宮城谷昌光のレビュー一覧
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ネタバレ三国志において、後漢の衰亡に抗った人々の生き様を描く7つの短編集。
時期としては、三国志の中でも、献帝が曹操の手中におさまる以前(つまり魏呉蜀の三つ巴が始まる前の時期)を中心にしている。
何進や朱儁、皇甫嵩など、三国志を読めば必ず目にする脇役たちが、ひとりひとり美点もあれば欠点もある人間として生き生きと描かれていて面白い。
最後に収められた短編は「荀彧」であり、他の作品とは時期がずれている。しかし、読んでいくとどうやら、荀彧を単に曹操の臣でなく、献帝をも支えた「陰徳の人」として描くことで、あくまで後漢の臣と捉え『三国志名臣列伝 後漢篇』に収めたということのように思われて興味深い。
また、荀彧が死に際し、空の器を曹操に与えられた、という謎掛けのような故事について「空の器を王朝であるとみれば、あなたはそれをかかえて死ぬがよい、といったともとれる」と読み解いていたことも、荀彧を後漢の臣と規定するならば、確かに納得できる暗喩だと思わされた。
短編ながらそれぞれ読み応えがあり、また宮城谷三国志を一から読み直したくなる。 -
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薛公・孟嘗君がなくなった後、彼の庇護に在った慈光苑は斉に標的にされてしまう。慈光苑の主は孟嘗君に恩義のある魏を頼るが、卑劣な裏切り行為に会い壊滅してしまう。呂不韋はそこで、敵であると考えていた陶邑にいる秦国の陀方を頼り、九死に一生を得る。
陶を楚の優れた農民・田焦とともに発展させていく中に自分を道を発見する呂不韋が描かれており、この後どのように趙の大商人となり、秦の宰相に上り詰めていくのか展開が楽しみになる一冊でした。
(印象的だった文章)
・呂不韋にとって日々は生み出すものであり、ついやすものではない。産みだそうとしないかぎり、努力は存在しない。
・ー学は没するに至りてしかるのちに止むべきなり。
・人を傷つけると、自分も傷つく。その負傷を恐れるがゆえに、人にはいいたくもないことをいい、いわねばならぬときに黙ってしまう。日常生活においても、人の勇気は試される。
・ーどの道においても、人がやらぬことをやらねば、成功しない。
・持続するいまがなければ、成功という未来はない。 -
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<上下巻を通してのレビュー>
商の湯王を補け、夏王朝から商王朝への革命をみちびいた稀代の名宰相伊尹の生涯と、古代中国の歴史の流れを生き生きと描いた長編小説。
桑の木のおかげで水死をまぬがれた《奇跡の孤児》伊尹は、有莘氏の料理人となり、不思議な能力を発揮、夏王桀の挙兵で危殆に瀬した有莘氏を救うため、乾坤一擲の奇策を講じる。
舞台は夏王朝末期。
桑の木のおかげで生き延びた摯(後の伊尹)を中心とした話です。
生まれながらに不思議な運命を背負って生きてきた摯がいるところ、必ず福が訪れるという・・・・・その背景には摯の能力を認め、身分を超えて優しく接し教授してくれる人々がいて、そして、自分に驕らない摯の姿があります。
料理人から始まった運命が、夏王発の目に止まってさらに開花され、発の死後に夏王桀からの攻撃から有莘氏を救ったり、夏王桀を補佐したりしますが、摯の生き様の根底にあるものは、名もなき民を救うという一念でした。
夏王朝を支える立場から商王朝を支える立場になり、商王から伊尹のポストを授けられても決して驕ることはない。
夏王朝から商王朝へと変わる激動の時代に、神が使わした者なのかもしれませんね。 -
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<文庫全4巻を通してのレビュー>
古代中国の戦国期、「戦国七雄」にも数えられぬ小国、中山国宰相の嫡子として生まれた楽毅は、栄華を誇る大国・斉の都で己に問う。
人が見事に生きるとは、どういうことかと。
諸子百家の気風に魅せられ、斉の都に学んだ青年を祖国で待ち受けていたのは、国家存立を脅かす愚昧な君主による危うい舵取りと、隣国・趙の執拗な侵略だった。
才知と矜持をかけ、若き楽毅は祖国の救済を模索する。
楽毅は戦国時代の小国:中山国の宰相の嫡子であり有能な武将。
若い頃は斉の臨淄で孫子の兵法などを学び、人が溢れている雑踏の中で「人が見事に生きるのはなんと難しいことか」と考える。
孟嘗君を尊敬し、傾倒していったのも自然な流れだろう。
故郷の中山国に戻った楽毅を待ち受けていたのは、暗愚な君主のためにまさに崩壊寸前の母国と、希望の光でもある太子。
太子は全面的に楽毅を信頼しており楽毅はきたるべき太子の時代を思い、国のために忠誠を尽くしますが、虚しくも中山国は趙の武霊王によって滅ぼされる運命となる。
ここまでの展開でも楽毅の才能と魅力はいかんなく発揮されているが、母国が滅んでからの楽毅がまた素晴らしい!
