あらすじ
【電子版特別カラー写真収録】ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7カ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。「そこまでやるか」と常に読者を驚かせてきた著者の伝説のルポルタージュ。電子版には特典写真23点を追加収録。
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Posted by ブクログ
いろいろ気にはなるけどとにかく良いこの表紙に、いつもの高野節を期待して「めっちゃ面白そう」と手に取りました。印象ちょっと違いますね。
ケシの栽培に密着するためミャンマーの山岳地帯・ワ州に乗り込んだ高野さん。
歴史的にも政治的にも複雑。反政府ゲリラの支配区であるワ州の小さな村は、武器の調達・食糧の自給のためにアヘンの生産が公認されている状態。
そこで、ケシの種まきから収穫までの7カ月間を村人と共に過ごします。
「アイ・ラオ」という村人ネームを授かった高野さん。言語や文化の壁はありながらもとことん郷に従い、ケシ畑で奮闘し、村人と打ち解けていきます。
時には険悪になったり怒られたり、全く「お客さん」感のないその溶け込みっぷりはさすが高野さん。
ケシの収穫が終わり村を出る頃には、ちゃんと(?)アヘン中毒にもなっていて、その様子は生々しく面白い。笑い事じゃないけど。
帰国後ワ州を取り巻く状況は一変、村に潜入できたのはまさに奇跡のタイミング。
村人は兵士であり、のどかな農村に穏やかではない空気も漂う中での滞在。あの村人たちやケシ畑、そして「モルヒネ化計画」はどうなったかなぁ。表紙の見え方も変わってくるなぁ。
Posted by ブクログ
普通、ミャンマーの山中にある世界最大のアヘン生産地に半年も行かないよ。
政治的に意図的に隔離されていて、そこには私たちと変わらない気持ちで泣いて笑って生活する人たちがいる。
全文はブログで
www.akapannotes.com
Posted by ブクログ
高野氏の著作に関しては飲酒に目覚めた後の少しおちゃらけた文章に慣れていたので、本書の真面目で鋭い語り口には度肝を抜かれた。一般的には知られていないであろう、少数民族を無数に抱えたビルマという国が英国に好き放題にされて独立国家として目覚め、その統治の難しさから軍事独裁政権に踏み切った実情をしっかりと語り、中国共産党の息のかかったビルマ共産党に侵略され、そこから独立したにも関わらず中国的官僚制度や文化から抜け出すことができず、麻薬に関係した場合は死刑になるという厳罰で持ってこの植物に臨む中国に対してヘロインを密輸する奇妙で矛盾に満ちたワ州という反軍事政権の暗部を日の元にさらけ出し、この汚いビジネスに加担する中国の公安を掻い潜りワ州の上層部を説き伏せて実際にアヘン栽培を行う村に潜入するという、多くのジャーナリストでも忌避するであろう道を突き進んでいく著者の行動は、刊行された当時多くの人の胸を打ったであろう。発売当初にこの書物を知らなかったことが悔やまれる。
それにしてもアヘンの効果とは恐ろしいものである。悪性腫瘍からくるものも含むどんな体の不調ですら一時的に緩和し、本人が自覚症状を感じる間もなく中毒症状へ誘っていく。多くの孤立した軍事政権が薬物売買によって戦費を稼ぐ理由がよくわかる。しかしその収入は本書で記されているように薬物の密輸ルートを維持し幹部の私腹を肥やすために使われ、末端で栽培する人々にはまったく還元されない。我々の知らない場所でこのようなえげつない行為が行われることを、本書は改めて思い起こさせてくれるのである。
Posted by ブクログ
ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7カ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。「そこまでやるか」と常に読者を驚かせてきた著者の伝説のルポルタージュ
Posted by ブクログ
最高に面白かった!
