子育て中にどうにか確保した30分でどうしても本が読みたくて飛び込んだ古本屋さんで見つけた一冊。
なぜだか気になって購入したが、私にとって大当たり。
こんなにも過不足なくすっきりしているにも関わらず、どれも濃厚な短編小説に出会えるとは。
「あじさい心中」
美しい。しばらく余韻が抜けなかった。
どろっとしてもったりと濃厚で美しいながらも切なく哀愁漂うノスタルジックなたった一晩の夢と、朝が来て現実に戻っていく様の描写が秀逸すぎる!
『千と千尋の神隠し』の終わりのような、絶対にあったのに現実味を帯びていない、時が止まっていた、もしくはパラレルワールドにいたような時間。
夜のまま終わるのではなくて、そして身体を重ねるのではなくて、寝ている時に見る「夢」と願望を思い描く「夢」どちらとも取れるような一夜が明け、「それでも生きていく」現実にそれぞれ戻っていく。
人生の中でたった1度だけ交差した2人は、きっともう2度と会うこともないだろうけれど、きっと一生忘れることもできないのだろう。
恋愛物ともヒューマンとも似て非なるもの。
美し切ない物語。
リリィって名前がまた良いなあ。
舞台は少し前の廃れかけていた熱海のような雰囲気かな。
「死に賃」
世にも奇妙な物語、もしくは週刊ストーリーランドの不思議なおばあさんの話のようなシュールで痛快な物語。
誰しもがいつかは通る「死に際」をどう終わらせるのか、究極の「終活」を考えさせられる話。
「死に賃」として多額の金銭を払った挙句、詐欺と後に報道されてしまう先に旅立った友人のニュースを見た後に、幸せな終わりを迎える主人公。
「死に賃を払いそびれてしまった〜」からの最後の2行が震える。
ラッキー!ではなくて、このように最後まで綺麗な身のこなしをできるような人間性を養わなければと痛感。
美也子の心境の描写も、こじれた人間関係も、どろどろと人間臭くてリアル。
「奈落」
これは…
どれも濃ゆくて主役級の中にピリッと入るスパイスのような物語だなと思った。
中心に差し込まれているのが絶妙。
おかげで一度クールダウンできた。
好きではないのと、私の未熟さでは物語の終わりを読み解けなかったが、良い意味で水を差された感覚。
「佳人」
えーーーーーーーーー!!!?
となるどんでん返しさを、絶妙で軽快なコメディ加減で描かれた、「引きが良い」小節。
あとの2作を考えると、「奈落」「佳人」は絶妙すぎる箸休め。
「ひなまつり」
私だけじゃないと思うが、「あじさい心中」に並んでお気に入りの物語。
ひなまつりという「女の子の行事」に準えて、母も娘も不器用に、とても純粋な心でお願いごとをする。
2人の「おひなさま片付けなくちゃ」に込められた気持ちが、この物語の全てを収める。
願いよ叶って!と思わず心の底から応援してしまった。
「薔薇盗人」
父に向けた手紙で、自分の失敗と反省を一生懸命伝えているつもりで、実は母の不倫を父に伝えてしまっていたことを、読者も含めて登場人物の大人が全員「あちゃー」となる物語。
主人公(息子)が自分の落ち度を反省して一生懸命になればなるほど、大人(母親)の罪を事細かに伝えることとなっていき、子供はとんでもない失敗をしてしまったと落ち込んでいるのに反して「誠実」さを構築していくのに対し、それに反比例するように母親が「ダメな大人」に落ちぶれていく皮肉さがリアルで面白い。
第三者でいたいなあ、と心から思う。
渦中の人間は一切見えないんだろうなあ…。