西條奈加のレビュー一覧
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江戸・千駄木町の片隅、心町(うらまち)と呼ばれる一角。そこに流れる小さく淀んだ「心淋し川」のどん詰まりにある長屋を舞台に、人々の悲哀を描いた連作短編集。短編集の形をとりながら、長屋の住人たちの人生がパズルのように絡み合う群像劇としての構成をとっている。
第一話の表題作「心淋し川」から、この町に生きる人々のままならない現実が丁寧に描かれ、読者を物語の世界へと導く。
それに続く「閨仏」では、不美人な妾ばかりを四人も同じ長屋に囲っている大隅屋六兵衛が登場。一見すると物好きな金持ちの奇行や歪んだ支配欲のようにも思えるが、物語を読み解いていくと、彼の内面にある複雑な背景が見えてくる。旦那を失えば明日からの生存権を失ってしまう、当時の女性たちの「寄る辺ない立場」の切なさが胸に迫る。
また、飯屋を営む与吾蔵の物語「はじめましょ」では、若い頃のつまらない男の独りよがりが招いた後悔と向き合うことになる。根津権現で耳にしたあの唄声をきっかけに、彼の止まっていた時間が再び動き出し、物語は予想もしない結末へと収束していく。
作中では、身体を売る女が、男よりもむしろ女に蔑まれるという、市井の生々しく悲しい理不尽からも目を背けない。男社会の構造に縛られているからこそ、狭い社会のなかで誰が惨めで誰がマシかという不毛な序列が生まれてしまう。そのドロドロとした人間の嫌な部分、心の淀みを、本作は綺麗なオブラートに包まずに描ききっている。
劇的な何かを起こすのではなく、ただ淡々と人々の暮らしが描かれていく。けれど、どんな境遇の中にも喜びと悲しみがあり、それを噛み締めながら1日1日を積み重ねて生きる。その営みそのものの愛おしさをじんわり感じる作品だった。 -
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隠居して人生のすごろくを「上がり」としたはずの徳兵衛さん。しかし、孫・千代太の「悪癖」が、彼を再び世俗の渦中へと引き戻していく。
かつては大店の主として損得に心血を注いだ徳兵衛さんが、隠居の身で誰かのために知恵を絞り、江戸の町を奔走する姿を「商売道楽」という人もいる。でもそれは、経済の語源である「経世済民(世を治め、民を救う)」を、利害を超えて実践する究極の贅沢でもある。
「蓄えた金は守れても、過ぎ去った時間は買い戻せない」
人生の終盤、残された時間を何に投資すべきか。千代太の悪癖に手を焼き、翻弄されながらも、その「厄介な時間」を慈しむように使い切る。
言葉で感傷に浸るよりも、自らの足と経験を使って事態を動かしていく。その不器用で誠実な振る舞いにこそ、江戸っ子の「情」の真髄が宿っている。
効率や蓄財に汲々とする現代の価値観を、徳兵衛さんの生き方は鮮やかに否定してみせる。人生の二周目において、余った時間を「守り」に使うのではなく、誰かの笑顔や平穏のために「使い切る」。その潔さは、現代を生きる私たちにとっても、一種の憧れとして響くはずだ。
全編に漂う濃密な「情」の描写は、時に過剰に感じられるかもしれない。しかし、その熱量こそが江戸という時代の輪郭であり、作者が描こうとした救いなのだろう。
「上がり」の先にも人生は続き、そこには金よりも尊い、使い切るべき「時」がある。
読後、自分の手元にある時間の使い道を、静かに考えさせられた。 -
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「南総里見八犬伝」をかいた戯作者曲亭馬琴こと滝沢馬琴の後年を、長男の嫁となったお路の目線で描いた作品。
にわかに武家となった滝沢家だが、その身分にこだわり、気難しく、全てに細かく癇性で大らかさに欠ける。人見知りだが人に任せることもできない。とても付き合い辛い性格の馬琴と、病がちで癇性、馬琴に頭が上がらない夫宗伯、同じく癇性で病がち、口は達者でうるさい姑。家族内で笑い声が聞こえることなどないその家で1人嫁としてあちこちに目配り気配りしながら働くお路。
読んでいて疲れるほどの家庭だ。
やがて夫は亡くなり、馬琴は目が見えなくなると言う不幸に見舞われるが、それでも頑張って家の中のことを取り仕切っていく。
消して幸せとは言えないが、そんな生活でも自分がこの家を回しているのだという矜持を持ってくらしていくお路。
当の馬琴はそんな生活で幸せだったのかな。
考えてしまった。 -
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ネタバレ前作の『善人長屋』は、超絶に人の良い錠前職人・加助が毎回持ち込むやっかいごとを、実は裏稼業を持つ長屋のみんなで解決する短編だったけれど、今回は長編で加助の出番があまりなく、少し残念。
「閻魔組」と名乗る謎の三人組が裏社会の頭衆を惨殺していく事件が起こり、善人長屋のみんながその謎を解く話。謎が謎を呼んで、ミステリーとしても面白かったけれど、突然のお縫ちゃんの初恋は、いまいちしっくりこなくて、そこだけ浮き上がり違和感があった。
え、いつ、どこでそんなに好きになったの?一目ぼれ??ってびっくり。
ただ、その色恋のために何かやらかしそうでドキドキしたので、それはそれで物語のスパイスになって良かったのかも。謎も解けるし、大団円だし、読後感は良かった。 -
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第164回直木賞受賞作品
「心淋し川」とかいて「うらさびしがわ」と読むそうです。
6編からなる短編連作の物語
■心淋し川
酒好きの父親、愚痴ばかりの母親、それがいやなってさっさと嫁いでいった姉、同じく、家をでたいとおもっている「ちほ」
彼女の選択は?
■閨仏
妾4人で暮らすなか、その旦那が死亡。
不思議な設定です。そして、その妾達の中心になるのが「りき」
彼女の掘る仏が..
■はじめましょ
飯屋の主人となった男が、出会った少女。
彼女のうたう歌が、昔自分が捨てた女が歌っていた。
少女は自分の娘なのか..
哀しい真相..
■冬虫夏草
体が不自由な息子と暮らす母親
これ、母親が怖い!
■明けぬ里
元遊郭の女のその後。
遊郭時代のあこがれ?の遊女との再会。
しかし、その遊女は..
これ、ちょっと哀しい
■灰の男
心町の差配の男の哀しい過去。
そして、今もそれに縛られている。
その縛られた過去の真相は、あまりに厳しい。
なんとも辛いですね。
ということで、哀しい、厳しい、そんな物語でした。
灰の男で収斂したところもあり、この作品が一番好きですね。