丹念な調査と情報収集だけでなく、自ら体を張って真実を体験しに行くバイタリティ、見事な文章の構成とユーモア、ただの体験日記にとどまらないメッセージ性。
他の本も読んでみようと思った。
Posted by ブクログ
イラク水滸伝みたく面白い冒険譚みたいなのかなって思って読むと、確かにそうなのだけれど、最後、あとがきまで読むとしっとりとした気持ちになる。
Posted by ブクログ
筆者が7ヶ月間の内に体験した、ケシの種子まき→収穫→アヘン中毒→離脱症状をお話の軸として、なにゆえアヘン栽培地域となったのか?現地の人々はどのような人達なのか?などまとめてあります。読み終えて奇跡として表現しても差し支えない期間に入国できたんだなと思いました。
Posted by ブクログ
イラン水滸伝から高野秀行作品を読むようになって、今ではすっかり高野秀行ファンになっている。
自分にはいろんな意味(モチベーション、勇気、体力、時間、お金)で経験できないことを、高野さんは経験し、それを本という形で表現してくれる。まさに本の醍醐味である。この作品は現実の世界での実際の体験記なのだが、今自分が生活している世界からかけ離れすぎていて非常にシュールなのである。日本人がこれまで行ったことのない、ミャンマーのワ州僻地にあるアヘンを栽培している村に長期間滞在して、自分もアヘン中毒になってしまう。現実は小説より奇なりであるが、ノンフィクションは現実より奇なりである。著者はどうなってしまうんだろうとワクワクドキドキさせるエンターテイメントであり、世界にはこんなところもあるんだとか、ミャンマーの歴史ってそうだったのかなど勉強にもなる作品である。
Posted by ブクログ
読みやすく、そしてめちゃくちゃ面白い。
アヘンを一度吸ってからは、村を出るまでずっと吸っていて笑った。
高野さんの別の著作もすぐに読みたくなった。
Posted by ブクログ
世界にはこんな暮らしをしている人たちが本当にいるのか、とわくわくする気持ちになった。いかに自分の世界観が窮屈になっているのか思い起こされた作品
Posted by ブクログ
麻薬アヘンを生産する地域、そこに悪人はおらず、控えめで純朴な方々が暮らしていたそう。
物事の理解には、教書による体系的・理論的な知識に加え、現場の肌感覚が必要と思うが、本書では、立ち入りが極めて困難な地域の現場感を立体的に伝えてくれる類稀な力作と感じました。
ミャンマーは山岳地域が多い。往来が困難なので、各地域ごとに孤立し独立しやすい。ミャンマーでは自治州民が人口の1/3ほどを占める。多数はビルマ民。
筆者が滞在した村は30人ほど。準共産制で村民は協力して暮らす。仕事をノルマ的でなく、個人の良心や村内の空気に従い、毎日仕事をしている。小学校のクラス掃除に近いと感じた。近代前の日本もこんな風だったのだろうか。
国や場所が変わっても、人の暮らしに大差はない。冗談で笑い、怠惰や怒りは敬遠され、お酒が好き。筆者は現地の言葉や食事を拒絶せず、進んで溶け込みに行っている。本当にすごい。
Posted by ブクログ
凄い本ですね。
あとがきに書いてある「善悪の彼岸」、説明は出来ないけどなんとなく分かる気がします。本当に誰もやらない事をする。
でも出版社に持っていくと「それ日本人に関係ある?」だって!
