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Posted by ブクログ
山本周五郎の書に「小説 日本婦道記」があります。
その中に「風鈴」という作品があります。
物語はこうです。
主人公・弥生は夫、三右衛門と一人の男の子の三人で
つつましやかに暮らしております。
わずか十五石の下級武士である。
一片の塩魚を買うにも、財布と相談しなければならない。
そんなある日、良家に嫁いだ二人の妹が
実家である姉・弥生の家を訪れる。
相変わらず質素な生活を送っている姉に、
「お姉さまこんなにして一生を終っていいのでしょうか、
いつまでもはてしのない縫い張りお炊事や、煩わしい家事に追われとおして、
これで生き甲斐があるのでしょうか」
二人の妹は母が早死にしたため、彼女の手一つで、
厳しい生活の中、彼女のやりくりよって育てられたのです。
妹たちの言葉によって、彼女はあらためて、これまでの生活を振り返ります。
「冷える朝の厨(くりや)で水を使いながら、
またひょうひょうと風の渡る夜半、
凍える指さきを暖め暖め縫い物をしながら、
弥生は再び生き甲斐ということを思いはじめた。」
彼女はもんもんとします。これまでの辛苦は何だったのだろうと。
養子である夫はあまり口をきかないけど、温厚な人である。
彼は農民とじかに接し、その年の年貢の割合を決める部署にいました。
でも、役どころでいえばかなり低い立場にあった。
従って、生活は相変わらず厳しい。
こうした実情をみかねて、妹たちはそれぞれの夫をとおして、
もっと役替えをすすめたが、彼はかたくなに固辞します。
ある日、上役が彼の家を訪ねてくる。
二人はよい碁仇がたきでした。
やがて碁も終わりました。そして、案の定、役替えの話となった。
彼女は耳をそばだてます。
彼は言う、「役所の仕事というものは、
どこに限らずたやすく練達できるものではありません。
…だれか私に代わるべき人物がございましょうか」
「いや、それはいない」と上司。
「その人たち(義弟)には私が栄えない役を勤め、
いつでも貧寒でいることが気のどくにみえるのです。
…身ぎれいに気ままに暮らすことが、
粗衣粗食で休むひまなく働くより意義があるように考えやすい。
…(たとえ出世しても、さらに上をと)人間の欲望には限度がありません。
…大切なのは身分の上下や貧富の差ではない。
人間と生まれきて、生きたことが自分にとってむだではなかった。
世の中のためにも少しは役だち、意義があった、
そう自覚して死ぬことができるかどうかが問題だと思います。」
彼女は夫の言葉によって、これまでの迷いが霧散しました。
「縫い張りや炊事や、良人に仕え子を育てる煩瑣な家事を
するかしないかが問題ではない、
肝心なのはその事の一つ一つが役だつものであるかどうかだ。
…少なくとも良人や子供にとってかけがいのない者ならなくては」
周五郎は「男は外で仕事、女は家事」といった
古い固定観念で書いているのではありません。
それはこの小説全体を読んでいただければわかるのではないでしょうか。
この「小説 日本婦道記」は女性讃歌だと思います。
むしろ、私たち男性が読むべき本かもしれません。
尚、この作品は直木賞に推されましたが、彼は固辞しました。
直木賞の辞退者は後にも先にも彼だけです。
そして、文学賞と名のつく賞はすべて固辞しています。
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