宮城谷昌光のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ10年以上前に読んだことがあったけど、また読みたくなって再読。
夏王朝を妥当し、商(殷)王朝を樹立した功臣、伊尹のお話。
ようやく実在が明らかになってきた夏王朝を舞台に据えた日本の小説は、おそらく本書が最初じゃあるまいか。
史料も少なかったろうに、よくぞここまで物語を構築できたなあ、と脱帽。
史実なんぞわかりっこないのだから、あくまで読み物として楽しむべきなのだけど、はるかな古代の生活観に触れた気になれるという点で、貴重な本なんじゃないかなあと思う。
あらすじは割愛するけど、語られる素朴な生活観・倫理観が非常に力強い。
「政治とはどうあるべきか」的な為政者の観点だけじゃないところから描かれている点が、よくある歴史小説とはちょっと違う点。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ司馬遷『史記』を素材に、古代中国の習俗、文化、歴史について述べたエッセイ集。
一篇に一テーマ、文庫2~3ページくらいにまとまっており、読みやすい。
以下、各文章から、興味を持った点を覚書に。
「酒の霊力」
紂王の「酒池肉林」のエピソード。肉は干し肉を木々の枝にかけた、と一般には言われているが、宮城谷さんは裸の男女を立たせた、としていて驚いた。神霊を招く行為というが・・・
「商民族の出自」
上甲以来、商の王には十干が名前に入るとか。甲は「一」を表すのでなく、「十」が石棺に入った形だという指摘が面白い。
「氷の利用」
古代では貴族の遺骸をきよめるのに氷を使っていた、という話に驚いた。
「新年の吉凶」
『史記』の「天官書」にある、魏鮮が正月に行ったその年の吉凶を占う方法が紹介されている。さまざまなものが列挙されていたが、町の人の声が宮(ド)に聞こえればよい年、商(レ)なら戦争、徴(ソ)なら旱害、羽(ラ)なら水害、角(ミ)だとわるい年だそうだ。
「鶴鳴」
鶴を好んで身を滅ぼした衛の懿公のエピソードが紹介されている。
「空前絶後の道」
春秋時代の戦争は、戦車(兵車)が主力だそうだ。平地で大軍の兵士を送るのに向いていたからだという。もっとも、北方の異民族との戦いではあまり効果がないそうで、戦国時代には歩兵と騎兵中心に変化してきているらしい。始皇帝は軍事用道路を建設し、兵車を「数十乗」横並びで走らせられる、幅約百六十メートルの道を作ったという話もあった。それを北方へ600キロ作るとは・・・。
「古代中国の気象」
昔の気象条件については、なかなか知りえないことなので、貴重だと思った。春秋時代は黄河以南は雪もあまり降らず、むしろ夏の大雨の方を憂慮していたとか。
「鳥の陣形」
今まで古代の戦争がどのようなものかさえ、考えたことがなかったため、気象の話と並んで興味深かった。魚鱗、鶴翼、長蛇、偃月、鋒光矢、方円、衡軛、雁行の八陣のことが出ている。
「子路の冠」
本題の子路の話より、なぜ十二歳、または二十歳に加冠の儀を行うのかという話が面白かった。満数「十」に、陰を表す「二」を添えた数であるというところが重要で、陰陽の思想で陽を表す男性は、陰をもって完成するということを表しているのだとか。
「数の単位」
紂王が撃たれるときのことを書いた『詩経』の表現にある、「受(=紂)の臣億万有るも・・・」の話から、この頃の「億」は現在の十万または百万のことだと書かれていた。知らないととんでもない誤読をしかねないことになる。
「王侯の一人称」
『史記』では、王侯が「孤」や「寡人」と称するとき、凶事が起こる。そのように司馬遷が使い分けている、と。「予小子」は即位したてで、喪に服している君主の一人称と紹介されていたが、これは他の文書でも共通する意味合いか?ちょっと判然としなかった。
「仙人杖」
『史記』にはエピソードはあるものの、そのいでたちについてはあまり触れていない聖人原憲。藜の杖をついていたことから、後にそれは聖人のシンボルになったとか。
「靴の出現」
はきものを表す言葉に、「靴(かわぐつ)」「舃(二重底のくつ)」「履(かわぐつ)」「屨(麻のくつ)」「蹻・鞋(わらじ)」があるという。匈奴との戦いに臨み、兵車戦から騎馬戦に切り替えざるをえなくなった趙で、「履」を捨て、「靴」に変わった、というが・・・靴はブーツ型のものらしい。「履」がどんな「かわぐつ」だったのかは、よくわからなかった。
「呂后の治世」
身内や臣下を殺戮したという劉邦の妻、呂后。しかし彼女が実験を持っていた間、庶民は安らかな生活を送ることができたという。
他にもたくさんあるが、これくらいにしておくことにする。 -
