高野秀行のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
とっても読み応えのある本。
正直西南シルクロードと言われてもピンと来なかったけどそんな事はどうでも良くてとにかく面白い。
中国からミャンマーへ密入国しジャングルを2ヶ月以上歩いて今度はインドに密入国する。しかもその行程すべてがその土地にいるゲリラにエスコートされながらである。
なのに笑える。ゲリラとの妙な絆にも愛着が湧いてしまう。
まったく知らなかったビルマやインド国境付近のゲリラ達について、少数民族について、国について興味も湧いたしとても勉強にもなった。
今まで読んだノンフィクション物では一番読み応えがあった!
しかしよくぞ陸路で最後まで制したなぁ…
普通途中で諦めちゃいそうなものだけど。
凄い人だなぁ。 -
Posted by ブクログ
在日外国人との交流を通し、著者のペーソスがかたられる。
著者の得意な冒険記的な作品ではなく、命を預ける相手という濃ゆい付き合いではない。東京という大都市の中で袖擦り合う程度の淡麗な関係であるため、外国人諸氏との付き合いも淡麗である。何度か一緒に飲んだことがある痴人と友達の間くらいの関係、といった程度の濃度である。
長い人生の中で少しの間交わった外国人たちとの交友がテーマであるため、著者の関心は2つに絞られる。在日外国人の東京における生き方と、在日外国人との交友を通した著者自身の生き方である。
個人的には、日本野球に詳しい盲目の青年の話が印象的だった。障害という日本で生活するためのハンデを笑い飛ばし日本での渡世をしてゆく姿は痛快。その痛快さが彼の持つ奇跡的な知性の産物だとしても。
反対に、就労ビザを取れなかった青年の話はとても切なかった。もっと交流すればよかったという著者の後悔はとてもよく理解できる。
-
Posted by ブクログ
”本の雑誌40年特集"から、かな。それは置いても、筆者の他作品はとても楽しませてもらったし、本作も読んでみたい度は高い。そしてUMA。一時期かなり興味あったな~、みたいな感傷に耽りながらも、そういえば最近はめっきり縁遠くなったもんだ、と思いつつ読み進めた次第。8割方読み進めるまでは殆どがスカで、すったもんだはあったけど、結局見つかりませんでした的な、バタバタ劇を楽しむ本かと思い始めたところで、核心に迫る事態が出来する。遭遇を抜きにしても十分楽しませてもらったし、笑わせてもらったけど、クライマックスで興奮もひとしお。怪獣っているんですね。ワクワクする。
-
Posted by ブクログ
ネタバレいやー、すごく面白かった。最初の書き出しから事件の匂いがして惹き付けられた。最後まで面白かった。絶対に自分が行かないところにいって、絶対にやらないことに時間を使ってくれる人。
自分の目で、確かめたい!という気持ちがすごい。夢のある怪獣を追っているはずが、すごくホットな政治やいざこざの話に直面してしまったり、異文化の暮らしに感銘を受けたり、ものすごく人間くさいところを「意図せず」拾ってしまっているのも、彼の信念がそうさせているのだろうと思う。
なんかそのお土産が、今回すげーでかくね、って思ったけど、それだけでかい獲物だったのだろう、ジャナ。
そういう、未確認生物っていうのは、なんかそれだけ人の想いというか、そこに人的な意図は絶対あるかもしれない、意図というより、社会の視点というのは。生物の発見というより、そういう社会的な視点の発見でもある気がする。
ジャーナリズムについても思うところはあったなあ、報じる内容以上に報じること自体への意図が、そこにジャーナリズムがある限り、存在するのだから使い方というのが問われる。エセなジャーナリズムを働く人や利用して権力を得ようとする人たちがいるというのは、他の犯罪と同じように、やっぱりその社会全体の体制や構造の歪みが出てるんじゃないかなと思う。
そういう不正、端から見たら何やってるんだか、という茶番にしか見えなくても。そういう意味では怪獣より人間の方がよっぽと滑稽であった。それが、著者の立ち場が怪獣探し、というお題目ゆえに自由にどこまでも表現したり追いかけたりすることができる、ということのメリットだなあと思う。著者は本当に怪獣探しだけがしたいわけじゃなくて(したいとは思うけど)、社会的なニーズ(義務)に応えようとするバランス感覚もきちんと持っている人で、それでギリギリ、完全なる変な人を免れている。
どんなに奇妙な生き物がいても、獲物を見つけても、「見てー!」って言って喜んでくれる人たち、伝える人たちがいなくては意味がない。
見て、ここにこんな変なおっさんがいる!って、いうのでまず元気が出る。怪獣っていうのは、その生き物自体の有無よりも、安定した社会基盤なくしては、登場しないものなのだろう。
で、いるの?いないの?はっきりして!