孟嘗君からの陰の支えもあり、燕の昭王に仕えることになった楽毅。
その楽毅をしたって続々と燕にやってきた、かつての盟友や臣下たち。
昭王の最大に目標ともいえる斉攻略をとうとう実現させる。
有能で魅力的な人物は引き際も素晴らしい。
-人が見事に生きるとはどういうことなのか-
それをじっくりと考えさせてくれる一作。 -
購入済み
宮城谷作品は、読了感のさわやかな作品が多くよく読んでいまが、この作品は、一味違う作品に仕上がっていると思います。宮城谷三国志は、後漢から始まり孔明死後の世界までに及んでいます。
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後漢の創始者、光武帝こと劉秀を描いた歴史小説。
劉秀は、不思議の人だ。
郷里ではひたすら農業に従事する(但し、めちゃくちゃ農業の才能があった)、大人しく真面目な青年であったと記録される。都に留学し、歴史書である「尚書」を修めはする。
それだけの来歴を見ると、この人物が、挙兵してから大きな苦境は一度きりで、あれよあれよと勢力を拡大し皇帝位に登り詰めたのは不思議の一言である。
特に解せないのが、尋常でない戦上手ぶりである。
その不思議の人、劉秀とはいったい何者か。これに真正面から著者が取り組んだ作品と言える。
作品で描かれる劉秀の一番の長所は、何と言っても人の心に通じていることであろうか。
劉秀は豪族でありながら、農業を通じて天地と人間(特に庶民)に親しみ、都に留学しては学問だけではなく、自ら商売を興してしっかり社会勉強もしてきた。
天性の寛容の精神の上に、歴史と実体験とに基づく人間の心性に対する理解が、彼の人間的魅力を形成したのか。彼の下には有能の士が集い、立場が際どい場面でも敵対する相手の心の隙に飛び込んで何となく許されちゃう。この非凡な人格が劉秀を皇帝位まで押し上げたさまが実にみずみずしく丁寧に描かれる。
その人格は権勢を得ても変わらず、実の兄を殺害した更始帝をも赦し、王朝を確立させた後、創業の功臣を誅殺しないで済むよう配慮した「まれにみる大徳の天子」と著者は総括する。
彼の人間味にすっかり魅せられ、苦労の末に洛陽に入城した後、妻の隠麗華と再会するシーンでは感動を禁じ得なかった。
しかし、彼の戦上手の解明には著者も手を焼いたようだ。
「文叔は、じつによく人を知っている・・・(中略)。文叔の戦略も、基本はそこにある。兵法書を何千巻も読んだところで、すこしも用兵は巧くならない。」(下巻158p)
と、彼が人の心に通じていることが戦略巧者であることに繋がっていると著者は描くものの、
銅馬との戦いにおいて糧道を断つべく敵軍の食糧徴発部隊をこまめに撃退するシーンでは
「劉秀はこまかな戦いも巧い。ふしぎな人である。」(下巻201p)
と著者自身も不思議に感じていることを隠さない。
あとがきに、「劉秀のように平凡さをみせていた者が、百万の敵兵にもたじろがず、寡兵をもって大軍を破ったばかりか、敵対した者たちをつぎつぎに宥して、王となり皇帝となったことに、おどろかぬ人はいなかったであろう・・・(中略)。私もそのことにおどろいたひとりであり、このおどろきを小説に書いたにすぎない・・・」と書く。
これだけ古代中国の偉人を描いてきた宮城谷氏にとってすら驚異の人物であった劉秀。超人ぽくない超人。
今までの宮城谷作品とはちょっと違った読後感が得られる、存在感のある作品だった。 -
購入済み
気軽に読みやすい
