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Posted by ブクログ
若年性アルツハイマー病患者のお話
終始抜けがなく、私にとって完璧な小説はこれのことだなと思った。
どう頑張ってもハッピーエンドにならない内容で、毎日寝る前に100ページほど読むという読み方だったが、読後は必ず自分はアルツハイマーでは無いかの記憶の確認をしたものだ。もちろん夢にまでうなされることもあった。
構成的にはとても読みやすく、家族との生活、会社での生活、佐伯の趣味である陶芸の生活、といった3種類の生活に順番に繰り返し焦点が当てられるといった流れ。また、時折佐伯が書く日記の内容も書かれている。
その日記の中で、中核症状である「失書」と「保続」は段々悪化していく様子は、子供が大人になるにつれて文字が書けるようになっていく様子をそのまま逆さまにしたような味わったことの無い辛さを感じた。
アルツハイマーの進行に関して、
「年齢が逆行していく、長い長いホームビデオのテープを巻き戻すように。」
この1文だけでアルツハイマー病の辛さを思い知ることができるだろう。
Posted by ブクログ
アルツハイマーは体が生きることを忘れていく。
玄米は彼女の問題を改善し助けた。私のことも助けてくれるだろうか。
記憶の死は、肉体の死より、具体的な恐怖。
私たちは自分の人生を生きていて、それは脳の中で でたくさんのことを積み重ねて記憶として積み上げでいる。
結婚、子供、友人との日常の思い出を少しずつ、思い出せなくなっていく、少しずつゆっくりとなのかもしれないし、作中で繰り返させれるフィラメントが切れるという表現のように唐突にくるのかもしれない。
小説は主人公の視点で進むが、終盤の検査の際に妻が首を縦に振っていたというシーンが一瞬客観的な視点であることが、冷たくと感じるとともにリアルなんだなと思った。
人生も少し進んできた今だからこそ、他人事ではなくなってきていることにも恐怖しつつ、対策を考えないといけないなと思う。
泣く泣かないは人によるかもしれないが、メンタルには重めな題材なので、ある意味余裕のある時に読んでおくのが良いかもしれない。
Posted by ブクログ
これは重い物語だ。
この作者の筆だからこそ読めたけれど、他のものは駄目だった。ちょうど 自分の夫が冒頭の主人公と似たような状況にあったからだ。
自分の記憶があやしくなっていく感覚ほど恐ろしいものはないと思う。自分の視覚が、自分の聴覚が、信じられなくなっていく。当然周囲のひとのことばも行動も はてはそれが誰であるかも。
認知症の経過は個人差が激しいが、共通するものの多くがここにある。知ってさえいれば備えておけることも多い。自分自身が今 という方には恐ろしすぎるかもしれないが、このラストは美しい。
長谷川式で自分でチェックしてみて大丈夫そうだったから最後まで読みきれたのだが、診断がおりたあとだったら読めなかったかもしれない。 読んでいて良かったと すべてが終わった今思う。
Posted by ブクログ
広告代理店営業部長の佐伯は五十歳にして“若年性アルツハイマー”と診断される。仕事では重要な案件を抱え一人娘の梨恵は結婚を間近に控えていた。
同世代といっても五十代のシッポの方の私と佐伯とでは少し違うかもしれない。ましてや妻の枝実子は四十代だ。
でも やっぱり自分自身とおきかえて読んでしまう。
佐伯になったり枝実子になったり…。
失っていく記憶を補う為にとったメモでスーツのポケットを大きくふくらませ、人の表情に神経を尖らせ、それでも娘の結婚式まではと職場に居続けようとする佐伯。
病に良いといわれる魚や緑黄色野菜や発芽玄米を夕食に並べ 帰りの遅い佐伯をずっと待っている枝実子。
恐かったよね きっと。私だったら恐い。
明日の朝になったら 側にいる人の顔を忘れてしまうかもしれない。忘れられてしまうかもしれない…。
そんなふうに思いながら毎日を過ごさなければならないなんて残酷だ。
それでも病は確実に進行していく─。
その過程で起こった 佐伯が趣味で通う陶芸教室での出来事は とてもショックだった。佐伯が心安らげる唯一の場所だったのに!
でも そんな事も佐伯は忘れてしまうのだ…。
最後は佐伯が二十七年前に度々通った奥多摩の山中。
「心配しないで。だいじょうぶですよ。この道で間違いない。僕がずっと一緒にいきますから」
やっぱり最後は号泣でした。
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