香山リカのレビュー一覧
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人は本当に逃げられないのか?「逃げる」という言葉が「恥」を想起させてしまうが、そんなことないはずだ。
他人から「逃げていいんだよ」と言われることで、当人にとっては救いになることがある。
とかく現代は、頑張り過ぎな世の中だし、他人に対して攻撃的な社会だ。
確かに昔のパワハラなどと比べれば、多少は改善しているのかもしれない。
しかし、新たなツールであるSNSなどを通じて、見えない相手からの攻撃は、肉体的というよりも精神的なダメージの方が大きい気がする。
「目の前の敵」であれば、見えているだけに対処のしようがある。
相手が誰か分からずに、しかも24時間いつ攻撃されるか分からない状態では、精神的には相 -
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傷は気づきのチャンス
自分の個性
傷つくことが避けられないのなら、必要以上に落ち込んだ、自信を失ったりしない、
胸を張って傷ついてほしい
この傷からの立ち直りが私 とプライドを持ってほしい
捉え方、見方で、どう変わるのか、 本編が楽しみ
深く傷ついた時に、
すぐに人に話そうとしていた
現代は、まずは心を休めることをはさんだ方が、
傷が浅く済むらしい
1、2時間は別のことに没頭したり、睡眠を取ったり。
最悪な気分でも1時間に一回は俯瞰して自分ながめる。
他人事のように見る。
なんで傷ついても、全てが失われるわけなはない
自分は自分としている。
切り離して考える。
そうやって心 -
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親ガチャ、という言葉は刺激が強い。けれど、どこか、中空だ。親は選べないけど、こうした私がいるのは、先祖から延々とつないできた命の営みの必然だったりする。問題は、この言葉が一見生まれによる不運さ、を切り取っているようで、強烈に親ガチャで決まるような社会は生きるに値するのか? という問いを内包しているのではないか、ということだ。生まれに着目すれば、次にでてくるのは育ち。育ちとは何か。環境と引き継いだものの影響の及ぼしあい。
しかし、親ガチャで決まるということは、この間の一切合切が、省略されたレールの上に載っているということか。透明カプセルのなかで、社会そのものをスルーする。そこにあるのは、うまく -
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精神科医の香山リカ先生が2016年に出された本。
「ノンママ」という言葉は造語みたいだけど、あんまり流行らなかったみたい。アルテイシアさんの「選択的子なし」の方がしっくり来るかな。
「ノンママ」には、仕方なくそうなった人も、自分で選び取ってそうなった人も含むようだ。ただ、私は子どもを持たないぞ!と確固たる意志を持って子なし人生を歩む人って実は少なくて、香山先生がそうだったように、仕事を頑張る空気に流されてたらいつの間にかそうなってたとかで何となくそうなっちゃった、みたいなケースも多い。
未婚の人は、相手に恵まれなかったのかな、なんて勝手に解釈してもらえるけど(それも嫌かもしれないけど)、私 -
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うつという概念が社会に広まり、うつそのものの幅も広くなった。うつにも色々ある。
筆者は、社会に広まったうつ病概念を、本当のうつ病と言われる「大うつ病」、躁うつ病の一種と言われる「双極性障害II型」、そして「うつ病になりたがる人たち」の3つに分けている。(ほか、パーソナリティ障害をうつと誤診するケースもある)。
その中でも「うつ病になりたがる人たち」は、うつという診断を欲し、診断書を水戸黄門の印籠のように使う。アイデンティティを求め、それを「うつで可哀想な自分」とすることで安心を得る「平凡恐怖」や、病気を申告することで心配されたり異動や休職の許可が容易に出る「疾病利得」などが挙げられており、読ん -
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ネタバレ※若干流し読み。
香山リカ氏の著作は、過去に『就活がこわい』(講談社)を読んだことがある。『就活~』とこの著書をみると、現代(当時)の人々が持っている不安に焦点を当てることが得意なのかな?と思った。
「大人の発達障害」「うつ」という言葉が頻繁に耳にする時代になり、著者は、軽度または障害出ない患者が多く診察に来るようになったこと。そしてその仕組み(ビジネス)について指摘する。
そこに関しては新たな知識が得られた気がする。これが作品のはじめに書かれた「社会的な現象」なのだろう。
しかしながら、医療関係者ではない一般読者の私としてとしては、発達障害になれなかった「平凡恐怖」についてもっとページをさ -