高野秀行のレビュー一覧
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ブックカタリストなど複数のインターネットラジオで紹介されていて手に取った。そもそも、タイトルからしておかしい。イスラム=酒はNG、という自分たちの常識からすると、なぜ?となるし、飲めると言っても外国人向けの場所かな?と予想して読んでみたら裏切られた。
酒が飲みた過ぎていろんな人に出会い頭に「酒は?」と聞くと、様々ながらも最終的にはどのイスラム国もみな隠れて飲んでいて、飲酒の幅が広いという話。しかも、家に連れて行かれたり、怪しげな路地に連れ込まれたりと、いやこれ危険すぎるだろ!と感じながら笑いながら読めた。
最後の方の「仏教も厳しく酒を禁止されているのに…」という下りも印象的だった。
とにかく、イスラム圏の印象も変わる良書だった -
Posted by ブクログ
ネタバレ一応覚悟して買ったのだけど、やっぱりすごい本でありました。
巻頭カラーの『豚の生血の和え物』とか、『虫サンド』『水牛の脊髄』『ジュース用のヒキガエル』『モルモットの串焼き』など、インパクト強すぎ。
「はじめに」で書かれた”注意してほしいのは、食事中に読まないこと。”の意味。
いや、私の主たる読書時間は食事中なので、それは困るよ。
雑誌連載なので、最初の方は昆虫食(それも刺激強めのやつ)などが多かったけれど、ネタ切れなのか、それとも軌道修正を強いられたのか、後半は辺境で食べられている美食などもあったりして、食事をしながら読んでも大丈夫でした。(私の方が慣れたのかもしれないけど)
実際、昆虫食にはまだ抵抗あるけれど、『オオナマズのトムヤム』とか『アヒル肉のビール煮』とか美味しそう。
あと、広島の「鮫」。
「ワニ」と言われたり「サメ」と呼ばれたり、一体どっちなんだい?と思うけど、食べてみれば爬虫類の「ワニ」に似た味なんですって。
ってことは、昔、日本にクロコダイルかアリゲーターがいたってこと?(調べたら化石が発見されてますな)
だから昔の人はサメを食べて「この味はワニじゃ!」とか言ったのかしら?
なんて妄想も浮かんでしまう。
「奥様もよくゲテモノ食に付き合うな」と思ったら、もともと奥様の方がゲテモノ食いのノンフィクション・ライターで、それを唆して記事を書かせていたのが、当時編集者だった著者なのだそう。
これはもう運命のカップルですな。 -
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高野氏離れが続いていたけど、先日の『語学の天才まで1億光年』によって長い眠りから覚めた。
自分への快気祝いにと今回手に取ったのは、世にもおどろおどろしいタイトルと表紙が特徴の本書。(相変わらず、刊行年順関係なしに読んでいくスタイルをキープ)
いつものことながら、彼の文筆にかかれば恐怖は軽減され、寧ろ愉快な気分にさえなっていた。
早大探検部の先輩で作家の船戸与一氏とミャンマーへ取材に出かけた著者。今回は珍しく観光に近い合法的な旅行なのかと思いきや、そんなはずはなく。題して「柳生一族と過ごすミャンマー辺境14日間」の旅だ。
ここで早速、謎のワード「柳生一族」が登場。これは現地の軍情報部を徳川家の大目付であった柳生一族に準えた、高野氏による例えである。彼らの監視下で著者と船戸氏は取材をすることになったのだ。
彼は事あるごとに人や事物の呼称を独自開発しており、例えば政治の実権を握るミャンマー国軍を「徳川家」。他にも「江戸ヤンゴン」「大坂マンダレー」と双方の第一・第二都市をくっ付けたり等しているが、それらが妙にイメージしやすい上にしっくりくるもんだから侮れない。
内容よりも先に彼の秀逸なネーミングセンスに度肝を抜かれていたが、船戸氏の「(下調べや細かいことは気にしない)行けば何とかなる」マインドにも実は感心していた。
特にツアーに同行した柳生一派とお酒を酌み交わすシーンは痛快だった。ある程度考えていらっしゃるとは思うが、後は成り行き任せで現地に溶け込むというのが本当にお上手。時には現地の人まで(意図せず)翻弄する。そのスキルの高さに何度も衝(笑)撃を覚えた。
性格がほぼ真逆の高野氏とは抜群のバディだったんじゃないかな。この2人にかかれば柳生一派の監視役も大したことなく見える笑
