高野秀行のレビュー一覧
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酒は百薬の長と言われていたが、近年ではアルコール1滴でも害だとする説をよく目にする。
飲みたいのに、罪悪感がついて回る…
そんな中出会った「酒を主食とする人々」という本。エチオピアのある部族は大人から子どもでも妊婦でも、朝から晩まで酒を主食として飲み(1日5リットルぐらい)固形物はほぼ食べないとのこと。それで健康に過ごしているらしい。
日本やその他の西欧社会とまったく違う生活様式だし、見た目は遅れている文化に見えるかも知れない。けれどそれはただ、進んだ方向が違うだけ。遅れているように見えるだけ。
自分の常識が常識じゃないとあらためて考えさせてくれる本。
お酒は有害ではない。と思う。
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第34回Bunkamuraドゥマゴ文学賞
イラクの湿地(アフワール)の水面を、古代メソポタミア時代から続く三日月形の舟「タラーデ」で移動したいという高野秀行さんらしい挑戦。
まさに表紙の写真だけど、ネットでも湿地帯の画像を見て幻想的な風景に魅了された。
そしてそれ以上に度肝を抜かれたのがマーシュアラブ布!アガサ・クリスティが収集していたという幻の希少な布でこんなに鮮やかで可愛い布は見たことがないので、本書を読まない人も写真だけは是非検索して見てほしい!モチーフにはそれぞれ意味がある。
タラーデもマーシュアラブ布もエキゾチックで魅力的だけど、イラクの湿地帯という未知な領域に住むマーダンと呼ばれる人たちの文化も読んでいておもしろい。
燃料として水牛の糞を利用するのだけど、パンに直接塗ることもあるのには驚いたし、ゲッサ・ブ・ゲッサ(交換)で従姉妹同士を交換して複数妻を得る仕組みには驚愕。
ゲーマルという水牛や牛の乳から作る濃厚な乳製品はすごく気になる。
湿地帯にはマンダ教徒が多く、洗礼(浸礼)がなんと週1で行われる。
一番おもしろいと思ったのは、段取りや見通しを立てずにとりあえず作業を始めてから考える、というマーダン特有の行き当たりばったりなやり方。
テキトーな舟づくりは笑えた。
高野秀行さんの辺境好きは今更驚かないけど、同行した山田高司さんは世界各地で川めぐりをしてきた探検界のレジェンドらしく、そんな人がいることも驚き。 -
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面白かった!クレイジージャーニーの放送は見逃したので、本書をとても楽しみにしていた。期待を裏切らない内容だった。世界には自分の知らない、想像を超える文化をもつ民族がまだまだあるんだろうなあと思う。エピローグで、西洋文化の広まりや多様性についての言及があったが、本当に著者の意見に完全に同意。そして自分も、日本人として日本人の文化をもっと大事にしていきたいなと思う。
高野さんの作品はいつも楽しみにしているが、彼のおかげで、自分では絶対に行けないような土地や、そこに生活している人達の暮らしを知る事ができて、本当に感謝している。現地に行く事は難しいので、とりあえず日本で
エチオピア料理を食べてみたいと思う。 -
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怪しげな本ばかり書いているイメージで避けていたわけではないけどこれが初めて読んだ高野さんの本になりました。 様々な冒険で使える魔法の道具として「語学」を学んで行った著者ならではの語学エッセイで 冒険的要素も程よく入って面白い! 日本人が日本語だけを母語とするのに対し、コンゴ人の言語感が3階建という説明が目から鱗で、
以前「世界の台所探検」という一般の人に自国を代表する料理を習うエッセイで、イスラエルのような激動の歴史がある国にはいわゆるイスラエルらしい料理がないのに驚いたこととリンクしているように感じた。 日本のように主に単一民族が住んでいて植民地になったことなどがない国の方が珍しいんだろうな。。 個人的にはタイ語を勉強していたのでチェンマイで東京ラブストーリーの漫画で日本語の授業をするエピソードが好きでした。
また、中国語の莫先生のエピソードがかっこよすぎて大ファンになったので、莫先生の話だけで一冊読みたいくらいでした。 以下メモ)
世界にはあいさつの言葉がない国がたくさんある。
タイ語のサワディーカですら1931年のラジオ放送が始まった時に作られた言葉。
日本語の「切る」と「着る」はおなじきるでも否定形にする時は「切らない」と「着ない」のように変わったりする。この変化は法則で説明できない。 「飢え」は極度の主体性を生むP247 -
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高野秀行さんて、「誰も行ったことのないところに行く」とか言ってるし、めちゃくちゃ破天荒な人なんだろうな、と、はじめの頃は思っていたし、実際、到底真似できないことばかりなさっているのでこれから述べる感覚はおかしいかもしれないのだが、読めば読むほど妙に親近感が湧いてくるのだ。これももしかして、異世界の人だと思ってたら案外話していることがわかって嬉しくなる、という「人間みな同じ」経験なのだろうか。同時代に生きる日本人の書いたもので、「驚き」と「共感」の両方がこんなに高いレベルで、一切のストレスなく得られるって、すごいことだ。
