沢木耕太郎のレビュー一覧
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シンプルにまとめられてて読みやすかった。
無駄がなく、誰かの過去を想起する際も、だいぶ凝縮されて書かれており、しんどさを感じなかった。
終盤、ちょっと押し込んだようにいろんな内容が詰め込まれてたのが残念。
駆け足に読ませられる印象を持ってしまった。
やっぱりボクシングの取材がしっかりされてて、根拠があるなと唸らされる。
広岡がカッコ良すぎて、キャストに佐藤浩一って合ってるなーと関心しながら読めた。
嫌悪感抱く人物もおらず、終盤、嫌と思っても仕方ないエピソードもあるが、それまでも美しく描かれてるので嫌な気持ちもしない。
爽やかな青春スポーツ小説だった。 -
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一巻から六巻のうちの五巻に突入しました
旅も終盤となると、ちょっと淋しい気持ちになります
今回は、沢山の世界遺産や有名地が出て来るので、私もネット検索しながら一緒に旅した気分に浸りました
トルコ(エルズルム、トラブソン、アンカラ、イスタンブール)から始まり
ギリシャ(アテネ、ペロポネソス半島のミケーネ、スパルタ、ミストラ、オリンピア、パトラス)
そして、地中海船旅でイタリアを目指します
トルコでは、ちょっとだけ贅沢をして、著者お気に入りのブルーモスクと海が見える部屋に泊まります
そして日本で頼まれていた事があり、それを果たしにアンカラに行きます
今まで、厳しい経済的な状況とその時の気分で動 -
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ネタバレ少女は小説を書く愉しみを覚えた。それは、『しんこ細工の猿や雉』の中の「おとなしい子に御褒美」という言葉を借りれば、物語を愛し、物語の力を信じた少女に、物語の神様が「御褒美」としてひとつの美しい手鏡を与えた、ということと同じであったろう。そこに映せばどのようにでも姿かたちを変えることができる、という美しい手鏡だ。少女は、思うがままに変容させつつ、そこに自分を映し、外界を映していく……。
だが、小説を書くという行為には、たとえそれがどれほど幼くつたないものであっても、どこかに「自らを視つめる」という契機を避けがたく含んでしまうところがある。手鏡は自惚れ鏡にもなりうるが、鏡台の前に座った少女には -
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沢木耕太郎(1947年~)氏は、横浜国大経済学部卒のノンフィクション作家、エッセイスト、小説家、写真家。著者が1974~5年に香港からロンドンまでを旅した記録『深夜特急』(発表は1986~92年)は、当時のバッグパッカーのバイブル的存在としてあまりにも有名。本作品で大宅壮一ノンフィクション賞、『バーボン・ストリート』で講談社エッセイ賞、『凍』で講談社ノンフィクション賞、その他、菊池寛賞等を受賞。
本書は、1978年に出版、1982年に文庫化されたものを、2008年に新装版化したものである。
私は、1980年代にバッグパックを背負って海外を旅し、沢木の作品はこれまでに、上記の各賞受賞作をはじめ、 -
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購入済み西川一三と沢木耕太郎
西川一三と沢木耕太郎。時代も旅程も全く違うが旅する二人に共通する「匂い」を感じることができる。小説ではなくドキュメンタリー ルポルタージュなのだが、主人公西川一三の歩みがあまりにも壮大なので、その迫力は凡百の小説を遥かに上回っている。
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私はテロという暴力を肯定しない。しかし加害者である個人を否定しない。その尊厳を守るべき社会は、私たちが担う責任の集約でもあり為政者はその代表となる。民主主義社会の過渡期に起きた暗殺事件、被害者の政治家・浅沼稲次郎と加害者の右翼思想青年・山口二矢、ふたりは面識もなく現場となった日比谷公会堂で初めて対峙する。偶然が重なった警備の穴にするりと足を踏み入れた山口の決意はどれほど熟成されたものなのか、それとも当日の新聞朝刊に載った記事による衝動的な狂騒だったのか、夭折となった山口の本心は知る由もないが、最後の章で垣間見せる人情に感嘆する。彼は狂人ではない、思想の違いがこれほど常軌を失わせてしまう悲劇なの
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