上橋菜穂子のレビュー一覧
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ネタバレなんとも壮大な世界観で、しっかりと作り込まれた物語性の高くて深淵さをも感じる小説であった。
本屋大賞をも受賞したというのも頷けるものである。
さて最終巻であるが、まさに故郷を失った火馬の民オーファンらの、巧妙な計画で東乎瑠への復讐を、ヴァンが防ぐために、まさに彼が唱える「鹿の王」とも言える行動をとる。
「飛鹿の群れの中には、群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす鹿が現れる、群れを支配する者、という意味ではなく、本当の意味で群れの存続を支える尊むべき者」が、鹿の王とのことであれば、まさに、ヴァンはその行動をとることになるのであるが、ここでこの小説が医療にも根源を求めている小説であることからも、この一言は単に表題をさすものでなく、全体を通じて流れるテーマそのものであり、生き物それ自身が成している、身体のどこかで生き死にを繰り返している流動的かつ神秘的に行われているであろうことをも内包しているように思える。
また最後にホッサルが思った
「そうだ。・・・・・・あの男はもう、独角じゃない」
という言葉から、単にヴァンは戦士の頭領という意味あいというものでなく、新たに全く異なった、人としての、家族としての繋がりを得て、まさにヴァンは「独」ではないのであろう。
これ程までに織り込まれた小説に出会えたことに感謝である。
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Posted by ブクログ
ネタバレオリエさま、幸せになって欲しい…とずっと思いながら読んでいたので本当によかった…。
海外の蝗害のニュースを見たことがあったから、あっこれは…とうっすら思いながら読み進めていた。
何のために存在するか分からない規則がより現実的な損得勘定の前に徐々に失われてしまうのも仕方のないことだと思うし、被害を直接目にしていない人をいくら説得したところで分かりました稲を焼きましょう、とはならないのも当然だよなとは思いつつ、災厄を予期していても、やがてそれが現実になっても対応が後手後手になってしまうのがとても歯痒かった。
しかしああなる前にアイシャたちに他に何ができたか?と考えると、何もない…というか既にできる限りのことはしていたので、やっぱり防ぎようはなかっただろうな…。
終盤、アイシャは神郷に向かうのだろうかと思っていたので、彼女が天炉のバッタの行方を追うという選択をしたとき、そっちに行くんだ?と意外に思った。
けれど、オリエたちと出会い心を通わせ協力してきた日々があったからこそ、異郷ではなくこちら側の世界で生きる人として現実的な道を選べたんだろうな、と納得はできた。
表立って力を振りかざすようなことを好まない性質のアイシャが覚悟を決めて香君として力を示すシーンはすごく格好良かったし、それでも自分は神ではない、ただ香りの声を伝えることができるだけだとして、一人の人間であり続けたのが彼女らしくてとても良かった。やっぱりオリエとアイシャは似ている。
全体的なストーリーの作りとして、この状況下ではそうするしかないよな、そちらが最善だよな…という一本道を歩かされているような感覚があって、アイシャの自由な意思で選択ができた場面ってほとんど無いんじゃないか?という感じがする。だからヒシャの来た方へと遡るか彼らを追いかけるかの選択が、アイシャが自分の意思で選びとった数少ない分岐点として強く印象に残ったのかもしれない。
マシュウとオリエは幸せになったけれどアイシャはどんな人生を歩むんだろうか。
女性にのみ強く遺伝する稀有な能力となれば、カシュガ家あたりの誰かと番い娘を産むよう強いられることにならないのかな…それはそれで誰にも理解されない孤独から解放されるのかもしれないが…幸せでいて欲しい…。
話の流れで十分察することができる部分についても念を押すように登場人物に語らせているシーンが結構あって若干冗長に思えたけど、幅広い年齢の読者がいるだろうことを考えれば妥当かなと思うし、幅広い年齢層に読まれて欲しいなと思った。 -