自分も抗議デモの勃発する数年前にミャンマーを訪れたことがある。
しかし、料理は日本人の口に合うまろやかテイストのものが多く、国民性はどことなくおっとり穏やかというしょぼい感想しか持ち合わせていない…。
そのせいか、昨今のデモや「柳生一族」・更に主君の「徳川家」に見られる不穏な影と実際目にしたミャンマーがなかなか結び付かずにいる。(本書の旅は色々と腑抜けて見えたが、後日談の「政変」にて一気に意識を持って行かれた。道中では味わうことのなかった胸のざわつきも感知したし)
ミャンマーの国民性について自分にはおっとり穏やかだと映ったが、高野氏は対等な立場同士だと非常に社交性・国際性が高い人々だと書かれている。(事実、一派への緊張感も次第にではなく、急激に薄れていた)
民族と宗教の多様性がそれらを養っているというのが何もかもを見てきた著者の推測であるが、それらもまた彼らの寛容さ・穏やかさに直結しているのかな。
彼が実際目にしたミャンマーを自分も恋しがっている。 -
Posted by ブクログ
-何か面白いことはないか
夜中にネットサーフィンをしていてたどり着いてしまったのが、西サハラの難民キャンプで開催される“砂漠を走る”マラソン大会。
直前の申し込みにもかかわらず、ゆる~くエントリーされ、詳しい案内もなく「夜9時マドリッド空港集合」だけ。しかも、マラソンなど経験のない著者。不安を残しながら現地へ飛んだ。
モロッコと対立する西サハラへの援助を求めることがこの大会の趣旨だったようで、ボランティアに慣れている海外の人々に比べ、著者はそんなことには思いが至らない。
難民キャンプといっても、それなりに物資は揃い、対立しているといっても平和な西サハラ。
現地の取材を行いつつも、果たして、砂漠を完走できたのか?
それと、以前インドで強制送還になったことから、再度インドへの入国するために名前を変えよう!という『名前変更物語』など、
高野さんの作品は面白い! -
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高野さんの紀行文は、信頼できる。
現地の人たちとの交わり方が、素朴で率直で暖かいからだ。自分が実際に現地に足を運んで、その土地の人と話をしてみたい気持ちにさせられる。
今回の旅で私の印象に残ったのはゾウ・リップとエピキュリ大尉の2人。
今、ミャンマーは本当に大変な事態を迎えている。この本に書かれた旅が行われている時も十分大変だったのだが、それを上回る状況であることが日々ニュースを通して伝わってくる。
願わくば、この旅に登場した人々が幸せに暮らせる時が早く訪れますように。
と願ってはみるものの、対立するゲリラのどちらの人々も高野さんの旅の味方になってくれたわけで、非常に虫の良い浮ついた願い事にしかなりはしないのだけれど。
そういう意味では、綺麗事だけでは成り立たない、人の世の複雑な網目をも感じさせてくれる秀作だと私は思う。
あと、本書を読んだ方には、ぜひ『ミャンマーの柳生一族』もご一読いただきたい。めちゃくちゃ笑えて、勉強になる一冊。なぜスーチーさんではミャンマーが治められないのかが分かるかも。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ納豆というと、よく、「なんで豆腐が“豆が腐った”で、納豆は“納豆”なんだろう?」と言われるが。
それは、「納豆は、豆を藁苞に納めるから“納豆”」。
「豆腐は“腐”が中国で四角く固めるという意味があるから“豆腐”」って聞いて、ずっとそれを信じてたんだけど……、
そんな話、これっぽっちも出てこない。
もはや何が何やら…!?(^^;
東南アジアの山間部で、納豆やコンニャクが食べられていることは知っていた。
あ―、それって、つまり「照葉樹林文化圏」ってことだよねって、ずっと信じてきたんだけど……、
この本によれば、それはそれでまた微妙に違うらしい。
ていうか、現在、日本で食べられている納豆というのは、
ご飯に絡めて食べるというニ―ズに沿って作られた工業生産品(品質や衛生が管理されたといういい意味で)というのも目からウロコ(^^;
納豆=糸を引くだけど、本来はあんなに糸を引くものじゃないなんて!w
(そういえば、「甘納豆」は何で“納豆”っていうの?)
