山本周五郎のレビュー一覧

  • 春いくたび

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    少年少女向け短編集の第一段ですが、大人が読んでも遜色ない作品ばかりです。全集にも未収録との事なので、是非おすすめしたい…。「おもかげ」「花宵」「春いくたび」が心に残りました。

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    2014年06月11日
  • 小説 日本婦道記

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    山本周五郎の書に「小説 日本婦道記」があります。
    その中に「風鈴」という作品があります。
    物語はこうです。

    主人公・弥生は夫、三右衛門と一人の男の子の三人で
    つつましやかに暮らしております。
    わずか十五石の下級武士である。
    一片の塩魚を買うにも、財布と相談しなければならない。

    そんなある日、良家に嫁いだ二人の妹が
    実家である姉・弥生の家を訪れる。
    相変わらず質素な生活を送っている姉に、
    「お姉さまこんなにして一生を終っていいのでしょうか、
    いつまでもはてしのない縫い張りお炊事や、煩わしい家事に追われとおして、
    これで生き甲斐があるのでしょうか」
    二人の妹は母が早死にしたため、彼女の手一つで、
    厳しい生活の中、彼女のやりくりよって育てられたのです。

    妹たちの言葉によって、彼女はあらためて、これまでの生活を振り返ります。
    「冷える朝の厨(くりや)で水を使いながら、
    またひょうひょうと風の渡る夜半、
    凍える指さきを暖め暖め縫い物をしながら、
    弥生は再び生き甲斐ということを思いはじめた。」
    彼女はもんもんとします。これまでの辛苦は何だったのだろうと。

    養子である夫はあまり口をきかないけど、温厚な人である。
    彼は農民とじかに接し、その年の年貢の割合を決める部署にいました。
    でも、役どころでいえばかなり低い立場にあった。
    従って、生活は相変わらず厳しい。
    こうした実情をみかねて、妹たちはそれぞれの夫をとおして、
    もっと役替えをすすめたが、彼はかたくなに固辞します。

    ある日、上役が彼の家を訪ねてくる。
    二人はよい碁仇がたきでした。
    やがて碁も終わりました。そして、案の定、役替えの話となった。
    彼女は耳をそばだてます。
    彼は言う、「役所の仕事というものは、
    どこに限らずたやすく練達できるものではありません。
    …だれか私に代わるべき人物がございましょうか」
    「いや、それはいない」と上司。
    「その人たち(義弟)には私が栄えない役を勤め、
    いつでも貧寒でいることが気のどくにみえるのです。
    …身ぎれいに気ままに暮らすことが、
    粗衣粗食で休むひまなく働くより意義があるように考えやすい。
    …(たとえ出世しても、さらに上をと)人間の欲望には限度がありません。
    …大切なのは身分の上下や貧富の差ではない。
    人間と生まれきて、生きたことが自分にとってむだではなかった。
    世の中のためにも少しは役だち、意義があった、
    そう自覚して死ぬことができるかどうかが問題だと思います。」

    彼女は夫の言葉によって、これまでの迷いが霧散しました。
    「縫い張りや炊事や、良人に仕え子を育てる煩瑣な家事を
    するかしないかが問題ではない、
    肝心なのはその事の一つ一つが役だつものであるかどうかだ。
    …少なくとも良人や子供にとってかけがいのない者ならなくては」

    周五郎は「男は外で仕事、女は家事」といった
    古い固定観念で書いているのではありません。
    それはこの小説全体を読んでいただければわかるのではないでしょうか。
    この「小説 日本婦道記」は女性讃歌だと思います。
    むしろ、私たち男性が読むべき本かもしれません。

    尚、この作品は直木賞に推されましたが、彼は固辞しました。
    直木賞の辞退者は後にも先にも彼だけです。
    そして、文学賞と名のつく賞はすべて固辞しています。

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    2014年06月07日
  • ちいさこべえ 3

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    いい話すぎる。茂次や、彼を取り巻く人みんなが、不器用ながらも精一杯生きている。心が優しくなる話です。

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    2014年04月15日
  • さぶ

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    22年間の短い人生の中では一番涙を流した本。

    栄二やさぶより少し長いくらいの人生しか生きてないので、彼らが幼いとかよくわからなくて、誰も救えないところまで塞ぎこんだ栄二の心がゆっくりゆっくり開いていく過程にただ涙。

    江戸っ子言葉が気持ちいい!

