山本周五郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
(上中下の感想をまとめてここに書きます)
▼有名な話ですが、この物語の骨格は歴史の実話です。江戸時代にあった「伊達騒動」。家老の原田甲斐が悪者とされていて、最後は幕府老中の屋敷で乱心して刃傷沙汰を起こして殺される、という。
この史実が歌舞伎になりました。ヒット作。伽蘿先代萩という演目。原田甲斐は、二木弾正という名前になっている。これが悪役です。だから原田甲斐というのは、吉良上野介みたいな、悪役として有名だった。
それを、山本周五郎さんが、「調べれば調べるほど、おかしい。原田甲斐は悪人では無かったと思う」という仮説?で書いたのがこの小説です。
▼再読です。でも、40年ぶりくらいの再読。たしか小6か中1くらいの頃に読んで以来。その頃に、
「山本周五郎さんの中では、重厚な感動・・・な感触はあるんだけど、今一つ、物語の進行と、主人公の行動の必然性が分からん・・・」
と、もやもやしたんです。50代に入ったから、そのあたりがかなり分かるかな?と思って再読しました。
結果的に、
「大変に面白かった」
「が、やっぱりけっこう、腑に落ちなかった」
という結果でした。
ただ、こっちも歳を取ってますから、図太くなっています(笑)。
「作者の思い入れが強いから、ちょっとそれが過剰で、主人公の行動と、最後の結果の説得性が、ちょっと欠けてるんだな。だけど、その全体の物語の旅路の見せ方、主人公の心情、ひとつひとつの事件や脇役たちの見せ方が上手で、大変に楽しめる。大変に素晴らしい小説だな」
・・・・と、理解しました。まあつまり、腑に落ちないけれど面白い。
▼江戸時代初期。初期と言っても1600年代の終盤くらい。つまり、家康とか伊達政宗とかはみんな死んじゃってます。大阪の陣が1614年、島原の乱1637とかですから、もう戦国を知ってる人はいない。
主人公は、伊達家仙台藩(60万石だったか)の、家老の血筋の原田甲斐。つまりこれは、伊達藩の物語です。
物語の背景には、この時期の歴史背景があります。
・戦国はもう過去。今は徳川の天下。
・徳川は、「外様大名の、大きな大名を、どんどん潰していた」という事実。福島正則の家とか。加藤清正の家とか。つまり、血筋的に徳川に縁の遠い大名を、いちゃもんをつけて取り潰すわけです。
・そういう意味では、伊達家も標的になり得る。
という背景があります。
▼原田甲斐の伊達家に色々トラブルが起こります。伊達一族の中の、「わがままな叔父さん」である、伊達兵部という人が、無理難題をいっぱい言ってくる。トランプ大統領みたいな(笑)。
家中は反感で割れる。騒動になりかかる。
ここで、原田甲斐。親友ふたりと、計三人で密謀・密談・密約します。
A <伊達兵部は、幕府の老中と繋がっている。わがまま非道を言い、伊達藩に騒動を起こして、それを原因にして幕府が伊達家を取り潰す。それが狙いに違いない>
B <だから、兵部がわがままを言っても、非道を行っても、怒らずに、とにかく耐えよう。その方が伊達家は滅ぼされない。その間に、加賀前田とか、薩摩島津などの外様大藩と何かしらか連携して、打つ手を探そう>
C <原田甲斐は、兵部の仲間になったかのように振舞う。その方が、相手の隙をつけるだろう。だから、友達とも絶交する。家中から嫌われてもいい>
という内容なんですが、「打つ手を探そう」はかなり曖昧です。そんなことでいいのだろうか。
▼話の段取りで言うと、これ、10年くらいの期間の物語です。
で、山本周五郎が描きたかったのは、兎にも角にも、上記の「C」なんですね。
本当は、熱い正義の志を胸に秘めているけれど。
黙って誰にも語らない。
周りに誤解され、悪人と罵られ、唾を吐かれるが、黙って耐える。ひたすら耐える。言い訳しない。理解を求めない。
もう、これをやりたかったんです。