『アジア新聞屋台村』と読けて読んだので、“高野さん青春記”をさらに見せてもらった思いであり、そこに常に共にあった、というか切っても切れない「語学学習」を通して語られた言葉はどれも刺激的だった。
色々な言語話者がどんな「言語観」を持っているかを図で説明するところなどとても分かりやすくかつ興味深かったが、「尾張人はこう、三河人はこう」などと言い切る司馬遼太郎みたいだと思った。そして司馬遼太郎といえばもうひとつ。本書で高野さんが中国語を教わった莫先生から「高野は“でも”を使いすぎる」と指摘され、確かに“でも”に限らず接続詞を使わないで、簡潔な文をただ並べたほうがより中国語っぽいノリになると気付くシーンがあった。司馬さんの文章もそんな感じだったなあと思った。
この「言語のノリ」の話は面白く、本書では話し言葉中心に語られたが、書き言葉でも感じられるんじゃないかなと思ったり、国内旅行でも自分のなじみでない地元の言葉に触れるときに感じる新鮮さにだんだん慣れていくときのことや、ひいては言語差などなくても長く接している人について「あの人ってこういう話し方するよなあ」とその人の口調や論理展開が自分に乗り移る感覚などを思い出した。
南米文学のマジック・リアリズムに触れたくなる、「平安京的」とされるスペイン語とスペイン語話者の世界観に興味を持つなど、関心の幅が広がった。 -
世界の納豆をめぐる探検
- カート
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試し読み
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高野秀行のバカUMA本としてはやや地味。『酒を主食とする人々』の番組作りと同様、TK調査や日程のタイトさといった煩わしい要素が足かせになって、本領発揮できてない感が否めない。
ブータン紹介本としては素晴らしい。
なぜ中国とインドに挟まれて伝統的な国家を守ることができているのか解き明かしている。後進国だからこそ先進国のニの轍を踏まないという無敵の国家運営をしている。
そんなブータンがインドと鉄道を結ぶというニュースが今日出た。ニムラとパートナーを結んだように、実利があるビジネスチャンスは決して逃さないのが実にブータンらしく思えた。(工事費は全てインド持ちのようだ) -
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この本のおかげで、私は家にいながら、イラク特にアフワールを旅することが出来た。語学の天才まで〜が面白かったので、こちらも読んでみたが、こちらも負けず劣らず異世界タイムスリップをさせてくれた。
読み進めると、ブリコラージュという手法だったり、アーティストの山口晃さん登場だったり、万城目学のヒトコブラクダ層ぜっとを彷彿とさせる遺跡だったり、今まで私が血肉にしてきたキーワードが出てくる、出てくる。分かるよ!知ってるよ!のオンパレード。「あー、この本は、今、出会うべくして出会ったんだなぁ」とご縁を感じてしまった。
楽しい内容だけでなく、学びもあった。
アフワールの婚姻関係についてである。13才で結婚する女の子がいる。40才のおじさんに16才の女の子が嫁ぐ(第二夫人として)。氏族内で奥さんを交換する(本の中では表現が異なる)など、今の日本では考えられない社会がまだある(全部が全部じゃないとしても)よく電車の中吊り広告で、幼い女の子が結婚することを防ごう、というのを目にするが、この本で急に目の当たりになった。「あぁ、本当にあるんだ、そんな世界が」とびっくりしてしまった。嫌悪感を感じた。今は「知る」ということしか出来ない私だった。
最後に、マイナス1は、私がイラクとイラク周辺の歴史や世界情勢に疎く、少し理解が浅い部分があったということ。私の問題である、情けない。勉強しよう。水滸伝も。
あー、旅行したいな。 -
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高野先生のソマリア2冊目。
相変わらずの先生のソマリア愛を感じます。
ただ前作の明るさが少し鳴りを顰めた感じがします。高野先生の筆才とは別の話ですがソマリアの状況も刻一刻と変わりますからね。ソマリアを愛していて状況もわかってきた先生だからこそ書ける世界なのかもしれません。
そして先日万博に行ってきたのでソマリアも覗いてきましたが、特産物とパネル、以上!みたいな感じの展示でした。当然3つに分かれてるとかそんなことは微塵にも感じさせず。。たぶん南部ソマリアが持ってきた展示物なんだとは思いますが。当然といえば当然なんですが、そんな状況が少し残念さを感じました。 -
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私も今英語が通じない国への旅行を計画していて、少しでも深く現地を知るために新たな言語を学び始めたところだったので、目的があれば頑張れるというのは私も全く同じだし、目的がなければ頑張れないというのも本当にその通りだ。
作者の勉強法はだれにでも真似できるものではないけれど、ネイティブが書いた文をとにかく読むというのは有効そうだと思った。そして、伝えたいことがあれば語学は上達する。
現代では英語が話せれば最低限旅行はできるけれど、作者のように現地の人々や文化を深く理解したり、英語が全く通じない場所で暮らしていけたりはしない。
情報を伝達するという目的のための語学は今後必要なくなるかもしれないが、人と仲良くなったり、文化を理解したりするためにはまだまだ語学は必要なのだと思った。