長編ということで、最初の事件発覚までがやや長く、楽しみながらも読み掛けで放置してしまってた。ところが再開していざ殺人事件が起こると、あれよあれよという間に完読。おもしろかった!!
個人的にはトレーラーハウスを傾けるトリックは「そんなうまくいくか?」「手で貼ったところよりは接着が甘いから鑑識の時に分かるのでは?」とか思いはしたが、全体的に納得度が高かったのと、すべての謎のヒントが作中にうまーーいこと散りばめてあったのが「さすが」の一言。事件には直接関係しないシーンでも、謎解きの理解が進みやすいように先出しで道具を使っていたり(序盤のジャッキのシーンなど)。
密室トリックは全く看破できなかったけど、犯人の動機、動機に至る背景、真犯人が誰か、というあたりの推理は当たってたのでそれも嬉しく。ただ細かい部分は粗だらけだったので、終盤の畳み掛けでどんどん謎がほどかれていくのが気持ち良いこと!
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序盤の蛍の対話が、物語全体にとてもよく効いていて、それが本当に良かった。
火村はあらゆる殺人者を赦さず、裁きの場へ送り込んできたけれど、その火村が唯一、狩ることができなかったのが大井なんだろうなと。
大井自身は手を下しておらず、殺人の意志があったかも分からない。ただ、確実に引き金を引いた。故意に、意識的に。
作中には気弱な人から力強くタフな人までいろんな個性を持つ人物が登場するが、自分の裡に潜む暗い意図を遂げ、誰にも捕まらず生き延びることができた(火村さえも追い詰めることができない)のは、唯一大井だけだった。
「永く種を存続させるために個々人は多種多様な個性を持ち、失敗と死を経験するようになった。どの状況でどんな個体が生き残るかは分からない」という序盤の談義を踏まえて、作中で生き残った者は、火村でさえ狩ることができない者……という構造が、今までの作家シリーズでは初なのでは(刊行順に読んでるつもりだが抜け漏れはあるかも)と思い、これまでとは違う読後感だった。
火村でさえ、生態系の個体の一つでしかない。このシリーズにおいて、探偵は特権的/超越的な存在ではない。
ということかなーと、個人的解釈でした。
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最後に一点だけ!
終盤のあの名シーン。淳子さんが夫の罪を知り、罪の上に生きてきた自分自身にも罪を認識しながら、愛する夫を生かすために銃を取り、庇うシーン(まじで名場面)。
火村は銃がモデルガンだと知りながら、淳子さんが夫に代わって銃を向けると、取り押さえるのをやめ30分も待った。その間に夫の虎雄は逃走した。
「気が変わった」と火村は発言したけど、夫婦の切ない愛情の場面を目にしたくらいで火村は犯人を見逃すのか?というのが引っ掛かった。
半島中の警備が強化され、ジャングルは危険であり、逃げたところで捕まるか死ぬか。その可能性は高いとしても、何かの拍子に逃げ延びることができるかもしれない。
絶対にないとは言い切れないはずなのに、逃げる虎雄をそのままにしていたのが、殺人者を絶対に赦さないスタンスの火村に対して「なんで?」となる。
殺人や殺人者に対する価値観は、火村の人となりの根幹を形成するはずなので、これは単なるキャラ設定ミスではないと思うんだよな。
罪の上に生きた罪を自覚した淳子さんとその行動に対して、火村が何を思ったのか。
これが私には全く解釈できなかった。この先のシリーズを読み進める中で、また解釈を構築できたらいいなと思う。