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    2014年04月15日
  • ちいさこべえ 3

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     江戸時代が舞台の原作を、上手に現代的要素を取りこみながら翻案している。
     工務店経営や信用金庫への融資申し込みについては詳しくないが、現代でも通るのかなぁと思った。
     キャラクターが魅力的。教養がほとばしり、世界旅行中には冒険もし、現在は従業員や子供達のために経営や施工に奮闘する若棟梁の生き方に好感が持てる。
     あまり感情の起伏が表に出ないように見える「大(マサル)」は、若棟梁の大事なパートナーで理解者だと思う。
     子供達の個性も面白い。
     マイペースかつユニークな福田父。原作ではここまで個性的ではなかったが、だから周りの人は彼の言動をあのように受け取ったのだろうか。
     個人的には、若棟梁とゆうこさんはお似合いだと思う。
     りつの個性がいきいきと描かれている。
     スーパーで女の子に買ったものに対する辛口のコメントをされた大留の女性社員が、眉をひそめることもなく切り返したところが大人らしくていい。

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    2014年03月29日
  • 雨あがる

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    ネタバレ

    アウトサイダー達を描いた「深川安楽亭」,宮本武蔵への仇討ち(の誤解)を描いた「よじょう」,女中の機転に助けられる「義理なさけ」.気の優しい無敵の剣豪を描いた「雨あがる」と「雪の上の霜」.クロサワの「赤ひげ」にいたく感銘を受けたので山本周五郎を読んでみたのだが,心を揺さぶられる自分と,自分も年を取ったな,と客観的に自分を眺めるもう一人の自分がいる感じである.いや,全く腐すつもりはない.むしろ自分も伊兵衛のようにありたい,と思う.

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    2014年03月20日
  • ながい坂(下)

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    タイトル通り、ながい坂を重荷を背負って生きる主人公、三浦主水正。かの徳川家康もそういえば、そんなことを言っていた。人生は主にを背負うと歩くがごとし、急ぐな、みたいなこと。賛否両論あるようだが、ただただ、格好よろしい。人間には転機がある、悔しさ、これが一番の転機になるような気がする。しかし、悔しさをばねに伸びるにも限界がある。ある時点から、もはや自分との戦いになるのだろう。生きる、それも下々のものとして生きるのではなく、上のものとして正しく生きる、これがいかに難しいか。とりわけ、現代にも通じるような政治の泥に揉みくちゃになりながらも、正しく生きた主人公はエライ。しかし、ただ一つ、ある女性に同情を覚えた…それでよかったのかと。どの人間に感情移入するかで、評価は変わるかもしれない作品。

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    2014年01月20日
  • 与之助の花

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    ページをめくるたび、次はどんな話がくるのか楽しみで仕方ありませんでした。冒険、悲恋、友情などカラフルな短編です。さらに1つ1つが短いので疲れずに読めます。孤島、磔又七、武道宵節句、一代恋娘、奇縁無双、春いくたび、与之助の花、万太郎船、噴き上げる花、友のためではない が好きです。特に磔又七、一代恋娘、奇縁無双、友のためではない が読み応えがありました。山本周五郎さんの短編はどの作品もいいですね。

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    2013年12月16日
  • 青べか物語

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     うらぶれた漁師町に訪れた主人公が、およそ常識とはかけ離れた住人たちの生活を描く小説。住人たちはとてもずる賢く人をだまして儲けようとするし、そうかと思えばとても素朴だったりする。愉快。

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    2013年12月15日
  • 雨あがる

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    赤ひげ先生のときも感じたが、山本周五郎の作品は人間味がある。
    ドラゴンボールのシェンさんは伊兵衛さんをヒントにしたのだろうか。

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    2013年12月06日
  • おさん

    購入済み

    おすすめです

    必ずしもハッピーエンドばかりではありませんが、読み終わったあとの心持ちが穏やかで良いです。

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    2013年11月01日
  • 人情裏長屋

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    とっても好きな短編です。読み応えがあります。
    お化けが出てくるようなおかしみのある話から、
    離れ離れになっていた夫婦の再開、友情、ぞくっと
    するような話まで、次は何が飛び出すか
    ワクワクしながら読んでいました。
    個人的にすごく楽しませて頂きました。

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    2013年10月27日
  • ちいさこべえ 2

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    面白い!! 色んな人が問題を抱えつつも少しずつ前進するさわやかな人生劇場!! そしてメリハリの効いた作画にフェティッシュなアングル……。たまらんぞな! 福田ゆう子ちゃんがいい女すぎてやばい。

