あらすじ
美術の町・ニューヨークで、野地秩嘉が画家・千住博と一緒に作品を読み解いていく、今までにない最高に贅沢な美術ガイド。この一冊で、美術館がたちまち楽しい場所に変わる。
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Posted by ブクログ
これは千住博さんと野地つねよしさん共著のニューヨークの美術館案内だ。色んなアーティストの見方や色んな美術館との関わり方、アート作品の鑑賞の仕方がわかりやすく描いてあってためになった。一番頭に残ったのは、日本では美術館では静かに鑑賞する傾向にあるが、ニューヨークの美術館ではおしゃべりして、感想を言い合いながら楽しく見て回るということ。ニューヨークに行って、そういう体験をしてみたくなった。
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日本画家千住博さんを好きになったきっかけの本。
アートを自由に楽しんでいいのだと思わせてくれます。
読んだあと、即旅行先をニューヨークに決めました。ニューヨークでのアート観賞が何倍も楽しくなります。
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なるほど!ニューヨークではホットドッグとパパイヤジュースをランチにして美術館めぐりをするのね!(・∀・)ニヤニヤ
人物画を見るときは耳をチェックして、すべての絵を50センチの距離から見つめる。自分が画家になったつもりでどう描くかを想像する。理解できない作品があっていい。こういうものもあるのだと許容する。
勉強になる一冊!
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キンドルで。これを読んでMOMAに行ってきた。本当によく分かって、近代美術がぐっと身近になったきがする。ソーホーなどにも足を伸ばしてみたかったな。
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メトロポリタン美術館の歩き方から、難解な現代美術の鑑賞方まで、ニューヨークのアートシーンを舞台に楽しく学べる本。
まるでニューヨークのギャラリーを見て回っているように、肩の力を抜いて楽しく読める。
「現代美術って・・ちょっと・・」という人には、是非オススメ!
Posted by ブクログ
とても読みやすくて、読み終わった頃には、きっと絵に対する見方が変わります。
N.Y.の美術館へ行くのが、とても楽しみになりました。
そして、ホットドッグとパパイヤジュースを食べることも!
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決して押し付けっぽくなく、美術館の新しい楽しみ方を提案してくれている。
発行から15年経っているが、今からでもやってみようかと思わせるほど自然なエッセイ。
Posted by ブクログ
新書だけれど、堅苦しくなく非常に読みやすい。
具体的な絵、美術館の説明を求めている人には物足りないかもしれないが、入門として満足の内容だった。
とりわけ日本画家の千住博氏の話は面白く、「耳」は描くのが難しく、画家の実力が出るそう。
「困ったら耳を見る」ことも面白そうだ。
そして、画家の気持ちになってみるというのも、その絵を鑑賞するのに面白いと思う。
今までは、絵だけを見ていたが、その絵を描いた画家になりきることで違った見方ができそうだ。
ニューヨークでは、アートは日本より身近にあって、みな談笑しながら見ているそう。
いい美術館は、壁の色や照明が違うのだそうで、絵そのものよりも見せ方に工夫が凝らされている。
ニューヨークの美術館に行ったら、絵以外の壁や照明、鑑賞者も観察してみようと思う。
日本だと美術館に行くのは、知性的なことと思われがちだが、ニューヨークの人々のようにもっとラフに生活の一部として出かけて行きたい。
Posted by ブクログ
1ヶ月後に初めてのNYへ。
メトロポリタン美術館、MOMAへ行こうとおもい、なにも知らないのもなんなので読んでみた一冊。
これをよんだら、とっても美術館に行きたくなった。
モネ、ゴッホ、ピカソ、ルノアール、ミレー、ルソー
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
ゴッホ、モネ、ルノアールからデュシャン、リヒター、ロバート・ゴーバーまで、実際に作品と対話し、その読み解き方、楽しみ方を解説する。
今までにない、最高に贅沢な美術ガイド。
[ 目次 ]
第1章 メトロポリタン美術館―絵を読む鍵(千住博)(いい美術館は壁の色と照明が違う;ゴッホの絵具 ほか)
第2章 MoMA―現代アートを楽しむ(千住博)(モダニズムを否定するモダニズム;美術館もつねに変わる存在 ほか)
第3章 チェルシーのギャラリー―最前線を見て歩く(野地秩嘉)(美術館のようなギャラリー;デミアン・ハースト ほか)
第4章 フリック・コレクション―絵を見る練習(野地秩嘉)(美術館を選ぶ;フリック・コレクション ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
ニューヨークに住む画家と、彼に案内されて美術作品の見方を学ぶライターの2部構成で書かれた美術案内の手引書のようなもの。
なんの前知識のない人でも、ちょっとしたポイントを押さえただけでグッと美術館への敷居が低くなる。まずはその作品から何を感じるか。もし心に残ったならその作品に関する知識を得て、改めて作品に対峙する。一度見ただけで理解できるものではない。
何度見ても新しい発見があるというのは、その作品の奥深さとそれを見る人の感性がもたらす一種の会話のようなものなのかもしれない。
Posted by ブクログ
私は現代美術が好きではなくて、いつも美術館に行ってもどう見たらよいのかどう感じたらよいのか分からなくて戸惑っていましたが、この本を読んで戸惑っても良いのだという事が分かりホッとしました。見た瞬間に分からなくても、何度も足を運び気づかされる部分もあるとの事。何だか美術も人生と似ているなあと感じました。
Posted by ブクログ
ニューヨークの美術館やギャラリーを見て回りたいと思っている人には格好の道案内。
しかし絵に関する評論はちょっと謎。
おそらく千住さんが日本画出身の方だから?
