなら、小さい作品なら1日2、3作ペースで作ってたんだろうなと思う。凄すぎる。

    西洋美術史でイコンといえば、カトリック修道院の僧侶たちが描いた聖書に基づく物語絵です。 カトリック教会(正教会)における神や天使、聖人を描いた聖画像・iconは、教会内に掲げて文字が読めないひとたちに聖書の物語や聖人の事跡の説明に用いられました。

    野地 秩嘉
    (のじ つねよし、1957年〈昭和32年〉2月27日 - )は、日本のノンフィクション作家、日本文藝家協会会員。東京都生まれ、早稲田大学商学部卒業。祖父の野地嘉平は大日本帝国陸軍中将1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社に勤務[1]。美術展のプロデューサーなどを経て、ノンフィクション作家に転身[1]。人物ルポルタージュをはじめ、ビジネス、食や美術、海外文化などの分野で幅広く執筆[1]。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞[2]。日本文藝家協会会員[3]。著書に『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『高倉健インタヴューズ』『トヨタ物語』『スバル ヒコーキ野郎が作ったクルマ』『日本人とインド人』『京味物語』『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』ほか著書多数[1]。現在、50代からの旅と暮らし発見マガジン『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を執筆連載[4]。

    「わたしの場合の贅沢とは簡単だ。楽しみ方を教えてくれる人、快感を伝えてくれる人と過ごす時間が贅沢と言える。  例えば山を散策する時、ひとりで歩いてもおもしろくはない。汗はかくし、足は疲れる。苦しいだけだ。ところが素晴らしい同伴者がいるとたちまち黄金の時間に変わる。たとえば湯布院の旅館「玉の湯」会長の溝口薫平さんである。彼は近所の山に生えている草花や樹木の名前をすべて知っている。昆虫や鳥についても詳しい。彼の解説を聞きながら山歩きをしていると、草や木に親しみが湧き、時間が経つのも忘れてしまうし、疲れも吹き飛ぶ。  動物園で贅沢を味わうとしたら、旭川市の旭山動物園がいい。園長の小菅正夫さんは動物園の楽しみ方を教えてくれる人だ。彼はたとえば象について教えてくれる。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「美術館にはちゃんと楽しみ方があるんです。それを教えましょう。とりあえずニューヨークがいい。私が暮らしている町だし、いい美術館も多い。チェルシーには最先端の作品を置くギャラリーがある。それにニューヨークには町のなかにもアートがあるんだ。……焼肉とホットドッグもうまいしね」  画家は絵を描くだけの人ではない。描く前に数多くの美術作品に接し、作品を消化吸収している人だ。そういった人に同伴してもらえばきっと美術館も楽しい場所になる……。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「みなさん、最初に申し上げますが、美術館は決して重苦しいところでもないし、権威的なところでも、つまらない場所でもありません。そして、絵は恐れ入って見せていただくものではなく、楽しみながらおもしろがって「読んでいく」ものです。「絵を読む」ことについては、おいおい説明するとして、まずは、美術館では楽しむことを頭に置いてください。「おもしろいものを見つけてやろう」という気持ちで美術館に入っていきましょう。美術館とは勉強するところではなく、発見の場なのです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「中世の宗教画や一九世紀のアメリカ・ハドソンリバー派の絵画を見ると、小さな葉っぱの葉脈までひとつひとつ描いているような作品に出会います。なぜ、それほど細かい部分までいちいち描いたかと言えば、それは作者にとって絵を描くことは祈りであり、筆を運ぶことは神との対話だったからです。少しの手抜きもなく、細密な表現をすることは、自分の祈りとしての仕事を神に認めてもらう行為だったのです。私はゴッホの絵を見るたびにそれらの宗教画を思い出してしまう。絵のなかにゴッホの祈りが現れているように感じるのです。ゴッホにとっての絵は神との対話でした。決して褪色してはならない絶対の神聖な価値だったのです。だからこそ最高の絵具を使う必要があったのでしょう。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「当たり前の話ですが、画家は私たちと同じ人間です。どれほど天才であっても、やはり人間なのです。その人間がどういう状態でキャンバスと向き合ったのかを思い浮かべるだけで、絵を読み解くことが容易になってくるのではないでしょうか。どうやって筆を持って、どのくらいの量の絵具をつけていたのか、作品はすべてを手つかずのまま、そのままに残してくれています。タイムカプセルみたいなもの、とも感じませんか?  当時屋外で描いた絵なら、とんできたタンポポや、時には土や藁もついているはずです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「 今から考えれば実にもったいないことだったのですが、でも、そういうしまった、もっと見ておくんだった、という段階を経て、絵や彫刻に向かい合う自分ができたのだと思っています。人から教えてもらうことなど何ひとつ残りません。すべて自分で身につけていくものだけが心に残る。それが美術の世界です。  ニューヨークの美術館で感じるのは見ている人たちが声高ではないけれど、つねに談笑していることです。話をしながら館内を歩いています。子供たちもキュレーターの説明を聞きながら、目を大きく見開いたり、わくわくした様子で楽しんでいる。そこにあるのは教養としての美術ではなく、生活のなかの楽しみです。作者とのイマジネーションをめぐるコミュニケーションです。あなたはいったい何をやろうとしたのですか、という作家との心の対話なのですね。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「私が美術館で学んだ大きなことは、「答えは作品のなかにある」ことです。絵を描いていると、つねに自分のなかに問いが生まれてきます。その答えはどこにあるかと言えば、美術の研究書のような文献には載っていません。すべては実際の作品のなかにあります。私は迷いを持って美術館にやって来ることもある。そこで作品に相対して答えが見つかったこともしばしばあります。今や画家である私にとって、美術館とはそれくらい大切な存在なのです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    パリへ出たピカソは創作に励み、「アヴィニョンの娘たち」(ニューヨーク近代美術館蔵)を描いたのは一九〇七年のことです。アヴィニョンとはバルセロナにある娼婦がたむろする通りのことで、ピカソはこの作品でキュビズムを確立したと言われています。しかし当時は、まったく誰からも評価されなかった。仲間からも酷評でした。しかし彼には信じる自分があったのです。理由のない自信、とでも言いましょうか。実はこれがとても大切なのです。この熱意というエネルギーで美術史は動くのだと、歴史は教えてくれています。  美術館でピカソを見て驚くのは、まずは作品数の多さではないでしょうか。どこの国の美術館へ行っても、ピカソだけはひと部屋分の作品がある。そんな画家はピカソしかいません。彼は生涯に三万点の作品を残したと言われていますが、それがどれほどすごいことなのか……。毎食後一枚ずつ描いていた、とも言われています。ものすごい熱意です。このエネルギーはどこから来るのか、とあらためて考えてしまいますよね。  私が画家になってからすでに二五年経っています。 「一年で二〇〇枚の作品を描きます」  そう言うとたいていの人はびっくりしてしまう。しかし、そのペースで仕事をしても、生涯に一万点は無理なんです。それなのにピカソは三万点を超す作品を残している。大作も多い。絵だけでなく、彫刻や陶器もある。巨大なエネルギーを持った人なのです。だからこそ見る人に勇気や元気を与えることができるのだな、と思います。元来芸術とはそういうもの。そう考えると、健康こそ芸術にとってもっとも大切なもの、ということに気がつきます。健康感あっての熱意が生む美であり、感動です。