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    2013年10月13日
  • さぶ

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     栄二は自分であり、我が息子、人間だなあと思った。未熟さに読んでいてイライラするし、はらはらする。少しずつ成長するけれど最後にまた、さぶを疑うところなんか、またかと思う。人間なかなか成長しないんだなあと思い知らされる。
     一方、栄二を決して見捨てない。何を言われても怒らず、栄二につくすさぶのまっすぐさは、人間離れしている。主人公は、栄二だったけれど、題名はさぶ。目指すは「さぶ」です。
     おのぶとおすえ。どちらも強い女だけれど・・。おのぶはさぶだなあ。
    竹添敦子さんの解説と高田郁さんのエッセイもよかった。

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    2013年09月30日
  • 正雪記(下)

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    正雪によるクーデータと思われる慶安事件の真相を解く。事実はでっち上げではないかという仮説を立て、時代の流れと権力の犠牲になった悲劇として追求する作品。浪人圧迫の政策がゆるみ生きる道を与えるために必要と思われる手段を淡々と講じ、決して武力行使をしてはならないという強い意志。耐えて耐えて忍ぶ生き様。周五郎の歴史時代小説はやはり群を抜くな〜。

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    2013年08月03日
  • 酔いどれ次郎八

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    昭和10年(1935)から17年(1942)の作品というから、
    まさに戦時中である。

    短編であるが、その物語の組み立て方は優れている。
    心の転換点がうまく演出されている。
    『講談』という手法を 今読むと新鮮である。
    一つ一つを読みながら、その物語の余韻をあじわう。

    彦次郎実記
    主計介が憤懣やるかたない状況に追い込まれている。
    乱暴狼藉を働いている。
    たまたま彦次郎が 美人として名高い 
    雪が主計介にさらわれようとしているときに
    直面し、助けることから、物語が始まる。
    彦次郎の活躍ぶりがなんともいえず気持ちがいい。
    そういうふうに、結末をつくるのか と彦次郎の想いに馳せる。

    浪人一代男
    幸なき姫を想う。
    父親の犬死に見切りをつけて浪人となるが、
    想いはつねに姫のこと。
    業平浪人 津村三九馬。
    行雲流水の人生に踏みとどまるものは。

    牡丹花譜
    奈々は、であった男に一瞬 恋に落ちる。
    それから運命は 大きく変わる。

    よいどれ次郎八
    切ないなあ。その想い。伝わらない想い。
    そこまでやるか。

    武道仮名歴
    伝八郎の過剰な自信。お縫のしたたかさ。
    なぜか さわやか なのだね。

    鳥
    お文の飼っている鳥が物語の重要な役割を。
    だけど、父親の貧しさは 心まで貧しくする。

    与茂七の帰還
    あらくれ与茂七が、はじめて 鏡を見た話。
    牛も虎も なぜそうなったのか。
    自分が 過剰な自信を持つと キリがないのだ。

    あらくれ武道
    宗近新兵衛は、鼻が曲がっていた。
    浪江に恋をするが。
    浅井長政の無念をはらすために 織田信長にまみえる。
     
    江戸の土圭師
    時計つくりの職人が、めざす時計をつくろうとするが
    評価が低いことで、心が荒れる。
    しかし、街芸人の真剣さを見て、はっと気がつく。
    米屋が何とも言えず、いい感じをだす。
    伊達に、米屋じゃない。

    風格
    風格で自滅する男。
    優秀であるが、器用貧乏。
    出汁に使われても、怒らない風格がある。

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    2013年06月29日
  • ながい坂(下)

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    「人間とはふしぎなものだ」と主水正が云った、「悪人と善人とに分けることができれば、そして或る人間たちのすることが、善であるか悪意から出たものであるかはっきりすれば、それに対処することはさしてむずかしくはない、だが人間は然と悪を同時にもっているものだ、善意だけの人間もないし、悪意だけの人間もない、人間は不道徳なことも考えると同時に神聖なことも考えることができる、そこにむずかしさとたのもしさがあるんだ」

    「人も世間も簡単ではない、善意と悪意、潔癖と汚濁、勇気と臆病、貞節と不貞、そのほかもろもろの相反するものの総合が人間の実体なんだ、世の中はそういう人間の離合相剋によって動いてゆくのだし、眼の前にある状態だけで善悪の判断はできない。おれは江戸へ来て三年、国許では全く経験できないようなことをいろいろ経験し、国許には類のない貧困や悲惨な出来事に接して、人間には王者と罪人の区別もないことを知った、と主水正は云った。」

