福田恆存のレビュー一覧
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❇️日本の近代化とは
富国強兵
1. 強兵➡️日清、日露で勝ち大東亜で破れた、、、戦闘力だけでは勝てない時代、経済、情報等の総合力が必要
2. 富国➡️吉田、池田、角栄まで勝ったが中曽根以降に失速、失われた30年
❇️1990年の 歴史の終わり
日本は富国強兵に代わる 目標を発見出来ていない
★恥の文化
日本とヨーロッパはよくにている➡️ 騎士道と武士道、決闘と切腹、マフィアとヤクザ
❇️処世術
1. 先ず、我が身のエゴイズムを知れ、自分可愛さ
2. ゴマは上手く擦れ、自分一人だけでなく、回りの環境全体の快適さをも考慮せよ
3. リアリズム➡️➡️
道徳、倫理、正義を言い出すとキリがない
損得勘定、利害関係を見極める方が、かたがつきやすい
➡️トランプのデイール、
挨拶よりお札、
★リアリズム
帰納法>演繹法
現場の具体例、成功例を探せ、やって見なければわからない、人間はそれほど賢くない
★欺瞞にまみれた理想主義が危険 = アメリカ民主党政権
➡️クリントン オバマ、バイデン -
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ネタバレヨカナーンの声
「その日、日は黒布のごとく翳り、月は血のごとく染り、空の星は無花果の実の、いまだ熟れざるざるに枝により落つるがごとく地におちかかり、地上の王たちはそのさまを見て恐れをののくであらう」
『私にヨカナーンの首をくださいまし』
なんともおぞましいセリフではあるが、このあとサロメはヨカナーンに口づけをする
ピアズレーの挿絵もなんとも素敵でぞわぞわする
預言者の予言の表現といい、サロメと言う作品が
長く伝わるのは、サロメの恋の激しさが、狂気が
わかるからだろうか
こ、こわい
『ああ!あたしはとうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。お前の唇はにがい味がする。血の味なのかい、これは?‥いいえ、そうではなくて、たぶんそれは恋の味なのだよ。恋はにがい味がするとか‥でも、それがどうしたのだい?どうしたといふのだい?あたしはとうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたのだよ』 -
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『マクベス』はシェイクスピアが1606年頃に完成させた戯曲です。実在したスコットランド王や将軍を登場させた作品で、王であるダンカンに重用されていた野望に取り憑かれた将軍マクベスが主人公。
マクベスが王を暗殺し自ら王に即位してからマグダフ、子息マルコムに討たれるまでを描いた作品でシェイクスピアの4大悲劇のなかの最後に書かれた作品。
4大悲劇の中では一番短い作品たが、当時のスコットランド王ジェームズ一世(話し中の忠臣バンクオーの子孫)への宮中観覧用作品としたので短いと言うのが定説。劇中にもジェームズ国王に媚びたセリフが多いのが特徴と言われる。
ダンカン王を暗殺し王についたマクベスが劇中ではすぐ遺児マルコムとマクダフにより復讐される(実在は在位17年)。
魔女からいずれ子孫が国王になると予言されたバンクオーはマクベスにより殺されるが、息子は他国に逃れいずれ国王となる。
魔女の予言が厚く信じられていた頃のお話しだが、結果的に後々ジェームズ一世王の時代に王位正当性を持たせる為に好まれており、後から作り出したものとも言える。 -
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ネタバレイギリスの教科書で採用されるほど有名な悲劇作品。ローマ皇帝ジュリアス・シーザー(カエサル)を主人公とした作品で、多数の登場人物が現れる。物語は一貫して政治闘争が繰り広げられており、ゆえに多くの人物が死んでいくが、本作は四大悲劇とは性質が異なった悲劇作品である。解題で言及されているが、本作『ジュリアス・シーザー』は、上記四作品のような息抜きや笑いの場面が一切ない。その代わり、物語が終始生真面目で緊張感が続いてる。また中村保男による解説も秀逸。主人公とその敵であるブルータスいずれかの立場の視点から本作を読んでいくと、見方が180度変わる。ブルータスの悲劇的な描写は、理想主義の敗北を象徴しているらしい。
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幻想喜劇の『真夏の夜の夢』とシェイクスピア最後の作品『あらし』の二作品を収録。両作品ともに女性キャラが、近年の漫画、アニメにありそうな特徴を持っており、現代の作品(ジャンルとしてはファンタジー、ラブコメに近い)を読むように両作品を楽しめる。また『あらし』の解題で、本作品には元ネタと思われるものがほとんどないと指摘されている。シェイクスピア作品の多くは、複数の元ネタ作品を組み合わせて、作品を作り上げたが、最後の作品は、極限までオリジナリティを出した。ここから、偉大な文学作品を編み出したシェイクスピアは、初期ではたくさんの他作品を借用して創作するが、年齢を重ねるにつれて、徐々に独自性を磨いていく過程は興味深い。