    「ルノアール、いわゆる泰西名画の本家本元ですね。つまりいわゆる洋画、とか油絵、と聞いて、まっさきに多くの人が頭に浮かべるものです。ハイカラの代名詞で同名の喫茶店もあるくらいです。明るい何とも平和なイメージです。  彼は一八四一年、フランスのリモージュに生まれています。リモージュは磁器の産地として有名なところで、ルノアールは十三歳から絵付けの仕事をするようになります。皿に絵を描きながら画家になる夢をあたためていたのでしょう。その後、二一歳で国立美術学校に入学し、在学中にモネ、シスレーと出会っています。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「すごく疲れている時、重苦しい気分になって助けがほしい時、そんな時にルノアールの甘く温かい絵を眺めると、ほっとします。そうしてみるとやはりこの人はとてつもない天才、と思えてきます。すべてを超えて人々に、何か難しいことで悩んでいるのが馬鹿馬鹿しい、と感じさせてしまうのですから。  自殺したくなったら、この絵を見ましょう。それが馬鹿馬鹿しく感じますよ。そんなのやめやめ、という感じで。  とにかく、喫茶店へ行って紅茶を一杯飲んでから考えよう、と言っているルノアールの声が耳に届くようです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「想像をすることによって、一五世紀の画家の姿は生き生きとよみがえってきます。絵というものは歴史の残りものではなく、僕らと同じ人間が汗を流して描いたものだという実感をつかむことができる。腕の長さもだいたい想像できますから、実際当時の画家が絵を描いた位置にそっくり立って、腕を伸ばして筆を持った気になってみることもできます。文字通り相手の立場に立って考えてみる、ということの実践です。私は美術館における最大の喜びとはそのようにして画家を身近に感じることだと思うのです。想像力を駆使すれば、彼らはいつでも私たちのそばに降りてきます。そうしたらしめたもの。後は降りてきた画家と対話しながら絵について語り合えばいい。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「しかしひとつ提案があります。みなさん、次に美術館へ行った時、人物画の前に立った時、耳に注目してください。ほとんどの方は人物の耳を見ることなく、絵を見終わっているのではないでしょうか。耳は描くのが難しい。けれども、あまり注目されるものではないから、一番手抜きしやすいところでもある。実力も出る。ヘタな画家の描いた耳はヘンな形のものです。レンブラントやフェルメールが描いた人物画の耳を見るといい。一流の画家が描いた耳を見ると、あっさりと上手に表現していることがわかります。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「美術館には何度も通ってください。ちらっと眺めるだけではおもしろくありません。絵は何度も見るものです。そして毎回違うものを感じさせてくれるものが出会うべき名作です。絵を読み説く力をつければ、美術館で過ごす時間がいっそう楽しくなります。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「MoMA、ニューヨーク近代美術館。  創設は一九二九年。収蔵品は一〇万点を超える。  カタログにはこんな前文が載っている。「当館は学習のための実験室、つまり同時代のもっとも果敢でもっとも難解な美術をほんの少し前の過去が達成した美術と比較して評価するための場所」  カタログの文章もすでに難解だ。要は「うちはわかりにくい絵や彫刻もたくさん展示してますよ」ということになるのではないか。「果敢で難解な美術作品」がいくつもある美術館だが、ニューヨークへ行くのならば外すことはできない。「難解な作品を制覇してやろう。楽しんでやろう」という意気込みが大切だ。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「否定する意見をも認め、取り入れるという態度は、異なる他者に囲まれ、かえってその存在が際立つことで成立しているニューヨークのアート・シーンの象徴のようなもの、とも言えそうですし、またアメリカ人独特のアンチヨーロッパ的皮肉ともとれそうです。そもそもアメリカ文化はアンチヨーロッパ的な文化土壌から生まれた文化ですから。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「マルセル・デュシャンの作品「自転車の車輪」があります。現代美術のなかでも、彼の作品は先ほどのアンディ・ウォーホルやトニー・クラッグとはまた別の意味を持っています。「自転車の車輪」はマルセル・デュシャンにとって初めて作った「レディメイド」です。レディメイドとはその名の通りすでにあったものを美術品として展示すること。