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ネタバレ元が児童書だと思えない大人でも楽しめる呪いに纏わる少女「小夜」が生まれゆえに巻き込まれた人生劇。12歳の時犬に追われる子狐を助けたことにより運命が変わり始めるその子狐はこの世と神の世のあわいに棲む霊狐「野火」だったそうしてお屋敷に閉じ込められている少年小春丸との交流。果たして小夜はどのような結末を迎えるか。自分の出自を知り小春丸を助けたいと思った小夜。だけど敵組織に使役されている小夜に惚れている野火がいてという恋愛模様だがあらすじを全く読んでいなかったためてっきり小春丸とくっつくと思っていたら最初から結ばれぬ恋見ているだけでいいと言っていた野火が大活躍を繰り広げ自分の命がどうなってもいいと野火は小夜を守り通し最終的に小夜が人間をやめ人外となり異種族婚の話として終わる。呪術と政敵争いの政治や少女の淡い恋や野火による異種族からの恋心だが敵通しであったというみんなが好きな物詰め合わせセットで最終的に綺麗によく終わらせられたなと感心するレベルでありこの大がかりなテーマを上手くまとめたこの物語に賞賛を送りたい。そうして児童書の賞を当時見事に取っているからみんな楽しんでいる物を私も楽しめた喜びがある
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ネタバレ一度は静まったはずの天炉のバッタ。
けれど物語は、まるで風が巻き戻るように、
再び羽音が空を覆うところから始まりました。
この巻があるということは、きっとまだ世界には揺らぎが残っている――
そんな予感を胸の奥で鳴らしながら、私はページを開きました。
バッタたちは、生き抜くために、より大きく、より強く変わっていた。
その変化を知ったアイシャは、御前会議で
「国中のオアレ稲を焼くべきだ」と進言します。
それを実行できるのは、皇帝か香君の言葉だけ。
オリエとマシュウは策をめぐらせ、
香君としての言葉が民に届く場を用意しようとします。
しかしその思いを察したイール・カシュガは、
オリエに毒を盛るという残酷な手を選びました。
満身創痍の体で、それでもオリエは香君として、
国の民が自ら選び取るための場をつくろうとします。
けれど、その道半ばで倒れてしまう――。
オリエの意志を継いだアイシャは、
香りで見通す力を示しながら、
香君としての言葉を人々の心へ送り届けます。
はじめは拒んでいた民も、やがてその香りで見通す力を目の前にし、
“決断には、自分たちが向き合わなければならないものがある”
と気づいていく。
そして、皇帝オードセンは覚悟を定め、
オアレ稲の焼却が行われました。
天炉のバッタの脅威は、再び燃え尽きてゆきます。
――物語の中で、私の心に深く残ったのは、
オリエがアイシャに告げたこの言葉でした。
「生き物はどんな存在に生まれるのか選ぶことはできない。
望む力を持って生まれてくるわけでもない。
それでも、それぞれが己の持つ力を活かし、
あるときは他者を助け、あるときは他者を害して生きていく。」
香君の力を持たず、けれど香君として生きてきたオリエだからこそ、
この言葉には静かな重みが宿っているように感じます。
苦しみを知り、役割の痛みを知り、
それでも前に進もうとしてきた人の声。
私は、自分のことを「平均的な人間」と思っています。
特別に秀でたものがあるわけではなく、
時に誰かを傷つけてしまう自分に
胸がきゅっとなることもあります。
でも――オリエの言葉は、
そんな自分をそっと包み込むように感じられました。
「それでも、生き物は生きていくのだ」と。
ありのままの力で、ありのままの役割を担いながら。
この物語を閉じたあと、
私の胸には小さな灯のような願いが残りました。
自分の持つ力を、静かに活かしていきたい。
与えられた役割を、自分なりに全うしていきたい。
そう思わせてくれる一冊でした。 -
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ネタバレ「なにか呼んでいる、遥か遠いものを」
その帯を目にした瞬間、胸の奥で小さな気配が動きました。
――呼ばれてはならないものが、呼び出されてしまうのだ、と。
ミリアに攫われたアイシャたちが見た、
海辺で風に揺れるオアレ稲。