周五郎さんは。高倉健的ワールドです。ハードボイルド(実はべったりセンチメンタル)です。
だから、そういう原田甲斐の姿、忍従、誤解され罵られ耐える、、、、そんなあたりの描写は、圧巻です。ぐっと来ます。ほんとに胸に熱いものが溢れます。
▼・・・・ちなみに、
「たったひとり、とある美少女だけが、何の説明もなくそんな原田甲斐の苦しみを直感的に、エスパーのように理解して、そしてプラトニックにひたすら原田甲斐を愛し続ける」
という、オジサン的にはスーパーご都合な要素が全編を貫きます。
このくだりの、プラトニック具合がもう、あからさまにプラトニックすぎて却って厭らしいくらいなんですが・・・・・。
▼・・・って言うと、あんまり褒めていないようですが、ぶっちぎりに面白かったです。文句なく、★5個です。
まあ、一番大きな理由は、読み手の自分自身がオジサンなんで(笑)、こういう、高倉健チックな
「男は黙って滅びるぜ、美女に愛されカッコいい」
という、実に言ってしまうと身も蓋も無くてひたすらに恥ずかしいファンタジー物語が嫌いじゃない・・・・ということかと思いますが。
でも、この小説の素晴らしさはそれだけではなくて(笑)。
脇役の配置、世界観の作り方がもう、「さすが」ですね。
▼江戸時代の「政治向き」の話なんです。殿中でひそひそ話して。密書を奪い合う、みたいな。まあつまり、ツマラナイ(笑)。
ところが、これは仮名手本忠臣蔵と同じくで、そのツマラナイ話を面白くします。
①市井のフィクションの人物を効果的に配置して、
②死んでいく者たちをネチネチと描いて、哀切な「別れの物語」として
③主人公をある角度から見れば人間的な「型破りな遊び人」として描く
という3点です。特に①が秀でていると思いました。
▼浪人の柿崎六郎兵衛というならず者(腕は立つ)。
その妹の、みや。
このふたりの物語がオモシロイ。
きっかけは、「みや」が伊達関係の家臣の妾だったことから。その家臣はお家騒動で殺されてしまう。みやは、江戸にもどる。兄のもとに。浪人で貧しい。
ただ、、みやが、伊達家の家臣の顔を知っていることから、ふたりは伊達騒動に食い入ってくる。金目当て。伊達兵部の、犬のようになる。ならず者たちを集めて、関係者の拉致などをしようとする。だがうまくいかない。やがて兄は滅亡していく。ほとんど原田甲斐とは、交わらない。
なんだけど、一方で主家のため、忠義のためにすべてを耐え忍ぶ、貴族の原田甲斐。
命を懸ける原田甲斐。
一方で、忠義なんてくそくらえ、明日の飯のために騒動に加わる浪人者。
そこにはそこに、人生の地獄があり、喜びがあり、愛があり、別れがある。
そんな柿崎グループの世界と、原田甲斐の世界が、たまにすれ違う。
そんな作りが、「これは上手い・・・・」と脱帽です。
一事が万事、ことほどさようにエンタメ的に良くて来ています(オジサン的にはですけれどもね・・・・これ、ミソジニーとフェミニズムの観点から見ると、実に異様な価値観に勝手に殉じて周りに迷惑をかける勘違いナルシスト男の不可解で醜悪なコメディなんじゃないかっていう気もしますが・・・)。
▼(ここから先は自分用です)最後に自分の備忘的に、「いまいち腑に落ちない」点を。
最終的に10年くらいか、かかるんですけれど、
その5年目くらいに、原田甲斐は、とある書状を手に入れます。
それは、
<老中・酒井雅樂が、伊達兵部と交わした密約書。中身は、伊達60万石を分割して、30万石を兵部にあげるよ、というもの>
なんです。
これが手に入ったなら、匿名でもいいから
「この密約書を、いつでも明るみにだすぜ。お前さんが困るような相手に渡すぜ」
と、酒井を脅せばええやんか、
、、、、と思ってしまいます。
それで、「伊達兵部を使っての悪だくみはもうできないな」になれば、それで、ええやんか、と。
ところが。
主人公・原田甲斐は
「いやいや、相手は権力者だから、そんなことをしても何も響かないかもしれない。却って悪いことになるかも」