厳密に言えばこの作品の場合、自転車の車輪を台所の椅子の上に固定しているわけですから、「制作」という工程も入っています。  日常の道具や商品を美術のために使ったのはデュシャンだけではありません。しかし、彼は「美術作品の制作とはものを選択すること」と提議しているところが他の作家とは違います。  一九一七年、デュシャンが三〇歳の時のことです。彼は「マット」という名前で独立芸術家協会展にレディメイド作品「泉」を出品しようとします。「泉」は陶製の便器でしたが、それにサインをして横に寝かせた位置から見るように設置し、それを美術品だと主張したのです。協会は展示を拒絶。怒ったデュシャンは協会から脱退してしまいます。デュシャンがやったことは当時の美術界から非難されるべきことでした。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「でも、もしデュシャンが便器を展示しようとしたのがニューヨークではなく日本だったとしたら、いったいどうなったでしょうか。私は意外とすんなり出品できたように思うのです。  お茶の世界には「見立て」があります。千利休は漁師が使っていた魚籠を美しいと見立てて、一輪挿しにしました。大陸の骨壺も水差しに使ったようです。高価なものにだけ価値を認める当時の風潮に、美とはそんなものではない、とまったく新しい考え方を示していったのです。日常の何気ないところに美を感じる姿勢の素晴らしさです。恐るべき美意識です。デュシャンのレディメイドも、この見立てに通ずるところがあるのではないでしょうか。  アンディ・ウォーホルやトニー・クラッグの場合は大量生産品やがらくたに手を加えて崇高なものに高めていました。似ているようですが、デュシャンがやったこととは少々意味が違います。デュシャンは彼の作品を通して「芸術とは何か」「何をもって芸術とするのか」を問いかけたのです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「MoMAにはジャクソン・ポロックの作品がいくつかあります。そのうち初期に描いた「雌オオカミ」といわゆるアクションペインティングとして知られることになった傑作「ワン   No 31, 1950」のふたつを取り上げてみましょう。「雌オオカミ」を見ると彼がネイティブ・アメリカンのアートに影響を受けていることが読みとれます。ネイティブ・アメリカンが暮らすテントを「ティビ」と言いますが、そのテントには動物や人間を描いてあるものがあります。ポロックの「雌オオカミ」はその絵に似通っているのです。また、この時にはまだ彼は絵具を垂らすいわゆるドリップと言われる手法を完成させていなかったこともわかります。ただし、抽象的にオオカミの輪郭を描いたなかに絵具が飛散しているような痕跡が見られますから、ポロックはこの絵から出発してドリップ――アクションペインティングへと向かっていったのでしょう。どの画家の例もそうですが、注意深くみれば初期の作品には後に花開く前触れがひそやかに息づいているものです。それがこの雌オオカミの絵にも読みとれるわけです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「ああ、あそこに彫刻がある。彫刻作品の読み方も少し考えてみましょう。これはジャコメッティ。「細長い彫刻を作る人」と教科書で習ったことがあるのではないでしょうか。  ジャコメッティは一九〇一年、スイスで生まれました。父親のジョバンニ・ジャコメッティはスイス印象派の画家として有名です。彼は父の影響もあり、子供の頃から絵の勉強をし、ジュネーヴの美術学校を卒業します。二二歳までは画家を目指し、本格的に彫刻と向き合うようになったのはパリに出て勉強を始めてからのことです。  二五歳の時、ジャコメッティはパリの民族学(人類)博物館でアフリカやオセアニアの彫刻と出会います。生活のために家具製作の仕事をしながら、彫刻の仕事をしていくのですが、細長い彫刻を作り始める四六歳までは作風はどんどん変わり続けました。つねに何かを求めていたというのがジャコメッティの創作態度だったようです。  細長い彫刻は発表と同時に話題になりました。特にアメリカで人気となり、名声が確立したのです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「特にジャコメッティのスレンダーな作品はこのことがわかりやすい。こんな豊かな空気の層を、こんながりがりの骨みたいな形が支配しているのですから。さすがと言う他ありませんね。これがジャコメッティの魅力。周りの空気を感じようと、見に行ってください。さあ空気を見に行こう、これが彫刻作品と接する態度です。「ああ、格調高い空気だな」と楽しんで下さい。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「日本の場合、美術館へ行くことは勉強であり、教養を身につけるのが目的となっている。