荻原浩のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
あまり好みの短編集ではなかったが、最初と最後の話はよかった。
「スピードキング」
親のエゴで野球を始めたのに、その親が原因で野球を辞めざるを得なくなる。何とも心が痛かった。
野球はお金がかかるスポーツだと身近で見てきて知っているからこそ、同じような境遇の人がたくさんいるのだろうなと思うと、余計に胸が痛くなった。
実際、主人公が野球を続けて、どこまで行けたかは、やってみないと分からない。それでも、自分で感じた限界によって夢を諦めた人より、心の傷が深く、簡単には癒えないのだろう。
そんな主人公が、自分も抱いていた夢を現実にした、かつてのチームメイトの自殺を知る。心の拠り所が無くなったような、どう感じたらいいのかさえ分からないような想いになったのではないだろうか。
この気持ちを、私もなぜか自分のことのように想像してしまい、考えることをやめたくなってしまった。
短編なのが、もったいない。もっと2人の心を知りたい。
短編なのが、よい。2人の心をゆっくり、考えられる。
「人生はパイナップル」
この話を通して、日本統治時代の台湾へ移住した日本人の暮らしを調べ、知ることができてよかった。戦時中の野球については以前何かで見たことがあり、「うんうん、そうだったよね」と思いながら、当時のことに思いを馳せた。
やはり「スピードキング」と同じように、自分の夢を他人に壊されると、心の傷が深く残る。
奏太はじいちゃんの助言通り、自分で決めて、自分の夢への関わり方を決められた。じいちゃんの優しい微笑みが見える気がする。
自分で自分の道を決められることを、当たり前だと思ってはいけないね。その環境を作ってくれた親や、先人が耕してきてくれたこの時代、社会に、感謝しなければならない。
パイナップルは食べられない部分が多い。でも、甘くて酸っぱくて美味しい部分もある。
じいちゃん、人生は、パイナップルだね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ小説や映画、ドラマは4つのタイプに分かれる。
1.最初から最後まで面白い。
2.最初から最後までつまらない。
3.つかみが良くて期待に胸膨らむが、途中から失速し、あとは惰性で読む(観る)。
4.つまんないなぁ、やめようかなぁと思っているうちに、だんだん面白くなり最終的に満足する。
この小説は完全に4のタイプ。元証券マンのホームレスが競馬で大穴を当て、それを元手にインチキ新興宗教を立ち上げる。コールドリーディングとかいう怪しい手法と、仲村の人並み外れた美貌と優雅な立ち居振る舞いを利用して信者を増やし、「大地の会」は会員数4千人を超えるまで成長した。芸能人が入会するやら、政治家が興味を持って接触してくるやら、何かと注目を浴びる中、とうとうインチキの化けの皮が剥がれそうになる。
結局、山﨑は自分が作り上げた砂の王国「大地の会」から弾き出され、命まで狙われることになってしまった。またホームレスに逆戻り。同じく「大地の会」に恨みを持つ、かつての信者から「逆襲しましょう」との誘いに乗るかどうか思案しながら物語は終わる。
逆襲の誘いを受けるとすると、続編は「大地の会」を乗っ取った龍斎や仲村と対峙することになるのでしょうね。読みたい気もするけど‥もうどうでもいいか。 -
Posted by ブクログ
夏目漱石没後100年&生誕150年記念として新潮社から出た8人の作家による短編集『吾輩も猫である』を読んだのだが、その8人のうち1人、恩田陸さんだけ猫が主役の4コマ漫画だったのだ。直木賞作家なのに漫画家でもあるとのことでマンガを読んでみたくなった。
短編で9作。戦時と現代がつながる話、ファンタジーホラーなど。直木賞作家とは思えないほど画力があり、コマ割りや背景など描写力も高いと思います。絵柄は誰か他の漫画家に似てる。パッと思い出したのは浦沢直樹だけど、他の人かもしれない。この本で好きな作品は『猫ちぐら』ですね。これは不思議のアリス風の話。この方の描く猫の絵柄は好きだなあ(猫の描き方も誰かに似てると思うんだが)。問題なのはお話の方。どこか既視感があるんですよね…星新一や小松左京の短編にありそうな。
改めて思ったのは、絵画的描写力と文学的描写力を融合させている漫画家は凄いということ。小説とは別次元です。 -
Posted by ブクログ
2004年に刊行された小説
広告代理店の営業部長が50歳で若年性アルツハイマーと診断された。自分の親もアルツハイマーであったことから将来を案じながらの日々の生活が始まる。
記憶が薄れていく中で、なんとか社会と会社と、自分の置かれた立場にしがみつきもがくが、同僚に気付かれてしまい会社を後に。
途中、勝手に病気が進行してどうなってしまうかを想像すれと読み進めることを躊躇ってしまうぐらい、息苦しさを感じます。
最後は、薄れゆく記憶の中で、家族の思い出と愛に気付き、受け入れて行く。切ない。
この小説の最後は、切なさが残る。
でも、実際はもっと家族の苦悩は計り知れないのではと考えてしまった。 -
Posted by ブクログ
ぼっち飯のアンソロジー。
子ども達の夏休みも終わりに近づいて、夏休み疲れの母にはピッタリの気軽さ。
ぼっち飯のイメージは、人それぞれ。
ぼっちという言葉は寂しいイメージだけれど、一人で食べることがむしろ嬉しかったり、楽しんでいる人も少なくない。
特に毎日食堂のオバチャンよろしく家族のためにせっせと食事の支度をしている母達にとっては、一人で好きなものを好きなように食べられるというのは最高の贅沢だったりする。
いろんな立場の人が、一人で食べることに喜びを見いだしながら食べる様子を小説やエッセイで読むのもまた楽しい。
でも…
最後に登場する矢部太郎さんの漫画にも描かれているけれど、結局はぼっち飯といいつつも誰かが作ってくれていたり、命をわけてもらっていたり。
誰かと繋がっているからこその食事なわけで…
ぼっち飯といいつつも、ぼっちじゃない食事タイムがあるからこそ、食べることを楽しめるのかもしれないな。
食事作りは億劫な時ばかりだけれど、やはり食べることを抜きには何事も始まらないのである。
さて、まだまだ「一人で食べるのは寂しい」と言う娘のために今日もまた食事を作ろう。