小川高義のレビュー一覧
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表題作の『黒猫』に寄せた作品が6編と、有名な『モルグ街の殺人』。悪意と良心の葛藤という『黒猫』のモチーフが前面に押し出された構成。
似たような作品が続くので、ポーの書き癖が見えやすい。訳者あとがきで落語との親近性が指摘されていたがその通りで、最初に抽象的な一般論がだらだら続き、本編は感情の動きメインで出来事の描写は控えめ。そしていいところでストンと終わる。
注釈や修飾も多くストレスフリーな文体とは言えないが、それだけごちゃごちゃ言わなければ説明がつかないような奇妙な心情描写には妙に納得させられる。『黒猫』の「悪くなるために悪いことをしたいという得体の知れない願望」という一節には共感した。
巻末のポー年譜を見るに、ポー自身も作中人物のようなダメ人間だったらしい。そう考えると私小説のようでもあり、ジャンルもの小説の元祖とばかり思っていたが偏見だったようだ。
ポー作品の中でも偏った選び方ではあるので、姉妹編の『黄金虫/アッシャー家の崩壊』もそのうち読んでみたい。 -
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読みたかった古典純文学のうちの一つ、
やっと読めて良かった。
内容は老人が海でカジキと3日間死闘を繰り広げるお話。
びっくりなのが、刻一刻と流れる三日という時間を、驚く程鮮明で細緻に書いているという事。小説というよりも緊迫したドキュメンタリー見てる様な。手に汗握るとかは正直無かったけど、老人が取る一挙手一投足がよく見える。
3日間も船に乗ってる描写が永遠と続くからもっと老人の心理描写があるのかと思いきや、そんな事はない。ここでは余計な心理描写は必要無いんだろう。彼が思い出す少年の事、野球、ラジオ、そして独り言、老人を語るにはそれらで全て足りている。
この本が現代までこれほど長く読み継がれてる理由が私には正直分からなかったけど、作家も時代背景も全然知らないで読んでるから、まぁ仕方ないのかも。
訳者の後書きで、やっぱり訳者によって表現方法が変わってくるみたい。ヘミングウェイが書いた原作読みたいなぁと思う反面、昔の英語だから解釈難しいんだろうなぁと残念に思う。 -
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「小説家 トム・ハンクス」のデビュー作は短編集。各所で彼の俳優経験も活きており、全体的に優しい風合い。普段はハッピーエンドより考えさせられる話を選びがちだが、たまには甘いものも食べたくなる。まぁその中にはほろ苦さもあったのだが。。
全17篇をレビューするのは自分にとって至難の業なので、幾つか気に入ったのをピックアップしていきたい。うち数作品には内容が連関しているふしがあるけど、どの話も単品(⁉︎)として満喫できる。おまけにビターとスイートの調和もよく取れている。
『クリスマス・イヴ、一九五三年』
出だしは古き良きアメリカのクリスマスといった風。そこから10年前に遡り、冒頭の幸せは奇跡的に掴み取れたものだと読者は痛感することになる。ベトナム戦争の2年前でもあるからそれは益々貴重なものだということも。
『心の中で思うこと』
著者がタイプライター蒐集家であることから、ほとんどの章でタイプライターの描写や写真が登場する。(少々くどかった笑)
中でも本作はタイプライター自体がメインテーマとなっており、尚且つ一番落ち着けた話だった。タイプライターは今でいうラップトップの筈なのに、主人公の女性みたいに妙な憧れを抱いてしまう。店主と女性の談義に自分ものめり込み、人生を変えるであろう一台に出会えた彼女のこれからに想いを馳せた。
『過去は大事なもの』
ジャンルとしてはSFにあたり、恐らく読者の多くが好きになった作品だと思う。何故なら普段はSFに疎い自分でも夢中になれたから。
過去へのタイムトラベルが可能となった現代で、主人公バートが1939年6月8日へと時間旅行する話。「過去の写真に当時の服装にそぐわない人物が写っている」という都市伝説チックな話を耳にするが、本作では時間旅行会社なるものが当時の服装を手配してくれる。(他にも処置が盛りだくさんで全部が面白い!)