と・・・・悪い奴らの言いなりにさせ続けます。耐え続けます。そして大切な仲間も死んでいきます。
ところがですね。
何年経っても、何も有効な「別の手段」は講じられないんですね。耐えるだけ。
そうこうしているうちに、盟友のひとり「伊達安芸さん」が、
「もう我慢できへんは。俺は江戸の幕府に訴えて出るわ。兵部を罰してくれって。甲斐ちゃんよ、お前さんは例の密書をちらちらさせてくれ」
と。行動に出ます。これを、主人公・原田甲斐は、止めるんですね。
「いやそんなあかんて。まだまだ耐えよう。耐えようよ」
でも、伊達安芸さんの方が
「もう堪忍ならへん。あしは行く。止めてくれるな」
で、結局、甲斐さんは、考えて、
「黒幕の、酒井雅樂ではない、ナンバー2かナンバー3くらいの、老中さん」
に、密書を見せる。
酒井雅樂は、こんな悪いことしてまっせ。
ええんでっか?
うちはこの密書を、あちこちに見せまひょか?
みたいなことです。
・・・・で、これを、そのナンバー2さんが、酒井雅樂に告げる。
「原田甲斐が、これこれな密書をうちに見せてんよ。酒井雅樂さん、あんたこれほんまでっか?ほんまやったらちょっとあかんのちゃいますか?」
酒井雅樂はそれで、参っちゃうんですね。
「これあ・・・あかんわ。もう伊達兵部を使って、伊達藩に嫌がらせする作戦は、終わりや。強引に進めても、うちが失脚してまうかもしれへんからな・・・」
と、なります。
・・・・・だったら・・・
密書が手に入った時にすぐその作戦やってればよかったやんかっ!
・・・・・さらには・・・
今回だって伊達安芸が強引に動かなかったら、主人公、
まだまだ無駄に耐えてたんやろ???・・・・阿保ちゃうか??
▼そしてさらに。
原田甲斐は密書を胸に入れて、老中により聞き取りがあるので呼ばれます。
酒井雅樂の屋敷。
仲間の伊達安芸も一緒。
ここで、控えの間に居る間に、酒井雅樂の手のものに斬られて死んでしまいます。
原田甲斐も、酒井雅樂も。
酒井雅樂としては、
・密書そのものをとにかく取り返す
・密書のことを知っている主だったものを口封じする
という狙いです。これはまあ、分かります。
そして、
・まあ、それはやるけれど、もうナンバー2にも知られちゃったから、
伊達兵部を使っての悪だくみは、終わりにする。
という心情。これもまあ、十分に理解できます。
▼原田甲斐は、斬られたときに、びっくりするけれど、上に書いたような酒井雅樂の心情を、一瞬で理解します。
同じく斬られた仲間の、伊達兵部のところに這っていき、お互いに虫の息だけど、次のことを言います。
・良いですか、今起こったのは、私原田甲斐が乱心して、あなた、伊達兵部に斬りつけて殺した。私もその場で殺された。そういうことですぜ。それで、伊達家は安泰ですから。
(そうじゃないと、酒井雅樂の家来に襲い掛かって殺された、みたいな嘘が言われてしまう。その方が、伊達家が懲罰を喰らいかねない。密書を気にして、関係者の口を封じる、われわれと殺すということは、幕府の大臣のナンバー2などの目を気にしてるということだから、伊達兵部を使った悪だくみは、もう終わりにする、というのが酒井雅樂の心情でしょう)
で、これを、虫の息の伊達安芸が、駆け付けた人々に言う。
人々の中には、例のナンバー2が居る。
ナンバー2が
「そうかなるほど、本当は酒井雅樂の家来に殺されたんだな。だけどそうは言えないものな。お前たちの忠義は素晴らしい。これで伊達家は潰されないぞ。安泰だ!」
と、いうようなことを言ってあげる。それで原田甲斐と伊達安芸は死ぬ。
これ・・・・ちょっと無理があります・・・・。
だいたい斬られた瞬間に、「これでお家は安泰だ」と想像するのが全然分からない・・・。ああ、口を封じされて密書も奪われるから、悪事は止まらないのか・・・ダメだった・・・。 と、思ってもおかしくないのでは????
