沢木耕太郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
国民的作家山本周五郎の珠玉の短編集。選者はあの沢木耕太郎。これが面白くないはずがない。様々なテーマ、舞台。山周の守備範囲の広さには驚かされる。
直木賞ほか文学賞を全て辞退したという山本周五郎。没後50年が過ぎても今でも多くの作品を簡単に入手することごできる。作品数から言えば司馬遼太郎と並ぶ国民的な作家であろう。
「ちいさこべ」「法師川八景」「よじょう」「榎物語」「裏の木戸はあいている」「こんち午の日」「橋の下」「ひとでなし」「若き日の摂津守」
本書は、沢木耕太郎が4巻に9作品ずつ合計で36編の短編小説を選んだもの。さすがにいずれもレベルが高い。映像化するなら「ちいさこべ」が良くまとめられている。 -
Posted by ブクログ
名人は名人を知る。紀行文、ノンフィクション作家が選ぶ文豪山本周五郎の珠玉の短編小説。
本シリーズはあの沢木耕太郎の選んだ山本周五郎の短編小説。
沢木は全集で全38巻、300編の小説から名作と呼ぶにふさわしい36編を選び4巻の名品館にまとめている。
本書はその第1巻。あだこ、晩秋、おたふく、菊千代抄、その木戸を通って、ちゃん、松の花、おさん、雨上がる。の9編。
半分ぐらいは一度は読んだことのあるものだったが、映画になった雨上がるを除き詳し筋は忘れてしまっていた。今回あらためて読み、新たな発見と感動が多数。
山本周五郎の描く女性。そして貧しくとも懸命に生きる市井の人々。人それぞれの哀しみをかかえながらも、あくまで周五郎の目は優しい。
本書の中では、個人的には、父の敵の世話を命じられる娘を描いた「晩秋」が一番。葉室麟の「蜩ノ記」とよく似た作品。もちろん他の作品もいずれ劣らず素晴らしい。
名作家だからこそ、分かる名作の真髄に触れることができます。 -
ネタバレ 購入済み
当時の風景が動画を通じて
YouTubeに実際の動画があり、当時の風景が鮮明に伝わってくる。
読む時期としては45歳の私にはちょうど良かった。良い意味で人生に少し影響を及ぼしてしまうような作品でした。 -
購入済み
訪れる場所は東北や北陸、関東などのエリアがメインとなっている。
特にこれといったトピックがあるわけではないが、ストーリー運びの巧みさと文章の上手さに引き込まれてしまう。 -
購入済み
あだこ、おたふく……山本周五郎を、全て読んだワケではないですが
山本周五郎作品の中では、一番好きな短編でした
爺さんの持ってた本を読んだのは、はるか昔でしたが今読むと読めない漢字もあって
前後関係で「ああ、そう読むのか!」などと、昔は普通に読んでた気がするので
最近の小説に慣れすぎて「忘れてるんだなあ?」……と、変な感慨がありました -
Posted by ブクログ
ネタバレ敗戦から5年後の1950年に発表された作品。
母を愛おしく思い大切にする父。母は病弱で早くに他界するが、父の深い愛に育てられた娘。その純粋な娘が自分を大切にしてくれる良人に恵まれる。とても幸せな日々が続くと思われたが。。。
***************
純粋な娘の心は良人の不貞行為で無残にも裏切られる。良人は即座に謝るも娘の心はずたずたに傷つき、動揺し、発狂寸前まで行ってしまう。
そんな娘を見かねた父は、病床から意外な事実を娘に打ち明ける。
良人の不貞行為は実は父自身の不貞行為であり、父の恥を隠すために良人が罪をかぶってくれていたんだ、と。
だから女中の中のお腹の中の子は、実は良人の子ではなく父自身の子なのだと。
夫婦である以上、良人も浮気ぐらいするかもしれない、そのときは堪忍してやってくれ、夫婦の間の間違いはお互いに堪忍しあい、お互いに労り、助け合っていかなくちゃならない、それが夫婦だよ、と。
そう言い残して他界した。
純粋な娘は泣いて喜ぶ。やっぱり信じてた良人はそんな人じゃなかった。父にも正直に話してくれてありがとう、と泣いて感謝した。父が事実を言ってくれなければ一生苦しむところだった。
娘は良人に言う、全部父から聞いたと、取り乱したりして堪忍して、と。二人は寄りを戻し、普段の生活が戻ることになった。
良人は、娘が寝沈んだあと、静かに義父の仏壇に向かい、お父つぁん、ありがとう、もうこれっ切りです、決してもうあんなことはしません、と言うのであった。
***************
時代背景が異なるが、僕は言いたい。
いつの時代も愛しい妻を裏切ったり苦しめたり悲しませたりしては絶対にいけない。お父つぁんの言う通り、お互いに労り、助け合っていくことが必要だ。
