沢木耕太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
シンプルにまとめられてて読みやすかった。
無駄がなく、誰かの過去を想起する際も、だいぶ凝縮されて書かれており、しんどさを感じなかった。
終盤、ちょっと押し込んだようにいろんな内容が詰め込まれてたのが残念。
駆け足に読ませられる印象を持ってしまった。
やっぱりボクシングの取材がしっかりされてて、根拠があるなと唸らされる。
広岡がカッコ良すぎて、キャストに佐藤浩一って合ってるなーと関心しながら読めた。
嫌悪感抱く人物もおらず、終盤、嫌と思っても仕方ないエピソードもあるが、それまでも美しく描かれてるので嫌な気持ちもしない。
爽やかな青春スポーツ小説だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ少女は小説を書く愉しみを覚えた。それは、『しんこ細工の猿や雉』の中の「おとなしい子に御褒美」という言葉を借りれば、物語を愛し、物語の力を信じた少女に、物語の神様が「御褒美」としてひとつの美しい手鏡を与えた、ということと同じであったろう。そこに映せばどのようにでも姿かたちを変えることができる、という美しい手鏡だ。少女は、思うがままに変容させつつ、そこに自分を映し、外界を映していく……。
だが、小説を書くという行為には、たとえそれがどれほど幼くつたないものであっても、どこかに「自らを視つめる」という契機を避けがたく含んでしまうところがある。手鏡は自惚れ鏡にもなりうるが、鏡台の前に座った少女には合わせ鏡にもなりうるのだ。合わせ鏡として自分の見たくない自分を見せてしまうことがある。虚構に夢を織るということを覚えてしまった少女は、好むと好まざるとにかかわらず、常に合わせ鏡で自分を見ているような、自己相対化の視線を持たざるを得なくなる。
ここに「距離の感覚」の萌芽を見出すことはそう難しいことではない。
少女は虚構という手鏡に映すことで自分を見つめることに慣れていったにちがいない。やがて少女は成長するが、しだいにその手鏡なしに自分を見ることができにくくなる。大阪文学学校に入学し、生活記録を書けといわれて戸惑うのは、虚構という仕掛けなしに自分を書く、詰まり手鏡なしに自分を見ることを要求されたためではないか、と思われるのだ。いや、自分だけでなく、外界に対してもその手鏡を通して眺める癖が抜けなくなってしまったのではないか、という気さえする。
『生家へ』の中に、受賞第一作を書こうとして、「夏には水をガブガブ呑む。それが弥助の健康法である」という一行を書いただけで行きづまってしまう挿話が出てくる。その一行から推測するかぎりでは、彼は自分から離れた外部に物語を作り出そうとしていたかに見える。だが、『黒い布』が力のある作品になったのは、父親という圧倒的なモデルが存在していたからであり、もしそれに匹敵するものを書こうとすれば、当時の若い彼にとっては自分自身を素材とする以外はなかったはずである。父親と同じかそれ以上に綿密に見つづけている存在がいたとすれば、それは彼自身しかいなかったからである。しかし、彼の視線は内に向かわず外に向かった。多分、若い色川武大には自分自身を書く準備ができていなかったのだろう。準備とは、自分をどう書くかという方法を探り当てることであり、それ以上に、曖昧なままで済んでいる周囲の人間との関係を明確にしていく覚悟を決めることである。陽の光にさらされた「関係」は、自分だけでなく他人をも傷つける。当然それは現実の生活の中で返り血を浴びることにもなるのだ。『黒い布』では、父の視点から自分を見させることで自身の内面の表白を巧みに避け、しかもそれが卓抜な自己批評にもなっているという効果を上げることになったが、真正面から自分を書こうとすれば、どういう形であれ内面が露出していき、「関係」に新たな緊張を加えることになる。だが当時の彼は、生活自体が極めて流動的であり、「関係」を明確にすることで自分が座らなければならない位置をはっきりさせてしまうことを、どこかで恐れていたのではないかという気がする。とにかく《爾来十六七年、私は小説というものから逃げるようにばかりして来た。小説ばかりでなく、あいかわらず、自分自身からも遠ざかろうとしていた》(『生家へ』)のである。それが色川武大としての筆を鈍らせた。 -
Posted by ブクログ
