沢木耕太郎のレビュー一覧
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旅文学の新たな旅、という言うべきか。
偉大なる冒険家"西川一三"との出会い、
そして西川がどのようにチベット、ラサに至るのか。
その道中をこれまでかと表現し尽くし、
西川自身の想いやそれぞれの地で出会う蒙古人、あるいはタングート人、チベット人など、それぞれが持つアイデンティティや文化にも触れていく。
それはまさに我々自身が旅に出ているかのような、
そんな高揚感を与えてくれる冒険そのもので、
ラサに至るまでの道を文字通り同行させてもらった、
そんな思いを綴らざるを得ない。
西川の度胸やここぞの運、また旅を俯瞰することでわかる偶然の産物などは我々が旅をする際にも起きてい -
Posted by ブクログ
「第二次大戦末期、ひとりの日本の若者が、敵国である中国の、その大陸の奥深くまで潜入した。彼はラマ教の巡礼僧に扮した密偵だった。しかし、彼は日本が敗れたあともなおラマ僧に扮し続け、実に足掛け八年に及ぶ旅を続けることになった。彼、西川一三の旅も長かったが、その彼を描こうとする私の旅も長かった。・・・発端から終結まで二十五年かかったことになる。・・・本格的に執筆に取り掛かったこの七年余りにおいても、飽きるということがなかった。ここにこんな人がいたという驚きから出発して、その人はこのような人だったのかというもうひとつの驚きを生んでくれることになった。」 と沢木があとがきで書く。
「この戦争で、日本軍 -
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密偵としてモンゴルからインドまで旅を続け、日本人ということを隠すため、ラマ教徒と偽る。
西川さんの行動力や努力は計り知れない。
未開の地で生きていくのに、現地の言葉を覚え、托鉢をして僅かな食糧を得て、殆んどが野宿。
ヒマラヤに近い地域の峠を何度も登り降りし、匪賊
の脅威にさらされながら集落に着くと、軒を借りながら次の地を目指す。
読んでいて、西川さんの8年に渡る経験を疑似体験
したような感覚だった。
人生には、生きながらえるための食糧と寝床さえ有ればあとは何も要らないといった人生観を養えたのは、あの体験があったからなのか。
この小説に出会わなければ、このような日本人がいたと分からないままだっ -
Posted by ブクログ
長い旅には人生と同じように、幼年期、少年期、青年期、壮年期があり、移ろい変わるのかもしれないという言葉にピンときた。私は一時期旅だけをして生きていきたいと思っていたことがあったが、何が目的なのか考えていくうちに、旅だけをする人生はつまらないと感じてしまった。でも、これは人生と旅を一緒に考えたからであって、歴史を勉強してから行ったり、どうしても経験してみたいことなど何か目的を持って行ったら素晴らしい経験になるのではないかと思う。作者の見てきた長旅をしている者たちは疲労で好奇心が摩耗し、外界に対し興味がなくなっている。そしていつ崩れるかわからない危うさと隣り合わせで旅の目的すらなくただシルクロード
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沢木耕太郎さんの、初の時代小説ということで
読んでみる。この分厚さ‥読めるだろうかと、
内心思ったが、読み始めると意外なほどにこの小説にすんなりと入り込め、一気に読み終えた。
獄門を申し渡された講釈師・馬場文耕は長い
日本の芸能史において、ただひとりだけ
芸によって死刑に処せられることになった芸人。
彼は今でいう、ジャーナリスト。
彼が書いていたものは、主として江戸に生きる
人々についての「町のうわさ」時には、
時の最高権力者である、九代将軍家重に
ついてさえ、過激な噂話を書いたらしい。
当時は御法度である、幕府が隠そうとする真実を、講談によって世間に広めることは今の報道機関と
同じ役割。 -
Posted by ブクログ
大学生の今、この冒険を読めてよかった。今はもうインドも発展して当時のような凄まじい風景が見られることは少ないだろうけど、これを経験できたらこの先何があっても大したことないと思えるだろう。今まで私が思っていた旅の仕方は、表面的にその国に触ることしかしていないことに気付かされた。その国の人と会話や交渉をしたり、日常の風景に溶け込むことでこそ異文化を感じられる。私は体が強い方じゃないから、作者のような旅をするとしたら、確実に1国につき1回は病院に行くことになりそうだが、20代のうちにこのような旅をしてみたい。大学を卒業したら何をしたいのか全く想像がつかない私にとって、良い刺激となった。