どの夫婦にも思いがけず様々な困難が襲い掛かってくるものだ。うちも思いがけない困難に何度も襲われた。
**********
「○○君そっくりの、目がぐりぐりしている子が欲しい」と妻は言った(うちは小学校からの幼馴染なので君付けで呼ばれています)。
長く辛い道のりを経てやっとの思いで懐妊したときの二人の喜びは、暗く長く出口の見えないトンネルの向こうに一筋の明かりが見えた気分だった。
その光もつかの間、急転直下、母体を守らなければならず緊急手術へ。。。
病室で麻酔から目が覚めた妻は僕に言う、赤ちゃんは?!返す言葉がなかった。二人で泣いた。
このような悲しい出来事が何度かあり、あるとき二人で話し合った。体の負担も相当なものだから、もうこれで最後にしよう、と。
残念ながらドラマのようには行かなかった。そこで僕たちは色々な選択肢を探ったが、最終的に二人で生きていく道を選んだ。
この他の困難など、他のご夫婦の方々と同様、数えきれないほどある。
でもその度に力を合わせて乗り越えてきた。夫婦とはそうして愛を深めあっていくものだと思う。
*********
妻思いのお父つぁんの言う通り、夫婦はお互いに労り、助け合っていかなくちゃならないと思う。そこに二人の思いが幸せとして積もり重なり、良い二人の人生へとつながっていくのではと思った。 -
Posted by ブクログ
「山本周五郎名品館Ⅲ 寒橋」山本周五郎 (編:沢木耕太郎)
山本周五郎の短編集。相変わらずのクオリティ。
この一冊ではなんと言っても「人情裏長屋」と「かあちゃん」です。くさいと言われようがベタと言われようが、泣けちゃうものは泣けちゃうのです。
このあたりは個人的な好みなのか都合なのか分かりませんが、加齢してなおのこと涙腺が緩くなったような気がして、「人情裏長屋」「かあちゃん」で泣けてくるというのが加齢した結果なら、それはそれで歳月というものも悪くないような。
特に「人情裏長屋」は、つまりはチャップリンの「キッド」なんですが、よく出来ています。素晴らしい短編。
「オールタイム全人類短編小説大会」があったら、「日本・時代小説部門」代表として出場して欲しい出来です。 -
Posted by ブクログ
「山本周五郎名品館Ⅰ おたふく」山本周五郎 (編・沢木耕太郎)
「わざとらしい」とか「くさい」とか「センチメンタルすぎる」とか「できすぎ」とか「ダサい」とか「ベタ」とか。そういう批判を受けることは大いにあると思いますが、だから嫌われたり、食わず嫌いされたりすることもあると思いますが、そんなことよりも、そんな批判を超えて余りあるパワーとクオリティ。「小説界の中島みゆき」だと思います。
#
10歳~15歳くらいにかけてか、山本周五郎さんの本をよく読んでいました。司馬遼太郎さんとか藤沢周平さんとかもその頃に大抵読んだのですが、周五郎さんは独特の美味しさがある本というか。
「樅の木は残った」「さぶ」「青べか物語」「季節のない街」「赤ひげ診療譚」などの、長編もしくは連作短編ももちろん素晴らしいのですが、でも周五郎さんと言えばなんと言っても短編です。戦後の文芸娯楽雑誌の時代、という背景が大きいですが、至極の短編作家。
山本周五郎さんの短編を、沢木耕太郎さんが選んで並べた、という「売り」の作品集。その一。正直どれも面白かったです。
特に、ベタといえばベタの極みとも言える短編「ちゃん」。職人の父親と家族のお話なんですが、こういうことでこういう短編を書ける人ってすごいなあ、と、改めて。
ただ、この歳になって読み返すと,山本周五郎さんって意外と言葉使いや言葉の選び方については、無造作に現代語も放り込んでくるなあ、という発見が面白かったです。なんというか、「時代考証」という意味で言うと、けっこう、間違っています。 -
Posted by ブクログ
再起第一戦を勝利で飾り、続く第二戦にもKO勝ちをおさめた
カシアス内藤。そして、次に狙うは東洋ミドル級チャンピオンで
ある柳済斗との試合だ。
それは、内藤が望んだ「オトシマエ」だった。「クレイになれな
かった男」で敗れた相手ともう一度闘いたい。その思いが、
内藤をトレーニングに駆り立てた。
しかし、事は順調には運ばない。韓国のプロモーターとの
交渉、契約に際しての駆け引き。ルポライターであるはず
の著者は、いつの間にか内藤の為に、試合のマッチメイク
に奔走する。
度重なる試合の延期と、難航する契約。その中で、1年を
かけて作り上げて来た内藤の肉体と生活に変化が現れ、
同じ夢に向かって走っていたはずの人々の間には徐々に
