沢木耕太郎のレビュー一覧
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宝暦8年、日本の芸能史において、ただ一人だけ芸によって死刑に処せられた講釈師・馬場文耕の生き様を小説にした著者初の長編時代劇。
貧乏長屋に住み、筆耕もしながら太平記など軍記物の講釈をしていた文耕は、次第に武家物、色街の女や御店者が出てくる江戸市井の話で人気を博していく。
さらに、お家騒動の実話や将軍・徳川家重の話までするようになり、大胆さを増していく。
若い頃、一緒に道場通いをしていた田沼意次との再会、文耕と同じ長屋に住む謎の若い剣豪、貸本屋の娘で吉原に売られるお六、粋な御店衆などとの人情味あふれる交流が読ませどころだ。
主な登場人物は、皆、文耕の欲のない人柄に惚れ込み、文耕を助けようとする。
文耕は、剣の達人でありながら、剣を捨て、人の道を重んじるキャラ。
最後には、命をかけて弱者を救おうとする。
ストーリーは、庶民感覚に訴えるもので、スリルあふれる場面もあり、分かりやすい。加えて、文耕が語る数々の講釈話がそれぞれ面白い。
一粒で、十も美味しい、そんな小説である。 -
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槍ヶ岳山行に持っていき、2泊目で読み終えたので、本書の内容に引き込まれたと言っていいと思う。
1994年から25年分のエッセイのえり抜きが本書で、『そう、その通り』と、うなずきながら読み進める。若いころから著者の作品が好きでよく読んでいたが、本書のエッセイの中に、『四十年ほど前、二十代の半ばだった私は、…』と深夜特急の旅に触れたエッセイがある。まさに、今の私と同年代の頃に書かれたエッセイだ。来し方は大きく違うが、共感するところが多くある。特に本書のタイトルになっている『キャラヴァンは進む』だ。
ある年長の作家に「本を処分するとしたらすでに読んでしまった本と、いつか読もうと思い買ったままになっている本のどちらか」と、たずねられた時、若かった著者はすでに読んだ本を処分すると答えた。それに反し、年長の作家は「読んだことのない本は必要なくなってくる、そして実は大事なのは読んだことのある本なんだ」と言われたと。
これはこたえた。衝撃を受けた。著者も、年齢を重ねた今はそれに同意すると書いているが、まさにその通りだと思う。私は今まで読んできた本で思考を膨らませている。本多勝一さんや丸山健二さん、片岡義男さんや大藪春彦さん、思考だけでなく、娯楽の方向性も読んだ本により発展させてきた。その他のエッセイも、私も60歳を過ぎた今だからこその理解があったように思う。
やはり、僕は山登りをしていたあいだ、本書に引き込まれた日々を過ごしていたと思う。 -
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はて、どこまで本当なのか、それとも騙りなのか。
世話物を地で行く市井の描写。友情、朋輩、師弟の関係。さらには手に汗握る剣豪シーンなども交え、最後は政談物へと流れ込んでいく。
盛り上がってきたところで横道にそれて説明をはじめたり、どこか俯瞰した描写をしてみたり、沢木耕太郎の語り口はまさに講談そのものへの敬意に感じる。終わり方も講談的。
この小説は是非、現役の講釈師が連続読みの噺に仕立てて欲しい。
講釈師が講釈師を語り(「東玉と伯圓」のように)、さらにその中で講釈をする。
一気読みの快作。
それにしても文耕先生モテすぎでしょう、というところだけ気になったけど、こんなこともまぁ、あったとか、なかったとか。 -
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☆☆☆ 2025年7月 ☆☆☆
西川一三。このような人物がいたことはまったく知らなかった。
第二次世界大戦中に密偵として中国奥地に進入し、チベットからヒマラヤを越えインドまで旅をした稀代の旅人の物語。