関係無いから面白いんよ!と思ってしまった。次の本が楽しみ。
Posted by ブクログ
牧歌的な農村と官僚主義・強権的な軍事組織が、アヘンの栽培を基底として共存している。ゴールデントライアングルのワ州はその構造自体も奇妙な三角形だ。
ただ本書でわかるのは個々に名前があり、そこに実際に生きている人々のリアルな暮らしぶりで、その生活は意外に普通、ただアヘンを育てていて軍の支配下にあるという奇妙なバランスを保っている。
高野秀行は相手を下に見たり、過剰に気を遣ったりしない。あらゆる人にがっぷり四つで対するから、自然な反応が現れる。大いに喜ぶし、泣くし、怒るし、笑う。世界のどんなところにも普通の人間が住んでいるということを思い出させてくれる。
Posted by ブクログ
世にゴールデントライアングルと呼ばれるアヘンを栽培する無法地帯(と考えられている場所)に、ケシの栽培、種まきから収穫まで全ての工程に従事するために単身乗り込んだ筆者の体験記。理想?のアヘン栽培をしている村にたどり着くまでの苦労やその村に住み、住人達と交流し、ケシ栽培(と言う名のメイン草取り)をひたすらこなし、アヘンを手に入れ、そして中毒にまでなって…、と、とにかく全てにおいて驚かされる内容で、でもそこに住む人達は当たり前だけど普通の、懸命に生活している人達で…。色々と”当たり前”を考えさせられました。
Posted by ブクログ
ビルマのワ州に潜入し、ケシの種まきから収穫までを体験し、アヘン中毒になるという体験は高野さんの中でも最も辺境ポイントの高い作品だろう。
その奇抜さ故に学術的価値も生じているのだが、あまりにも辺境すぎる。
言語の壁だけでなく文明の壁があまりにも高く、訳の分からないことが起こりすぎていて、高野作品にしては楽しさが劣る。
他の作品では高野さんと現地人がもっと深いところで通じ合っていて爆笑を掻っ攫うシーンも多いのだが、ワ人との間ではそういう場面が少なかった。(アヘン中毒者同士の奇妙な心の通じ方も興味深くはあるのだが)
あとがきに「ワ州と日本の間に接点がなさすぎる」という理由で出版に苦労したとあったが、皮肉にもリアルタイムではオンライン詐欺犯罪で注目されている事態だ。
ミャンマー北部が世界規模の犯罪が蔓延る地帯であり、そこには政府から抑圧を受ける少数民族がいることを頭に入れておこう。
Posted by ブクログ
なかなかアヘンを吸わない。歴史である。まずは歴史の話しである。ビルマの、あるいはミャンマーの、ワ州の。そしてそれは必要な話しだった。
村に入る、住む、暮らす。そしてアヘン(ケシ)の種をまく。
あとは草むしり、来る日も来る日も。
早くアヘンを吸え、そう思うがまだ吸わない。
村人たちが登場するのだ。それは普通の人たちで普通の暮らしをしている。
それが日本人からは妙で、近づきがたいが近づけばファニーで、温かく、受け入れられる。
この村人たちとの会話や、エピソードが楽しく、ときに物悲しく。
前半に説明された、このワ州をとりまく戦争の歴史が背景にあるのが、ここできいてくる。
著者がようやくアヘンを吸う頃には村人の一員になっており、村人たちとの関係も密だ。
村人との別れがクライマックスかも。
今は、今のミャンマーが、この村人たちが、気になってしょうがない。
Posted by ブクログ
衣食住を共にし、家族同然に暮らす事でしか得られない情報の深さ。
最終的にアヘン中毒になる筆者は、まさにミイラ取りがミイラになる、を体現している。
ビルマ、ワ州の転換点を仔細に記載したルポ。
Posted by ブクログ
高野秀行(1966年~)氏は、早大第一文学部仏文科卒。早大で探検部に所属し、大学在学中に探検部での活動をまとめた『幻の怪獣・ムベンベを追え』で作家デビュー。その後も多数のノンフィクション作品を執筆し、2013年に『謎の独立国ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞、2024年に植村直己冒険賞を受賞(探検家・山田高司と共同)。
私はノンフィクション物を好み、冒険家・探検家が自らの体験を記録したノンフィクション作品もしばしば読む。具体的には、古くはスコットの南極探検を描いたガラードの『世界最悪の旅』から、植村直己、角幡雄介、石川直樹等の著書までだが、高野秀行に関しては、気にはなっていながら、著書を読んだのは今回が初めてである。