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四大悲劇の一つで、主人公リア王とその娘たちの闘争が展開される。三人姉妹の長女ゴネリルと次女リーガンは、リア王の権力と財産を得たことで、物語は急展開する。ここから、貴族たちの血みどろの争いが繰り広げられる。物語が進むにつれて、次々と登場人物が無残に死んでいく様は、人間の業の深さをよく表している。たとえ身近な人々であったとしても、あるものを手に入れるために、自分の敵となる者を徐々に排除していくのを見ると、人間はここまで惨い存在になってしまうことがわかる。解説にあるように、本作で用いられる動詞は、苦痛を感じさせるようなものが多く、読んでいくうちに、読者側も実際にダメージを受けるような表現が散見される。
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シェイクスピア作品のなかでも死者数が最も多いと言われる悲劇作品。その主人公リチャード三世は、あらゆる文学作品のなかでも最大の悪人だと言われており、実際に本作を読んでいくと、確かにそのような見方をされても無理はない。リチャード三世の一連の行動に注目すると、リチャード三世は、自身の敵となる者に対して容赦なく潰しており、そこから、マキャベリ『君主論』の内容を実践する、いわゆるマキャベリストと見なされる。権力を巧みに行使して、相手を徹底的に潰す様子は、人間がどれほど恐ろしい存在であるかがよくわかる。とくに権力者が客観的に見て悪人である場合、人間に対してどれほどひどい仕打ちを与えるのかが本作から伝わる。
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イアーゴーは何故オセローを恨み、すべてを賭けてオセローを陥れようとしたのか。リチャード3世のように身体的なコンプレックスから悪事に手を染めるといった経緯がイアーゴーにはない。イアーゴーによる、オセローへの「(自分の名誉を傷つけられたことに対する)怨念」、キャシオーへの「男の嫉妬」、デズデモーナへの「逆恨み」が、オセローへの復讐に向かわせた。なるほど人はそうしたことを考えるかもしれない。ただ、ここまでの大がかりな企てに走るというのは現実的ではないように思える。イアーゴーはシェイクスピアが描きたかった「人間の本質」ではなく、世間一般の悪意を表すものとしての舞台装置として考えてよいように思う。
一方で、オセローはなぜイアーゴーの罠に落ちたのか。歴史的な背景からして、オセローがムーア人であることをコンプレックスにしていたということはないだろう。また、言動からして極度のやきもちやちということでもない。
オセローに至らぬところがあったのだとすれば、ただただオセローがそうした悪意に対して備えが甘かったこと。そして、自分の能力を信じるあまり、事実や状況の判断に失敗したこと。いかに優れた人であっても一歩あやまれば破滅が待っている。これほど恐ろしいことはない。 -
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四大悲劇(ハムレット、オセロ―、リア王、マクベス)の中で、『ハムレット』に次いで2番目に作られた作品。
シェイクスピア作品は、限られた登場人物の中に多様な人間関係・人間心理が織り込まれているものが多く、また、本作品以外の四大悲劇は、作品名となっている主人公が、その多様さ・複雑さを体現する中心人物として描かれているのだが、本作品については、ヴェニスの軍隊の指揮官であるムーア人のオセローよりも、むしろ、あらゆる関係者を騙し、死に追いやる、側近で旗手のイアーゴーの存在感が極めて大きい、珍しい作品である。
また、本作品の特徴の一つは、言うまでもなく、オセローがムーア人である点だが、本作品の種本(チンティオの『百話集』)において、主人公はムーア人とされているものの、シェイクスピアが、主人公を白人ではなくムーア人のままとしたことの意図については、諸説あるらしい。作品の中でオセローは、白人の妻デズデモーナが、自分が「黒人だから」心変わりをしたのではないかと訝る場面はあるものの、全編を通して差別的な描写はほとんど見られないし、むしろ、シンプルに言えば、武力に優れながら、素直に人を信じるムーア人を、不誠実な白人が騙したという構図は、当時は異質とも言えたのではないだろうか。(尚、「ムーア人」とは、現在においては、当初、北アフリカの先住民であるベルベル人を指していたものが、中世に、北アフリカからイベリア半島に住むイスラム教徒全般を意味するようになったとされているが、400年前のシェイクスピアの時代に、どのような人(人種・民族)を表していたのかはっきりしない)
イアーゴーの複雑な立ち回りが、現代のサスペンス小説・ドラマにもなりそうな、シェイクスピア悲劇の傑作である