宮城谷さんと言えば緻密な構成と歴史と漢字文化の厚さが魅力だと思います。それに対し、この作品は気軽で読みやすく、宮城谷さんとコーヒーブレイクしているような気分で読み進むことができます。
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黙せる王は、苦難のすえ万世不変の言葉、すなわち文字を得る。
古代中国で初めて文字を創造した商の高宗武丁を描く表題作。
夏王朝初期、天下覇業の男達の権謀術数を記す「地中の火」。周王朝の興亡をたどる「妖異記」「豊饒の門」など。美姫の姿も艶めかしい壮大なロマン。
乱世、人はいかに生きるかを問う。
長編ばかり読んでいたので、久々感とともに新鮮な感じがします。
この中で私が一番好きなのは「沈黙の王」。
言葉を発することが出来ないというだけの理由で、王位を継ぐことを許されず、追放されて旅に出ることになった王子丁(子昭:後の高宗武帝)。
旅に出たことにより、自分の気持ちを理解して言葉として表現できる傅説と出会い、言葉を得ることが出来たということです。
当時の商王朝は、王は神々の声を聞いて、その言葉を伝えて王朝を運営していたのですから、言葉を発することが出来ないということが致命的だったのですね。
ちなみに、中国で最初の文字を作ったのは高宗武帝です。
「わしは言葉を得た。目にも見える言葉である。わしの言葉は、万世の後にも滅びぬであろう」
この高宗武帝の一言で『言葉』(字)を作る作業が始まりました。
象(かたち)を森羅万象から抽きだす
高宗武帝の言葉は、いまだに甲骨文で見ることができるのです。
言葉(字)を作るということを考えたこと自体が素晴らしい着想であり、すごく神秘的です。
言葉を発することが出来なかった高宗武帝だからこその着想だと思います。 -
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<文庫全4巻を通してのレビュー>
強国晋を中心に大小いくつもの国が乱立した古代中国春秋期。
気儘な君公に奸佞驕慢な高官たちが群れ従う斉の政情下、ただ一人晏弱のみは廟下にあっては毅然として礼を実践し、戦下においては稀代の智謀を揮った。
緊迫する国際関係、宿敵晋との激突、血ぬられた政変・・・・・度重なる苦境に晏弱はどう対処するのか。
面白いです。
今まで読んだ、「王家の風日」「沙中の回廊」「孟夏の太陽」この3作品と並ぶぐらいに傑作です。
斉の国の晏弱・晏嬰父子を「嬰子」として描いた作品であり、父子ともに生き方が爽快で、名臣中の名臣といえます。
父の晏弱と交流の深かった南郭偃と蔡朝、そして晋の郤至も見事な人物で、雄が雄を知ることの喜びを分かち合えたのだと思います。
物語前半の晏弱が将軍となって出撃した莱の戦は痛快でした。お見事!としか言いようがありません。
そして晋との戦いの中にあって、静かに粛然と亡父・晏弱の喪に伏していた晏嬰。
生涯、毅然とした言動と礼を重んじる晏嬰の活躍は、もうすでに他国にも知れ渡っていたはずであり、斉という国が春秋時代に生んだ最高の人物でしょう。
相手がたとえ君主であろうが、諌めるときはきちんと諌める。
簡単なようで難しいことであり、諫言したことによって殺される人も多かった中で、晏嬰は何よりも社稷を重んじ礼を重んじることにより、人臣からの圧倒的な支持を得ました。
最後まで驕ることのなかった晏弱・晏嬰父子、その生き様に感服です。
晋の士会と並んで、晏子が大好きです。