・・・・と、このあたりは、言いたくなります(笑)
美しい精神の物語にするために、かなり・・・・かなり・・・・強引に「劇化」してると思います・・・。
あっ、そういうことも含めて、仮名手本忠臣蔵、なのかも知れませんね。 -
Posted by ブクログ
名作! 山本周五郎の「さぶ」を読んだ。
......
小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。双子縞の着物に、小倉の細い角帯、色の褪せた黒の前掛けをしめ、頭から濡れていた。雨と涙でぐしょぐしょになった顔を、ときどき手の甲でこするため、眼のまわりや頬が黒く斑になっている。ずんぐりとした軀つきに、顔もまるく、頭が尖っていた。――― 彼が橋を渡りきったとき、うしろから栄二が追って来た。こっちは痩せたすばしっこそうな軀つきで、おもながな顔の濃い眉と、小さな引き締まった唇が、いかにも賢そうな、そしてきかぬ気の性質をあらわしているようにみえた。
.....
選んで山本周五郎賞を受けた作品を読みながら、肝心の作品を読んでなかった。この賞は優れた物語り性を顕彰されるものだそうで、お話好きとしては、まず題名だけでも拾い読みはしておくべきだと思っていたのに。
検索してまず読みやすそうな、それでも名作といわれている「さぶ」にした。これはテレビか映画で見たことあったからで、主人公が逆境にめげず、かえってそれをばねにして成長する、今でいうビルドゥングスロマン、ちょっと涙がにじむような話だった、その上友情物語で、身分制度の冷たさと逆にそれがあった故に際立つ人のつながりの暖かさが、うっすらと心に残っていた。
二人がまだ子供だったころ、奉公の厳しさから逃げようとする「さぶ」を「栄二」が引き止めるところから始まる。
二人は表具と経師で名を知られる店で働いていた、おとなしく勤めていれば手に技がつき独立もできる、「さぶ」は貧しい百姓の出で「栄二」は孤児だった。同い年の二人は常に助け合っているが「さぶ」は栄二を心から慕い尊敬していた。
この賢く、器用な技を持ち整った顔立ちの栄二の話が主で、彼は生まれながら才能を持っているが、間違ったことには目がくらむような怒りを覚えそれを抑えきれない性質で、幾度となく誤解され冷遇され、罪を着せられて生死の境をさまよう。濡れ衣を着せられ小石川の人足寄せ場に送られ、そこで寄り集まった人々と暮らすうちに彼は少しずつ成長していく、小さな出来事が積み重なって彼が育っていく様子が人情ものとして読みがいがある。
「さぶ」の献身も美しい。
こういった話を読むと、深い人生訓を言うような固いものからは感じられない香りが、心を優しく撫でていくような読後感がいい。
当時の身分制度や、使用人の悲哀や、貧しさの悲しみを物語の中に忍ばせている。ストーリーといえばありきたりに墜ちるような中で、無垢で善良な「さぶ」を題名にし、「栄二」を主に、眼に浮かぶような小さなところを描写する筆や、ややもすれば勧善懲悪という定型に陥りそうな話を、江戸時代という枠の中で書き尽くした、こんな物語を書いた人なのだ。
これだけではなかった。山本周五郎という無冠を誇りにした人が描いた、「赤ひげ」「樅の木は残った」「厳かな渇き」「虚空遍歴」など多くの名作をもっと読むべきかもしれないと思った。 -
Posted by ブクログ
おごそかな渇きを読みたくて手に取った
山本周五郎の未完の絶筆
戦後の日本の貧しさ
欲が渦巻き 他を排除しようとする人々
東京で妻に逃げられた中学教師と14歳の娘は東京を離れ田舎で野菜や特殊な
炭を焼いて生活している
学があり無宗教の父親は地域の住民に