Posted by ブクログ
秋戦国時代に生きた宰相の話。食客を招き、大切にした人である。人を大切にすることにより自分が助けられるというのを感じる物語です。
孟嘗君も魅力的なのですが、養父の白圭(風洪)の方がさらに魅力的ですね。民の益となる包みを建造したり、人のために生きた商人として描かれているのですが凄く格好良いです。
臨終の際に孟嘗君に告げた「人を助ければ、自分が助かる」「助けてもらった人に礼を言うのではなく、助けてあげた人に礼をいうものだ」という言葉は胸に染みました。人間の価値は、どれだけ多くの人の心の中で温かい記憶として残っているかなのかなというのを感じられる物語です。 -
Posted by ブクログ
宮城谷文学初級者向け。
ちなみに入門書は、「楽毅」と思うのです。
おそらく今回が四周目で、いまはその上巻の半分が過ぎたところ。
さて、吉川英治文学賞受賞作の本書の魅力とはなんだろう。
晋と楚の二大国に攻められては向背を返さざるを得ない小さな国の葛藤。
国内外の暗然とした争いの中で、自家の武門を築き上げていく名将、子国。
武将の嫡子として産まれながらも、幼少から膨大な知と情を培い、あざやかに本質を見抜く未来の大執政、子産。
本書には、「楽毅」や「晏子」のように天を駆けるような爽やかさはない。懸命に未来を描こうとする人たちの生身の姿が、信義のない争いの中で丹念に照らされている。
政治とはなにか。
霧中のような困難に置かれた人びとが、どうやってそれを受け取って、未来に一石を投じていき、結果どうなったのか。
真摯に見つめる筆圧が、本書の最大の魅力だとおもう。繰り返し読むべきだ。 -
Posted by ブクログ
諸葛亮孔明をして、軍略の天才と言わしめた中国春秋戦国時代の名将・楽毅の生涯を描いた大作。1巻から4巻まであるが、若者としての楽毅が苦境を乗り越えて中国史に残る偉業を達成するまでの過程が、個人としての成長とリンクして非常に清々しい。
戦国時代、趙や斉、魏といった大国に囲まれた中山という小国の宰相の子として生まれた楽毅は若くして斉の首都に留学し、孫子の兵法を学ぶ。だがそれ以上に彼にとって財産となったのは、戦国四君にも数えられる当代一の英雄・孟嘗君との交流であった。
大望を胸に抱きながらも主君に恵まれず、隣国趙の侵攻から太子を守りながら奮闘する若き楽毅の姿に、ページを捲るのももどかしいほどに感情移入した。それとなく処世術とも言うべきエッセンスが加えられており、とくに若い人にとって読んでもらいたい内容である。 -
Posted by ブクログ
宮城谷昌光さんの「孟嘗君」にはまって、この半年ほどの間に4回くらい読み返しました。
その間、徐々にBOOKOFFで「楽毅」全4巻を買い集めていたので、先日、ようやく「楽毅」を読み始め、ようやく読み終えました。
いずれも中国戦国時代に複数の国にまたがって活躍した政治家・武将ですが、“孟嘗君”は生国の斉を中心に活躍したものの斉の湣王に疎まれて魏に亡命、その後、燕の将軍として斉を一時は滅亡にまで追い込んだのが“楽毅”です。
戦国時代、最後は秦が統一しますが、この間、大国の栄枯盛衰が繰り広げられますが、その栄枯盛衰に非常に大きな影響を与えた“孟嘗君”と“楽毅”を、宮城谷昌光さんは「孟嘗君」「楽毅」の2作品で描かれています。
そして、「孟嘗君」の途中に“孟嘗君”が“楽毅”に対して期待し、密かに支援するシーンが描かれており、「楽毅」において“楽毅”は、常に“孟嘗君”を尊敬し、“孟嘗君”と自分を比較して省みて自分の進む道を選択していくことが描かれています。
作品としては2つに分かれていますが、激動の戦国時代の中で、この2人の活躍が繋がって描かれているわけです。
2人の活躍と書きましたが、実際、「楽毅」では、基本的に主人公は“楽毅”1人ですが、「孟嘗君」では“孟嘗君”の育ての親である“白圭”も前半の主役として描かれています。
なので、“白圭”“孟嘗君”“楽毅”の3人の活躍を2作品で…と言った方がイイかもわかりません。
この3人は、「常に人のために為す」ことを自分の目的に掲げています。
そして、人のために為すことにより、自らが激動の戦国時代にあって、王という立場でないにもかかわらず(一国の王でないからこそ)、世界の中心的な活躍をする人物としての立場を確立します。
単なる「英雄の活躍」ではなく、その「人となり」を形成していくところからをじっくり描いているところに、「孟嘗君」「楽毅」の2作品のすばらしさがあるように思います。
中国戦国時代の人物伝・読み物として捉えるのではなく、今の自分にとって、人としての在り方を問う名作でしょう。