宮城谷昌光のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ああ、項羽と劉邦を読んだなぁと思い出した。受験の漢文対策で読み、クラスメイトに貸したのだったが、難しくて読めないとかなんとか言ってついに帰って来なかったっけ。また読みたいなと思った。
張良は20歳までの3年間、倉海君のもとで剣術や学問を習う。帰国の翌日、韓の公子非が秦へ赴く。韓非について秦にいく方士ふたりに秦の動向を教えてもらうよう手配する。
公子成、横陽君が張良に挨拶に来る。
張良はいつか天下を補佐すると言われていたが、それを聞いた秦王の補佐李斯は張良暗殺を白生に指示する。
白生は張良のもとを訪れる。一見して秦から逃げてきたようだ。韓非子は秦の牢内で殺された。それを知った張良はいずれ秦に攻められると考えて軍事訓練である狩りをしようとするが、そこを暗殺者に狙われる。調査したが誰が内通者かわからない。
秦が韓を攻めてくることになったが、韓の対策はゆるい。60日で韓都に秦がなだれ込んできた。弟の子叔、家令の桐了、秋成戦死。張良は逃げ延びる。倉海君の世話になる。韓王は秦に囚われた。荊軻は秦王の暗殺未遂を起こす。燕と楚が秦に滅ばされる。斉も平定されて始皇帝となる。
馳道が作られる。始皇帝が泰山に参る時に暗殺を企てる。力士に鉄槌を投げさせるが失敗した。張良は橋のところで老人から太公望の兵法の書を授かる。張良は項伯を助ける。焚書坑儒が行われる。巡行の最中に始皇帝没す。
二世皇帝は胡亥となる。叛乱が起きる。張良は劉邦に会い、臣下として支えると告げる。劉邦の元には蕭何、曹参、夏侯嬰、樊噲がいた。秦軍と戦って負ける。すぐさま碭を攻める。項梁も台頭してくる。友人の項伯と項梁は兄弟で、生き残ったのは二人だけらしい。兵を借りるのに手を貸してくれた。借りた将兵は無傷で返した。楚王を立てて武信君とする。
項梁が公子成、横陽君を探し出してくれた。横陽君は武信君に謁見する。韓王と認められる。張良は韓軍の補佐役になる。長社、新鄭を落とす。兵を東と西に分けて落としながら進む。項梁が死んだ。武信君も横陽君も狼狽えて逃げた。張良は病だ。やがて劉邦が横陽君を連れて合流した。韓信に会う。張良の臣下となる。
-
Posted by ブクログ
さて、下巻です。
危険を避けるために、ついに国外へ亡命することになった重耳さん一行。これからの旅路が、彼らの本当の試練となります。
彼らはこれからいろいろな国を巡りますが、冷遇する国、厚遇する国,様々なんですね。面白いのが、器の大きい君主ほど、彼らを厚遇します。特に覇を称える斉の桓公は最上級のおもてなしです。重耳さんはあまりに嬉しく、斉で暮らしたいと思うようになります。こういう素直な重耳さんはいいですね。最初は自分もそのまま斉に住めばいいのにと思ってました。ですが、英雄の周りには同じくらい、もしくはそれ以上の器量の人が集まるのでしょう。彼らは重耳さんが必ず晋に帰って、覇を唱えると信じています。そのため、主を騙して連れ出そうとします。中々やりますよね。
そうして、みんなの想いを再確認した重耳さんはいよいよ、晋に帰り覇を唱える志を立てます。
ちなみにそのまま斉に残っていたら、おそらく後継争いに巻き込まれて、散々な思いをしていたことでしょう。仲間ってほんとに大切です。
さて一方の晋国では、重耳さんの弟が即位してましたが、彼は悪辣で、約束を平気で破る悪君でした。晋の国民は重耳さんの帰国を願うようになります。
ここに及んで、重耳さんは、もし弟に先んじて君主になっていたら、弟の立場と逆転していたかもしれないと考えます。あの時、安易に即位を望まず、国を出て旅をしてよかったと思います。確かに重耳さんは、この旅で器量を大いに高めたと言えるでしょう。