    「小太郎、と主水正は心の中で呼びかけた。この世には、人間が苦労して生きる値打なんぞありはしない、権力の争奪や、悪徳や殺しあい、強欲や吝嗇や、病苦、貧困など、反吐のでるようないやなことばかりだ、そんな事を知らずに死んだおまえは、本当は仕合わせだったんだよ、小太郎。
    筍笠を打つ雨の音と、早朝の空の、まだ明けきっていないような、少しもあたたかみのない非情な光とが、主水正の感情をいっそう暗い、絶望的なほうへと押しやるようであった。
    『宗厳寺の和尚の気持がいまこそわかる』と彼は声に出して呟いた、『諸国を遍歴し、八宗の奥義を学び取って帰ると、一生なにもせず、酒に酔っては寝ころんでくらした、和尚にはわかっていたんだ、人間のすることのむなしさも、生きるということのはかなさも』
    主水正はうなだれた。すると筍笠のふちに溜まっていた雨水が、しゃがんでいる彼の、眼の前へこぼれ落ちた。主水正の喉に嗚咽がこみあげてき、彼は呻きながら泣きはじめた。」

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    2013年06月26日
  • ながい坂(上)

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    「“人生”というながい坂を人間らしさを求めて、苦しみながらも一歩一歩踏みしめていく一人の男の孤独で厳しい半生を描いた本書は、山本周五郎の最後の長編小説であり、周五郎文学の到達点を示す作品である。」(裏表紙より)

    一人の人間の行く道の重さ、苦悩が描かれていますが、それを完遂する要因とは何なのか?を学んだ気がします。

    「『――なにごとにも人にぬきんでようとすることはいい、けれどもな阿部、人の一生はながいものだ、一足跳びに山の頂点へあがるのも、一歩、一歩としっかり登ってゆくのも、結局は同じことになるんだ、一足跳びにあがるより、一歩ずつ登るほうが途中の草木や泉や、いろいろな風物を見ることができるし、それよりも一歩、一歩をたしかめてきた、という自身をつかむことのほうが、強い力になるものだ、わかるかな』
    小三郎はじっとしていて、やがて『よく考えてみます』と答えた。人の一生はながい、という言葉は、小三郎に強い印象を与えた。」

    「『人間というものは』と宗岳も茶碗を取りながら云った、『自分がこれで正しい、と思うことを固執するときには、その眼が狂い耳も聞こえなくなるものだ、なぜなら、或る信念にとらわれると、その心にも偏向が生じるからだ』
    小三郎は訝しげな眼つきをした。
    『そうさな』と宗岳は茶を啜ってからゆっくりと云った、『俗な譬えだが、人間には食物にも好き嫌いがある、或る者には焼魚がもっともうまいし、他の者には魚は煮るのが本筋だと思う、また料理人は魚によって区別をし、これは焼くものこれは煮るものと、流儀によっておよそきめてかかるようだ、それが固執であり、その固執は人にかたよった考えをいだかせる、魚に限らずどんな食物でも、自分でうまいと思う料理法で食べるのが正しいので、料理人の主張だからこうして食べよう、と思うのはすでに心が偏向しているからだ』」

    「見た眼に怠け者のようだからといって、しんじつ怠け者であるかどうか、誤りのない判断が誰にできるだろう。あらわれたかたちに眼をくらまされてはいけない、人の評にひきずられてはならない」

    「主水正は『世間』というもの、そこに生きている『人間』たちを知るようになった。彼は江戸屋敷にいるあいだに、多くの人と接し、その生活をみてきた。人世は単純ではないし、人の生きかたも単純ではない。善悪の評価でさえも正当であるよりも、そうでない場合のほうが多いし、それを是正することが殆ど不可能で或る事も知った。」

    「――人間の一生とはどういうことだろう。主水正はあたたかい夜具の中で、熱いほどのななえの体温に包まれながら思った。死ぬまで生きる、というだけなのか、それともなにか意義のあることとをしなければならないのだろうか。
    ――もしも後者だとして、意義のあるというのはどんなことだ、と彼は続けて思った。殿は五人衆の握っている利権を奪回しようとなすっている、堰を設けて三万坪の新田を拓くのは一着手だ、けれども堰は永遠に殿の御意志を支えるものではない、殿はいまでもお首をねらわれているし、長寿を保たれても百年のちはもうこの世には在られない、多額な資金と人間の労力を注ぎ込んだあの堰も、いつかは崩壊し、べつの堰堤が造られ、もっと合理的に灌漑ができるようになるだろう、それは三歳の童児にも想像のできることだし、いまおれたちが、泥まみれになってやっている仕事もばかげた徒労ではないだろうか。」