ていうか、読んでいて出てくる納豆料理が旨そうで旨そうで(^^)/
おかげで、つい料理に納豆を使っちゃうもんだから、最近はやたら納豆を買う(爆)
ちなみに、冷蔵庫には今現在、例の3個パックのやつが4つ入ってる。今晩は納豆回鍋肉にするつもりだw
納豆は大好きだけど、例えば納豆を食べた箸でマヨネ―ズがかかったサラダなんか食べると、マヨネ―ズが糸を引くのがイヤなんだよね。
だから、納豆を調理に使うと旨いのはわかってたけど(だって納豆スパゲティは絶品!)、イマイチ使いたくなかったのだ。
この本の終わりの方で納豆協会の人だかが「これからは糸ひきが弱い納豆など、いろんな納豆を作らなければならない」って言っていたけど、それは本当にそう思う。
著者も、ラタトゥイユに納豆を使ったら旨くなかったけど、糸引きが弱い納豆で作ったらすごく旨かったと書いている。
もはや、ご飯かけ用納豆、調理用糸引き弱納豆、旨味調味料用納豆等々、あらゆるニーズに応えた商品構成にしない納豆会社の社長は職務怠慢!と言われても仕方ない(爆)
というか、それは納豆会社よりも流通の仕事かなぁ―。
自社で工場は持たずに、様々なニ―ズに沿った納豆を他社に製造をお願いする、納豆業界のアップルはどこだ?w
(そういえば、以前ス―パ―で「テンペ」が売ってたけど、今でも売ってるんだろうか?)
そんな様々な目からウロコのこの本だけど、「醤」と「納豆」を区別したい著者のこだわりはイマイチわからないw
自分は、調理や旨味調味料として使ってるというのを読んだ時点で、ああこれはもはや「醤(味噌)」なんだな―と思ったけど。
個人的には、ご飯にかけて食べるのは、いわゆる「納豆」。調理に使ったら、それはいわゆる「納豆」ではないという風に考えちゃうけどな(^^ゞ
そういえば、今の中国人はカレ―ル―を調味料として(つまり「醤」として)使うらしいけど、それはどっちも「カレ―ル―」だと思うのだ。
確かに、カ―ル―でいわゆるカレ―を作ったら「カレ―」という料理だけど、カレ―ル―をチンジャオロ―ス―の味付けに使ったら、それはチンジャオロ―ス―だ。
でも、味付けに使ったのはどっちも「カレ―ル―」だって思うのだ。
確かに、著者が言う、漢民族に追われた人たちが住む地域(=漢民族の住む周り)では納豆が食され、漢民族の住むエリアでは醤が食されるという区分けは明確だ。
でも、一方でタイやミャンマ―の海に近い方で納豆は食されず魚醤が使われるのは、海が近いからその材料が手に入りやすいという単純な理由のわけだ。
なら、漢民族が醤や豆鼓を使うのも(or周辺部で納豆を使うのも)、海が近いから魚醤を使うみたいに単純な理由なんじゃないのかな―。
だって、毎日のメシのことでしょ?
