宮城谷昌光のレビュー一覧
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本巻でひときわ輝きを放っていた登場人物は、孫子こと孫武だろう。
後宮の貴妃を兵にみたてて訓練するという、あまりにも有名なエピソードは読んでいて心が躍った。
無名の彼がその兵法により世に出ていくさまは痛快だ。
「人の幸と不幸は、人とのめぐりあいで変わる。」『右[示右]の帰郷』より。
「人はおなじ感情をもちつづけることは、そうとうにむずかしい。」『子胥の外交』より。
「目のまえに倒れている者を救うことは、たしかに人助けにはちがいないが、視界の外にいる者たちを救うのが為政者のつとめである。無形の形がみえるか、無声の声がきこえるか、それが人の上に立つ者の良否となる。」『子胥の外交』より。
「自大の叫びは、世の顰蹙を買うだけであろう。」『孫子の兵法』より。
「復讐心は、他人を殺すが、それが返ってきて、おのれを殺すもととなる。」『孫子の兵法』より。
「理を極限まですすめてゆくと、非常識とかわりがなくなる、ともいえる。」『春景色』より。
「人の思考と行動を解く鑰は、多くの人がみのがす細事にあります。」『女兵』より。
「人を試すことは、おのれが試されることになる。」『女兵』より。
「ものごとには多面があり、人はどうしても一面しか視ず、そこから事象の深奥を洞察しようとする。視点を移して、ほかの面を視ることは、かんたんなことであるようにみえるが、じつは至難である。つまり、他人の意見はほかの面を映す鏡となるので、他人の話をきくことも大切なのである。」『女兵』より。
「他人の晦さは、自身の幸せ、であるとはいえ、国も人もおなじで、謙虚さ、慎重さを忘れてはなるまい。」『季子の死』より。
「強くなることを急ぎすぎると、かえって弱くなり、大きくなることを急ぎすぎると、かえって小さくなる、ということもあるのです。」『季子の死』より。
「失敗を失敗のままおわらせることを、ほんとうの失敗というのです。(中略)ほんとうに努力した者は、たとえ失敗しても、そこに成功への鑰をみつけているはずです」『鍾吾と徐』より。
「他人のためになにもしないで、おのれだけが助けられる人は、この世にいません」『神出鬼没策戦』より。
「計画が精密すぎると、かえって窮地におちいることがあるのです」『神出鬼没策戦』より。
「すさまじい努力をしても、時と人にめぐまれなければ、花は咲かぬ。」『神出鬼没策戦』より。
「大事をなすためには、小事をおろそかにしてはならない。」『呉軍と越軍』より。 -
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呉で政変発生、物語は大きく動く。これにより、この国に逃れた伍子胥は悲願の成就にまた一歩近づく…… 読んでいてそのような印象を持った。
清廉とも言って良い宮城谷昌光らしい筆致のため、生臭いエピソードでも、陰鬱さを感じて途中で投げださずに順調に読み進むことができた。
「━━運よく勝った。というようないいかたは、孫武にはありえない。勝敗にはかならず原因と理由がある。」『斉の国』より。
「家を大きくするには、家族だけでの経営では、限界がある。」『斉の国』より。
「旅とは、教訓そのものです。」『斉の国』より。
「知らないということは、気楽なことであると同時に、きわめて恐ろしいことである。」『暗殺の矢』より。
「優秀な臣下こそ国の宝である。」『暗殺の矢』より。
「怨みを忘れて生きれば、人は聖人となる。」『運命の年』より。
「人はゆるやかに、無理なく成長していったほうが、器が大きくなりやすい。」『運命の年』より。
「二十代とちがって三十代になると過去の風景は厚みをもつ。その厚みの上にいまがあることもわかる。」『王と将軍』より。
「人はおのれが立てた計画に熱中しすぎると、あたりがみえなくなる。」『王と将軍』より。
「兵略家は、失敗をも、考慮にいれて戦うものなのだ。かならず、ひとつの失敗をおぎなうための手段を講じている。」『[魚專]設諸』より。
「敵対する者たちを徹底的に圧殺すれば、なるほど敵対勢力はすつかり消滅する。しかしながら、かならず怨みが大きく残る。後年、その怨みが巨大な害となって襲ってくるのである。」『初秋の風』より。
「その決断をすみやかにせよ。誤った決断を恐れて、ためらっていることのほうが、より悪い。早い決断は是正しやすいが、遅い決断は、とりかえしがつかない。」『初秋の風』より。 -
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乱暴な言い方だが、“時代小説”とはその時代を舞台にしたフィクション、“歴史小説”は史実(史書の記述)に沿って描かれていくもので、宮城谷昌光はそのオーソリティーのひとりだと認識している。
第二巻と同様にこの第三巻も活劇が登場する“時代小説”という印象を受け、その点が少々違和感を覚えたものの、読んでいて面白かった!
