沢木耕太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ・あらすじ
第二次世界大戦末期、8年かけて中国奥地からインドまでラマ僧に扮して潜入した西川一三。
彼の旅路を西川自身の著作とインタビューから描き出す。
・感想
西川さんは本当に稀有な人物。
こういう姿勢で自分を生きることが出来る人ってそうそういないと思う。
「自分を生きる」って自分勝手とか身勝手とかではなく西川さんの様な人のことを言うのかもなって思った。
「日本のため」という口実と目的、本人の気性と行動力が噛み合って実現した8年間の旅路は西川さんだけのもの。
私には彼の様な生き方は到底不可能なので、本になることでその8年間の旅路の一欠片でも感じることができて、とても楽しかった。
「自分を低い場所に置くことができればどこでだって生きていける」
「多くのものを貰いすぎ、背中のウーグルに溜め込みすぎるということは荷を重くすることであり、前に進む歩みを辛くする事でもある。それは拓鉢においてのことだけでなく生きていく上での大事な事なのかもしれない」
たくさん心に残った文章はあるけど特にこの二つが沁みた。
欲望にはキリがないからもっともっとと求めてしまう。
社会の発展には人類のそういう性質は必要不可欠なんだけど、進み続ける、上り続けるって疲れることでもあるよなって思う。
行動力と好奇心と忍耐力を持ちすぎて、生物として純粋に強く肉体的にも精神的にも恵まれてるのでどこでだって生きていける。
ただ西川さんの様な人は現代日本のような情報管理社会には適正はない人なんだと思う。
それでも晩年の様にこうと決めたら淡々とした日々を過ごすこともできるんだろう。
そこが彼の「強さ」なんだと思った。 -
Posted by ブクログ
旅文学の新たな旅、という言うべきか。
偉大なる冒険家"西川一三"との出会い、
そして西川がどのようにチベット、ラサに至るのか。
その道中をこれまでかと表現し尽くし、
西川自身の想いやそれぞれの地で出会う蒙古人、あるいはタングート人、チベット人など、それぞれが持つアイデンティティや文化にも触れていく。
それはまさに我々自身が旅に出ているかのような、
そんな高揚感を与えてくれる冒険そのもので、
ラサに至るまでの道を文字通り同行させてもらった、
そんな思いを綴らざるを得ない。
西川の度胸やここぞの運、また旅を俯瞰することでわかる偶然の産物などは我々が旅をする際にも起きていることなのであろう。それでも西川はラサに辿り着いた。
自然に触れる一文はあまりに美しく、
ラサに辿り着いたことは我々読者の到達でもある。
そして一人旅をこよなく愛する僕にとっては、
この一文は全く偉大である。
「神仏に向かって祈っているのではない。長い労苦の象徴としてのラサに向かって首を垂れている。そこからラサは見えないが、彼らには見えているのだ。それは美しい自然の中の、もう一つの自然のように思えた。」 -
Posted by ブクログ
「第二次大戦末期、ひとりの日本の若者が、敵国である中国の、その大陸の奥深くまで潜入した。彼はラマ教の巡礼僧に扮した密偵だった。しかし、彼は日本が敗れたあともなおラマ僧に扮し続け、実に足掛け八年に及ぶ旅を続けることになった。彼、西川一三の旅も長かったが、その彼を描こうとする私の旅も長かった。・・・発端から終結まで二十五年かかったことになる。・・・本格的に執筆に取り掛かったこの七年余りにおいても、飽きるということがなかった。ここにこんな人がいたという驚きから出発して、その人はこのような人だったのかというもうひとつの驚きを生んでくれることになった。」 と沢木があとがきで書く。
「この戦争で、日本軍は、その土地その土地の人々の感情や習慣を無視してどれほどの失敗を犯したことだろう。それは、多くは無知によるものだった。何も学ばず、知ろうとせず、ただ闇雲に異国に侵攻してしまった。日本は戦争をする前に、自分や木村のような者たちを、あらゆる国に送り出しておくべきだった。あるいは、実際に送り出されていたのかもしれない。だが、その人たちは、自分たちのように、地を這うようには歩くことをしていなかったのだろう。同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じ苦しみを味わったりはしなかったのだ。」とも書いている。
西川は常に新しい土地に挑んだ。
国境も川も山も超えて突き進んだ。
氷と雪と寒風のなかを自らの足で、靴が傷めば
裸足ででも歩いた。
ラマ僧になりきるために修行もした。
性病を恐れて女性に交わらず、体を酷使して凌いだ。
土地の人や同行者と気脈を通じ、自然の美しさや峠からの見晴らしに感動するが、次の探索を急いだ。
彼は『秘境西域八年の潜航』の校正はしなかった。
送られてきた同僚木村の本には目も通さない。
終わったことは、聞かれればそのことは話すが
自分からは語らない、寡黙であった。
決めたことは必ずやる、身をもって体験する、
行動をこそ重視する人であった。
帰ってからは終生盛岡で364日仕事に没頭した。
西川の未知の世界を知ろうとする行動力が沢木の本能にスパークした。彼の体験は人間本来の可能性と希望を呼び起こす。沢木は共鳴の疼きをこの作品に結実させた。バックパッカー沢木耕太郎集大成の傑作だ。
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Posted by ブクログ
密偵としてモンゴルからインドまで旅を続け、日本人ということを隠すため、ラマ教徒と偽る。
西川さんの行動力や努力は計り知れない。
未開の地で生きていくのに、現地の言葉を覚え、托鉢をして僅かな食糧を得て、殆んどが野宿。
ヒマラヤに近い地域の峠を何度も登り降りし、匪賊
の脅威にさらされながら集落に着くと、軒を借りながら次の地を目指す。
読んでいて、西川さんの8年に渡る経験を疑似体験
したような感覚だった。
人生には、生きながらえるための食糧と寝床さえ有ればあとは何も要らないといった人生観を養えたのは、あの体験があったからなのか。
この小説に出会わなければ、このような日本人がいたと分からないままだったと思う。
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Posted by ブクログ
長い旅には人生と同じように、幼年期、少年期、青年期、壮年期があり、移ろい変わるのかもしれないという言葉にピンときた。私は一時期旅だけをして生きていきたいと思っていたことがあったが、何が目的なのか考えていくうちに、旅だけをする人生はつまらないと感じてしまった。でも、これは人生と旅を一緒に考えたからであって、歴史を勉強してから行ったり、どうしても経験してみたいことなど何か目的を持って行ったら素晴らしい経験になるのではないかと思う。作者の見てきた長旅をしている者たちは疲労で好奇心が摩耗し、外界に対し興味がなくなっている。そしていつ崩れるかわからない危うさと隣り合わせで旅の目的すらなくただシルクロードを通り道として通過する。私の旅の目的は、観光名所やお土産に興味がないことは作者と同じで、だったら何をしに外国へ旅に出るのかと聞かれると、食べ物やら人との出会いやら現実逃避やら自分探しやら、あまりパッとしない答えになってしまう。そしてそれらがどうしても旅じゃないと達成できないのかと聞かれたら、違うと言うと思う。これから旅をする理由とか目的とかを考えてみたい。