沢木耕太郎(1947年~)氏は、横浜国大経済学部卒のノンフィクション作家、エッセイスト、小説家、写真家。著者が1974~5年に香港からロンドンまでを旅した記録『深夜特急』(発表は1986~92年)は、当時のバッグパッカーのバイブル的存在としてあまりにも有名。本作品で大宅壮一ノンフィクション賞、『バーボン・ストリート』で講談社エッセイ賞、『凍』で講談社ノンフィクション賞、その他、菊池寛賞等を受賞。
本書は、1978年に出版、1982年に文庫化されたものを、2008年に新装版化したものである。
私は、1980年代にバッグパックを背負って海外を旅し、沢木の作品はこれまでに、上記の各賞受賞作をはじめ、『敗れざる者たち』、『流星ひとつ』、『キャパの十字架』、『旅の窓』、『チェーン・スモーキング』、『世界は「使われなかった人生」であふれてる』、『旅のつばくろ』、『作家との遭遇』、『あなたがいる場所』など幅広く読み、最も好きな書き手は誰かと問われれば迷わず沢木の名前を挙げるファンなのだが、本書はこれまで未読だった。
本作品は、1960年10月12日に日比谷公会堂で開催された自民党・社会党・民社党3党首演説会で、17歳の右翼少年・山口二矢(おとや)が、壇上で演説中だった社会党委員長・浅沼稲次郎を刺殺した事件を、二人がそれまでに辿った人生を含めて描いたものである。
読み終えて、改めて沢木がなぜこの作品を書いたのかを考えてみると、あとがきに、「最大の動因は、私自身の、夭折者への「執着」に近いまでの関心にあったような気がする」と書かれているのだが、それは、二矢が、浅沼を刺し殺したときに「完璧な瞬間」を味わい、完璧な時間を生きたこと、そして、その直後に自死し、「もし生きていたら」というような仮定を鋭く撥ね返してしまう、宿命としか言いようのない人生を完結したことに、強く心を動かされたということなのである。
そして、そのような二矢の明確で直線的な人生に対し、浅沼の、よろめき崩れ落ちそうになりながらも決して歩むことを止めなかった、愚直な人生が、強烈なコントラストを為していることが、作品により明確な形を与えることになった。
私は、事件当時はまだ生まれておらず、その頃の社会主義運動の広がり(と、それに対する右翼的運動の先鋭化)についての肌感覚がないのだが、そのため、二矢に対しても浅沼に対しても、また、(当時の)右翼に対しても社会主義者に対しても、思想的・感情的な思い入れはないし、また、沢木もどちらかに肩入れしたような描き方は一切していない。
尚、このタイミングで読むと、否応なく昨年の安倍元首相銃撃事件が思い出されるのだが、沢木は、どうしたら政治テロが避けられるかという視点では、ほとんど何も書いていないので(そもそも、同事件は“政治”テロではないが)、そうした内容を期待する向きは肩透かしを食らうことは付言しておきたい。
(2023年1月了) -
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購入済み西川一三と沢木耕太郎
西川一三と沢木耕太郎。時代も旅程も全く違うが旅する二人に共通する「匂い」を感じることができる。小説ではなくドキュメンタリー ルポルタージュなのだが、主人公西川一三の歩みがあまりにも壮大なので、その迫力は凡百の小説を遥かに上回っている。
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Posted by ブクログ
私はテロという暴力を肯定しない。しかし加害者である個人を否定しない。その尊厳を守るべき社会は、私たちが担う責任の集約でもあり為政者はその代表となる。民主主義社会の過渡期に起きた暗殺事件、被害者の政治家・浅沼稲次郎と加害者の右翼思想青年・山口二矢、ふたりは面識もなく現場となった日比谷公会堂で初めて対峙する。偶然が重なった警備の穴にするりと足を踏み入れた山口の決意はどれほど熟成されたものなのか、それとも当日の新聞朝刊に載った記事による衝動的な狂騒だったのか、夭折となった山口の本心は知る由もないが、最後の章で垣間見せる人情に感嘆する。彼は狂人ではない、思想の違いがこれほど常軌を失わせてしまう悲劇なのだ。その後の日本や世界の動向を知れば山口は嘆くのだろうか。ひとりの力で変革はできないが、声をあげる非暴力な “さざなみ” はやがて歴史を変える “濁流” へとつながるかもしれない。山口は焦った、その先の理想へ早く辿り着きたかった。答えは出なくてもいい、考える過程こそ大切であり、無関心でやり過ごすノンポリは愚行だと断言する。
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