小川高義のレビュー一覧
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表題作「魔が差したパン」
このお話を小学校のお昼ごはんの校内放送で初めて知りました。
その当時は、主人公が余計なことをしたのだと多少は理解していながらも、男性客のことを思って、親切心からやったことで、そんなに怒られるのは可愛そうだと思っていました。
ただ、そう思っても何か引っかかるものがあり、十分大人になった今、活字で読んでみようと本書を手に取りました。
主人公は、悪い意味で想像力が逞しく、思い込みが激しいことがわかりました。
自分ひとりで盛り上がって、パンにバターを入れてしまった。おせっかいな愚行だったのだと感じました。
よかれと思ってやることも、自分の想像だけで行動に移すのは危険だというのが作者がこのお話で言いたかったことなのではないかと思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ幽霊の存在の有無が明かされないだけでなく、「私」の兄妹への愛情や「私が守らなければならない」という責任感は異常とも言え、客観的に見ると思い込みが激しく奇怪な言動が多い人物に"あえて"描いているように思える。
原作者自身が意図的にぼかしたり婉曲表現を多用しているため、とにかく文章や言い回しに不自然な部分が多く、翻訳に相当苦労したのがすぐに伺える。
翻訳者もあとがきで触れており、この点も評価を落としているポイントか。
だが、『「私」の友人のダグラスの妹のかつての家庭教師だった女性の手記を怪談話の集まりの中でダグラスが読み上げ、そのダグラスの死後に「私」が改めて書き写した』といつ複雑すぎる構成が、信頼できない語り手として非常に効果的で作品の雰囲気は抜群。 -
Posted by ブクログ
本日2度目の『モルグ街の殺人』であるが(^^;)、これは素晴らしい!
翻訳は小川高義という方。『黒猫』『モル殺』はおそらく翻訳違いのをそれぞれ3つ以上は読みましたが、先ほど読んだ新潮文庫のポー短編集Ⅱの巽孝之の翻訳などに比べても圧倒的な読みやすさです。同時読み比べをすると、ワンセンテンスが短く、平易な語彙が用いられていることが明らかです。ポオの晦渋で格調高い文章を楽しみたい方にはおすすめできませんが、物語を全力で楽しみたい方にはこれがぴったりでしょう。
『本能vs理性 黒い猫について』
ポーの飼っていた黒猫を例にとって本能と理性の境界の曖昧性について説くエッセイ。知的生命体という驕りによって、我々は理性を神格化する。
『アモンティリヤードの樽』
こちらも犯罪小説。地下室、壁、モルタル、塗り固め、『黒猫』の人間版であり成功バージョン。やはり慢心は良くない。
『告げ口心臓』
なんとこちらも犯罪小説。『黒猫』の使い回し多すぎ笑 しかしこちらは異常心理を持った犯罪者ではなく、罪悪感によって心臓が掻き乱されるような等身大の人間でありました。
『邪鬼』
おいおいこれも犯罪小説だった。人間の行動原理は器官の作用によるもの。それとは別にひねくれた精神による作用「邪鬼」が存在するという。たとえば動機がないのが動機、というようなもの。それは魔性の情熱となり、人間を犯罪に駆り立てる。犯罪を白状させたのは理性かそれとも…
『早すぎた埋葬』 6点
こちらもどっかで書評済み…かと思いきやしてなかった。医学が未発達だった頃、生きたまま埋葬されることへの恐怖は尋常じゃなかったのでしょう。この作品集だけでも生者の埋葬は既に3作目、ポーはこのネタ多いよね。こちらはユーモア小説。ヨカッタネ -
Posted by ブクログ
ネタバレポーに振り落とされずに余裕を持って楽しめる小川高義さんの翻訳はなかなか良い。愛する女性との死別を描いた『アナベル・リー』『ライジーア』『大鴉』が3作並んでいて比較しやすい所も超ナイス。
『アナベル・リー』と『ライジーア』は愛する女性の名がそのままタイトルになっているだけでなく、語り手の思慕の情も似通っています。例えば引用すると↓
「夜空に星が出るたびに
美しきアナベル・リーの輝く星が見えている」
「ライジーアの美しさが私の精神に染み込んで美神が居を定めたようになってからは、現実界に存在するさまざまなものを見るにつけ、あの大きな明るい双眸が私の内部にもたらす感覚と似たものを呼び起こされていたのだった-(中略)-望遠鏡で天の星を眺めていても、その一つか二つにはそんな感想を抱いた」
などです。詩と小説で表現媒体は違えど、同一のテーマでしょう。『ライジーア』は更に意志の超越や死者蘇生(ポー愛好)が加えられますが。『大鴉』に登場する大鴉の定型句「ネバーモア」は『ポー詩集』の阿部保訳では「またとない」と翻訳されていましたが、こちらでは「もはやない」となっています。死別に対する冷徹なアンサーであることを考えると、「またとない」の方が適していそうです。
この次が『ヴァルデマー氏の真相』。これまた生死の境界の曖昧さが催眠術の例を用いて説かれている。しかしこちらは上3作と違って、意志の強さや情は絡んで来ず、怪奇小説風味な終わり方となっています。