息を詰めて展示品を見つめる人が多い。あまりおもしろそうではありませんし、気の毒になってくることもあります。もっと楽しめるのに、と。  ニューヨークでは映画を見るのもジャクソン・ポロックの絵を見るのも同じ楽しみです。恋人同士が絵について読み解いた視点を語り合ったりしている姿もあれば、雨の日の散歩道として美術館を利用している人もいる。教養を身につけたいのではなく、それぞれが自分なりに美術館を使いこなしているように見えます。空間に包まれやすらぎのひとときを楽しんでいる人もいれば、美術の先生に引率されたうるさいくらいに質問している子供たちもいます。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「教養主義に毒されて美術館へ行っても楽しくない。どうすれば自分が楽しめるかを工夫してみてください。楽しんでいるうちに美術への興味が湧いてきます。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「私はアートとは普通の人間にとって必要なもののことだと思っています。どうしても必要だから消えずに残っているのです。ピカソやマティスの作品は今では最先端の作品ではありません。しかし、彼らの作品には人間の原点の姿、愛、夢、喜びといったものが垣間見えます。そういうものを失った人、どこかに置き忘れていた人が彼らの作品に出会うと励まされ、勇気付けられる。人間として大切なことを思い出すのです。時には涙を流すくらい感動する。それに対してショックとセンセーションだけを強調した作品を見た時の感想は「ああ、おもしろかった」とか「もっとショッキングなものはないかな」になってしまうのではないでしょうか。  美術館にあるからといってすべての作品を拝む必要はありません。拒否することはないけれど、今の自分にとって必要なものかどうかを判断するのは美術館の学芸員ではなく、美術評論家でもなく、つねに自分自身の絶対の正直さ、健全さだと忘れないでください。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「私がニューヨークに住まいとアトリエを置いたのは、そこがアートの中心地だからです。そして、もうひとつ、ニューヨークには世界のあらゆる人種、あらゆる思想の人が集まっているからです。しかもここでは、それぞれが交じり合うことなく、自らの個性を主張しながら暮らしています。「人種のるつぼ」ではなく、「人種のサラダボウル」と言われるゆえんでしょう。まさしく地球という星のミニチュア版がニューヨークなのです。  私には「美はすべてを超える」という考えがあります。もし、そうであるとするならば、地球上のすべてがあるニューヨークで作品を作り、評価を受けることが私の考えを証明することだと思いました。それでニューヨークにやってきました。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「アメリカの公立学校と言うと、みなさんは貧しい人や移民が主流で荒れている学校というイメージがあるのではないでしょうか。むろん、貧しい人も移民もいます。しかし、それだけではありません。公立学校には大金持ちの子供も通ってきます。もちろん、なかには私立の学校へ子供を入れる金持ちもいます。けれども、私の周囲のエリートと呼ばれる人たちはどちらかと言えば自分の子供を同じ階級の人たちが集まるような閉鎖的な私立学校へは行かせません。白人もいればマイノリティもいる、背の高い人も低い人もいる、貧しい人もいれば豊かな人もいる、身体障害者もいるし健常者もいる。そうしたニューヨークの縮図、地球の縮図みたいな学校へ子供をやることが教育だと考えているのです。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「日本でエリート教育といえばガラスの温室を作り、そのなかへ同じような環境で育った子供を入れる、といった概念になってしまう。しかし、アメリカを指導する層は多様性を学ばせたい、と考えているようです。スクールバスの乗り降りも、ハンディのある子を皆で助ける、クリスマスにひとりプレゼントをもらえない貧しい家庭の子に心をいためる、心に病のある子を皆であたたかく見守る、そんなことがいつも食卓の話題にのぼります。弱者の立場を想像することを学び、人に対するやさしさを知ることが本当のエリートを育てる教育ではないでしょうか。こんななかから本当の指導者は生まれるのかも、と思うのです。友達のために何とかしたい、という子供たちの心をはぐくむことは何よりの勉強でしょう。それぞれの人間が同質でないニューヨークにいることは私にも家族にも、想像することの大切さを教えてくれました。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