亀裂が入って行く。
1979年8月22日、韓国・ソウル。この日の為に疾走して来た。
運命の日。分かっていて、読めなかった。最後の50ページ
弱が、どうしても読めなくて丸1日、本を開くことが出来な
かった。
小説なら大団円で終わっているのだろう。だが、これは現実
に起こった話だ。夢は、ソウルの夏の夜にあっけなく散った。
「リングに上がって……初めて、足が震えなかったのに……
生まれて初めて、怖くなかったのに……」
生来の気の優しさから臆病とも評されることもあった内藤が、
持てる力を掛けた時は終わった。
そこへ辿り着くまでには、同じ時に、同じ夢に向かって、走り
続けた男たちがいた。
物悲しい結末だが、最終章の「リア」で救われる。一瞬の夏
に、夢は終わった。だが、夢の終わりから、また違う夢が
始まるのだ。 -
Posted by ブクログ
世界チャンピオンも狙えると言われたボクサー、カシアス内藤の
選手生命の終焉を描いた「クレイになれなかった男」から5年。
カシアス内藤がリングを去ってから4年半。ルポライターとしての
仕事の上で事実誤認からミスを犯した著者は、しばらく日本を
離れようとしていた。
友人との酒の席での他愛ない話の中で、思いもかけない
ニュースが飛び込んでくる。どうやらカシアス内藤がリングに
復帰するようだ…と。
夢が、再び前に進み始める。再起に掛ける元チャンピオン、
日本のボクシング界を語る時に忘れてはいけない名トレー
ナーであるエディ・タウンゼント、著者の友人である若き
カメラマン、そして、著者である沢木氏。
もう何度、本書を読んだだろうか。結末は分かっているんだ。
それでも、懸命にトレーニングをするカシアス内藤に感情
移入し、エディさんの厳しいけれど愛のある言葉に心を
鷲掴みされ、沢木氏の視点でカシアス内藤を眺める。
上巻はカシアス内藤の再起第一線までだが、沢木氏が
アメリカ・ニューオリンズへモハメッド・アリのリターンマッチ
を観戦する為に訪れる挿話が秀逸だ。
世界ヘビー級王者であるモハメッド・アリ。その本名である
カシアス・クレイからリングネームを名付けられた内藤。
ふたりのボクサーの再起が微妙にシンクロしている。
やっぱり上手いわ、沢木氏は。試合の描写も勿論だが、
スパーリングの描写を読んでいると目の前で内藤が
動いている錯覚に陥る。
結末は分かっている。それでも下巻を読むのが楽しみだ。 -
Posted by ブクログ
沢木耕太郎『波の音が消えるまで 第2部 雷鳴編』新潮文庫。
マカオを舞台に伊津航平、劉、李蘭の3人を巡る物語は続く。バカラにはまり、バカラの必勝法を追い求める航平と謎の男・劉、背中に傷痕のある娼婦・李蘭の過去と現在が交錯する。
面白い。読み進めば、読み進むほどに面白くなる。
波に乗るのも、波に翻弄されるのも人生だが、なかなか波に身を委ねることは難しい…なすがままに…
やはり、ギャンブル小説でもあり、サーフィン小説でもあるようだ。表向きにはギャンブルを描いているが、その裏ではサーフィンの真髄を描いているように思う。流れに身を委ねる…なかなか出来ないことだが、サーフィンの真髄、人生を楽しむための真髄でもある。
サーフィンを描いた小説では、ケム・ナンの『源にふれろ』、デニス・アーバーグ&ジョン・ミリアスの『ビッグ・ウェンズデー』が群を抜いているが、本作もサーファーの本質に触れている点では間違いなく5本の指に入る。 -
Posted by ブクログ
沢木耕太郎『波の音が消えるまで 第1部 風浪編』新潮文庫。
久し振りに読む沢木耕太郎だった。『凍』以来だろうか。20年以上前に読んだ『深夜特急』に衝撃を受け、貪るように沢木耕太郎の作品を読んでいた時代もあった。
序章で主人公が亡くなった劉さんが残したノートに記された『波の音が消えるまで』という1行を目にした時、何故か涙が零れた…理由は解っている。
面白い。非常に面白い。
ハワイのノースショアの大波に敗れ、バリ島へと居を移し、マカオへと渡ったサーファー伊津航平を主人公にしたサーフィン&ギャンブル放浪小説。確かにギャンブル小説という色合いが濃いのだが、間違いなくサーフィン小説としての一面も持っている。ここまでサーファーの心理を描いた小説はなかなか無い。
サーファーとギャンブラーが挑み、ワイプアウトした時に翻弄される大波。タイトルの『波の音が消えるまで』という意味が何となく解るような気がする。サーフィンに熱中し、毎日クタクタの状態で夜に目を閉じると頭の中にいつまでもうねりが映り、波音が聞こえるのだ。
第2部へと急ぎたい。