宮城谷昌光のレビュー一覧
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「春風がやさしく草を撫でるように吹いている」
という書き出して始まる本巻は、悩める青年と言える劉文叔が故郷から帝都に出て、勉学に励む様子が主に描かれる。
さまざまな人との出逢いに彩られるその日々、読んでいて、まさに春風のように爽やかな印象を受けた。
宮城谷昌光らしい清廉な筆致である。
本作は文叔の時代からみた故事の引用が多く、それも楽しかった。
「人格は貌にあらわれる。とくに四十歳をすぎると、よけいなものが剥がれてゆき、その人の本性が貌に露呈してくる。それでも人は他人を見あやまる。見るという行為は、誤差を避けられない。が、目を閉じて聞くのはどうであろう。」『春風のゆくえ』より。
「━━人は何 -
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宮城谷作品には欠点がある。それは主人公の前半生の描写に多くを費やしてしまい、後半生の描写が希薄だということだ。よって世に出て、歴史上に名を現した時期の描写が駆け足になり、それが私にとりもの足りなさを感じさせていた。『奇貨居くべし』『風は山河より』がその例だ。
本作も全9巻のうち、第6巻でようやく有名な伍子胥の「死屍に鞭打つ」エピソードである。しかもライバルと言える范蠡はこの巻でもまだ本格的に登場していない。
先行きが心配だったが、うまくまとめられていて安堵した。
人にとって大切なものの一つは洞察力、卑近な言い方をすれば空気を読むということだ。范蠡の見事な退き際を見るに、彼は非常に優れた洞察力 -
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史実または史書に描写された出来事を拾い、それへ作者自身が解釈を加えて話を紡いでいくのが歴史小説だろう。どのような出来事を採用するかといった取捨選択には作家の考え、つまり作家性が表れる。
本巻も確かに面白かったが、宮城谷の作家性には共感できない点もあった。
諸稽郢の外交交渉での活躍は実に痛快である。彼の弁舌は後の戦国時代に現れる縦横家のそれそのもので、読んでいて楽しかった。
「徹底して理を求めると、ほかの者には不合理に映るのではあるまいか。」『大戦略』より。
「策を好む者は、策に淪没する。」『大戦略』より。
「まともに押しても動かない岩も、梃をつかえば動く。交渉のこつは、それである。」『講和成 -
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主役は伍子胥から若き范蠡へ。それでも伍子胥は輝きを失うことなく、その存在感は際立っていた。伍子胥恐るべし、である。
呉王闔廬自ら率いる呉軍の侵攻に対し、気鋭の新国主である句践率いる越軍が迎え撃つ。呉と越の存亡をかけた戦いがついに始まった。
これまで戦のシーンでもどちらかというと“静”の印象を受けていた宮城谷の筆致だが、本巻では“動”の描写の連続で、読んでいて心が震えた。
「━━人の造った物のなかで、もっとも美しい物は、もっとも醜い物になりうる。」『将来の妻』より。
「偶然とおもわれることも、天意あるいは神力がはたらいて、じつは必然であったことがあとでわかる。」『将来の妻』より。
「徳で攻め治 -
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呉に勝利をもたらす孫武のあざやかな兵法には、賛嘆と痛快さを感じてならない。まさに神算鬼謀の天才軍師である。
歴史というのは、いわば集団劇のように有名無名の多くの人たちによってつくられるのか、それとも個人の英雄的なちからによってつくられるのか…… 孫武、申包胥、そして伍子胥、彼らの姿を見ると後者のように思われた。
「勝った者は、かならず美化されます。」『蔡と唐』より。
「━━戦いとは、情報戦である。」『大別山の戦い』より。
「わずかのあいだにみえた勝機をつかみそこねると、その怠慢はかならず苦戦に変わる。」『柏挙の陣』より。
「法に例外を設けると、それがとりとめのない紊乱のもとになる。」『楚都近 -
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本巻でひときわ輝きを放っていた登場人物は、孫子こと孫武だろう。
後宮の貴妃を兵にみたてて訓練するという、あまりにも有名なエピソードは読んでいて心が躍った。
無名の彼がその兵法により世に出ていくさまは痛快だ。
「人の幸と不幸は、人とのめぐりあいで変わる。」『右[示右]の帰郷』より。
「人はおなじ感情をもちつづけることは、そうとうにむずかしい。」『子胥の外交』より。
「目のまえに倒れている者を救うことは、たしかに人助けにはちがいないが、視界の外にいる者たちを救うのが為政者のつとめである。無形の形がみえるか、無声の声がきこえるか、それが人の上に立つ者の良否となる。」『子胥の外交』より。
「自大の叫 -
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呉で政変発生、物語は大きく動く。これにより、この国に逃れた伍子胥は悲願の成就にまた一歩近づく…… 読んでいてそのような印象を持った。
清廉とも言って良い宮城谷昌光らしい筆致のため、生臭いエピソードでも、陰鬱さを感じて途中で投げださずに順調に読み進むことができた。
「━━運よく勝った。というようないいかたは、孫武にはありえない。勝敗にはかならず原因と理由がある。」『斉の国』より。
「家を大きくするには、家族だけでの経営では、限界がある。」『斉の国』より。
「旅とは、教訓そのものです。」『斉の国』より。
「知らないということは、気楽なことであると同時に、きわめて恐ろしいことである。」『暗殺の矢』 -
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乱暴な言い方だが、“時代小説”とはその時代を舞台にしたフィクション、“歴史小説”は史実(史書の記述)に沿って描かれていくもので、宮城谷昌光はそのオーソリティーのひとりだと認識している。
第二巻と同様にこの第三巻も活劇が登場する“時代小説”という印象を受け、その点が少々違和感を覚えたものの、読んでいて面白かった!
