福田恆存のレビュー一覧
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分配される領土のことだけを考え、得るものを得たら父リアを見捨てる上の二姉妹、父を尊敬するがゆえに自分の正直な気持ちを言ったばかりに父から激怒され勘当までされたのに最後まで見捨てなかった末娘。
人ってバカというか、大事に思ってくれる人の気持ちは見えなくて、見えるのは自分の承認欲求を満たしてくれるものだけ。って、リア本人だけでなく、大事に思っていた末娘や忠臣や、周りの人にも救いがない。
で、リアは何者だったのだろう。一番大事な人をないがしろにして、口が上手いやつを高く評価し、ほんとうに助けてくれる人がしていることには気づかず、自分の悲劇しか考えない。いまの社会もほぼ同じことが起こっていると思うんだけど、それが400年以上前に書かれているというのは、やっぱりシェイクスピアが天才なのか、人間が変わってないのか、現実見せつけられ感が痛すぎる。 -
Posted by ブクログ
今度オペラを見に行くので、久しぶりに読みました。かれこれ10年ぶりくらい…?以前読んだのは高校生か大学生なりたてかの多感な時期で、ひどく美しく耽美な戯曲に、そしてその日本語を書いた福田恆存に、くらくらしていた記憶がある。
久しぶりに読み返してそこまでの陶酔感が得られなかったのは、再読だからか、年だからなのか…再読だから、だといいんだけど笑
ドリアンなども読んだ身からすると、いかにもワイルドらしい表現、特に月に対する表現に、にんまりしていた。
「月を見るのはすてき! 小さな銀貨そつくり。どう見ても、小さな銀の花。冷たくて純潔なのだね、月は…さうだよ、月は生娘なのだよ。生娘の美しさが匂つてゐるもの…さうとも、月は生娘なのだよ。一度もけがされたことがない。男に身を任せたことがないのだよ、ほかの女神たちみたいに」
改めて読んでいると、この物語のサロメという少女は空洞で、ヨカナーンに口づけしたいという想いだけを持っていて、むしろエロド・エロディアスの方が人間らしく、語ることも多い。サロメはもちろん純粋で際立っているし、ファムファタールといえばそうなのだけど、どこか透明な・天使的なキャラクターなのだと感じた。
あと完全に存在を忘れていたのですが、若きシリア人とエロディアスの侍童、この二人らぶな関係だったのではないですか…?ワイルド特有のにおわせ、の雰囲気を感じてしまいました。
そして本作をフランス語で書いたワイルド…
J'ai baisé ta bouche Iokanaan
J'ai baisé ta bouche...
英語だと、
I have kissed thy mouth, Jokanaan,
I have kissed thy mouth
福田恆存だと、
あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、
お前の口に口づけしたよ
オペラ楽しみです。 -
Posted by ブクログ
昨年の『禁色』、今年の『標本作家』ときて、ようやく『ドリアン・グレイの肖像』にたどり着きました。本に関しては、読むべき時におのずと手に取ることになるという(?)運命論者なので、来るべき時が来たという感じです。
学生時代に『サロメ』にはまった時に、なぜこちらを手に取らなかったのか。福田恆存が好きだと話し合える友人がいたのに、なぜこの本を手に取らなかったのか。もう彼と話し合えることがないのに、今更彼にぴったりな本達を読むことになっているなんて、なんと残酷なのだろうと思います。でも私たちにとって、美しいものは悲劇的であるということはあまりに自明なことなので、きっとこれで良かったのだと思う自分もいます。が、一番に語るべき人物が思い浮かぶのに、彼と話し合いたい本だけが溜まっていく。このあまりにも美しい言葉でなるこの本もまさにそんな一冊でした。
読みだした最初からあまりにも『禁色』であって驚いたのですが、意外と読み終わったときには、「悠一の方が魅力的だったな…?」でした笑。だからといってこの本の満足度が下がることはないのですが。むしろヘンリー卿の方が魅力的に映った。きっと諸々の悪事が明記されているわけでもなく、それに悪魔的に酔いしれるドリアンが見られたわけでもないからだろう。BL的な観点でいうと一瞬だけ出てきた、アラン・キャンベルにもとてつもなく惹かれてしまい、ドリアンとの「18か月」詳しく…ってなりました笑
さて本編で私を酔わせた場面たち
「芸術が映しだすものは、人生を観る人間であって、人生そのものではない…有用なものを造ることは、その製作者がそのものを讃美しないかぎりにおいて赦される。無用なものを創ることは、本人がそれを熱烈に讃美するかぎりにおいてのみ赦される。すべて芸術はまったく無用である」p.8, オスカー・ワイルド(序文全てが魅力的で既に★5の気分だった)