これは宮城谷先生の思いもあるんじゃないかと思いますが、先生の作品にはこうした運命の錯綜のようなものがよく出てくる気がします。「太公望」の望と彪のように。ちょっとの選択で立場が変わる、そうした人生の厳しさを教えてくれる気がします。が、一方、誰を信じるか、何を目指すかが大事とも教えてくれている気もします。
また、この作品、重耳さんたち主要キャラもさることながら、閻楚という暗殺者と介子推という棒術の達人のやり取りが面白いです。
介子推は、また別で主役の作品がありますが、達人よろしく、生き様もかっこいいです。「咎めてもってこれに倣うは罪甚し」座右の銘としたいです(中々しっかりと守れませんが…)
宮城谷先生の作品は勉強になります。
さて、器量を高めた重耳さんとその仲間、はたまた彼を厚遇した君主や冷遇した人にも、色々なエピソードがあり、春秋の物語とそこに生きる人々の思想を満喫できる作品だと思います。何度も読めるいい本だと思います。 -
Posted by ブクログ
宮城谷昌光氏の中国歴史小説を読もうと思い立ち、以前から読もうと思っていた一冊。
初めて本書の主役である楽毅の名前を知ったのは、漫画『キングダム』。春秋戦国時代の末期を描くこの漫画において、「軍神」、伝説的な存在として紹介されており、これだけ乱世、群雄割拠の時代にここまで称される人物に興味を持ちました。楽毅は、戦国七雄に滅ばされる小国、中山国の宰相の子として生まれ、若くして兵法を学び、大国である趙の侵略に抵抗し、中山国滅亡後は、燕の将軍として他国と連合し、大国・斉を滅亡寸前まで追い込んでいく壮大な歴史を描きます。戦争の指揮だけではなく、外交、交渉、国王や部下との関係性など、乱世のダイナミズムを存分に味わうことができます。劉邦や諸葛亮が尊敬したという人物を、堪能できる内容でした。
続いては、みたらしだんごZさんにおすすめされた、『重耳』を読んでいきたいと思います。
<本の概要>
ついに中山国は滅亡した。祖国を失った楽毅は趙の主父から仕官の誘いを受けたが、折しも王位の継承をめぐり趙では内戦が勃発。主父は無惨にも餓死に追い込まれた。諸国を転々とし雌伏のときを過ごしていた楽毅の前途に光明がさす。楽毅の将才を高く評価する燕の昭王が三顧の礼で迎え、大望を託そうとしていた……。三国志の諸葛孔明、劉邦らを魅了してやまなかった名将を描く歴史巨編。 -
Posted by ブクログ
春秋戦国以前の中国の話である。
太公望は実に有名だが、釣りの代表にもなるように、私の中ではすでに「おじいちゃんからスタート」していた。
しかし、当たり前のことだが、太公望にも若い頃があり、幼い頃があった。
その太公望の人生が小説として描かれている。
三国志はマニアなので、昔の中国地名は、よくわかる方だが、困ったことに地名が全く当時と異なっている。
日本で言うところの越後・越前・出雲など、廃藩置県以前の名前を覚えているのが 三国志時代だとすると、さらにその前の時代の呼び名が出てくる。
感覚的には日本の平安時代の頃に呼ばれている呼び名を思い出すような感じなのだろうか?とは想像している。
しかし、その難しい時代にもかかわらず、作者は、実に見事に文中に、その背景をまとめてくれている。
著者の腕が悪いと、単なる説明くさい「映画の中に突然CMが入るような感覚」に落とされるが、そのようなことは一切なかった。
国民的有名作家、司馬遼太郎氏には申し訳ないが、彼の作品は脇道が多すぎて、本編が分かりにくくなっている。 私のような単純思考の者には、あまり関係のない余談が多すぎるとよく分からなくなる。
ミニゲームに熱中するうちに、本編のゲームで何をやるかを忘れてしまう姿にも似ている。
しかし、そんな私であっても、違和感なく、飽きることもなく、読み進めることができる。
予備知識がない人でも十分に楽しめて、なおかつ、 詳しい人でも楽しめるという小説を書けるのは、ただの努力や才能では及ばない何かがあると思わせる。