「小事を視て大事を知らなければ、とりかえしがつかない事態に遭遇するということである。」『密告者』より。
「人は根拠のないことを信じないくせに、風聞に接して右往左往することがある」『脱出路』より。
「臆病がすぎると、妄想がさらに妄想を産む」『脱出路』より。
「毎日が有意義であることは、いかなる聖人にとってもありえないが」『呉へ━━』より。
「時のむだづかいのほうが、人生にとって、損失は大きい。」『呉へ━━』より。
「おのれを大切にすることは、人を大切にすることになる。」『蘭京の船』より。
「大器をつかいこなすには、それ以上の大器が要る。」『延陵の地』より。
「人の智慧と勇気には限度があり、天下で偉業をなす者には、かならず天佑がある」『呉王と公子光』より。
「良い主とは、━━よく聴く人。である。」『呉王と公子光』より。
「天に活かされたと感じたかぎり、大事にむかって邁進しなければならない。」『呉王と公子光』より。
「偉材を活用できるのは、英主のみだ。」『謎の絵図』より。
「ながながと説くと、かえって決断をにぶらせることに気づいた。自身の運命を拓くのに、よけいな助けは要るまい。」『謎の絵図』より。
「人は、多くのことを知れば、かえってつらくなるということがある。」『謎の絵図』より。 -
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これまで宮城谷作品は人物を通して「徳」というもののあり方がたびたび描かれてきた。
それでは「死屍に鞭打つ」など激越な生涯を送った伍子胥は、いったいどのように描かれるのか、以前から興味があった。
本作はその伍子胥が主人公であり、私にとって待望の作品といえる。
宮城谷作品らしい快男子といえる子胥だったが、まだまだ本巻はこの長編作品の序章という印象である。
「むろん人はことあるごとに、なぜそうなったかをつきとめなければ生きてゆけわけではなく、むしろ原因も理由もあえて無視するか、あるいは推測によって理解したふりをするか、いずれにせよ、人生の大小の起伏の起因を執念深くさぐっていては、まえにすすめない。」『柳陰沢』より。
「正義とは理想のひとつではあるが、家も国もそれを堂々と掲げることができるときは、強い。」『旅立ち』より。
「人材こそ国と家の宝だ。」『剣の勝者』より。
「謎めいたことがわかったあとすこし落胆することがある。知るということのつまらなさをふりかえると、問いの尊さにくらべて答えは卑しいとさえおもってしまう。」『新しい船』より。
「求めなければ、得られないさ」『長い夏』より。
「ひとつ大きな事をおこなうとそれにともなって吉凶あるいは陰陽が同時に生ずるということである。」『長い夏』より。 -
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本作は王粲に始まり12名の人物を取りあげた短編集である。中でも『正史』の著者である陳寿にスポットを当てたのは興味深い。
また韓遂の生涯には心打たれるものがあった。
ただ、これらの作品は全て宮城谷昌光自身の手によるものなのかは疑わしい。その理由は宮城谷作品の“肝”の一つといえる漢字の使い方が、作品により異なるからだ。しかし、それが本作の評価を下げることにはならなだろう。
どの作品も面白かった。
「人は、出発はおなじでも、おなじ道を歩きつづけることはむずかしい」『許靖』より。
「人は無名のころに他人から受けた恩と仇を死ぬまで忘れない。恩を忘れず、仇を忘れることができたら、その人は聖人に近い。曹操は恩を忘れず、仇を忘れたふりをすることができた。ゆえに彼は英雄であり傑人であった。忘れたふりをつらぬくことさえ、凡百の人にはできない。」『蔡琰』より。
「身分の高低にかぎらず、怠慢はかならずおのれを損するかたちで返ってくる。それは人だけではなく王朝という組織についてもいえることかもしれない。」『蔡琰』より。