人物画は、耳に注目するのももいいが、手や足、顔に技量や品性が出るというのが一般的。
Posted by ブクログ
ニューヨークは美術館の宝庫だ。
本書を読む限り、その拝見には美術作品は時代の最先端の象徴だから、であるらしい。
日本人的感覚からすると、納得はできてもいまいちピンとこない。
しかし、本書を読むと、日本人とニューヨーカーでは美術作品とのふれあい方に違いが在るようだ。
日本人が美術館に行く目的は、教養を高めるだとか、少なくとも文化的で非常に高尚な目的である。それに対して、ニューヨーカーは美術作品を楽しむことが生活の一部なのである。
本書の前半は、日本を代表する画家である千住博氏によるプロフェッショナルの目線での美術作品の楽しみ方の紹介となっている。
ニューヨークの2大美術館であるメトロポリタン美術館とMoMAの収蔵作品を通じて、作品を鑑賞するコツを伝授してくれる。
千住氏によれば、そのコツとは
「絵は単に眺める物ではない」
「絵は作者自身を物語るもの」
「絵を見る時は、画面を『読む』ことだ」
とのことだ。
美術作品の完成度を観るのではなく、それを作るにいたった作者自身と向き合うことがコツなのだそうだ。
ちょうど、ユニクロの柳井社長が、読書について「本を読むとは書いた人と対話すること」と考えているのと同じことだろう。
だから、作品を一度観るだけでなく、美術館に何度も足を運び、絵を見続けることになるのだそうだ。
そして本書の後半は、一般人としての目線で野地氏が千住氏から伝授された「コツ」を実践する。
最先端の現代美術が集まるニューヨークのギャラリーで、千住氏は絵と対話することができたのだろうか。
観光ではなく絵を見るためにニューヨークに行きたい、旅心をくすぐる1冊である。
Posted by ブクログ
さあ ピカソです。の ピガソが余りわかっていません。彼が、居て 現在のアートが あるのに・・ ミロや マティスなら 楽しく観れるのにです。 初めに 抽象画を描きだした彼は 頭の中で 立体を分解していったのでしょう。 フレスコ画の書き方、 なんでバックが綺麗にながれていないのか いままで 画家の力量かと・・ お勉強になりました。 面白かったです。
Posted by ブクログ
ニューヨークの旅行に行った時、MOMAやメトロポリタン美術館などの本場の芸術に感動して、美術に関する知識が欲しくて思わず手に取った一冊。ピカソの絵があんなにたくさんあったのは、生涯に3万点もの作品を残したからなんだね。すごい情熱。良い美術館は照明や壁の色が違う。ゴッホは生活費を削って最高の絵の具を使ったから、今でもその色彩は色褪せていない。中世の作品に細部までこだわったものが多いのは、絵画は絶対普遍の「神との対話」だったから。モネにとっては、絵画は五感で感じるもので、印象派というものは、記者が「実体も存在感も何も書いていないじゃないか。あんなものはただの印象だ。」と皮肉をこめて投げつけた言葉だった。ルノアールは、大戦の影が差し込む当時のヨーロッパをまるで飲み込むような、豊かで甘い絵を書く、偉大な画家である。耳を見れば、1流かどうかがわかる。ポップアートは、コミックや広告のようにマスメディアによって大量生産された商品を自然の一部として扱うことが特徴である。アンディ・ウォーホルは、メディアのように繰り返し伝えられればそれがいつの間にか当たり前の風景になっていく、そして麻痺感覚が生まれる、意味を失った虚像だけが溢れていく、それが情報社会の欠点だと伝えているようだ。ポロックはドリップという手法で絵の具を「垂らした」のではなく、「描いた」のだ。ポロックは画面にのめりこんでいるうちに、筆の制限、限界、リミット苛立ち始めていた。インディアン美術から影響を受けた彼にとって絵は崇高なもので、重力との共同作業としての大地と対話をしていたのだろう。