※以下内容はややネタバレであるので、もし1ミリも知りたくないという人は、以下は読まないで、おいていただきたい。
ただ、個人的には、これを知ったとしても、本編を読む興味深さを損なうものではないと感じているので、書いておく。
この書を読むのにまず壁となるのが「地名」である
ある程度、現代に置き換えて説明しておく。
主人公「望」の目指す「孤竹(コチク)」とは天津アマグリや天津飯で有名な天津の辺りであり、北京の右下辺りである。
なので、今の感覚で言うと結構都会になってしまう。
商売の語源となった商(ショウ)の国は、 三国志時代で言うと中原の辺りであり、ギョウ、キョトの辺りではないかと推測される。三国志の曹操が治めていた超都会である。
つまり、主人公は、都会の中心から北の方の外れまで、逃れてきたことになる。
日本に置き換えると京都で暮らしていたが、戦で負けて蝦夷のあたりまで逃げよとお父ちゃんに言われたと考えられる。
そういう想像としては多分にできるのだが、実際に「どこからどこか?」と、気になる理系的私のようなタイプとしては、実際のどの辺りからどこまでというのが、まず壁になる。
できれば、最初の地図に『天平の甍』のように矢印で作者に書いておいて欲しかった。
『天平の甍』で作ってしまった トラウマについては、そちらに書いておいた。その破壊力は同じ読者として、注意しておくと良いかと思ったので、気になる方はそちらを読んでいただきたい。
さて、人物名に関しては「一文字」が多く、 名前だけでは、男か女か全くわからなくなることがあるので、先に名前は覚えておいた方が良い。
表紙のすぐ近くにある「人物紹介」では結構なネタバレが書かれている。「おいおい、そこまではちょっとバラさないでくれよ!」というのが一巻ですでに書かれてしまっている。
そこまでバラしてしまうのなら、むしろ主人公のたどった道を地図で記して欲しいものである。
そういったマイナス要素を 業務をいびる 姑のような感じであげつらったものの、小説としては完全に完成されている。
子供視点での危機回避。謎めいた女たちの存在。 仙人を思わせる老人からの剣術の指南。助けた子供の成長。幼いながらも見出された才能から成長していく姿。
やばすぎる!
この溢れる現代にも十分通用するストーリーの壮大さ!
「もしかしてこのまま漫画化したり、アニメ化すれば、ものすごい売れるんじゃない?」というぐらい、ファンタジーと時代背景と歴史的検証と全てがこもっている作品であった。
もしかすると、もう漫画はあるかもしれないが、調べていないので分からない。
死ぬまでに読んでおきたい一書であった。
-
Posted by ブクログ
蜀の話。私としては、歴史の勝者魏が好きなのだが(勝ち馬に乗っていくスタイル)、やはり三国志の力はすごくて蜀の人々は馴染みがありすぎる。調べてみたら、魏のあとの司馬氏晋を倒した王朝が三国志を持て囃して現在の人気らしい。わかる。
名前は中国の名前なので、スッキリ出てこないのが当然だと思うのだけれど、三国志の場合、こうしてまとめている半分くらいの人名はちゃんと予測変換で出てくるのが、すごい。三国志の人名であっても、どの程度の人がわざわざ書くか考えると、あまりにも人気すぎる三国志だなぁと感心せざるを得ない。
関羽。字を雲長。人助けのために顔役を殺して解県から出奔。商隊の警護人に紛れ込み全国を転々とする。劉備玄徳の家に住み込んで用心棒になる。黄巾の乱の時に劉備とともに義勇兵になる。劉備の隊の武功は上に認められ、安喜県の尉に任命される。次に宦官を討つべく何進の義勇兵になり、高唐県の尉から高唐県令になる。呂布が劉備を殺そうとして、劉備は逃げて、曹操は劉備を匿い、呂布を討つ。劉備は袁術を討つため出兵してトンズラする。