本書は沢木耕太郎が西川の取材のため東京から盛岡へ発つところの回想から始まる。いまから四半世紀前というから、おそらく1998年~2000年ごろ?と思われる。「年に364日働いている」という西川と酒を酌み交わしながらの取材を重ねたものの、インタビューを中断し、再開できないまま西川は亡くなってしまう…
それでも沢木耕太郎はこの人物のノンフィクションを書くことをあきらめず、遺族への取材や資料の綿密な読み込みの結果完成したのが本書だ。
西川は山口県生まれ。少年時代から西域にあこがれを抱いていた。司馬遼太郎といい、井上靖といい、この時代の少年にとって西域は未知なるもの、冒険心をくすぐる象徴のようなものだったのだろう。
西川は満鉄に就職し中国にわたるが、職を辞し興亜義塾という組織に入り、蒙古の言葉、文化を学び密偵として中国奥地へ旅立っていく。日本と交戦中である中華民国の物資調達ルートを探ること。数年におよぶ長い旅の始まりだ。
ロブサン・サンボーと名乗り、ラマ教徒に扮して雄大だが残酷なゴビ砂漠を渡り西域へ。巡礼増の仲間やラクダとともに、アルガリ(動物の糞)を燃料としながら過酷な旅を乗り切っていく。道なき道を行き、星を見ながら方向を定める旅。
前半部分ではバト少年の死の場面があまりにも悲しく忘れられない。
旅の供として「売られた」バト少年。9歳ながらも過酷な旅に同行し、不満をもらさなかった強い少年。彼がおもちゃを与えられ初めて子供らしい喜びに浸り無邪気な笑顔を見せた数日後、病により旅立ってしまった。だからその笑顔は西川にとって忘れられないものとなった。遺体は砂漠に葬られ数日たてば、動物に啄まれ、乾燥により骨だけになってしまっていた…
さらに旅を続ける西川。
時に巡礼の旅人たちや行商人とともに。
急流を泳ぎ切り対岸に渡ってしまったラクダを連れ戻し喝さいを浴びることも。
そして1945年。
西川はチベットにて日本の敗戦を知る。 -
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第二次世界大戦末期、中国の奥地からチベットやインドへ、ラマ教の巡礼僧に扮して密偵として8年に及ぶ旅をした西川一三の記録。
沢木耕太郎さんの取材と文章で、様子が目に浮かぶような、わかりやすく迫力のあるストーリーで驚きと興奮が止まりませんでした。
戦時中に敵国へという危険な状況、スマホもない、旅の装備もない、そんな中、
例えば西川さんの旅の一部、中国の西寧からチベットのラサまでは、日本で当てはめると、北海道の札幌から鹿児島の指宿までとのこと。
それも平均高度4500メートル。
それを徒歩で。
雪や雨のなか寝たり、凍るような河を泳いで渡ったり、酸素の薄い高山を歩き通したり、不可能と思えることばかり。
人間の生命力の強さなのか、それとも西川さんの持つ運と生命力なのか。
体力だけでなく、今のように語学学習手段があふれていな
中、英語、モンゴル語、チベット語をマスター、それに加えてヒンディー語、ウルドゥー語などの読み書きもできるように。
信じられないような旅でした。
「国家という後ろ盾がなくとも、ひとりの人間として存在していける」
長く厳しい旅をしながら、西川さんの得た感想が壮大で、圧倒されます。 -
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「国家なき民族の末路は現世の地獄だななどという感想を抱いたことを思い出した。しかし、いま、自分がその国家を失おうとしている。戦争に敗れ、連合国軍の占領下にある日本は国家としての存続が危うくなっている。もはや日本という国家の庇護を受けることはできない。どうしたらいいか。」西川一三が敗戦を確信したときの記述部分。私は、ここを読んだとき、ある老紳士から諭されたことを思い出した。「海外でパスポートを無くしたとき、自分が何者であるのか証明するのは至難の業。国家が自分の存在を証明してくれている。」と。当時の私は外国への憧れが強かった。そしてなんとなく日本を軽視していたと思う。所属している国家のことを真剣に考えないことは、自分の存在すら証明できないことに繋がる。自分の国を大切にしないことは、他の国の人から見れば、自分を大切にしていないに等しく写るのではないか。国家に所属していることについて考えさせられたあの日を思い出した。