    「千住さんが言っていたように「描くことがすなわち祈り」でなくてはとてもできない。祈ることで集中力を増し、そして、神に向かって問いかけながら作品を描いていったベリーニの精神状態はどういった感じだったのだろうか。絵を見ると、葉脈を描く筆は少しも乱れていない。すーっと一本の線を引いている。やすらぎと集中がなくては完成できない。おだやかで落ち着いていなくては細かい部分まで目が行かないだろう。ジョバンニ・ベリーニの絵を見ているうちに、わたしは自然に画家の精神状態を想像していた。千住さんが付いていなくとも、わたしは絵の前で画家の気分になっていたのだ。」

    —『ニューヨーク美術案内 (光文社新書)』千住 博, 野地 秩嘉著

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    2026年05月21日
  • 美は時を超える~千住博の美術の授業2~

    Posted by ブクログ

    225P

    「という言葉を思い出しました。日常的な素材を利用し、主客直心の交わり、とはまさに私が体験したことだったのではないでしょうか。茶道という美的体験が時空を超えて伝わってきた瞬間でした。  そして夜になると、トウモロコシや豆のようなものを食事に出してくれました。あるときなどは、地鶏を焼いて塩をかけるなどしてくれました。結局、現地の遊牧民が食べているものが最高に美味しかった。私の覚悟とは裏腹に、出されたお茶や作ってくれた食事はどれも驚くほど美味しかったのです。そのことは私にとって驚きであり、感動ですらありました。美味しいものはやはり誰が食べても美味しい、という実体験をしたのです。  それは同時に、このいわば地球の裏側にまで来て、「私とあなたは同じ人間だ」と感じることのできた貴重な体験でもありました。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「 私はアフリカで遊牧民の少年が野に咲く花を摘み、遠来からの旅行者にプレゼントする光景を目撃したことがあります。少年は何の考えも情報もなく、花を美しいと感じ、はるばるどこか遠いところから来た人も、この美しい花をきっと美しいと感じるに違いないと確信して、喜ぶだろうと思い、差し出したわけです。もちろんその旅行者は、「ビューティフル」といって少年の心と花の美しさを感じたわけです。私はその姿を見て、心から感動したのです。美しいものは誰が見ても美しいのです。  したがって、日本人にしかわからないというものも存在しないのです。もし存在するという人がいるとしたら、それは実はその日本人にもわかっていないのです。わかったような気になっているだけなのです。  人間は驚くほど皆同じであり、嬉しければ笑い、悲しければ泣く。美味しいものを食べれば美味しいと感じる。国境や民族、宗教そして思想をも超えて、人間は皆同じなのです。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「そのことを伝えるのが美の役割です。「私たちとあなたたちとは話をしても到底わかり合えない」。この考え方が、現代のさまざまな問題の根にあります。しかし美を共通の体験として人々は、あなたと私は同じ人間なのだ、ということを知ることができるのです。美の前で、人々は絶対的な自分の本心に向かい合うことになるのです。美しいと感じる心を欺くことはできません。  いつしか、「人間は皆同じである」という感覚が人々に欠如しはじめました。その理由には、色々な問題があるでしょう。宗教や政治や思想の違い、合理主義、モダニズム、経済格差の問題などがあげられます。しかし、美はその垣根を取り払い、「人間は皆同じである」という大切なことを教えてくれるのです。美は特にこの時代に、とても大切なメッセージを私たちに送り続けているのです。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「そのことを伝えるのが美の役割です。「私たちとあなたたちとは話をしても到底わかり合えない」。この考え方が、現代のさまざまな問題の根にあります。しかし美を共通の体験として人々は、あなたと私は同じ人間なのだ、ということを知ることができるのです。美の前で、人々は絶対的な自分の本心に向かい合うことになるのです。美しいと感じる心を欺くことはできません。  いつしか、「人間は皆同じである」という感覚が人々に欠如しはじめました。その理由には、色々な問題があるでしょう。宗教や政治や思想の違い、合理主義、モダニズム、経済格差の問題などがあげられます。しかし、美はその垣根を取り払い、「人間は皆同じである」という大切なことを教えてくれるのです。美は特にこの時代に、とても大切なメッセージを私たちに送り続けているのです。  終末論のような芸術が跋扈し、私のように「あなたと私は同じ人間」などと言うと、太平楽と批判される風潮はじつに困ったものです。「同じ人間」だから全てが伝わってゆくのです。「違う人間」という発想のゆきつく先は、戦争です。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「圧倒的な美というものは、あらゆる国境、宗教、民族、思想、哲学のすべてを超えて後世まで伝わっていくものです。例えば、イスラム美術を見るとき、私たちはイスラム教徒ではなくてもイスラム美術をとても素晴らしいと思います。またキリスト教徒ではなくてもキリストの母、聖母マリア像を見て崇高な様子に胸を打たれることがあります。  