この時期に関羽は二人の息子関平と関興を呼び寄せている。赤壁の戦い。
劉備は益州と荊州を領していたが、呉軍が攻め入る。和睦する。だが引く時に呉の罠にかかって関羽の首はなぜか孫権から曹操に贈られた。曹操は礼をもって葬った。
張飛の家は劉備の家の近所だった。転がり込んできた関羽と張飛は語り合う。黄巾の乱の後、公孫瓚と結ぶが手切れとなる。劉子平が玄徳を殺しにきたが殺せず帰る。劉備は呂布に命を狙われるが、最終的には呂布に迎えられ妻子を返される。次に曹操が荊州平定にやってくる。逃げる。孫権の妹孫夫人が劉備の息子劉禅をさらって逃げたが、趙雲が取り戻した。劉備は益州を手にする。曹操びっくり。
この後劉備は皇帝に。張飛は右将軍になる。関羽は亡くなる。孫権に報復のために出師した。その出陣の途中で張飛は部下に打たれた。
張飛の二人の娘は劉禅の皇后になった。
諸葛亮 幼い日を奉高県で過ごした。兄が諸葛瑾、弟が諸葛均。兄は洛陽に留学。曹操軍が攻めてきて、退却していった。袁術の誘いが来たが断った。いろいろあって劉備が訪ねてくる。3回目に初めて会う。天下三分の計を披露する。劉表が没する。曹操が荊州に入ってくる。赤壁の戦い。この後関羽や張飛が頑張って荊州が盤石に。次は益州。
劉備は皇帝になって孫権に向けて出師の命令を出す。このあと劉備は病気に。諸葛亮に「曹丕の10倍才能があるから頑張ってくれ」と頼む。その後泣いて馬謖を斬る。そのあと劉備が病没した。諸葛亮は司馬懿と好敵手であった。
趙雲。字は子龍。義勇兵として公孫瓚に差し出される。劉備につくように言われた。部下たちが常山に帰りたがるので一度平原を去る。公孫瓚は袁紹に攻められて自殺。劉備が曹操に攻められて鄴県に逃げ込んだところで、趙雲合流。子叔とともに兵を集める。劉備は袁紹のもとで曹操と戦うが負ける。劉備は劉辟らとともに許県周辺を荒らしまわる。関羽が曹操のもとから帰ってきて、曹仁に攻められて逃げる。蔡陽が攻めてきた時は戦った。官渡の戦いが終わる。諸葛亮加わる。劉表が病気に倒れ、曹操が掃討軍を動かす。劉備は逃げたが、趙雲は甘夫人と阿斗を救いにいく。
孫権の妹の孫夫人はかねてから劉備と離婚したがっていたが、故郷に帰る時に手土産として阿斗を連れ去った。趙雲は阿斗を取り返す。
そのあといろいろ曹操と戦って、益州は蜀となり劉備は皇帝になり劉禅(阿斗)が践祚し、諸葛亮は北伐を行う。翌年趙雲死す。
李恢 董和の推挙により成都へいくことになったが、途中気が変わり劉備につく。馬超が助けを求めてきたので、李恢は迎えにいく。そのあと李恢は誣告されるが、逆に昇進する。
劉備は皇帝になる。南中が乱逆したため南征を決意。李恢は中路軍の将帥となる。李恢は多くの功を立て、漢興亭侯、安漢将軍になる。
王平 字は子均。夏侯淵が劉備に倒された時、王平は曹操のもとにいて校尉だった。あまり曹操軍の居心地は良くなかったので、先陣を任された時にこれ幸いと劉備に降った。
やがて劉備は皇帝になり、病没。諸葛亮の軍が祁山を攻撃。王平は馬謖の下にいる。馬謖が山に籠って攻めるというのを反対したが聞き入れられず。世に聞こえる惨敗となり、王平は兵をまとめて引き上げた。3年後また祁山を攻める。王平は張郃に攻められたが持ち堪え、張郃は戦死した。
諸葛亮が病没した時、出兵している兵たちが内乱状態になりかけたが、王平は収め、前監軍、鎮北大将軍になる。曹爽が攻めてきたが守り切る。
費禕 字は文偉。劉備が皇帝になって、費禕と董允を太子舎人に任じた。劉禅が即位すると黄門侍郎になった。孫権への使いを果たして侍中になり、尚書令になり、大将軍・録尚書事に上った。
曹爽が攻め込んできて、王平がこれを迎え撃ち、費禕が退却せしめた。段々みんなが死んでいき、人材が乏しくなる。費禕が宴会で刺殺された後、10年ほどで蜀は滅亡する。 -
Posted by ブクログ