「小事を視て大事を知らなければ、とりかえしがつかない事態に遭遇するということである。」『密告者』より。
「人は根拠のないことを信じないくせに、風聞に接して右往左往することがある」『脱出路』より。
「臆病がすぎると、妄想がさらに妄想を産む」『脱出路』より。
「毎日が有意義であることは、 -
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これまで宮城谷作品は人物を通して「徳」というもののあり方がたびたび描かれてきた。
それでは「死屍に鞭打つ」など激越な生涯を送った伍子胥は、いったいどのように描かれるのか、以前から興味があった。
本作はその伍子胥が主人公であり、私にとって待望の作品といえる。
宮城谷作品らしい快男子といえる子胥だったが、まだまだ本巻はこの長編作品の序章という印象である。
「むろん人はことあるごとに、なぜそうなったかをつきとめなければ生きてゆけわけではなく、むしろ原因も理由もあえて無視するか、あるいは推測によって理解したふりをするか、いずれにせよ、人生の大小の起伏の起因を執念深くさぐっていては、まえにすすめない。 -
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本作は王粲に始まり12名の人物を取りあげた短編集である。中でも『正史』の著者である陳寿にスポットを当てたのは興味深い。
また韓遂の生涯には心打たれるものがあった。
ただ、これらの作品は全て宮城谷昌光自身の手によるものなのかは疑わしい。その理由は宮城谷作品の“肝”の一つといえる漢字の使い方が、作品により異なるからだ。しかし、それが本作の評価を下げることにはならなだろう。
どの作品も面白かった。
「人は、出発はおなじでも、おなじ道を歩きつづけることはむずかしい」『許靖』より。
「人は無名のころに他人から受けた恩と仇を死ぬまで忘れない。恩を忘れず、仇を忘れることができたら、その人は聖人に近い。曹操 -
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文春文庫で「三国志」全12巻の刊行を終えたことを機に出版された、三国志や中国史に関する論考と対談を一冊にまとめたもの。
収録内容は、目次を要約すると
・「歴史小説」観を聞くロングインタビュー
・三国志とそれを正史で語ることに関する自作解説
・歴史小説を語る対談
水上勉
井上ひさし
宮部みゆき
吉川晃司
江夏豊
五木寛之
・中国古代史に関するエッセイと対談
白川静
平岩外四
藤原正彦
秋山駿
マイケル・レドモンド
・項羽と劉邦を語るエッセイ
となっています。
ファンブック、それも宮城谷昌光版の三国志を読んだファン向けであることは一目瞭然です。
そ -
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中国歴史モノ、畏れながらも何も知らない自分ですが、先輩のオススメがあったのでこわごわ手を伸ばしてみました。
とりあえず、「楽毅」ってIMEの変換で出てくるくらいの有名人だったのか…というレベル。中山国の首都、霊寿も石家庄と言われると何となくわかるような。
全4巻の第1巻、序盤はスロースタートの印象でしたが(色々と国やら背景やらを説明されるものの、ストーリーと連動しないからまぁ頭に入ってこない…)、本巻の半分くらいからはテンポ良く話が進んでいきます。
人の駆け引きであったり、兵法であったりが出てくるあたりは今後の面白さを感じさせます。文中に出てくる「孫氏の兵法」と「墨子の兵法」の違いは、戦略と