宮城谷昌光のレビュー一覧
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第三巻は12代霊帝の終盤から14代献帝初期の時代。しかし最早帝号で時代を数えることにあまり意味はない。中央政府は統治能力を失い、内乱から群雄割拠の時代に入るからである。
正史は政権の正当性を重視する。軍事力で洛陽を占領した董卓は極悪人だし、董卓以前の地方軍閥も「賊」扱い。後世の知識人は暢気な歴史観で登場人物を仕訳することができるが、当事者たちは正統な政権はどこにあるのか、に思い悩みながらも、次第に自らの旗を打ち立てていく。
曹操と孫堅は果敢に戦う。たとえ董卓が強大でも戦うことで名を上げ、次代の主役にのし上がろうとする。一方の袁紹と袁術は名門を背負いアンチ董卓の主役と目されながら、目の前の損 -
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宮城谷文学といえば諸国がしのぎを削る春秋戦国時代を背景に、颯爽とした英雄が登場して・・・というストーリーを愛読してきたが、三国志となると勝手が違う。貪欲な意図を持ったものが権柄を握り、清廉な志で政治を立て直そうとする者も、やがて奸悪な刃に斃れていく。正史三国志が正史紀伝体の常として、前王朝のプロパガンダ的批判から入る仕立てになっているのもあるだろうし、何より後漢書も三国志も、異民族台頭下での亡国の嘆きを基調としていることがあるのだろうか。
第一巻は後漢王朝の中盤、6代安帝から8代順帝の時代が主に語られる。前漢滅亡時に官僚が皇帝の藩屏として機能しなかった反省から、後漢王朝では科挙による学識登用 -
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部下の郊昔が楽毅を評していう「自分と楽毅とは精神の置き方や置く場所が違うようである。」という部分に、楽毅の凄さを見出している。つまり、知らず知らずのうちに自分の立ち位置を、小さな場所に留めて視界を狭めてしまうことに対する警鐘だ。偉大なる人物は自分を世界・宇宙・自然などの大きなところからとらえているようだ。そこから始まる戦略は、偉大なものになりえる。危険なのは、精神の置き場を違え、つい陥りがちな目の前の小さな問題を解決するための戦術を戦略と勘違いすることだから。
「王必ず士を致さんと欲せば、まず隗より始めよ」この不朽の名言もこの時代に生まれた言葉だ。それぞれの王が持つ精神の置き場。それを見極 -
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宮城谷 昌光さんの作品の中で上位に好きな作品です。
上巻では子供の頃の伊尹が主で
生まれてまもなく聖なる桑の木に隠されたまま他の国へ流され
神童“日”の生まれ変わりと呼ばれながら
料理人の養父母に育てられる。
ひょんなことから 王宮へ入ることになり
王子に疎まれ 何度も殺されそうになった 子供時代。
大きくなり度重なる不運を乗り越えていきます。
歴史の中でも一番古い時代?
文字もまだ出来ていない位の時代です。
最初は中国独自の考え方や 登場人物の多さ
名前 国名など少し抵抗を感じるかもしれませんが
比較的に読みやすく 伊尹の考えや気持ちが
ぐいぐい引っ張ってくれるように思います。