ということではない。つまりこんな変なおじさんと、私たちとまったく違う暮らしを当たり前のように営む異国の人たちがいるということ、それは本当に存在するものなのだから。そんな変なおじさんも、異国の民族の暮らしも、すごくすごく貴重で怪獣なんかよりも絶対に、あって欲しいものだと思った。 -
Posted by ブクログ
【ノンフィクションは事実を積み上げていって真実に近づければいいものだと思うんですけど、小説は事実の積み上げもなくて真実を書かなくちゃいけないというイメージがあるんですよ】(文中より引用)
探検家と作家という二つの顔を持つ高野秀行と角幡唯介による対談録。早稲田大学探検部での活動に加え、ソマリアや北極への渡航、そして自身の経験を書き記すことの意義について語り尽くした一冊です。
思った以上に「書くこと」論やノンフィクション論にページが割かれている印象を受けました。ただそれが、探検というテーマを目的として読み始めた人にも「なるほど」と思わせてくれるほどに興味深い点が嬉しい驚き。結果としては幅広い楽しめる稀有な内容を持つ作品になっていると思います。
これを入り口にお二人の著作に入るのも☆5つ -
Posted by ブクログ
この本の面白いところは、高野秀行、清水克行、まったく違う分野の二人がそれぞれにお互いの話を超・面白がっているところ。たぶん、読者の存在なんて忘れて、ああ言えばこう言う、そのネタ出せばこのネタ出す、相手の気づきが自分の気づきに、お互いに目から鱗が落ちまくっている興奮が伝わってくる本です。EテレのSWITCHインタビュー 達人たち、と似た形式ですが、得てして、強引に共通項探したり、なんとなくのプロフェッショナル的な姿勢を褒め合ったり、みたいな感じになるのに対して、この二人は圧倒的にディテール攻撃の応酬で、そこから大きな歴史観と社会観が浮かび上がってきます。「おわりに」のページで、清水克行が『「ジャン=リュック・ゴダール」と「白村江の戦い」と「スーフィー」と「キジムナー」と「角幡唯介」が、一冊の本で語られるということは空前絶後のことではなかろうか。本書は間違いなく「奇書」である。』と書いていますが、「奇書」というより「奇跡の書」に思えました。その奇跡のできっかけを作ったのが『謎の独立国家ソマリランド』を読んで、「ソマリの氏族と報復のシステムは、『喧嘩両成敗の誕生』で描かれている室町時代の日本社会とまったく同じ」とツイッターでつぶやいた映画評論家 柳下毅一郎。「世界の辺境」ソマリランドと「昔の日本」室町時代、時空を超えて、共鳴し合うのは特殊を特殊と思わず、理解しよとする二人の知的好奇心があればこそ。専門バカにならずにバカみたいに刺激し合う、これが学際領域の知性か、と感動しました。つまりは歴史も社会も人間のつくるもの、その人間のワンダーを大切にしあう素敵な本でした。『喧嘩両成敗の誕生』も読まなくちゃ!
-
Posted by ブクログ
「五代将軍徳川綱吉の犬を殺すな、捨て子をするなという政策は、都市治安対策、人心教科策として、ある程度成功した。秀吉のできなかった銃規制もやっている。」「平安時代あたりから、ミニ中華帝国化をあきらめて、中国との程よい距離感によって、文明から切り離され、中華文明圏の辺境になっていく。」「信長の規律化への志向は変。信長、秀吉、家康の力の論理による支配は、長く続かないので、論理や法による支配を考えないといけない。北条泰時の『御成敗式目』や綱吉の朱子学をベースにしたイデオロギーは、中世的な殺伐とした空気を断ち切った。」「中世から近世にかけては、炊くと増え方が大きい古米のほうが新米より高かった。タイ、ミャンマー、インドもそう」「タイでは、農民は所得税を払わない。取ろうとすると、いなくなってしまって別のところで田を作る。タイ人の離合集散は激しい。家族や親せきも、友人もすぐにどこかへ行ってしまう。日本の農民の定住性とは対照的」「戦国時代の宣教師の記録を見ると、武士は戦場までは馬を使って移動して、戦うときは馬から降りて徒歩で戦うとある。武田の騎馬隊は、瞬時に戦場に駆けつけるだけ」「日本の村は、年貢を村単位で取り立てるので、共同体の規制が厳しくなる。」「日本は中華文明の辺境なので、中華という基準と照らし合わせて気にしていないといけない。常にアイデンティティの不安にさらされている」「アジア・アフリカの辺境や室町時代のほうが世界史的に普遍性をもっている。江戸時代という特殊な時代を経たのが今の日本。今生きている社会がすべてだと思わないでほしい。」
-
Posted by ブクログ
いろいろな怪書、驚書を対談で紹介している。「ゾミア」文明から逃げて文字も歴史も捨てた人々「世界史の中の戦国日本」日本の辺境地の海のネットワーク「大旅行記」イブン・バットュータという変なすごいやつ「将門記」土地を奪うのではなく相手方の生産手段と労働力を喪失させる戦い「ギケイキ」武士とヤクザは一体「ピダハン」数もなく左右もなく抽象概念もなく神もない幸せな人々「列島創成期」認知考古学のホントかよ強引じゃねという解釈「日本語スタンダードの歴史」標準語は室町からできたのだし山の手にスタンダード日本語の人々がやってきて住み着いたーどれもこれも今まで信じていたことがひっくり返される本ばかり。