何度同じ年月日(+時分秒)に遡ってもみんな合わせ鏡のように同じ言動をしている。当たり前のことだが、いざその現象を目の当たりにすると不思議な気持ちで頭がボーっとしてしまう。無論、ラストにも。
『ハンク・フィセイの「わが町トゥデイ」』
17篇のうち4篇は地方紙コラムニストによる「わが町自慢」のコラム。書き手の風貌が分からない分、どんな表情で記事を書いているのか等想像が膨らんでいく。内容はどうってこともないのだが、4篇を経てイメージが出来上がっていくのが何となく愉快だった。全篇にわたりタイプライターへの郷愁の念が強いことから、ひょっとしたらハンクさんはハンクス……何でもありません。
途中まで著者特有の柔和ボイスで再生されていたが、以降は何度も著者のことを忘れるくらい読みふけった。筆のパフォーマンスもお上手だったとは…! -
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スーとジョンジーが絵のスタジオを持っていた。……八番街の「デルモニコズ」で定食の出る時間に知り合い、芸術、チコリサラダ、ビショップ袖の趣味がピタリと一致していたので、共同のスタジオを構えることになった。
スーが肺炎になり、医者が何でもいいから心残りになってくれるものは?たとえば男とか
の問いに
「男?」スーは口琴をくわえて弾いたような声を出した。「男なんてものはーあ、いえ、
先生、そういうことはありません」
(小川高義 訳)
「恋人ですか?」スーがあいまいな口調で答えた。「恋人なんて、そんなばかばかし……
あ、いえ、いません」
(金原瑞人 訳)
「恋人?」スーの声には軽蔑するような響きがあった。「それほどの価値のある男なんて……、いえ、それはともかく、彼女には恋人なんていません」
(千葉茂樹 訳)
スーは、ジョンシーが好きよね。
子供の時には分からなかったけど、確かに、
スーは、ジョンシーが好きよね。
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CL 2021.12.10-2021.12.18
新訳でとても読みやすくなっている。
7年も自分だけ罪を隠して、隠しておけなくなったら死んでしまうディムズデール牧師は情けない男ではないか。
ヘスター・プリンはその間もずっと幼い子どもを抱えて世間から拒絶され、差別され、たったひとりで敢然と生きてきたというのに。
我が子パールへの責任もかけらも果たさず、ただただ己の都合、思いだけで、ひとり逝ってしまうとは。
たとえこれが1600年頃のアメリカの話だとしても、男の情けなさに怒れてくる。
現代的な基準では語れないのは承知の上で、それでも素直な感想は上記のとうり。 -
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ネタバレ謎解きミステリーにどんでん返しは私の大好物。
本作におさめられている「モルグ街の殺人」から始まった推理小説の歴史。
まさに原点となる作品をようやく手にしました。
本書は「モルグ街の殺人」以外にも「黒猫」「本能vs.理性ーー黒い猫について」「アンモティリャードの樽」「告げ口心臓」「邪鬼」「ウィリアム・ウィルソン」「早すぎた埋葬」の計8作からなる短編集。
「モルグ街の殺人」も60p弱の作品なので、サクッと読み終えました。
まるで詰将棋。
作者が決めた答えに導いていく思考は、今の時代の何気ない日常の中でも使える思考法で、作品の舞台裏を覗き見たような感覚を味わいました。
本作で謎解きをするデュパンこそが世界初の推理探偵であり、モルグ街…こそが推理小説の扉を開いた作品。
古い作品ではありますが、古さを感じる事なく読み終えました。
お見事。
説明
内容紹介
■黒猫の真の恐怖がよみがえる。眩惑へと誘う、ポーの決定訳
怪奇趣味の奥に仕掛けられた真の狙いとは。難解な原文の中に著者ポーが残した手がかりから、「現場」を見事に再現する、翻訳家=探偵の「名推理」がここに。
出版社からのコメント
■怪異と知性、恐怖と探索
推理小説が一般的になる半世紀も前に、不可能犯罪に挑戦する世界最初の探偵・デュパンを世に出した「モルグ街の殺人」。160年の時を経て、いまなお色褪せない映像的恐怖を描き出した「黒猫」。多才を謳われながら不遇のうちにその生涯を閉じた、ポーの魅力を堪能できる短編集。
内容(「BOOK」データベースより)
推理小説が一般的になる半世紀も前に、不可能犯罪に挑戦する世界最初の探偵・デュパンを世に出した「モルグ街の殺人」。160年の時を経て、いまなお色褪せない映像的恐怖を描き出した「黒猫」。多才を謳われながら不遇のうちにその生涯を閉じた、ポーの魅力を堪能できる短編集。
著者について
エドガー・アラン・ポー [1809-1849]
アメリカの作家、詩人。推理小説の祖とも言われる。計算された恐怖を創作する「理詰めの芸術派」。旅役者の両親に早く死なれ、27歳のとき13歳の従妹と結婚するが病気で先立たれ、職に恵まれず酒に溺れる。断酒会に参加したものの40歳で死去。主な作品に「アッシャー家の崩壊」、「黄金虫」、詩集『大鴉』など。
[訳者]小川高義
1956年生まれ。横浜市立大学準教授。訳書に『永遠を背負う男』(ウィンターソン)、『リリィ、はちみつ色の夏』(キッド)、『調律師の恋』(メイスン)、『灰の庭』(ボック)、『さゆり』(ゴールデン)、『停電の夜に』(ラヒリ)、『第四の手』(アーヴィング)、『骨』(イン)ほか多数。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ポー,エドガー・アラン
1809‐1849。アメリカの作家、詩人。推理小説の祖とも言われる。計算された恐怖を創作する「理詰めの芸術派」。旅役者の両親に早く死なれ、27歳のとき13歳の従妹と結婚するが病気で先立たれ、職に恵まれず酒に溺れる。断酒会に参加したものの40歳で死去
小川/高義
1956年生まれ。横浜市立大学準教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -
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ちょっと不思議な感覚な物語だった。
世間知らずの主人公青年がぶっ飛び美女に気があり追いかけ回すものの、そのぶっ飛び美女にはその気がないという、特にどうということがない展開であり(笑)、登場人物たちの心情のうつろいや性格描写が限定的でいまひとつ物語に入り込めなかったことが大きいかもしれない。
また、物語の終息が唐突であり、ちょっと意外だったこともあるかもしれない。
物語はスイスのヴェーヴェーが舞台の出会い編とイタリアのローマが舞台の袖にされる編の大きく2つに分けられる。
スイスのヴェーヴェーでは雄大な自然と古城が開放的な気分の舞台装置としてはぴったりで、イタリアのローマの街並みと古代遺跡の重みが旧弊的な雰囲気であるのと対を成している。
主人公は結局は袖にされてしまったが、念願かなって自分がデイジー・ミラーのお相手にとって変わっていたら旧弊さとは逆の立場になっていたのでは?とも思え、いくばくかの不自然さも感じるところである。
作者のヘンリー・ジェイムズはこの作品は詩であるという。
そういえば舞台装置といい、登場する男女の駆け引きといい、詩の構成にはぴったりのように思える。
微妙な不自然さを解消するには、いっそのこと曲をつけてオペラにすれば良いと思える作品だった。