「影響はすべて不道徳なものだー科学的にいって不道徳なものだ…他人に影響を及ぼすというのは、自分の魂をその人間に与えることにほかならないから。いちど影響を蒙った人間は、自分にとって自然な考えかたもしなければ、自分にとって自然な情熱で燃え上がることもない。美徳にしても本物でなく、罪悪だってーもし、罪悪などというものがあるとしての話だがーそれだって借物にすぎない。その人間はだれか自分以外の人間が奏でる音楽のこだまとなり、自分のために書かれたものではなく役割を演じる俳優となる。人生の目的は自己を伸すことにある。自己の本性を完全に実現すること、それこそわれわれがこの世に生きている目的なのだ。…」p.32, ヘンリー卿
「薔薇のように紅い若さと、薔薇のように白い幼さをもったあなた」p.34, ヘンリー卿
「音楽なら、いまと同じように心をゆすぶられたことがあった。一度ならず、音楽はかれを悩ました。しかし、音楽は、明晰な思想の表現ではない。音楽が人間の心のなかに創りだすものは新たな世界ではなく、むしろ、もうひとつの混沌にすぎない。言葉!ただの言葉!…言葉は無形の事物に形態を附与し、ヴィオラやリュートの音にも劣らぬ甘美なしらべを奏でることができる。ただの言葉!いったい、言葉ほどなまなましいものがほかにあるだろうか」p.34~35, ドリアン
「美というものは天才の一つの型なのだーいや、それは説明を必要とせぬゆえに、天才よりも高次のものにちがいない。美は、陽光や春、あるいはひとが月と呼ぶあの銀色に輝く貝が、暗い水面に落す影のごとき、この世のすばらしき現実に属しているのだ。美にたいして問いを発することはできない。美には天与の主権があるのだ…」p.38, ヘンリー卿
「…きみは、ずっしりとした重たげな蓮の花を頭にかざし、アドリアンの屋形船の舳に座して、緑色に濁ったナイル河を見渡し、あるいは、ギリシアの森林の静かな池に身をのりだして、その静まりかえった銀色の水面に映る自分の顔のすばらしさに見惚れたのだ。そして、こういったものこそ、芸術の真にあるべき姿なのだ、それは無意識的で理想的、かつ超絶的でなければならない。」p.172, バジル
「ドリアンは、いったい自分とバジル・ホールウォードはほんとうに会ったことがあるのだろうか、会ったとすれば、ふたりはたがいに相手のことをどう思っていたのだろうかと考え始めるのだった」p.250 おやおや…夏の日のあの庭が思い浮かぶ…
「文明というものは、容易なことで出来あがるのではない。それを達成する道はただふたつだ。ひとつは教養を高めることであり、もうひとつは頽廃することだ」p.299, ヘンリー卿
「きみは像を彫るでもなし、絵を描くでもなし、きみという人物以外のなにものをも造りだなかったのだ!人生こそきみの芸術だった。きみはきみ自身を音楽に編曲したのだ。きみの一日一日がソネットなのだ」p.310, ヘンリー卿
番外編
「自然のみならず、芸術にもまた獣的な形状と醜怪な声音をもった怪物があるのだという考えに、一種異様な喜びを感じるのだった。ところが、暫くするうちに、かれはそれにも飽き、ときにはひとりで、場合によってはハリーと連れ立ってオペラ座の自分専用の桟敷に坐り、「タンホイザー」の楽曲に恍惚とした耳を傾けては、この大芸術作品の序曲のうちに、自分自身の魂の悲劇が表現されているのだと感じるのだった」p.199, ドリアン
割と最初の方から、ワーグナーの音楽が頭に流れていたのですが、『ローエングリン』という言葉からおやっと思い、『タンホイザー』が出て、ワイルドってワーグナー好きだったんだ!と調べて知りました。だよね、わかるよ笑。同じ方向性の世界だもの -
Posted by ブクログ
シェイクスピア四大悲劇の一つ。
私にとっては、これが2作目に当たる。
かなり面白かった。
ハムレットは父を思うがゆえに悲劇に陥った。
オセローは妻への愛が裏切られたために悲劇に陥った。
どちらも家族を思う愛が悲劇を招いている。
愛と憎は表裏一体の関係にあることを気づかせてくれた。
あと、ストーリー展開が実は単純なことに驚く。
オセローを恨む者がオセローを貶めようとするのだが、この策略はとんとん拍子で上手く行く。
もちろん、この方法はストーリーの軸ではないのだが、こんなに簡単に策略が上手くいくのを見ると、「この作品はやはりフィクションなのだ」と気づく。
事実は小説より奇なりというが、まさにその通りだ。
現実は様々な要因が複雑に絡み合うため、策略通りに物事は進まない(気がする)。
何が言いたいかと言うと、『オセロー』はストーリー展開がわかりやすいため、オセローの妻への思いが愛から憎へ変化する心理変化が読者に伝わるになっている、ということだ。 -
Posted by ブクログ
バレエの演目が大好きで、思い出深いこの作品
学生時代以来で読んだけど、この品のあるドタバタ喜劇、面白くて面白くて笑いながら読みましたー。
楽しかった☺️
戯曲がこんなに楽しく読めるようになったはお嬢が演劇やってくれたおかげかと思う。
一緒になりたいライサンダーとハーミア、
ハーミアの父から信頼を置き、ハーミアを想うデメトリアス、
デメトリアスに恋するヘレナ。
この4人が、妖精の王オーベロンと、パックの媚薬せいで恋敵が入れ替わり…
恋のお話しもやっぱり好きだけど、
大公が庶民の演技をあたたかく見守る、
5幕の劇中劇のシーンがなんだか良かったなぁ。
出来るトップは部下たちをも尊重するのね…とか考えちゃったりして