三国志の名臣たちをまとめつつ、魏が滅びるまでを綴る。
程昱は故郷の県丞の反乱の時に、故郷を守った。その後曹操についた。袁術が攻めてきたがこれを跳ね除ける。曹操が徐州を討ちにいっている間に兗州が危機に陥り、程昱の力でなんとか持たせることができた。劉備が曹操の元に逃げ込んできて、程昱は殺すべきだと主張したが曹操は生かす事にしたが、結局離反された。やがて程昱は奮武将軍に叙され、罷免されたこともあったが、曹丕に重用された。
張遼、字は文遠。張遼は并州を発って洛陽に向かい何進と会う。河北に向かい兵を集めている最中に何進は宦官に殺されるが、袁紹と袁術が仇を打ってくれていた。兵を連れて洛陽に帰った張遼は、呂布に導かれて董卓に会う。董卓は相国となり長安へ遷都する。幼帝を殺そうとした董卓を呂布が打つ。その後長安は攻められ、呂布と張遼は逃げる。その後転々としたが、陳宮に従って曹操と戦うが負けて、曹操に従う。
曹操が張魯を討ちに西方に行っている間に、呉が攻めてきたので、800人で10万人を迎え打つ。征東将軍、晋陽公となる。
鍾繇は官人であるが、戦乱の兆しの中、洛陽に向かったところ、明日から長安へ遷都だと告げられる。やがて董卓が殺され袁紹袁術が権力を握る。曹操から王必という使者が来た時に鍾繇はもてなした。曹操に繋がり、献帝とともに曹操のもとに身を寄せる。関中と西方を任せられる。匈奴の謀反を鎮める。曹操が魏王になり、鍾繇は相国となったが、謀反に連座して役職を解かれる。曹丕により大理に返り咲いた。
賈逵は絳邑という都市の長の代行をしていたが、攻められて防戦した。負けるのが必至だったので、長老たちが一計を案じ、開城して賈逵を引き渡す。袁に下らない賈逵は殺されるところだったが、助けられた。その後曹操に取り立てられ、あれこれ罷免されたり殺されそうになるたび引き立てられたりして、曹操の葬儀を取り仕切る事に。曹丕が王位につくと、賈逵は魏郡の大守になる。賈公渠という運河を作る。
曹叡の時代になる。四軍を任され呉軍の罠に気づいて大敗になるのを食い止めたが、曹休に憎まれる。
曹真の父は曹操の身代わりになって死んだため、曹家一門の子として遇された。曹操の遠征中に陳宮が裏切り、射手の一人として曹真は戦う。朱讃、曹遵とともに曹丕の従者となる。狩の場で咄嗟に虎を仕留めたことで曹操から騎兵隊をもらう。劉備の征討が始まり、中領軍を経て征蜀護軍に任命される。
曹丕の時代になる。鎮西将軍になり上軍大将軍になり呉を攻める。曹丕が亡くなり、曹叡の補佐のうちの一人になり、大将軍になった。諸葛亮が魏の雍州を攻めたので出陣したが、諸葛亮に振り回される。曹叡が動いて沈静化した。大司馬になった。亡くなった時に司馬懿しか有力な人がいなくなってしまい、魏が傾く原因になった。
蒋済は曹操が集めた能吏のひとりで、4通の手紙を書くだけで孫権を追い払ったこともあるくらいの人である。丹楊郡の太守に任命された。曹丕の時代に散騎常侍になる。曹叡の時代に関内公になる。孫権の罠を見抜いて上奏したため、中護軍を経て散騎常侍になる。曹叡が亡くなり、司馬懿と曹爽が幼帝を補佐することとなった。曹爽は蜀を討つことにした。司馬懿は反対したが、強行して失敗。司馬懿に相談せず独裁をはじめる。司馬懿と蒋済は手を組み、曹爽の官位を剥奪。司馬懿の一族が力を持ち、蒋済はその頃亡くなった。
鄧艾は司馬懿に見出されて中央に引っ張られる。「済河論」運河を引いて農地を拡大すべし、さすれば水運もよくなるという報告書を作成。司馬懿はそれを実行する。参征西軍事、何安太守になる。公平稜事変が起き、曹爽失脚。討冦将軍になるが、司馬懿が亡くなり司馬師の時代に。呉軍が魏を攻めてきたが失敗。鄧艾は振威将軍になる。司馬師から司馬昭の時代に。蜀軍をやっつけて安西将軍に。皇帝の曹髦は司馬氏一門を討とうとして返り討ちにあい、曹奐が皇帝になる。鄧艾は蜀を征服する。