本書は、1995~6年に7ヶ月間、世界最大のアヘン生産地と言われる、ミャンマー、タイ、ラオスに跨る「ゴールデン・トライアングル」の中でも、その中心地であるミャンマーの中国国境地帯にあるワ州に、高野氏が単身滞在した記録である。ワ州は、反政府ゲリラ・ワ州連合軍が支配し、100を超える少数民族が存在して「東南アジアのユーゴスラビア」とも呼ばれるミャンマーの中でも、ヤンゴンの中央政府の権力が全く及んでいない地域で、無法地帯とも言われているという。(近年は状況が変わっているらしい)
本書を手に取るとき、普通の人であれば、まず、「何故、こんな場所に7ヶ月も滞在したのか(そして、それを本にしたのか)」が気になるものだが、それは、高野氏が、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」ことをポリシーとする中で、20世紀も終盤になって、それに値する“地理的な”未知の土地は地球上にほぼなくなってしまい、残るは“政治的な”或いは“精神的な”秘境しかないと考え、その象徴がゴールデン・トライアングルだったからなのだという。そういう意味で、高野氏は本書を自らの「背骨」になる仕事と言っているのだが、一方で、そのハードさのあまり、当初はなかなか評価されなかったとも語っている。(現在では高野氏の代表作の一つと認識されていると思うし、それ故に私は手に取ったのだが)
この、高野氏のポリシーは、いわゆる「冒険ノンフィクション」を書く作家に共通するものであるが、同様に、現代においては地球上に地理的な未知の土地はなくなったという事実も共通の認識で、角幡氏なども、「冒険とは何か?」、「ノンフィクションとは何か?」と自らに問い、それに関する著書も出している(『新・冒険論』等)。そういう観点では、高野氏と角幡氏の対談集『地図のない場所で眠りたい』もぜひ読んでみたいものである。
読後に強く印象に残ったのは、反政府ゲリラが支配する麻薬地帯という、極めて物騒なイメージとは裏腹に、ここには(にも)普通の人びとの普通の生活が存在するという、当たり前のことであった。そして、もう一つは、民族というものの考え方の難しさで、ほぼ単一民族である日本人には実感が湧きにくいが、これは、世界各地で止まらない国家・民族・宗教間の対立の最大の原因の一つである。
また、本書のアプローチについては、高野氏は、自分の好奇心はジャーナリズム的な関心と重なるところがあり、一時期そちらに傾倒したが、多くのジャーナリズムは上空から森を眺めているのであり、自分は「一本一本の木を触って樹皮の手ざわりを感じ、花の匂いや枝葉がつくる日陰の心地よさを知りたかった」ので、結局、対象により近く、より長く接するような手法を取るようになったという。今般のワ州滞在が長期に及んだ(普通のジャーナリストならせいぜい4~5日。現地人からは、外国人が7ヶ月も滞在するのはギネス記録だと言われたそうだ)のは、そうした背景があってのことだ。私はジャーナリストが書いたものを好んで読むし、それは今後も変わらないが、高野氏のようなアプローチだからこそ書けるもの、そして、面白いものがあることを改めて感じた。
(2024年5月了)
Posted by ブクログ
旅行記としても政治学的資料としても、あるいは単におもしろい読み物としても、この本は超オススメである(デイリー・ヨミウリ紙)
文庫版あとがきより
ーーーーー
本当にその通りだと思う。
絶対に自分には真似の出来ない行動をしてくれて伝えてくれてる。
そんな場所があって、そんな生き方をしている人たちがいるのね。知れて良かったありがとう。
世界は広く、おもしろい。
なんてくらいの稚拙な感想しか言えないことが口惜しい。
高野秀行氏の著書はこれが初めてなのだけど、他もいろいろ読んでみよう。
Posted by ブクログ
すごくニッチなジャンルのお話でしたが、臨場感溢れる文章。人間味溢れる行動。どれをとっても惹き付けられてしまう内容でした。自分がこれから生きていても恐らく体験出来ないであろう世界に少しでも触れることができた良い機会になりました。
ありがとうございました!