つまり、美に対する感動というものは宗教さえも超える。同時に何百年という時間をも超える。思想、哲学をも超える。美の計り知れない力、美はすべてを超えていくものだ、ということを自分の体験としてメトロポリタン美術館で私は学びました。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「最も綺麗な色の組み合わせの見本は自然の中にあります。例えば、五種類の緑だけで美しい組み合わせをつくるというような勉強を続けるとします。最も理想的な例は自然の中にあります。山の中を歩いていくと、簡単に五種類の違う色の葉が見つかります。そしてまた、その五種類の緑の中に最も綺麗な赤の点を打ちなさい、という問いへの最高の答えは、そこに咲いている赤い花なのです。このような意味で、神からの啓示が具体的に彼らの目の前に広がっていたと感じたことでしょう。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「アメリカの大自然というのは、実に驚くべきスケール感をともなう風景です。アメリカ大陸を旅行された方は実感があると思いますが、どの州にも世界一位というものが存在します。例えば、ある州には世界で一番大きな木があったり、別の州にはナイアガラの滝があったり、そしてまた別の州にはグランドキャニオンがあります。巨大なスケールの神の創造物に溢れているのです。風土的なものが人々の精神に大きく影響を与えたといってもいいでしょう。その体験の度合いが違うのです。  ここで初めて、絵画が巨大である必然性が出てきます。現代のアメリカの美術はとにかく巨大です。縦が二、三メートル、横が一〇メートルというような大きさを持つ作品はざらにあります。桁外れの大きさは、アメリカ美術の一つの特徴であり、ハドソンリバー派の大画面は、後のアメリカ美術の特徴を生み出す一つの歴史的な原点にもなっているといえます。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「死と美は同一である  鎧兜を見ながらいくつか考えたことがあります。ちょうどそのとき私はノーベル文学賞を受けた詩人である T・ S・エリオット(一八八八 ~一九六五)の『フォー・カルテット』(『四つの四重奏』)を読んでいる最中でした。そこには死と美ということに関して色々と述べられています。その詩の最後の一行に次のような言葉があります。     The fire and the rose are one.  直訳すると「ファイヤーとローズは一つのこと」、「ファイヤー」というのは恐ろしい人殺しや殺戮のことを指しています。では、「ローズ」は何を示しているのでしょうか。ローズは薔薇、しかしここではローズはコミュニケーションや愛、ロマンスを表していると思います。つまり「死と美は同じである」というわけです。まるで鎧兜の美について語っているようですね。恐ろしい人殺しのファイヤーと愛が同じである、という意味は一体何なのかと考えてみたくなります。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「 美というものが神の領域であると考えると、エリオットの言っていた意味が、何となくわかってきます。それは絶対的なもの、パーフェクション、完璧なものです。「美」イコール「強さ」であり、その逆もまた真であるという強い意味をもっているのです。  どんなジャンルにおいても強いものは美しい。例えばスポーツなどにおいても、その美しさの基準はあてはまるように思います。美とは強いものであり、そして強いものは美しいのです。これも鎧兜の美しさの一つの理由でしょう。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「 今一度、鎧兜の美に注目します。それが戦いのための防備の武具に過ぎない、と考えると殺伐として何も見えてはこないのですが、死、のみならず生をも象徴してゆくものであったことがわかってきました。一つ踏み込むと、とても奥の深い精神世界が垣間見えます。  歴史は雄弁に大切な何かを語りかけてきます。このような時代に、人一人が死ぬことの意味の大きさ、生きていることの尊さといった、大切なことを教えてくれるものとして、美しい武具の数々は、何よりの存在かもしれません。人の生命が今より重たかった時代があったのです。そのことを鎧兜の美から学ばなくてはならないのです。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「ウォーホルが芸術家としての活動を開始した一九六二年、マリリン・モンローが謎の死を遂げます。ウォーホルはそのニュースを聞き、モンローを描くことを決心したのです。こうしてまさにアメリカの激動とともに、ウォーホルの画業はその幕を切って落とされたのでした。  こうして考えてみますと、ウォーホルの明るい、色感の良い色を使った作品が、単に綺麗なだけの世界ではなく、もっと複雑な暗い表情をたたえていることに気づくのです。鏡のようにその時代を映し出すのが美術の世界です。ウォーホルの作品は実に暗示に満ちているのです。不安感が影のようにつきまとう繁栄のアメリカ帝国。そこにウォーホルが見たものは何だったのでしょう。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「ウォーホルは「マリリン・モンロー・トゥエンティータイムス」(二〇回繰り返されるモンロー)という作品で、曼荼羅のようにマリリンの顔が二〇回並ぶ作品を発表しました。