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Posted by ブクログ
シェイクスピア四大悲劇の一つ。
私にとっては、これが2作目に当たる。
かなり面白かった。
ハムレットは父を思うがゆえに悲劇に陥った。
オセローは妻への愛が裏切られたために悲劇に陥った。
どちらも家族を思う愛が悲劇を招いている。
愛と憎は表裏一体の関係にあることを気づかせてくれた。
あと、ストーリー展開が実は単純なことに驚く。
オセローを恨む者がオセローを貶めようとするのだが、この策略はとんとん拍子で上手く行く。
もちろん、この方法はストーリーの軸ではないのだが、こんなに簡単に策略が上手くいくのを見ると、「この作品はやはりフィクションなのだ」と気づく。
事実は小説より奇なりというが、まさにその通りだ。
現実は様々な要因が複雑に絡み合うため、策略通りに物事は進まない(気がする)。
何が言いたいかと言うと、『オセロー』はストーリー展開がわかりやすいため、オセローの妻への思いが愛から憎へ変化する心理変化が読者に伝わるになっている、ということだ。
Posted by ブクログ
イアーゴーは何故オセローを恨み、すべてを賭けてオセローを陥れようとしたのか。リチャード3世のように身体的なコンプレックスから悪事に手を染めるといった経緯がイアーゴーにはない。イアーゴーによる、オセローへの「(自分の名誉を傷つけられたことに対する)怨念」、キャシオーへの「男の嫉妬」、デズデモーナへの「逆恨み」が、オセローへの復讐に向かわせた。なるほど人はそうしたことを考えるかもしれない。ただ、ここまでの大がかりな企てに走るというのは現実的ではないように思える。イアーゴーはシェイクスピアが描きたかった「人間の本質」ではなく、世間一般の悪意を表すものとしての舞台装置として考えてよいように思う。
一方で、オセローはなぜイアーゴーの罠に落ちたのか。歴史的な背景からして、オセローがムーア人であることをコンプレックスにしていたということはないだろう。また、言動からして極度のやきもちやちということでもない。
オセローに至らぬところがあったのだとすれば、ただただオセローがそうした悪意に対して備えが甘かったこと。そして、自分の能力を信じるあまり、事実や状況の判断に失敗したこと。いかに優れた人であっても一歩あやまれば破滅が待っている。これほど恐ろしいことはない。
Posted by ブクログ
四大悲劇(ハムレット、オセロ―、リア王、マクベス)の中で、『ハムレット』に次いで2番目に作られた作品。
シェイクスピア作品は、限られた登場人物の中に多様な人間関係・人間心理が織り込まれているものが多く、また、本作品以外の四大悲劇は、作品名となっている主人公が、その多様さ・複雑さを体現する中心人物として描かれているのだが、本作品については、ヴェニスの軍隊の指揮官であるムーア人のオセローよりも、むしろ、あらゆる関係者を騙し、死に追いやる、側近で旗手のイアーゴーの存在感が極めて大きい、珍しい作品である。
また、本作品の特徴の一つは、言うまでもなく、オセローがムーア人である点だが、本作品の種本(チンティオの『百話集』)において、主人公はムーア人とされているものの、シェイクスピアが、主人公を白人ではなくムーア人のままとしたことの意図については、諸説あるらしい。作品の中でオセローは、白人の妻デズデモーナが、自分が「黒人だから」心変わりをしたのではないかと訝る場面はあるものの、全編を通して差別的な描写はほとんど見られないし、むしろ、シンプルに言えば、武力に優れながら、素直に人を信じるムーア人を、不誠実な白人が騙したという構図は、当時は異質とも言えたのではないだろうか。(尚、「ムーア人」とは、現在においては、当初、北アフリカの先住民であるベルベル人を指していたものが、中世に、北アフリカからイベリア半島に住むイスラム教徒全般を意味するようになったとされているが、400年前のシェイクスピアの時代に、どのような人(人種・民族)を表していたのかはっきりしない)
イアーゴーの複雑な立ち回りが、現代のサスペンス小説・ドラマにもなりそうな、シェイクスピア悲劇の傑作である
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