宮城谷昌光のレビュー一覧
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中国という国が好きか、と言われると、よくわからないです。正直なところ。
でも、三国志とか、水滸伝とか、この「太公望」なんかを読んでいると、日本という土壌では醸成されるはずのない、スケールの大きい物語観というものが確実に存在していて、それは私にとってとても大きな魅力です。
紀元前11世紀、周という巨大な国が中華の中心を治めていた。
少年、望(ぼう)のいる呂族が周に襲われる。
戦火の中で望は年端もいかない少年少女たちを引き連れ脱出。
呂族は滅亡の憂目に逢い、望をはじめ脱出した子どもたちの、苦難の旅が始まる。
のちの太公、呂望が死地を越え、周人以外を人と思わぬ周王朝の打倒を目指して活躍する物語です。
この望、という人が、頭が良くて、馬術、剣術にも長けていて、まあ非常にかっこよく描かれています。
少年時代に、いろいろな族の長や王朝の要となる人物などに「見所あり」と目をつけられるわけですが、断り続けるあたりもまたかっこいい。
もちろん、脚色たっぷりで事実そのものとはいきませんが、確かにこの地球上にこの人物が実在していたんだ、と思うと、ちょっと感動です。
大人になってからがちょっとつまらないのが残念。
前半の素晴らしさは文句なし、なだけに。
宮城谷さんは、中国の物語をいろいろ書いている人です。いつかほかのも読んでみよう。 -
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中国の春秋戦国時代を主に書いている作者の日本の戦国時代を書いた作品。
一代ではなく三代に渡ってひとつの作品としていること。そして三代というと徳川三代なら家康・秀忠・家光と考えるところだが、ここで出てくるのは清康・広忠・家康。そもそもなかなかスポットライトの当たらない家康に至るまでの三代の時代を描いているのだが、その三人が主人公ではなく、それに仕える管沼家が三代描かれている点が斬新といえば斬新。
歴史のスポットライトが当たるのはごく一部。でも、それを光り輝くために働いた人々が居たことを忘れるなよ!ということを痛切に感じさせてくれたのが本作品だ。
作品の中では、何となく流れていく部分と歴史の変節点となる部分に向かって流れていく部分など、自分の半生もそんな感じで流れてそうだなぁと何となく共感してしまうところが印象的。(いや、そんな歴史に残る人に仕えてはいないんですよ・・・。雰囲気の話です)
名誉・名声は確かに羨望してしまうものだが、堅実に生きることが大事。そう感じさせてくれる作品でした。 -
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本書のクライマックスとも言える野田城での30000(武田軍) vs 400(野田菅沼軍)の攻防戦。
リアル、スリーハンドレッド基、フォーハンドレッド in JAPAN!
約400年前にあった日本の話です。
そして、舞台は長篠の戦いへ・・・
戦国の明暗を分けた戦いの1つの顛末が、筆者独特の哲学にて語られます。
こんなこと、本当にあったんだ?
日本人は、なんだかすごいな。
そんな風に思える本書です。
それにしても塩を送ったり水を送ったりと、
日本の戦いは泥臭いのに結構妙なところでフェアです。
これも基質か?
結末はわりと切ない・・けど事実だから変えようがないのですね。
合計6冊中々読み応えがありました。
戦国時代の徳川、三河武士に興味があるなら特にオススメの本です。 -
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久々に読み応えのある長編を読んだ。
宮城谷氏は元々中国モノが得意ということで、使用される漢語が硬めなのと、序盤の豪族に関する記述が詳細なので、1~2巻は少し読みにくいかも知れない、、、と言うか、ここまでで挫折する方が居るかも?
が、3巻以降は非常にテンポ良く読めるようになる。
戦国時代中期以降に東三河に勢力を伸ばした野田菅沼氏の視点を通して語られる、織田・今川・松平・武田各氏の興亡は戦国モノ好きには堪らない。
特に序盤の松平清康(家康の祖父)に関しては、大著で扱われていることが少ないのでとても興味深く読めた。
以前から文庫化を楽しみに待っていたが、大満足でした(*´▽`*) -
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第三巻は12代霊帝の終盤から14代献帝初期の時代。しかし最早帝号で時代を数えることにあまり意味はない。中央政府は統治能力を失い、内乱から群雄割拠の時代に入るからである。
正史は政権の正当性を重視する。軍事力で洛陽を占領した董卓は極悪人だし、董卓以前の地方軍閥も「賊」扱い。後世の知識人は暢気な歴史観で登場人物を仕訳することができるが、当事者たちは正統な政権はどこにあるのか、に思い悩みながらも、次第に自らの旗を打ち立てていく。
曹操と孫堅は果敢に戦う。たとえ董卓が強大でも戦うことで名を上げ、次代の主役にのし上がろうとする。一方の袁紹と袁術は名門を背負いアンチ董卓の主役と目されながら、目の前の損得にこだわり、天下の輿望を集めることができない。
本巻でも様々な人物が登場する。だがあまりに多すぎて印象に残るのは名将皇甫嵩や曹操を援ける鮑信くらいか。学を修め徳を積んだ者が称賛をもって多数紹介されるのだが、乱世にあって多くは芽を出すことができない。この辺のギャップが、正史三国志が史記などと比較して人気がない要因なのかもしれない。
そんな中巻末に至りようやく、エリート官僚や名門とは無縁の無頼漢が次第に頭角を現してくる。劉備登場の描き方は漢王朝の高祖劉邦を意識しているのか、とも思った。 -
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宮城谷文学といえば諸国がしのぎを削る春秋戦国時代を背景に、颯爽とした英雄が登場して・・・というストーリーを愛読してきたが、三国志となると勝手が違う。貪欲な意図を持ったものが権柄を握り、清廉な志で政治を立て直そうとする者も、やがて奸悪な刃に斃れていく。正史三国志が正史紀伝体の常として、前王朝のプロパガンダ的批判から入る仕立てになっているのもあるだろうし、何より後漢書も三国志も、異民族台頭下での亡国の嘆きを基調としていることがあるのだろうか。
第一巻は後漢王朝の中盤、6代安帝から8代順帝の時代が主に語られる。前漢滅亡時に官僚が皇帝の藩屏として機能しなかった反省から、後漢王朝では科挙による学識登用でなく、考廉による徳目登用が行われ、そういう恣意的な官吏登用システムが結局は宦官や外戚による専横の土壌となった。楊震ら多くの官僚や学者たちの悪戦苦闘も描かれるが、良き意図もいずれ邪悪なものに飲み込まれていく、というペシミズムが物語の根底を流れ、変わることはない。
王朝が緩やかに衰亡へ向かう中、希望の種が蒔かれる。それが曹操の祖父である宦官の曹騰である、ということになるのだろうか。