彼にとって「繰り返すこと」が「美」だったのです。神なき時代、大量消費の時代、ウォーホルにとって「美」とは「繰り返すこと」に他ならなかったのです。スープの缶が一〇〇個並ぶ「一〇〇缶」(一九六二年)、一ドル札を一九二回繰り返し描いた「一九二ワンダラービル」(一九六二年)、そして清涼飲料のビンを二一〇個描いた「二一〇コカ・コーラ」(一九六二年)。  彼はエルビス・プレスリー、モナリザ、自由の女神と、メディアにより増幅された「虚像」を手当たり次第繰り返して、シルク・スクリーンで刷り、それを作品としました。メディアに出てくるものなら、何でもよかったのです。彼はとうとう有名になってきた自分自身のポートレイトさえも素材に用い、はては「牛」から「毛沢東」まで手当たり次第、目につくものを片端から作品として発表してゆくのです。そしてついには「誰でも五分間は有名になれる」と言い、それが誰でもよいのだ、とその本質を看破したのです。もはや描かれているものではなく、マスメディア自体がウォーホルにとって「神なるもの」であることは明らかでした。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「さらに、ウォーホルが使用していた絵具は、油絵具ではなく、アクリル絵具でした。これはどこでも誰にでも、すべて同じ物が手に入れられるものです。もともとヨーロッパ芸術に対するコンプレックスから生まれた背景を持つアメリカ美術は、ヨーロッパ的な価値を嘲笑するところがありました。歴史に残す、残るということに重きを置くヨーロッパ文明に反抗したかのように、安い絵具を使ったモネを再び私は思い出すのですが、ウォーホルもまた、時間とともに色褪せて、やがては色によっては消えてしまうようなアクリルという安価な絵具をわざと用い、そのことに価値を置いていない、と声高に示していたようです。そのウォーホルがマリリンの背景に、ヨーロッパ絵画の根幹の色彩である宗教画のための金色を用いたことに、どれほど大きな意味があったのかは考えるまでもありません。彼が現代のイコンを描くという目的のために金色を用いたのは、明らかなことです。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「歴史に残る作品とは一体どういうものなのかと考えてみると、それは、明らかに違う考え方の時代が訪れたときにも、引き続き人々に芸術として機能する、そして美として機能する、さまざまな人間の感情に対応できるものだということがわかりました。モダニズムの時代は、芸術は人工的なものだという考え方が支配していましたが、芸術とは本当は人間的なものだったのです。あらゆる人間の感情に対応できるのは、そのためです。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「歴史を直視し、すべてを超える、これがアートだ、これが美だ、と私は思いました。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「やがて杉本さんの存在が全体を通して巨大に浮かび上がってきました。「アートや美に個性は必要ない。必要なのは切り口の独創性なのだ」と語りかけてきます。「他者を生かして、結果的に自分が生きる」という姿勢。先の森村さんとも共通していた視点ですが、これはあえて言えば、とても日本的な美に対する姿勢です。生け花、陶芸、日本料理、どれをとってもそうでしょう。世界で認められた森村さん、杉本さんは、正しく日本的であったということです。そしてこれが今、世界の流れからぽっかりと抜け落ちてしまっている、今の世界には一番大切なものなのだ、と思いました。  私が、私が、と主張して駆動させてきた世界。どこもかしこもトレードマークのように自分のキャラクターを出すアーティストたちによって振り回されてきた二〇世紀のアートシーン。しかし、もうそれらは少なくとも私には何の魅力もありません。完全に自分を消して、素材を生かす。そのことによってすべてを超えてゆく。物質文明自体に対する大いなる警鐘として、杉本さんの作品は、病み、傷ついたニューヨークの人々に希望や勇気を与えてあまりあるものがあった、と私は感じたのです。振り返って考えてみると、モダニズムとは過去を否定することでした。だからモダニズムというのです。しかしそのつき詰まるところは、神のない真空のような世界でした。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「グラウンド・ゼロに立ってみると、物々しい警備、そして高い壁によって周りを遮断されています。ここには周りとグラウンド・ゼロとの対話の可能性はありません。壁の中で何が行われていたか、外からは全く見えないのです。このコミュニケーションの成立しないグラウンド・ゼロは、まるで世界の対立の図式のようでした。それぞれに信じる神のみを認め、他を認めない。違う意見を封殺し、自分の領土を押し広げてゆく。ここには美の意識もなければイマジネーションもありません。「こんなことをしたらどうなるか」というイマジネーションが欠落したのが、またモダニズムの大いなる特徴だったのです。飛行機で突っこんだらどうなるか、こんな所に爆弾を落としたらどうなるか……。そこにも同じ人間がいるのに……。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