Posted by ブクログ
何ともすごい行動力。アヘンを栽培している村と聞くととても恐ろしい所を想像する。7ヶ月間村の人と寝食を共にし、文明度は低いが、礼節、敬虔さ、勤勉さを備えた人たちと知る。マラリアやシラミに脅かされ自らアヘン中毒にまでなりながら…。30年近くが経とうとしているけど、一緒に暮らした方々が元気にされている事を願うばかり。
Posted by ブクログ
日本が世界に誇る、と言っても過言ではないと個人的には思っているノンフィクション・ライターの高野秀行がその初期に記して高い評価を得たルポルタージュ。
なんと言ってもミャンマー北部、アヘンの密生地として知られる”ゴールデン・トライアングル”に潜入するという本書の面白さは、やはりその旅の中でのあまりにもスリリングな出来事の連続と、そんな中でも魅力的な現地の人々との邂逅にある。
かなりの作品数がありながらも、高野秀行の作品に駄作はなく、常に読者を驚かせてワクワクさせるような作品ばかりだが、本書もご多分に漏れず、次に何が起きるのかとワクワクしながらページを繰り続けた。
Posted by ブクログ
湿地を行く。水芭蕉が咲いている。のっぺり気分で、細い板の上をどこまでも・・・ここでそれを吸うのはご法度。善悪の彼岸には渡れない。体験できないことを読書で味わう。アヘン作りは草むしり。人の手がないと育たない”人間依存植物”。ミャンマーの東のワ州。ゴールデントライアングル。島国日本。国の形は当たり前にある。多くの民族が雑多に暮らす大陸。多数のビルマ族が少数民族をまとめてはたした独立。自治を貫きたいワ族。経済を担うアヘン。早々にはなくせない。滞在は1995年。世界は複雑。この地域の事情も相当変わっているだろう。
Posted by ブクログ
高野さんの本は、自分の知らない土地に実際に行ったような感覚になれるところが魅力だと思う。それもただの取材というような表面的な滞在ではなく、高野さん自身が興味ある事をとことんやり尽くしているからこそ、ライブ感があるのだと思う。
Posted by ブクログ
アヘン生産国ワ州に潜入し、ケシの栽培から収穫までを追いかけるノンフィクション。
過程で自身もアヘンにハマり、アヘン中毒になる展開までを赤裸々に告白。
リアルすぎる生活や人間模様が、非常に面白く、紙数はまあまあ多いけどさっと読めてしまう。
Posted by ブクログ
まだまだ世界は広いことを思い知らされる…。
行きたくても行けないところが、まだこの世の中に存在するとは。
アヘンの実態を知るために、実際にケシの種まきから収穫まで、村に滞在しながら体験するなんて。
「誰もしないようなことをする」が高野さんのモットーというが、なかなか出来ることじゃない。
村人との交流が、笑えるところもあり、おもしろかった。
シラミに悩まされるくだりは、読んでてこちらまで体が痒くなってきた……。
服の縫い目という縫い目にビッシリと……ウゲー。
しかしワ州ってところは、ホント独特なんだなぁ。
ビルマであってビルマでない。
ビルマのお金も「なんだそりゃ」状態だっていうんだから。
日本でそんなところはまずないだろう。
高野さんの本を読むと、なんというのか、深窓のご令嬢がひょんなことから(本当は心優しい)不良と知り合って、いろんなことを体験していくうちに「この人は、私の知らない世界をどんどん見せてくれるわ!」と感じるのに似ている気がする。
まあ、私は深窓のご令嬢でもなんでもないけどさ。
願わくば、高野さんがもう一度、ムイレ村でお世話になった人たちの消息を探りに行って欲しいと思う。
もうきっと、行けないんだろうし、行けても見つからないだろうけど……。