山本周五郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
これは辛い小説だなぁ。
主人公の中藤冲也は武士の身分を捨て、浄瑠璃という芸の世界に生きることを選ぶ。
彼の作る端唄は独特の節まわしを持ち江戸のみならず、遠国でも持て囃されるような才能の持ち主であったが、それに奢ることなく冲也節という新たな芸術の完成だけに専念する。
これと決めた道に突き進む人生。成し遂げるべき仕事を見定めた覚悟。すさまじい気迫で生きる男の生きざまを描いたお話。です。
非常に辛く、あまりに辛いんだけど引き込まれる話だった。
この強烈な読後感はどこから来るんだろう。
結論から言ってしまえば、このお話はハッピーエンドの物語ではない。苦労の末に念願の冲也節を打ちたて、努力は報われるという話ではない。
かと言ってただひたすらに報われない悲惨な話というわけでももちろんない。
報われないのは確かに報われないんだ。
上下巻で約800ページもの間、なぜこんなに厳しい人生を描くことができるんだと、特に下巻では徐々に壊れていく冲也を見ていくのが辛くなってくる。
ただ、じゃあ彼の人生は失敗だったのかというと、そうじゃないんだろう。
もちろん客観的に芸術家として成功者かといえばそれは誰の目にも明らかに失敗者なのだけど、でもじゃあ彼が仮にそれを知ったからといって違う道を選ぶかと言ったら違うだろう。例え知った上で生き直しをしたところで、同じ道を選ぶんだろう。
冲也は後悔していない。その意味で彼の人生は報われなかった訳ではない。
むしろ、人生において「報われない」とはなんだろう。
人間の真価はなにを為したかではなく、何を為そうとしたかだ、という紹介の言葉もあるけれど、
だとしたら明らかに何かを為そうとした彼は、「彼自身によって報いる」という生き方だったんだろう。
そういうメッセージは確かに受け取る。
それはすごくカッコイイことだ。
そんな風に生きれたらいいなとも思う。
けどやっぱりそれ以上に辛さが来る。
がんばっても報われないのはやっぱりキツいだろ、とか
自分のしたことを人に認めてもらいたいとか、
はっきりした成果じゃなくてもせめて光明は見失いたくないとか、
光明さえも見失うとしたらいったい何が間違っていたのか、とか。
そう、一体何を間違っていたんだろう。
冲也はどうしたら成功できたのか。
成功とは言わずともあれほどまでに辛い生き様を辿らずに済む方法はあったのではないか。
そもそものところ自分の才能というものを見誤ったのか。
自分の力でできることを見据え、その範囲でできることを見据え、せめてそうしてから動くべきだったのか。
自分の端唄を嫌悪することなく、その実を見つめることからスタートすればまだ違ったのか。
それとも、どんな才能があろうとも、自分一人の力というものに拘りすぎたのか。
何かを為すには誰も独りの力ではできない。
才能や技術といった面だけでなく、人間関係、経済など様々なものに関わりを持たねばならなくて、そこを割り切ったり謙虚に受け止められなかったのがいけないのか。
などと、どうしていれば良かったのか、とついつい考えてしまうのだけど、
そんなことに大した意味はないんだろう。きっと彼はどうしたって同じように生きたんだろう、と。そういう部分が読者にとっては辛いし、もどかしい。そしてそうでありながら同時に憧れもすれば、自分の生活を顧みざるをえないような気持ちになる部分でもある。
と、そんな風に冲也の超人的な意思の強さに息苦しさだけでなく、引き込まれるものを感じるのは、彼に寄り添い彼を見守るおけいさんの力でしょう。
作中、冲也に対して唯一無二の理解を示し、彼に通じる特別な人物として描かれているが、彼女はその一方で読者に通じた姿でもあり、読者の気持ちを代弁してくれる存在でもある。彼女が思い遣る視線や立ち居振る舞いがあるからこそ、一層冲也の生き方が辛さにおいて引き立つ。理解者でありながら、常識的で温かい感情の目線を与えることで、一層その厳しい生き様は侵しがたく魅力的なものになる。
読者の仮の姿であるからこそ、知人たちにいくら訝られても恋仲にはなりえないし、冲也の死後に後追いをしたりもしない。終わりの独白の置いてけぼり感というか呆然とした感じはまさに読者の気持ちに近いでしょう。
さて、この小説は周五郎の長編の中でも大きな作品で、「樅ノ木は残った」「ながい坂」と並んで3大長編とされる作品です。ながい坂を読んだ時も大きな衝撃を受けて、これは最高傑作だな、と感じたんですが、この作品はまた違った大きな衝撃を受けました。この読後感は忘れられそうにないですね。
きっと樅の木もまた別の衝撃を与えてくれるんでしょう。今から楽しみです。 -
Posted by ブクログ
「昔の日本は牧歌的で良い時代だった」「最近の世の中はイヤな事件が増えている」という考えの対極にある事実・歴史を口承で記述している。
初版は1959年に刊行された。宮本常一、山本周五郎などの複数の執筆者が、日本全国の市井の辛苦に満ちた人生をヒアリングした記述。
各地方の方言で語られる、窮民、殺戮、略奪、乞食、堕胎、鉱山で働く女性、遊女、女衒、飢饉などに関するストーリーは迫力がある。
とりわけ、盲目の馬喰の一代記「土佐檮原の乞食」、山梨の上野原の「おせいばあさんの話」、明治時代のシンガポールを本拠地に活動していた「女衒 村岡伊平治伝」は面白い。 -
Posted by ブクログ
夫婦って素敵だなぁと思いました。表題作よりも「夫婦の朝」と「めおと蝶」が好きです。カッコイイ旦那さんと可愛らしく貞淑な妻という感じが良いです。
最初は男が書くにしては男性キャラが格好良すぎると思ったのですが、男が書くからこそかもしれません。寡黙で普段は愛想の欠片もないけど決めるところでは決める、というような男女問わず誰から見ても良い男だなぁって思うキャラが多い。女性作家が書いたらこんなキャラクターは描けないかもしれません。
逆に作中の女性は素直で従順過ぎるかなと思うこともしばしば。細かいところでは読む性別によって思うことが違うかもしれません。でも、夫婦って、結婚するって良いなぁと思わせてくれるのは一緒じゃないかな。
最後の「超過勤務」は毛色が違ってて、演劇の舞台を見ているような気分になりました。これはこれで面白いけど、なんか違和感がありました。 -
Posted by ブクログ
史実の「伊達騒動」を題材にした創作。
代表作とも言われる本作の魅力は「史実と異なる人物像を中心に据えながらも、題材を破綻させずに活かした事。そして、主人公(原田甲斐)を通して人間の本質を描いた事」だと思います。
本作は、上・中・下巻という長編なので、登場人物の様々な側面が描かれており、武士という生き方に翻弄されていく人々をリアルに感じる事が出来ます。そして、そこから浮かび上がる、当時の武士が持つ死生観と主人公が持つ死生観の違いにも面白みがあります。
また、主人公に多くを語らせず仕草や目の動きだけの描写をする事で、読者なりの解釈を入れる余地を残しているのが非常に嬉しい。
緻密な創作の世界で、読者が自由に楽しめる箇所を作る山本周五郎氏の懐深さを感じます。
登場人物も多く、呼称も複数あるので、読み進めるのが困難と感じるかもしれない為に★4としましたが、是非おすすめしたい作品です。