    「そして杉本さんの写真が教えてくれること、それは歴史に対する尊敬でした。  私は人類の歴史を掘りおこし、人間存在の尊さに心を配り、忘れてしまった大切な何かを思い出し、イマジネーションの大切さを認識する姿勢の中にこそ二一世紀の活路はあるのではないか、と考えています。美はすべてを超える。一番はじめに花を見て美しいと感じた人類の遠い祖先の心を思い出し、そして野に咲く花を採り、旅人にプレゼントしたアフリカの少年の無垢な心を思い出し、鎧兜の美しさを通して生命の尊さを思い出し、森村さんや杉本さんの作品が語る、人の心や痛みを思いやるイマジネーション豊かな創造の世界を通して、美がすべてを超えて大切なメッセージを発信し続けていることを改めて感じたのです。」

    —『美は時を超える~千住博の美術の授業2~ (光文社新書)』千住 博著

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    2026年05月21日
  • 美は時を超える~千住博の美術の授業2~

    Posted by ブクログ

    アートは音楽と同じく、普遍的なもの。ベートーベンの例は、ドイツ人でドイツに生まれたベートベンの音楽は、人類すべてのものであって、特定の人しか楽しめない、楽しむに値する物ではない、という風に考える人は本当に悲しい。仕事も同じく、全ての人が同じように戦える。それを、立場や、なんらかのリミテーションをかける意味がどこにあるのか。自分しかできない、そんなものは世の中には存在しない。アートワークも同じで、誰でも感じることができる普遍性を持つ。MOMAで何度も見て、シンガポールのナショナルギャラリーでも何度も見ているモネの睡蓮や一連の風景画。虚無を描こうとしたのではないかという千住さんの考察。燃えるような赤い色で森を描くのは、まさに光は赤い。白内障で消えつつある色を、自身で表現していたに違いない。
    水墨画は、黒い色のみを使ったアート。黒と白で宇宙を描く。この空間の美学こそが水墨画。奥行きや空間を感じさせてくれる。
    ある意味で、書道も同じだ。字を通じて、世界と宇宙を描いていく。なので、書家に聞いてみると字をうまく書くことはそれなりに練習すればできるけど、その字をどこまで昔の人をリスペクトしつつ、その空間を時の意味や込められた意味とともに作り出せるか。
    台北の故宮博物館で、衝撃を受けたそうだ。こういう神秘にも似た体験は場合とときによる。同じように故宮博物館に行ったとて、そういう体験をしないこともある。自分自身もMOMA、故宮博物館には何度も行っているけれど、そういう体験に出会えるときもあれば、そうでもないときもある。自分の気の持ちようだったりする。まさに、水墨画の表現、風景には大きな宇宙、エコシステムを全て包含する神の領域を持っていて、それがモナリザの背景とも似ていると。モナリザの背景があったことすら忘れてしまっていた事にびっくりするけれど、これは天地創造の時を描いたとも言われている。
    ニューヨークの認識も、本当に住んでいらっしゃったんだなと思わせてくれる。海外でどう受けるか、を感がているアーティストが多いが、ニューヨークでは、ニューヨークという街自体が世界。人種とか国籍とか、そういうものを超えた何かを見ている。音楽も、このアーティストと5メートルのところにいたのか、と自信もびっくりするような距離感でライブを聞いていたし、エネルギーに満ち溢れていた。アートシーンは、そういう才能を常に探し見出している。
    絵画が生み出すものは、普遍的な何か。この対話を楽しめるかどうかは、自分によっている。

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    2026年03月01日
  • ニューヨーク美術案内

    Posted by ブクログ

    これは千住博さんと野地つねよしさん共著のニューヨークの美術館案内だ。色んなアーティストの見方や色んな美術館との関わり方、アート作品の鑑賞の仕方がわかりやすく描いてあってためになった。一番頭に残ったのは、日本では美術館では静かに鑑賞する傾向にあるが、ニューヨークの美術館ではおしゃべりして、感想を言い合いながら楽しく見て回るということ。ニューヨークに行って、そういう体験をしてみたくなった。

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    2024年02月11日
  • 千住博の美術の授業 絵を描く悦び

    Posted by ブクログ

    読んだ当時は、美大受験をひかえていたこともあって、この本にかかれていることがとても胸に響きました。
    これは美大受験だけでなく、これからの人生でも、絵をかく1人として、何度も読んでいきたいです。その度に色んなことに気づけそう。
    また、絵だけじゃなく、他のことでも通じる本だと思います!私にとって人生の教科書のひとつです☺️

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    2022年02月06日

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