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幼いころ、下級武士だった父の卑屈な態度を見て、「出世してやる!」と誓った小三郎は、文武に努力を重ねて階段を上がっていきます。しかし、成長を重ねるにつれ、ライバルや師と出会い、社会への視野を広げることによって伸びる力を養い、才能を認めてくれる見えない力によって「人生の長い坂道」を一歩一歩上がってきたのだと気付くことになります。
若い藩主から絶大な信頼を受け、藩政改革の主役に躍り出た時、自分が何に支えられてきたのか、誰が自分をこの地位に押し上げたのかを振り返り、出会ったすべての人が自分の血となり骨となったことに気付くのでした。
私はこの小説と出会って、男は行動しなくちゃいけない!と思い、しかし、時には回り道も必要だと胸に刻んだのでした。
Posted by ブクログ
人生は長い坂が終わりなく続く。気づかないようなかすかな登坂もある。山本周五郎の晩年の作品である。この本を上下巻買ったのは会社を辞めて自営を始めた時である。日本テレビ記者の橋本五郎さんが人生に影響を得た学生時代読んだ本だとして紹介されていた。それから十数年近く本棚に積読状態だった。読み始めてからも完読するまで1年ちょっとかかった。上巻は相当かかったが下巻はそれでも数カ月かかった。
この本は下級武士から立身出世を志して家老にまで上りつめる三浦主水正を主人公にして書いている。山本周五郎が学歴もなく辛苦をなめながら、文学者として大作家に上り詰めた人生を謙虚に見つめ、文章がなんと味わい深いものか。家老に上り詰めたところでおわっているが、これから後も人生艱難辛苦が待っている。それを真摯に受け止めて生きて行くという、山本周五郎の生き様を描いた名著だ。
僕は喜寿を超えてこの本を読んだことに感謝したい。
Posted by ブクログ
タイトル通り、ながい坂を重荷を背負って生きる主人公、三浦主水正。かの徳川家康もそういえば、そんなことを言っていた。人生は主にを背負うと歩くがごとし、急ぐな、みたいなこと。賛否両論あるようだが、ただただ、格好よろしい。人間には転機がある、悔しさ、これが一番の転機になるような気がする。しかし、悔しさをばねに伸びるにも限界がある。ある時点から、もはや自分との戦いになるのだろう。生きる、それも下々のものとして生きるのではなく、上のものとして正しく生きる、これがいかに難しいか。とりわけ、現代にも通じるような政治の泥に揉みくちゃになりながらも、正しく生きた主人公はエライ。しかし、ただ一つ、ある女性に同情を覚えた…それでよかったのかと。どの人間に感情移入するかで、評価は変わるかもしれない作品。
Posted by ブクログ
「人間とはふしぎなものだ」と主水正が云った、「悪人と善人とに分けることができれば、そして或る人間たちのすることが、善であるか悪意から出たものであるかはっきりすれば、それに対処することはさしてむずかしくはない、だが人間は然と悪を同時にもっているものだ、善意だけの人間もないし、悪意だけの人間もない、人間は不道徳なことも考えると同時に神聖なことも考えることができる、そこにむずかしさとたのもしさがあるんだ」
「人も世間も簡単ではない、善意と悪意、潔癖と汚濁、勇気と臆病、貞節と不貞、そのほかもろもろの相反するものの総合が人間の実体なんだ、世の中はそういう人間の離合相剋によって動いてゆくのだし、眼の前にある状態だけで善悪の判断はできない。おれは江戸へ来て三年、国許では全く経験できないようなことをいろいろ経験し、国許には類のない貧困や悲惨な出来事に接して、人間には王者と罪人の区別もないことを知った、と主水正は云った。」
「小太郎、と主水正は心の中で呼びかけた。この世には、人間が苦労して生きる値打なんぞありはしない、権力の争奪や、悪徳や殺しあい、強欲や吝嗇や、病苦、貧困など、反吐のでるようないやなことばかりだ、そんな事を知らずに死んだおまえは、本当は仕合わせだったんだよ、小太郎。
筍笠を打つ雨の音と、早朝の空の、まだ明けきっていないような、少しもあたたかみのない非情な光とが、主水正の感情をいっそう暗い、絶望的なほうへと押しやるようであった。
『宗厳寺の和尚の気持がいまこそわかる』と彼は声に出して呟いた、『諸国を遍歴し、八宗の奥義を学び取って帰ると、一生なにもせず、酒に酔っては寝ころんでくらした、和尚にはわかっていたんだ、人間のすることのむなしさも、生きるということのはかなさも』
主水正はうなだれた。すると筍笠のふちに溜まっていた雨水が、しゃがんでいる彼の、眼の前へこぼれ落ちた。主水正の喉に嗚咽がこみあげてき、彼は呻きながら泣きはじめた。」
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