うちとけていけないし
地域の住民もなかなか受け入れられない
そんな中 行倒れの若い男性を助け
医者を呼び食事を与え
体力を回復させる
戦後で誰もが生きること食べることに
精一杯だった時代
貧しさにも負けず困っている人を助け
希望をもって進もうとする人々
14歳の娘の生活力のたくましさ
今の時代の人が失ったものが
みずみずしく表現されていて
心がきりきりとした
あれに近い時代をちょっと経験した
私としては感慨深い
作家はこれからをどのように書こうと
していたのだろうか -
Posted by ブクログ
人生は長い坂が終わりなく続く。気づかないようなかすかな登坂もある。山本周五郎の晩年の作品である。この本を上下巻買ったのは会社を辞めて自営を始めた時である。日本テレビ記者の橋本五郎さんが人生に影響を得た学生時代読んだ本だとして紹介されていた。それから十数年近く本棚に積読状態だった。読み始めてからも完読するまで1年ちょっとかかった。上巻は相当かかったが下巻はそれでも数カ月かかった。
この本は下級武士から立身出世を志して家老にまで上りつめる三浦主水正を主人公にして書いている。山本周五郎が学歴もなく辛苦をなめながら、文学者として大作家に上り詰めた人生を謙虚に見つめ、文章がなんと味わい深いものか。家老に上り詰めたところでおわっているが、これから後も人生艱難辛苦が待っている。それを真摯に受け止めて生きて行くという、山本周五郎の生き様を描いた名著だ。
僕は喜寿を超えてこの本を読んだことに感謝したい。 -
購入済み
頭を飾るふさわしい
すげえ良い話です。
わかりやすく一言でコメントしました。
ところで15、16が何故抜けてるのでしょう。
あと、2だけが数字の向きが九十度傾いてる。
なんかこだわりがあるのかな。
お好みで。
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Posted by ブクログ
『樅ノ木は残った』で有名な著者(本名清水三十六)は、ペンネームを尋常西前小学校卒業後に徒弟として住み込んだ木挽町の山本周五郎商店から拝借した。『日本婦道記』が戦中昭和18年上期直木賞に推挙されたが固辞したが、今では自身の名の文学賞があるのは皮肉なものである。ちなみに同賞主催は新潮社、芥川賞直木賞の文藝春秋社のライバル。
さぶと栄二は表具と経師とで有名な芳古堂に住み込む同い年の職人、ひょんなことから出入りのお店から盗人扱いされ親方から暇を出される。得心がいかない栄二は店に酔った勢いで怒鳴り込み捕縛され人足場送りになる。恨みを晴らそうと自棄っぱちになるが、親友のさぶや結婚を誓ったおすえ、さぶが想いを寄せるが、栄二に恋心を抱くおのぶらは、栄二の島帰りを望んでいる。彼らの訪問や心付けも最初のうちは疎ましく思った栄二も、時が立つにつれ心持ちを変え受け入れ、人足場の囚人仲間とも打ち解けるようになる。仲間を大切にする栄二は嵐の夜皆を守って落石の下敷きになり足を骨折し、杖を着く生活を送る。さぶから経師の仕事を始めたことを聞かされ、栄二にも早く人足寄場から出ることをお願いされる。新しく入った囚人二人は役人には袖の下を掴ませ、周りを誘って博打を打ち、栄二を目の敵にし、もっこ仲間の雰囲気を悪くした。とうとうケンカになり二人を半殺しの目にあわせ、奉行所預かりになるが人足寄場の与力や同心の親心もあり、出所することになる。さぶと栄二はは二人で小さな店を借り商売を始める。栄二は、芳古堂や綿文、捕縛した目明しに多少は恨みが残っているものの、前を向いて働く決意を持ち続ける。二人の結末は、おすえとおのぶは?