本来そこにあるはずのない生命の姿。
そして、〈絶対の下限〉を越えて育てられた稲が放つ、
「来て」と囁くような気配。
応じる生き物のいないその声は、
ひどく静かで、どこか不吉でした。
やがて見えてきた“救いの稲”という名。
政治のために掲げられた旗のようなその言葉の下、
遠い異郷からマシュウの父が戻る知らせが届きます。
そこで出会ったのは、マシュウに似た男と、
空気をざわめかせるほどのバッタの群れでした。
その瞬間、私は自分の大きな勘違いに気づきました。
ずっと“虫害”は“蝗害”のことだと思い込んでいたのです。
オオヨマがそのままバッタなのだと、
何の疑いもなく読み進めていました。
けれど、マシュウの父とバッタの描写が現れたとき、
胸の内を冷たい風が抜けていきました。
――今まで描かれていたのは、あくまで“虫害”だったのだ、と。
別の作品で蝗害の恐ろしさを読んだ記憶があり、
大地を飲みこむような、雲のようなその気配を思い出すと、
物語がこれからあの惨禍へ向かうのだと想像して、
背筋がすっと冷えました。
実際の描写は悲惨さをあまり帯びていませんでしたが、
“鈍い雲”のように現れる天炉のバッタの群れを思うだけで、
心がわずかに凍りつくようでした。
オオヨマを食べて増え、産み落とされた若虫が
次のオアレ稲へと飛んでいく。
その繰り返しの中で広がっていく気配を前に、
自分ならきっと無力感に押しつぶされてしまう――
そんな想いも、静かに胸に落ちました。
それでも、広がりがなんとか抑えられたとき、
深いところからふっと息が抜けるような安堵がありました。
そして今、最終巻へ向かう道の先で思います。
バッタよりも大きなものが現れるのか、
それとも物語は異郷へ向かうのか。
その行方を思うだけで、
まだ見ぬ遠い景色が、そっと呼んでいるようです。 -
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ネタバレ「香君は、③と④は違うサブタイトルなのに、どうして①と②は『西から来た少女』なのだろう。」
そんな小さな疑問を胸に、私は本を手に取った。
読めばきっとわかるのだろうと、想いを馳せながらページをめくる。
物語は、オリエが本当の香君ではないことをアイシャが知る場面から始まる。
マシュウの計画、オアレ稲の秘密、香りを感じる力――
その一つひとつが、アイシャの出自の謎へと繋がっていく。
やがて彼女は、初代香君もまた西から来たのだと知り、
その血の流れと、自らの歩む道とが交差していることを悟る。
マシュウたちとともに、人々を飢えから救うために動き出したアイシャは、
祈願の鳩の占い師として、山間の村をめぐり、麦や蕎麦を育てる手助けをする。
けれど、その隠し畑を偶然見つけてしまった同僚のオラムが攫われ、
アイシャは自分の行いを悔いて彼を追う。
そして、オゴダの暁に捕らわれた彼女の前に現れたミリアが見せた光景を残して、
物語は次巻へと託される。
読み終えたとき、最初の疑問の答えが胸に落ちた。
①の「西から来た少女」はアイシャを、
②のそれは、初代香君を示していたのだ。
二人、そしてマシュウに共通するのは、香りを感じ取る力。
彼らは同じルーツを持つのかもしれない――そう思った瞬間、胸の奥が震えた。
皇帝がウマールの帝都からではなく、大崩渓谷から来たという描写。
言葉や葬儀の文言に潜む共通点を手がかりに世界をつなぐ筆致は、
まさに上橋菜穂子さんらしい、世界の深呼吸のような描き方だと感じた。
なかでも心に残ったのは、オリエに促されて、
自分の感じていることを言葉にしていくアイシャの姿だった。
彼女は、難しい言葉ではなく、
自分と相手が分かり合えそうな言葉を選び、
そこに“感じること”の輪郭を描いていく。
私はここ数年、「感じる力」が少し弱まっていると感じていた。
心の奥のさざ波を、うまく言葉にできなくなっていたのかもしれない。
けれど、アイシャを見て思った。
感じることは、失われるものではなく、育てていくものなのだと。
音楽を聴いたとき、絵を見たとき、風に香りを感じたとき――
その小さな“気づき”を言葉にしていく練習をしてみたい。
それが、再び「感じる力」を取り戻す道になる気がする。
自分の中に眠る感覚を少しずつ呼び覚ましながら、
世界ともう一度、やさしくつながっていけたらいい。