普通に考えれば、旨いからとか手に入りやすいみたいな単純な理由のはずだよね。
なんらかの単純な理由で、一方では納豆、一方では醤や豆鼓を使うようになった。
それらをまとめて「納豆文化(or醤文化)」とするでいいような気がするんだけどな―(^^ゞ。
ただ、ま―、それは、“納豆=ご飯にかけて食べるもの”という意識が強い自分と、“納豆=旨味調味料”の現場を沢山見てしまった著者の納豆に対する認識の差なのかなもしれないw
ていうか、納豆を料理に使っていて思ったんだけど、納豆って他の食材に隠れちゃうんだよね。
あんなにクセがあるのに、料理に使うとそのクセが消えちゃって。そのクセが料理の味に生かされない。
でも、「醤(味噌)」は違う。使えば、料理の味が決まっちゃう。
つまり、平地や沿岸部は塩が手に入りやすいので、塩を加える「醤」の方が味が決まって便利ということで広まったけど。
山間部は塩が手に入りにくいので、塩を加えない「納豆」を旨味調味料として使った。
個人的には、そういうことなんじゃない?なんて思った。
この本には、アジア納豆のことと日本の納豆のル―ツをさぐる話が書かれている。
どっちも面白いのだが、日本の納豆について書かれている章の方がちょっとだけ面白い。
それは、たぶんアジア納豆については見たことを淡々と書いているのに対して、日本の方はそのルーツについて謎っぽく描かれているからだろう。
本を読む上で、謎で読者の興味を引くは読むエンジンとしてやっぱり大事だと思うのだ。
最後の章で、照葉樹林文化と東亜半月弧なんて出てくるが、むしろそれは最初に出した方がよかったんじゃないのかなぁーw
とはいえ、すごく興味深い話で面白かったのは確かだ。
サピエンス納豆の方もぜひ読んでみたい(ただし文庫になったらw)。
ていうか―、ぜひレシピ本も出して欲しいぞ(^^)/ -
Posted by ブクログ
辺境作家の高野さんと中世史家の清水さんの対談。最初は、本書の表題のように、それぞれが専門とする室町とソマリランドの生き方が似ているというところから話が始まるが、後半はそこから離れて人生論、作家論、文化比較論、日本人論・・と様々な話題に及んで飽きさせない。お二人の教養の深さも物凄い。
一つ言えるのは、価値観はもとより多様だが、それは辺境にも転がっているし、過去にも転がっていて同様に面白いし、やはり今の価値観が絶対ではないことを常に相対視できるようにすべきということなんだろうと。
30年前と今と、かなり価値観は変わってきているが、それもそれ、古代から中世、織田信長を経て江戸、そこから明治、戦前から戦後と結構ドラスティックに変わっている。変わるもんだと思って順応していくということなんだろうと思う。 -
謎の独立国家ソマリランド
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
寒々としたお話をしばらく読んでいたから、そろそろどこかであったまりたいと思っていたところ。
普段海外のお料理に対してあまり免疫がなく、おまけに当たり外れも激しそうだからって知っていたり味の想像がつきやすいものにしか手を出さずにいたけど本書に出てくるお料理は冗談抜きにどれも美味しそうで、第一章のタイから垂涎のまなざしだった。
筆者と並んでテーブルを覗いていると、どの人も笑いかけてくれる。つられて何度も笑みがこぼれた。
初版は’12年で東日本大震災下の移民についても触れられている。混乱の中で彼らを訪ねて調査を続けようとするのは少し強引にも思たけど、こうして勇気を出してくれる人がいるおかげで普通なら知り得ないことを知れることは、やっぱり大きい。
各国のデータに在日人口が男女比で記載されているのがまた興味深い!(比率の理由を自分なりに考えてみたり…)
人によるけど、ほとんどが「ー系日本人」に見えてくるくらい皆さん日本に溶け込まれていた。彼らに共通にしているのは今住んでいる場所に一番愛着を感じているところだと思う。
ごはんに加えて筆者の笑いを誘う語り口調と登場した皆さんの屈託のない笑顔に包まれて、今はもう幸福感でお腹いっぱい。気づけばすっかり体温も上がっていた。