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    2013年06月26日
  • 柳橋物語・むかしも今も

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    戦後の山本周五郎の江戸下町作品。
    「柳橋物語」と「むかしも今も」の2作品です。
    「柳橋物語」は主人公おせんの悲しい半生が描かれ、なぜここまで…、という感じがします。その人生の分かれ道となったのが、短い時間に庄吉と交わした約束から。その約束を守りとおしたが故の運命。登場人物のだれが悪いわけでもない。環境と巡り合わせにより逆らうべくもなく悲しい人生に落ちていくおせん。その中で、精神的な愛が描かれています。

    「むかしも今も」も愚直な直吉の人生を描いたもの。最後まで読むとなんともいえないあたたかい感情が湧いてきます。

    やっぱり山本周五郎の作品はいいです。

    書評より
    「作者は問うている。愚直さまで一途であり、一旦きめた約束を守り通そうとすることは、くだらないことであろうか。世俗的に見てたとえばかと思われようとも、そこにこそ人間の他の動物とは違う尊さがあるのではないかと。」

    本文より
    「『この頃の職人はなっちゃあいないよ、爺さん、一日に三匁とる職人が逆目に鉋(かんな)をかけて恥ずかしいとも思わない、ひどいのになると尺を当てる手間を惜しんでおっつけて鋸を使うんだ、そのうえ云いぐさが、そんなくそまじめな仕事をしていたら口が干上がってしまうぜ、こうなんだ』
    『それは今にはじまったことじゃあないのさ』と源六は穏やかに笑う、『…どんなに結構な御時世だって、良い仕事をする人間はそうたくさんいるもんじゃあない、たいていはいま幸さんの云ったような者ばかりなんだ、それで済んでゆくんだからな、けれどもどこかにほんとうに良い仕事をする人間はいるんだ、いつの世にも、どこかにそういう人間がいて、見えないところで、世の中の楔になっている、それでいいんだよ』」

    「『人間は正直にしていても善いことがあるとはきまらないもんだけれども、悪ごすく立ち回ったところで、そう善いことばかりもないものさ』」

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    2013年06月26日
  • 樅ノ木は残った(中)

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    下まで読んでしまったのですが、この主人公原田甲斐の生き方に深い感動を覚えずにはいられないです。最後の感想は下に書くとして、感動を受けた文を書いて終わり。

    主人公原田甲斐に仕える丹三郎が、
    「『自分の死は御役に立つであろう』と云った。主人のために身命を惜しまないのは、侍の本分ではあるが、だれにでもそう容易に実践できることではない。甲斐は丹三郎を知っているし、彼の性質としてそういうことを口に出して云う以上、そのときが来れば死を怖れないだろう、ということもわかっていた。
    ―ーだがおれは好まない。
    国のために、藩のため主人のため、また愛する者のために、自らすすんで死ぬ、ということは、侍の道徳としてだけつくられたものではなく、人間感情のもっとも純粋な燃焼の一つとして存在して来たし、今後も存在することだろう。――だがおれは好まない、甲斐はそっと頭を振った。
    たとえそれに意味があったとしても、できることなら「死」は避けるほうがいい。そういう死には犠牲の壮烈t美しさがあるかもしれないが、それでもなお、生きぬいてゆくことには、はるかに及ばないだろう。」

    鬼役(毒見役)に向かうときかない丹三郎に対して、甲斐は言う。
    「『人間はかなしく、弱いものだ、景林寺の僧がもし大悟徹底していたら、火中であんなことは云わず黙って静かに死んだことだろう、おそらく従容として、黙って死んだのが事実だと思う、火中にあって、心頭滅却すれば火もまた涼し、などというのは泣き言にすぎない、けれども、その泣き言を云うところに、いかにも人間らしい迷いや、みれんや、弱さがあらわれていて、好ましい、私には好ましく思われる』(中略)『人は壮烈であろうとするよりも、弱さを恥じないときのほうが強いものだ』」

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    2013年06月26日