「武人にとっての弁解とは、敗戦の原因についてくどくどと解説することではなく、つぎに汚名を雪ぐほどの功を樹てることであろう。」『陳寿』より。
「勇気とか不屈とかいう精神は、政治や軍事の表舞台に立つ者だけが発揮するものではない。無名の者でも、あるいは匍匐叩頭して生きなければならない者でも、失ってはならない。失わないかぎり、その精神がかがやくときがくる。」『陳寿』より。
「文芸には伝播力ある、と最初にいったのは孔子であり、その点でも、かれは偉大であった。事実というものは、そこにとどまるが、その事実が文芸的表現をまとうと、時空のかなたまでゆける。」『楊彪』より。 -
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文春文庫で「三国志」全12巻の刊行を終えたことを機に出版された、三国志や中国史に関する論考と対談を一冊にまとめたもの。
収録内容は、目次を要約すると
・「歴史小説」観を聞くロングインタビュー
・三国志とそれを正史で語ることに関する自作解説
・歴史小説を語る対談
水上勉
井上ひさし
宮部みゆき
吉川晃司
江夏豊
五木寛之
・中国古代史に関するエッセイと対談
白川静
平岩外四
藤原正彦
秋山駿
マイケル・レドモンド
・項羽と劉邦を語るエッセイ
となっています。
ファンブック、それも宮城谷昌光版の三国志を読んだファン向けであることは一目瞭然です。
それがわかっていながらも宮城谷昌光の本を読んだことがない自分が手を出したのは、もちろん宮部みゆきとの対談が目当てです。
でも、三国志は吉川英治版と横山光輝版とコーエーのシミュレーションでたっぷり楽しみましたし、宮城谷昌光は本屋さんの棚では大体宮部みゆきのそばにあるし(関係ないw)、いずれその著作の「正史に基づいているのが売り」の三国志も読んでみたいと思っています。
そんなこともあって、お目当ての宮部みゆきとの対談以外の部分も楽しめるんじゃないか、と思い読み始めたわけです。
三国志がテーマになっているところは、インタビューにせよ解説にせよ対談にせよ、楽しく読むことができました。
これは、自分が三国志の登場人物のうち好きな者を書き出すと夏侯惇、典韋、許褚…と、どうやら曹操陣営の武将に肩入れしているのが理由の一つでしょう。
「三国志演義」が元になっている他の三国志では、劉備と関羽張飛が主役で、曹操は敵役ポジションですが、宮城谷昌光はまず曹操の祖父曹騰から語り始め、その後も曹操と劉備の扱いが公平です。
そんなところに親しみを感じ、読み進むにつれ「黄巾の乱」の黄色の意味などの豆知識を挟みつつも後漢末期から晋成立までの間を俯瞰する眼差しで書かれた宮城谷版三国志は、いつかは読みたい本リストのかなり上のほうにリストアップされることになりました。
ただ、それ以外の古代中国を語っている部分は馴染みがなくて(よく知られていると思われる項羽と劉邦ですら、知っているのは名前だけです)やっぱり予習不足を痛感しました。せめて話題になっている人がどういう風に言われている人なのかくらいは知らないと(例えば『信長って「うつけ」って言われているけど実は』って話は前提になっている通説を知らないと楽しめませんよね)読んでいても字面を追っているだけで内容が頭に入ってきません。
肝心の対談について。
楽しみだった宮部みゆきとの対談はちょっとおとなしめでした。それでも仕事場や仕事の進め方についての話が聞けて興味深く読むことができました。ワープロと会話する宮部みゆき、今は何を使っているんでしょうか。
ただ、特に作家や評論家などの出版関係者以外の人との対談は、対談として成立していないような気がします。
