福田恆存のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ前も読んだけど、あんまり覚えてなかったから再読。
劇独特の言い回しだったり、ハムレットとか狂ってるから何言ってるのかわからないところもあったけど、名台詞もたくさんあって面白かった。ところどころに教訓とか、当時の時世の皮肉みたいなのが入ってて、昔からこういうこと言われてたんだ、とか、当時はこうだったのかな、とか想像しながら読むのが楽しかった。
全員、根っから悪人ってわけじゃないけど、悪いことしてたり、企んでたり、同情できるか微妙な立ち位置の人が多かった。
特に、王の解釈が難しかった。
王自身、道徳はあるんだろうけど、結局ハムレットのことは国民の機嫌をとるパペットにしか思ってなさそうだったし、保身のためには手段選ばない。でも変なところで甘いからよくわからなかった。 -
Posted by ブクログ
●夏の夜の夢
妖精のイタズラで恋の旅路を邪魔されてしまう男女4人。妖精の人違いで魔法をかけられてしまう男性陣と、それに腐心する女性陣というコミカルな劇。女性陣がヒステリックを起こさず、シビアなのが面白かった。
●ロミオとジュリエット
有力貴族の娘と、そのライバル貴族の息子が恋に落ち、駆け落ちを決意。しかし、駆け落ち当日、主人公は友達が殺傷されると反撃に踏み切り、街を追われる身となる。友のために手を挙げるのを良しとしていて、「男らしさ」や「面目」の価値観は西洋東洋で大差はないように感じた。同じく、死を持って愛を表明する女性像も、例えば戦国時代の武将婦人(細川ガラシャなど)も似たようなことをしている。生き様の「美学」には、西洋問わず、ある程度普遍性があるのか。
●ヴェニスの商人
結婚式の資金を闇金から借りる友人のため、保証人となる主人公。もちろん返済できたら劇にならないので、お約束通り債務不履行により主人公は法廷に立ち、金の代わりに己の肉を差し出すことになる…が、そこに現れた弁護士が起点を効かせる。男の友情がテーマとしてありつつ、一休さんのようなコミカルさ。シェイクスピアの描く女性は聡明かつ愛嬌があり、ステレオタイプなひ弱で感情的ではないところが好感を持てる。
●ハムレット
先の王である父親が、叔父と母の共謀によって殺されたと知った息子の復讐劇。亡霊となった父の証言を信じ、叔父や母までも手にかけるのかが焦点。「to be or not to be, that is the question.」に現れるように、恋人との関係も絡む中で、実行に踏み切れない主人公は最後は自分の正しいと信じた道を進む。高貴に生きた青年の「生き様」の物語であり、その決意は夫である朝倉忠政のと心中をも決意した信長の妹、お市の方と似ている。
●マクベス
突如、3人の魔女に「お前は王になる」と予言を受けた諸侯が、王に上り詰めるものの、傲慢が祟り身を滅ぼす。謙虚さを失うことは信頼を失うことと同義という教訓。
●オセロー
異国出身の玄人オセロは、実力で英国の将軍まで上り詰めるも、ライバルの差金で妻に浮気の疑念を抱く。状況証拠だけで妻を手にかけるが、ライバルの策略であったことに気づく…時すでに遅しである。ちなみに、パートナーを束縛監視してしまう精神疾患「オセロ症候群(Othello Syndrome)」の名称にも使われているそう。いつの時代もパートナーを信頼して、話を聞くことは重要。
●リア王
老王が三姉妹に生前贈与する際、上っ面だけで父への愛を語る長女、次女に気前よく土地を与えるが、飾らずに等身大で愛を語った末娘を国外追放する。しばらくすると、化けの皮が剥がれた長女、次女からの冷遇を浴びる老王は、甘い言葉に騙された自信の愚かさを嘆くことになる。人間は言葉ではなく、行動をもって信頼すべき(口ではなんとでも言える)というのが、教訓事項ではないか。 -
Posted by ブクログ
老いたリア王は、三人の娘それぞれに父への愛を語らせ、その言葉の大きさに応じて領地を分け与えようとする。しかし、末娘コーディリアは、姉たちのように美辞麗句を並べることなく、自らの真心に従って率直に思いを述べたため、リア王の不興を買い、勘当されてしまう。その後、二人の姉に裏切られ、すべてを失ったリア王は、自らの愚かさを悟り、苦難と狂気を経た末にコーディリアと再会する。そして、自らの過ちを認め、娘に赦しを乞う。古代ブリテン王の伝説に材を取った、シェイクスピアを代表する悲劇である。
親子関係や王権、封建的秩序といった古い価値観を体現するリア王と、自らの良心と価値観に誠実であろうとするコーディリア。その二人の対立から悲劇は始まる。しかし、本作を読みながら感じたのは、単なる世代間の価値観の相違だけではなく、人と人との間には、善意や愛情だけでは乗り越えることのできない見解の隔たりが存在するということである。
人はそれぞれ異なる価値観を抱えて生きている以上、互いに理解し合えないことがあり、そこから理不尽や不条理が生まれることも避けられない。そして、そうした不条理にもまれながら生きることこそ、人間の宿命なのかもしれない。それでも、自らの過ちを認め、あるいは自らの信念を曲げることなく、覚悟をもって身を処することができるか。リア王とコーディリアの悲劇を通してシェイクスピアが問いかけているのは、そうした極限的な状況に置かれたときにこそ現れる、人間の価値や尊厳なのではないかと感じた。