江夏豊とか吉川晃司とかと対談をしていて、こちらも読むのが楽しみだったのですが、彼らはその道では超一流の人だけど、宮城谷昌光との関係は作家と一ファンです。作家とその一ファンの対談なのですから、どうしても作品をベタ褒めする内容になってしまっていて、そんな対談を自分のようにファン未遂の人が読むとどうしても引いてしまうことになります。
ということで、やっぱり宮城谷版「三国志」を先に読んでおくことが大事でした。余裕があるなら、三国志と直木賞受賞作の夏姫春秋 くらいを先に読んでからこちらを読んだほうがよかったと思います。
いずれこれらを読んだときに再読します。 -
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中国歴史モノ、畏れながらも何も知らない自分ですが、先輩のオススメがあったのでこわごわ手を伸ばしてみました。
とりあえず、「楽毅」ってIMEの変換で出てくるくらいの有名人だったのか…というレベル。中山国の首都、霊寿も石家庄と言われると何となくわかるような。
全4巻の第1巻、序盤はスロースタートの印象でしたが(色々と国やら背景やらを説明されるものの、ストーリーと連動しないからまぁ頭に入ってこない…)、本巻の半分くらいからはテンポ良く話が進んでいきます。
人の駆け引きであったり、兵法であったりが出てくるあたりは今後の面白さを感じさせます。文中に出てくる「孫氏の兵法」と「墨子の兵法」の違いは、戦略と戦術の違いに似ているようにも思え、なるほど楽毅の凄さを感じさせます。しかし、挿絵の印象と文中の印象が全然一致しません(笑
何にしても、歴史小説の常で、人間同士の駆け引きや地政学を大いに楽しませてもらえそうな本です。とりあえずは4巻全部読み通してみようかなと。
いきなり読み出すには取っつきづらい本で、オススメがなければ自分からは絶対に手に取らなかった本だと思います。先輩のリコメンドに感謝。 -
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ネタバレ五巻までは五子胥編、六巻からは范蠡編だ。
五子胥編では、楚出身の子胥が父、兄を誅殺され、呉に逃れて、楚に復讐するはなしだが、そんな中でも、孫武と出逢い、これを呉にまねき、闘いに勝っていく様がこ気味良い。復讐は、既に死んでいた楚の王を墓から出して屍に鞭打ってけりをつける。五子胥は、呉王 闔臚に信頼されていたので、楚出身といえども、呉を使って、復讐ができたのである。
范蠡編は、呉越の戦いだが、越王 允常は破棄旺盛で、呉を侵したが、ケガを負い亡くなってしまう。越王 勾践に代わり、こちらは非常に民衆からも慕われていたが、闔臚の後の呉王 夫差となったとき、戦いで負けたため、夫差に囚われ、僕のような生活を強いられた。これになんとか耐え、范蠡などの奔走で国に返ることを許された。その後、勾践は、国を富ますために、10年間無税にするなどし、満を持して呉との闘いにいどむ。その頃、呉は夫差の悪政により、軍も弱くなっており、戦いは圧勝に終わり、復讐をはたしたのである。
全9巻 -
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徳川家に仕える大久保一族を書いた小説。山岡壮八の徳川家康と比べると、作者の違いによって異なる家康像が見えてくるのも面白い。綿密な研究で歴史をより忠実に描こうとしている作者なため、歴史について学べるところが大きい。物語としての面白さは少し半減するのだが。
一向一揆について、山岡壮八著では家康の母であるお大が、家康に無益な戦をやめるように諭し、慈悲を持って一向一揆収めたように描くが、この作品では家康を母を高めるためにそんなフィクションを作らない。リアルな一向一揆と、その特に感動的ではない収束を描く。
長篠の戦いも、鉄砲の魅力が事を決したように描かないのが、新鮮だった。